今シーズンの日高主稜線歩きは、野塚岳から十勝岳、芽室岳からピパイロ岳の肩までと順調に歩いてきました。
今回は、一番距離の残っている南日高にあるソエマツ岳からペテガリ岳間のうち、中間の山となる神威岳から南にあるソエマツ岳間を歩いてきました。
この区間には登山道がありません。
そんなことで、本来ですとゴールデンウィークなど残雪期に登られる山なのですが、一緒に登っているメンバーのOn氏の都合でこの期間は使えないのです。
さらに、GW明けも使えず、やむなく稜線の雪はないかもしれませんが水作り用の雪ぐらい残っているだろうということで、5月27日から挑戦することになりました。
メンバーはいつもの3人、Sz氏にOn氏、それに私です。
幸いなことに天気予報に雨マークがないという安定した期間が、唯一、救いの期間です。
5月27日(火曜日)
今日の予定は、神威山荘までと気楽な行程です。
札幌を朝9時に立ち、まずは浦河町の登山口を目指します。
林道は、神威山荘の手前13kmほどの所にあるゲートが閉じられています。
この先の林道は、地盤が固まっていない、道路上の落石や倒木の処理が終わっていない、などの理由からゲートは閉ざされているのです。
まずはこの林道歩きが、登山の初まりとなります。
12:20分、いよいよ林道歩きが始まります。
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今まさに新緑の季節!
まずは日陰でしっとりとした空気の中を歩きます。
今回は沢靴も持っているのでザックの重量は結構なものですが、快調な足取りで歩きます。
途中から日差しが強くなってきたものの疲れのない身体ですのでグングン歩けます。
正面の山肌が綺麗に借り払われてくると神威山荘は間近です。
15:25分、神威山荘に到着です。
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正面に見える山は通称名ニシュオマナイ山です。
今日はこの小屋で1泊します。
5月28日(水曜日)
朝4時に目を覚まし登山準備をします。
朝食のお茶漬けをサラサラと胃の中に流し込み、辺り一面に散らばっている荷物をザックに詰め込みます。
5:15分、神威山荘を後にします。
両側が植林された明かるい林の中を歩きます。
ほどなく渡渉地点に来ます。
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雪融け水で増水していると思ったのですが、そうでもありません。
沢靴ですので濡れるのは問題はありません。
ズボズボ入っても臑ぐらいの深さでしょうか?
飛び石を使ってくるぶしほどの水に浸かりながら渡渉は終了です。
この先は、しばらく林道歩きが続きます。
下二股で2度目の渡渉、笹原を歩いてようやくここから沢歩きが始まります。
しかし、沢水の量は普通です。
この沢は、巻き道が整備されているのでそれを使ってドンドン進みます。
それぞれが、この沢の経験がありますのでドンドン歩けるのです。
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途中に咲いている花には癒されます。
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6:20分、約1時間ほど歩いたので休憩を取ります。
On氏が、この辺りに遭難者の慰霊のために設置したレリーフがあるはずだといいます。
それは右岸の岩壁に埋められていました。
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大塚武さんの追悼レリーフです。
このレリーフに両手を合わせ登山の無事を祈ります。
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順調な歩きが続きます。
久しぶりに歩く沢靴の感触と水の冷たさが気持ちいいです。
正面に山肌が近づいてくると上二股です。
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右股に入ったとたん目にしたのは沢が雪でビッシリと埋まっている様子です。
沢靴で雪の上を歩くと滑りますので岩の上を歩いて登ります。
ほどなく、沢の真ん中にある大きな岩に赤いペンキで書かれた矢印を見つけます。
7:15分、約2時間でここまで来ました。
この地点が尾根取り付きとなります。
さあ、ここで沢靴を履き替えます。
沢靴は袋に入れて木に縛り付けデポします。
1人当たり3~4リットルの水を持っていよいよ尾根歩きとなります。
ここからは急な登山道が続きます。
