貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

八王子: 永泉寺  

2017-07-21 14:41:13 | 日記
八王子: 永泉寺  

2017(平成29)年 3月 5日 10:36~

開創は弘治元年(1555) 。

 武田氏家臣の永野和泉が当地に移住し、

庵を建て開基位となる。

 その後、永林寺三世岳應義堅大和尚が、
 
天正元年(1573)当寺を法地寺院として

開山。

 現在の本堂は、明治18年に火災全焼し

たため、八木下要右エ門の母屋を移築・増

改築したものだそうだ。

永泉寺には、五人の句碑が林立。

芭蕉句碑は、

③ 「先づたのむ 椎の木もあり 夏木立」 。

①は、和神庵の、

「むかし今 隔てぬ秋の 月夜かな」

②は、松原庵の、

「興と興 つくしたうへや 花と月」 。

④は、一味庵の、

「朝晴れの 雪に試む 蹄か哉」 。

⑤は、杉庵の、

「志ばらくは 夢のかりきの はれ衣」 。

永泉寺山門



しだれ梅と本堂



お池とお地蔵様





芭蕉句碑

「先づたのむ 椎の木もあり 夏木立」



和神庵句碑



松原庵の句碑



句碑の林立



句碑の説明


日野市: 京王百草(もぐさ)園 その2 

2017-07-10 10:01:04 | 日記
日野市: 京王百草(もぐさ)園 その2

2017(平成29)年3月5日 9:20~

茶室「三檪園」





いろいろな樹木の花や草花と池とのマッチング!












 園内には牧水の長男・旅人氏設計の歌碑、

松尾芭蕉の句碑も木々の緑に包まれ佇んで

いる。

芭蕉の句碑1



芭蕉の句は、

「春もやゝ けしき調ふ 月と梅」 



「しばらくは 花の上なる 月夜かな」


芭蕉の句碑2




そして、ここからは、筑波山が見えるという。





 我が子が住む近くをここから眺められると

は・・・。

好天にも恵まれ、心からの「和散歩」を

楽しんだ。

日野市: 京王百草(もぐさ)園  

2017-07-09 08:37:21 | 日記
日野市: 京王百草(もぐさ)園  

2017(平成29)年3月5日 9:20~

 江戸時代(1716 年~)、寿昌院慈岳元長尼

が徳川家康の長男・信康追悼のため、松連寺を

再建した。       

 その後時代を経て造られたのが京王百草園だ。

 園内の有名な「寿昌梅(じゅしょうばい)」

は寿昌院自ら植樹したと伝えられている。

梅の開花時には約50 種500 本の梅たちが

咲き競い、園は華やかさを増す。

 梅祭の最中だが、梅の盛りを過ぎた時季に

訪問。

 訪問日は 3月5日(日)。

急坂を上ると、梅祭



 ひな祭を挟んでの雛飾りは本日でおしまい。

 皆手作りで、至極楽しめる。

 いろいろな工夫がされており、孫やひ孫など

への思いも込められている。

 当地は、江戸近郊の名所として

「江戸名所図会」などにも紹介された。

 徳冨蘆花、田山花袋、北村透谷、若山牧水ら

が訪れている。
 
 特に、若山牧水はこの地で恋人小枝子との

失恋を歌にし、「独り歌へる」をつくった。

 また、園内には牧水の長男・旅人氏設計の

歌碑、松尾芭蕉の句碑も木々の緑に包まれ

佇んでいる。

芭蕉の句は、

 「春もやゝ けしき調ふ 月と梅」
 


 「しばらくは 花の上なる 月夜かな」。

澄んだ空なら筑波山が見えるという。

 我が子が住む近くがここから眺められ

るとは・・・。

好天にも恵まれ、心からの「和散歩」を

楽しんだ。

百草園入口 朝のお掃除中だった。



梅に囲まれた松連庵





寿昌梅説明



寿昌梅



百草園解説



松連庵 ひな祭りの最終日だった。





雛飾りいろいろ
































港区: 天現禅寺  

2017-07-08 09:24:55 | 日記
港区: 天現禅寺  

2017(平成29)年2月28日 12:50~

港区南麻布4-2-35

 珍しい名前のお寺の一つか。

 当寺は多聞山の山号が示すように、本尊

として毘沙門天の像(樟の丸木作り、

高さ103.5センチメートル)をお祀りして

いる(秘仏の為、開扉日に公開)。

 毘沙門天は、「多聞山」とも称され、

四天王の一人で降魔相を現じて仏国土と

衆生を守護する願誓を持ち、また、七福神

の中にも入れられた。 

 民俗信仰の対象ともなった。

庭の築山の麓に芭蕉句碑があった。

 伊賀の国花垣の花はそのかみ奈良の八重桜

の料に附されけるといひ伝えければ、と前書し、

「一里は みな花守の 子持かや」 ばせを 

 この句碑の裏に、文政六葵未初冬、

 『其薫四方に満つるや八重桜』 ともある。

 恐らくその頃当寺に有名なしだれ桜があった

と記録されているが、それにちなんで文政の頃

ここで句会が催され、句碑が立ったのではなか

ろうかと考えられているという。

天現禅寺入口



本殿



毘沙門天



珍しい今月のことば「老婆心」



一里塚かな?



芭蕉句碑



「一里は みな花守の 子持ちかや」  ばせを








港区: 北青山の善光寺   

2017-07-07 08:51:45 | 日記
港区: 北青山の善光寺   

平成29年2月28日 12:15 ~

「表参道駅A3出口より徒歩1分」

とあったが、ぐるっと一回り。

 北青山3-5-17

  善光寺はあちこちにあるのが、芭蕉の紀行

を追従してわかったが、皆落ち着いた趣を呈

している。

江戸時代、信州善光寺本願上人の東京宿院で

あったらしい。

 芭蕉句碑は、茶室の奥にあり。

 今は公開しておらず、無念の一言。

庭園の開放を望むのみ。

 善光寺の主旨に適っていないかな?

「山路来て 何やらゆかし すみれ草」

                だそうだ。

北青山の善光寺 信州善光寺の本願上人の東京出張時の宿泊地



本殿



鐘楼と社務所



閉鎖されている茶室



どうしようかなと思案顔?


可愛い石仏



赤白の花弁を持つ椿・・・この花は長い期間楽しめる。