こんなCDを買った!聴いた!

最近購入した、または聴いたCDについて語ります。クラシック中心です。

フルトヴェングラーのマタイ

2006年05月05日 21時32分13秒 | バッハ
GWまっただ中です。昨日と今日は、午前中出勤して仕事をして、昼から帰宅しました。職場の机を全部新しいものと交換したのが2日。あとまだLANの配線なんかが整ってなく、なかなか不便な職場になってます。天気は上々で、あと二日の休みも、おそらくは寝GW、というより、在宅での仕事となるでしょう。
前回、フルトヴェングラーのフィガロでしたが、それからも今度は、フルトヴェングラーのJSバッハのマタイ受難曲です。これも、もうかなり前ですが、日本橋のワルツ堂でかったものです。1954年の4月のウィーンでのライブです。フルトヴェングラーの死の年の録音。ソリストは、フィッシャー=ディースカウ(イエス)、エリーザベト・グリュンマー(S)、マルガ・ヘフゲン(A)などです。録音も、モノラルのライブですが、悪くはありません。まず、二枚組ですので、カットがたくさんあります。特に後半は多く、コラールやアリアのカットが目立ちます。次はこれだ!というときに、肩すかしを食らわされるようで、カットはなんとも残念です。しかし、フィッシャー=ディースカウのイエスは素晴らしく、それとともに。グリュンマーとヘフゲンの線のハッキリした真摯な歌い振りには、いつも頭がさがります。この三人は、この曲のベストではないかと、常々おもってます。指揮者のサポートにもよるんでしょうか。残念なのは、この素晴らしいアルトのヘフゲンで、「この頬の涙が」を聞きたかったことです。この曲はカットされてます。
そして、全曲中、イエスが十字架で死去して、追悼のコラール「いつか私が世を去るとき」は、この演奏の聴かせどころともいう部分です。この曲は、かのメンデルスゾーンの復活演奏の時には、これのみがアカペラで歌われてたといいます。どの演奏もそれなりの雰囲気となってますが、この演奏では、まさに「静謐」という表現が最も合うものになっているのです。恐ろしいくらいの静けさの中、イエスの死が現実のものになっていきます。ここから地震の場面をへて「本当に神の子だったのか」までは、これほど心を打たれる演奏もあるまい、と思えるものでしょう。また、全体を通じて弦がきれいでうまく、効果を出してますね。ゆっくりとしたテンポで進んでいきますが、おなじゆっくりでも、以前に述べた演奏のゆっくりさとは違って、音と歌と物語を、哀しみや怒りや憐れみをあらわしながら、噛みしめるように、緊張感をもったゆっくりと進んでいく演奏になっているのは、さすがにフルトヴェングラーやな、って思います。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« また、「フィガロの結婚」 | トップ | モーツァルト、後期交響曲集 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

バッハ」カテゴリの最新記事