適当に休みを入れますが、それにしても早く進みすぎです。
今日は神威岳の山頂でテント泊の予定なのでゆっくり進めばいいのです。
急な尾根を登り切ると大きな雪渓が残っています。
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目の先には神威岳の山頂が見えています。
この雪渓にはテント泊の跡がありました。
きっとGWに登った人達のものだと思われます。
10:40分、神威岳の山頂に到着です。
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ここで、やっと、ソエマツ岳までの稜線を見ることが出来ました。
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稜線上にはほとんど雪がありません。
しかし、水を造る程度の雪渓が稜線近くに残っているようです。
正直なところ、この稜線を見た瞬間に藪漕ぎを覚悟しました。
でも、水が作れれば何とかなると思いました。
ここで3人で相談しました。
いかんせん、この時間では神威山頂での1泊はもったいなさ過ぎです。
この先どんな状況になるか分からない状態では、少しでも先へ進みたいものです。
3人で相談した結果、神威岳から降って少し登った稜線まで歩くことにしました。
この稜線の過ぐ近くに雪渓もあります。
神威岳から降りだすと、最初のうちは踏み分け道があります。
といっても、普通の登山道に比べると道とはいえないものです。
その踏み分け道を利用してドンドン降ると、そのうち藪に突入です。
ハイ松が行く手を阻みますが、幸いなことに枝の張り方が順目なのです。
枝先が上から下へ伸びているのでその隙間に身体をねじ込むと歩きやすいのです。
しかし、登りになるとそういうわけにはいきません。
歩いている正面に枝先があるのでその枝を両側に分けて歩かなければなりません。
この作業を急斜面で行うのは大変なのです。
おまけにねじ曲がった幹の白樺も行く手を遮ります。
少しだけ良かったのは、小灌木は芽吹きの時期を迎えたばかりなので枝を簡単に分けられるのです。
13:10分、やっと目指した稜線に到着です。
今年始めての藪漕ぎが終了したのでホッとしました。
ここには最高のテン場がありました。
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綺麗に整地された地面です。
おまけに神威岳からは見えなかったソエマツ岳側の陰に雪渓もありました。
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整地された地面に水作り用の雪、おまけに最高のロケーションです。
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後ろには神威岳も端正な姿を見せてくれます。
よく見ると辺り一面に行者ニンニクも生えています。
夕方までたっぷりある時間を使って、早速、酒盛りが始まります。
幸せな時間が過ぎていきます。
ここで、ソエマツ岳への稜線を見ながら行った作戦会議の結果、靴幅山から降り登り返した稜線にある大きな雪渓に明日泊まることとして、そこから、一気にソエマツ岳を日帰りで往復することにします。
すぐ横に見える靴幅山の存在は忘れお酒が進みます。
今回テン場とした場所の地図を貼り付けますので参考にしてください。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
大塚武さんについて
大塚さんは、東京商大(現・一橋大)山岳部キャプテンとして山を駆け巡っていた。
1964年(昭和39年)7月に日銀北海道支店長に転勤、道内外の山を登られていた。
1970年(昭和45年 11月、請われて北洋相互銀行社長に就任。
1975年(昭和50年)4月の日本山岳会北海道支部総会において、伊藤秀五郎さんの後を
受けて第5代支部長に就任。
1983年(昭和58年)8月6日、神威岳に登ったが、疲労のため途中下山した。
8月27日、大塚さんは体調を整え、単独で神威岳に再挑戦した。
ところが28日の下山予定時間を過ぎても下山せず、
29日 北大山岳部が捜索したが手掛かりなし。
そのため、30日、道警に捜索願が出され、日本山岳会北海道支部をはじめ関係する
山岳会や遭対協などが捜索を行った。
その後、知事の要請で自衛隊も捜索に加わり、数百人規模の大掛かりな捜索が行われた。
しかし、行方不明 から7日目の9月4日、十勝側の中ノ川上流で遺体となって発見された。
享年66歳でした。
