以前にも述べたんですが、私はそれほど聴く音楽に幅があるわけではありません。同じような作曲家の同じような曲を取っ替え引っ替えして聴いているような気がします。といっても、その同じような作曲家でも、しっかり一通り聴いているかと言えば…、なんであります。例えば、ベートーヴェンでも、全く聴いたことのないジャンルや曲はあります。それだけではなく、ピアノ協奏曲かでも、振り返って見れば、それほど聴いていない。さすがに3~5番はよく聴きますね(といっても皇帝なんかでもここ10年は聴いたことがないでしょう)。しかし、1・2番に至っては…。そこで、今回は1番です。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15。1794年といいますからベートーヴェンが24才のころの作品。ウィーンに移住し、ピアノの即興演奏の名手として名が知られるようになった頃の曲。初演は1795年にサリエリの指揮、ベートーヴェンのピアノで行われました。曲を聴いても、まだモーツァルト的な雰囲気がここかしこに感じられます。この曲、いくつかの演奏を聴きましたが、やはり初期のころの曲といえども、ベートーヴェンらしさが感じられる演奏なんですね。つまりモーツァルトのような曲想だと思うんですが、モーツァルトのように演奏しないんですね。ベートーヴェンらしい剛毅さというか、質実剛健というか、そんな演奏になっています。それは何故なんでしょうか。これがふと思ったことなんですね。
作曲家が曲を作るとき、演奏の細かいことまで指示することは可能なのかもしれません。アレグロ・ヴィヴァーチェとか、アレグロ・コンブリオとか楽章ごとに記載がありますが、それが影響しているんでしょうかね。でもモーツァルトなんかは、アンダンテとかの速度の表示しかない場合も多いですよね。となると、作曲家の指示にも限界があるとするなら、次に考えられるのは、それぞれの演奏の歴史と伝統によって演奏の有り様が定まってきたということでしょうか。モーツァルトもベートーヴェンもともに自作自演の演奏会を行っているでしょうから、そこから派生して今の演奏の原点となったとも考えられます。うーん、どんなもんでしょうか。またご教示くだされば幸いであります。
さて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番に戻ります。この曲は若きベートーヴェンの覇気あふれる名作ですね。これをいくつか聴いた中で、アレクシス・ワイセンベルクのピアノとカラヤン指揮のBPO。1977年の録音。ワイセンベルクは、この時期カラヤンといくつかの録音を残しています。いわばカラヤンのお気に入りのピアニストだったんでしょう。1929年の生まれですから、もう80才近い。でもここのことろあまり聴かないですね。お元気なんでしょうか。この録音がされたころは精悍なお顔で活躍されていました。「クリスタルクリアー」と評され確たるテクニックで淀みなく流れていく演奏は、聴き応えがありました。このベートーヴェンも、澄んだタッチで余分な贅肉を削り落としたピアノが流れていきます。爽快です。一方、カラヤンは、まさに全盛期。BPOの威力を背景にゴージャスな演奏を繰り広げています。それもいいです。両者の絡みは誠に聴きどころです。しかし、このふたり、目指すものが同じとは、あまり感じられないのですが…。でも、ワイセンベルク。これまでそんなに聴いたことがなかったので、今後聴いていこうと思った次第であります。
(EMI Karajan THE COMPLETE EMI RECORDINGS 1946-84)
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15。1794年といいますからベートーヴェンが24才のころの作品。ウィーンに移住し、ピアノの即興演奏の名手として名が知られるようになった頃の曲。初演は1795年にサリエリの指揮、ベートーヴェンのピアノで行われました。曲を聴いても、まだモーツァルト的な雰囲気がここかしこに感じられます。この曲、いくつかの演奏を聴きましたが、やはり初期のころの曲といえども、ベートーヴェンらしさが感じられる演奏なんですね。つまりモーツァルトのような曲想だと思うんですが、モーツァルトのように演奏しないんですね。ベートーヴェンらしい剛毅さというか、質実剛健というか、そんな演奏になっています。それは何故なんでしょうか。これがふと思ったことなんですね。
作曲家が曲を作るとき、演奏の細かいことまで指示することは可能なのかもしれません。アレグロ・ヴィヴァーチェとか、アレグロ・コンブリオとか楽章ごとに記載がありますが、それが影響しているんでしょうかね。でもモーツァルトなんかは、アンダンテとかの速度の表示しかない場合も多いですよね。となると、作曲家の指示にも限界があるとするなら、次に考えられるのは、それぞれの演奏の歴史と伝統によって演奏の有り様が定まってきたということでしょうか。モーツァルトもベートーヴェンもともに自作自演の演奏会を行っているでしょうから、そこから派生して今の演奏の原点となったとも考えられます。うーん、どんなもんでしょうか。またご教示くだされば幸いであります。
さて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番に戻ります。この曲は若きベートーヴェンの覇気あふれる名作ですね。これをいくつか聴いた中で、アレクシス・ワイセンベルクのピアノとカラヤン指揮のBPO。1977年の録音。ワイセンベルクは、この時期カラヤンといくつかの録音を残しています。いわばカラヤンのお気に入りのピアニストだったんでしょう。1929年の生まれですから、もう80才近い。でもここのことろあまり聴かないですね。お元気なんでしょうか。この録音がされたころは精悍なお顔で活躍されていました。「クリスタルクリアー」と評され確たるテクニックで淀みなく流れていく演奏は、聴き応えがありました。このベートーヴェンも、澄んだタッチで余分な贅肉を削り落としたピアノが流れていきます。爽快です。一方、カラヤンは、まさに全盛期。BPOの威力を背景にゴージャスな演奏を繰り広げています。それもいいです。両者の絡みは誠に聴きどころです。しかし、このふたり、目指すものが同じとは、あまり感じられないのですが…。でも、ワイセンベルク。これまでそんなに聴いたことがなかったので、今後聴いていこうと思った次第であります。
(EMI Karajan THE COMPLETE EMI RECORDINGS 1946-84)
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