令和4年8月31日(水)
露伴亭の「露伴」に
何かゆわくがあるのかなと入ったが、
やはり勘は当たる。
幸田露伴のペンネーム誕生の地
となった処が、
「亀谷」。
北海道余市から文学を志し、
北海道余市から文学を志し、
明治20年9月20日、
汽車の旅で福島まで来る。
汽車賃が足りなくなるので、
郡山まで夜半歩き続ける。
飲まず食わずに二本松へ。
亀谷坂で倒れ込み、
こうもり傘を立てて野宿。
いつかのたれ死にする時は
こんな状態だろうと歌を口にする。
「里遠し
いざ露と寝ん
草まくら」
と。
2年後、文壇にデビューする。
2年後、文壇にデビューする。
終生、この地で露と眠りこけたことを
忘れないようにと、
「露伴」と命名。
観音様にも守られたのだろう。
命名のいわれもわかり、
お店で「人参ジュース」をいただいた。
千手観世音も御詠歌、
千手観世音も御詠歌、
「そのかみは
いくよへぬらん
かめがいの
せんじゅのちかい
たのもしきかな。」
と口ずさみ、
この地を後にした。
願掛けなでなで地蔵