遭難の翌年、本人の遺徳を偲び、このレリーフがニシュオマナイ川右岸の岩に埋められたものです。
今回は、一番距離の残っている南日高にあるソエマツ岳からペテガリ岳間のうち、中間の山となる神威岳から南にあるソエマツ岳間を歩いてきました。
この区間には登山道がありません。
そんなことで、本来ですとゴールデンウィークなど残雪期に登られる山なのですが、一緒に登っているメンバーのOn氏の都合でこの期間は使えないのです。
さらに、GW明けも使えず、やむなく稜線の雪はないかもしれませんが水作り用の雪ぐらい残っているだろうということで、5月27日から挑戦することになりました。
メンバーはいつもの3人、Sz氏にOn氏、それに私です。
幸いなことに天気予報に雨マークがないという安定した期間が、唯一、救いの期間です。
5月27日(火曜日)
今日の予定は、神威山荘までと気楽な行程です。
札幌を朝9時に立ち、まずは浦河町の登山口を目指します。
林道は、神威山荘の手前13kmほどの所にあるゲートが閉じられています。
この先の林道は、地盤が固まっていない、道路上の落石や倒木の処理が終わっていない、などの理由からゲートは閉ざされているのです。
まずはこの林道歩きが、登山の初まりとなります。
12:20分、いよいよ林道歩きが始まります。
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今まさに新緑の季節!
まずは日陰でしっとりとした空気の中を歩きます。
今回は沢靴も持っているのでザックの重量は結構なものですが、快調な足取りで歩きます。
途中から日差しが強くなってきたものの疲れのない身体ですのでグングン歩けます。
正面の山肌が綺麗に借り払われてくると神威山荘は間近です。
15:25分、神威山荘に到着です。
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正面に見える山は通称名ニシュオマナイ山です。
今日はこの小屋で1泊します。
5月28日(水曜日)
朝4時に目を覚まし登山準備をします。
朝食のお茶漬けをサラサラと胃の中に流し込み、辺り一面に散らばっている荷物をザックに詰め込みます。
5:15分、神威山荘を後にします。
両側が植林された明かるい林の中を歩きます。
ほどなく渡渉地点に来ます。
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雪融け水で増水していると思ったのですが、そうでもありません。
沢靴ですので濡れるのは問題はありません。
ズボズボ入っても臑ぐらいの深さでしょうか?
飛び石を使ってくるぶしほどの水に浸かりながら渡渉は終了です。
この先は、しばらく林道歩きが続きます。
下二股で2度目の渡渉、笹原を歩いてようやくここから沢歩きが始まります。
しかし、沢水の量は普通です。
この沢は、巻き道が整備されているのでそれを使ってドンドン進みます。
それぞれが、この沢の経験がありますのでドンドン歩けるのです。
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途中に咲いている花には癒されます。
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6:20分、約1時間ほど歩いたので休憩を取ります。
On氏が、この辺りに遭難者の慰霊のために設置したレリーフがあるはずだといいます。
それは右岸の岩壁に埋められていました。
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大塚武さんの追悼レリーフです。
このレリーフに両手を合わせ登山の無事を祈ります。
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順調な歩きが続きます。
久しぶりに歩く沢靴の感触と水の冷たさが気持ちいいです。
正面に山肌が近づいてくると上二股です。
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右股に入ったとたん目にしたのは沢が雪でビッシリと埋まっている様子です。
沢靴で雪の上を歩くと滑りますので岩の上を歩いて登ります。
ほどなく、沢の真ん中にある大きな岩に赤いペンキで書かれた矢印を見つけます。
7:15分、約2時間でここまで来ました。
この地点が尾根取り付きとなります。
さあ、ここで沢靴を履き替えます。
沢靴は袋に入れて木に縛り付けデポします。
1人当たり3~4リットルの水を持っていよいよ尾根歩きとなります。
ここからは急な登山道が続きます。
適当に休みを入れますが、それにしても早く進みすぎです。
今日は神威岳の山頂でテント泊の予定なのでゆっくり進めばいいのです。
急な尾根を登り切ると大きな雪渓が残っています。
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目の先には神威岳の山頂が見えています。
この雪渓にはテント泊の跡がありました。
きっとGWに登った人達のものだと思われます。
10:40分、神威岳の山頂に到着です。
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ここで、やっと、ソエマツ岳までの稜線を見ることが出来ました。
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稜線上にはほとんど雪がありません。
しかし、水を造る程度の雪渓が稜線近くに残っているようです。
正直なところ、この稜線を見た瞬間に藪漕ぎを覚悟しました。
でも、水が作れれば何とかなると思いました。
ここで3人で相談しました。
いかんせん、この時間では神威山頂での1泊はもったいなさ過ぎです。
この先どんな状況になるか分からない状態では、少しでも先へ進みたいものです。
3人で相談した結果、神威岳から降って少し登った稜線まで歩くことにしました。
この稜線の過ぐ近くに雪渓もあります。
神威岳から降りだすと、最初のうちは踏み分け道があります。
といっても、普通の登山道に比べると道とはいえないものです。
その踏み分け道を利用してドンドン降ると、そのうち藪に突入です。
ハイ松が行く手を阻みますが、幸いなことに枝の張り方が順目なのです。
枝先が上から下へ伸びているのでその隙間に身体をねじ込むと歩きやすいのです。
しかし、登りになるとそういうわけにはいきません。
歩いている正面に枝先があるのでその枝を両側に分けて歩かなければなりません。
この作業を急斜面で行うのは大変なのです。
おまけにねじ曲がった幹の白樺も行く手を遮ります。
少しだけ良かったのは、小灌木は芽吹きの時期を迎えたばかりなので枝を簡単に分けられるのです。
13:10分、やっと目指した稜線に到着です。
今年始めての藪漕ぎが終了したのでホッとしました。
ここには最高のテン場がありました。
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綺麗に整地された地面です。
おまけに神威岳からは見えなかったソエマツ岳側の陰に雪渓もありました。
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整地された地面に水作り用の雪、おまけに最高のロケーションです。
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後ろには神威岳も端正な姿を見せてくれます。
よく見ると辺り一面に行者ニンニクも生えています。
夕方までたっぷりある時間を使って、早速、酒盛りが始まります。
幸せな時間が過ぎていきます。
ここで、ソエマツ岳への稜線を見ながら行った作戦会議の結果、靴幅山から降り登り返した稜線にある大きな雪渓に明日泊まることとして、そこから、一気にソエマツ岳を日帰りで往復することにします。
すぐ横に見える靴幅山の存在は忘れお酒が進みます。
今回テン場とした場所の地図を貼り付けますので参考にしてください。
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大塚武さんについて
大塚さんは、東京商大(現・一橋大)山岳部キャプテンとして山を駆け巡っていた。
1964年(昭和39年)7月に日銀北海道支店長に転勤、道内外の山を登られていた。
1970年(昭和45年 11月、請われて北洋相互銀行社長に就任。
1975年(昭和50年)4月の日本山岳会北海道支部総会において、伊藤秀五郎さんの後を
受けて第5代支部長に就任。
1983年(昭和58年)8月6日、神威岳に登ったが、疲労のため途中下山した。
8月27日、大塚さんは体調を整え、単独で神威岳に再挑戦した。
ところが28日の下山予定時間を過ぎても下山せず、
29日 北大山岳部が捜索したが手掛かりなし。
そのため、30日、道警に捜索願が出され、日本山岳会北海道支部をはじめ関係する
山岳会や遭対協などが捜索を行った。
その後、知事の要請で自衛隊も捜索に加わり、数百人規模の大掛かりな捜索が行われた。
しかし、行方不明 から7日目の9月4日、十勝側の中ノ川上流で遺体となって発見された。
享年66歳でした。
遭難の翌年、本人の遺徳を偲び、このレリーフがニシュオマナイ川右岸の岩に埋められたものです。