先週末には台風11号が来襲。岡山を縦断しましたが神戸ではほんとに雨がよく降りました。お陰で翌日は、道路が渋滞しまくり、電車も止まり、とんでもないことになりました。その後も雨がよく降り、やっと梅雨明けになりましたが、またこの週末からは台風12号がやって来そうです。まだ、夏らしい気候が続きませんね。今年の夏はもしかすると短いのかもしれません。加えて、マリーンズ、7月になってまだい2つしか勝っていません。これも泥沼であります。
ということで、かルロ・マリア・ジュリーニの演奏であります。私は、これまでこの指揮者はあまり聴く方では無かったのでした。しかし、CDはそれまりに買っていたので、ふとしたことから、これは聴かねば、と思った次第であります。この人は、若い頃にイタリアでスカラ座の音楽監督となり、カラスの椿姫などの録音を残していますね。そして、1970年代にはシカゴ響やウィーン響、ロス響などの指揮者を歴任して、1980年代以降はVPO,BPO,RCOなどの欧州の著名なオケを振って、名盤を残してくれてます。しかし、系統だった録音ではないのが、少々残念な気もしますが、まあ全集をしっかり残すのがよいとも限りませんからねえ。1991年の録音。
モーツアルトの40番、超有名曲でもあって、CDの数もたくさんあると思います。しかし、1990年代以降は10、2000年以降は9の録音があるくらいで、1990年以降の25年間には、19種類の録音がされたのみ。そして、その中には古楽器によるものが大半を占め、モダン楽器の演奏は、このジュリーニに加え、ムーティ、ヴァント、チェリビダッケ、ヴェーグ、アバドのみなのですね。21世紀になってからは、アバドくらいしかないのが実情なんですねえ。
そして、このジュリーニの演奏は、言うまでもなくモダン楽器による旧態然としたものであります。といっても、私は、モダン楽器の演奏の方が、断然好きなので、このジュリーニのような演奏はでなくてはならない派なのです。それは、この演奏のように、BPOのそれぞれの楽器の特徴的な音色は、モダン楽器でしか聴けないものですし、加えてジュリーニによる哀愁帯びた、そして儚さに満ちた表現も同様ではないか、と思うのです。このジュリーニの40番、まずテンポが非常にゆったりとしております。そのゆったりの中で、ジュリーニのの曲への思いが吐露されています。そしてその思いが、まことにうまく表現されて、まさにカンタービレです。また、強弱による表情も巧みで、それによってこの曲の儚さのようなものもうまく表現されています。そんなジュリーニの意図を実現しているのがBPOです。実にやさしく、暖かく、演奏しています。そして、水も漏らさぬ名演になっているのですねえ
第一楽章ゆったりとした流れでテーマが奏でられる。おっとりとして少々弱気な雰囲気をもちながら、強弱の様子も理想的で、それによってこのテーマが実にこころに響く。そして、木管の音色がこれもちょうどいいように暖かみが加わる。BPOは実に暖かい演奏であります。第2楽章、弱音による弦で始まります。この暖かみのある弦により悲しみではなく、切々と諦めにも満ちた感情が表現されていきます。この楽章の演奏、私は好きです。人の微妙な感情が滲み出るように現れているのです。第3楽章メヌエット。ここでもゆったりと、そして暖かみのあるメヌエット。決して鋭角にはならず、悲しみに対して優しさで呼応するよう。でも、ここまででみ思うのは、BPOの演奏。カラヤンやアバドの振っているときには、かなり異なった音色ですよねえ。これにはびっくりします。中間部でも伸び伸びした展開。そして第4楽章。冒頭からこんな優しい演奏があったのかと思うような流れ。全体的に非常にまろやかに音色もブレンドされており、心が和んでいくようであります。終楽章でこんな気持ちになることができ、これはこれで心が救済されるようでもあります。
昨日は、土用の丑の日でした。平賀源内の策略でウナギを食べることが言われますが、ウナギって最近高いですからねえ。ほとんど食べたことがないのでありました。食べたいですねえ。
(SONY 88843014642 Calro Maria Giulini The conplete SONY recordings 輸入盤)
ということで、かルロ・マリア・ジュリーニの演奏であります。私は、これまでこの指揮者はあまり聴く方では無かったのでした。しかし、CDはそれまりに買っていたので、ふとしたことから、これは聴かねば、と思った次第であります。この人は、若い頃にイタリアでスカラ座の音楽監督となり、カラスの椿姫などの録音を残していますね。そして、1970年代にはシカゴ響やウィーン響、ロス響などの指揮者を歴任して、1980年代以降はVPO,BPO,RCOなどの欧州の著名なオケを振って、名盤を残してくれてます。しかし、系統だった録音ではないのが、少々残念な気もしますが、まあ全集をしっかり残すのがよいとも限りませんからねえ。1991年の録音。
モーツアルトの40番、超有名曲でもあって、CDの数もたくさんあると思います。しかし、1990年代以降は10、2000年以降は9の録音があるくらいで、1990年以降の25年間には、19種類の録音がされたのみ。そして、その中には古楽器によるものが大半を占め、モダン楽器の演奏は、このジュリーニに加え、ムーティ、ヴァント、チェリビダッケ、ヴェーグ、アバドのみなのですね。21世紀になってからは、アバドくらいしかないのが実情なんですねえ。
そして、このジュリーニの演奏は、言うまでもなくモダン楽器による旧態然としたものであります。といっても、私は、モダン楽器の演奏の方が、断然好きなので、このジュリーニのような演奏はでなくてはならない派なのです。それは、この演奏のように、BPOのそれぞれの楽器の特徴的な音色は、モダン楽器でしか聴けないものですし、加えてジュリーニによる哀愁帯びた、そして儚さに満ちた表現も同様ではないか、と思うのです。このジュリーニの40番、まずテンポが非常にゆったりとしております。そのゆったりの中で、ジュリーニのの曲への思いが吐露されています。そしてその思いが、まことにうまく表現されて、まさにカンタービレです。また、強弱による表情も巧みで、それによってこの曲の儚さのようなものもうまく表現されています。そんなジュリーニの意図を実現しているのがBPOです。実にやさしく、暖かく、演奏しています。そして、水も漏らさぬ名演になっているのですねえ
第一楽章ゆったりとした流れでテーマが奏でられる。おっとりとして少々弱気な雰囲気をもちながら、強弱の様子も理想的で、それによってこのテーマが実にこころに響く。そして、木管の音色がこれもちょうどいいように暖かみが加わる。BPOは実に暖かい演奏であります。第2楽章、弱音による弦で始まります。この暖かみのある弦により悲しみではなく、切々と諦めにも満ちた感情が表現されていきます。この楽章の演奏、私は好きです。人の微妙な感情が滲み出るように現れているのです。第3楽章メヌエット。ここでもゆったりと、そして暖かみのあるメヌエット。決して鋭角にはならず、悲しみに対して優しさで呼応するよう。でも、ここまででみ思うのは、BPOの演奏。カラヤンやアバドの振っているときには、かなり異なった音色ですよねえ。これにはびっくりします。中間部でも伸び伸びした展開。そして第4楽章。冒頭からこんな優しい演奏があったのかと思うような流れ。全体的に非常にまろやかに音色もブレンドされており、心が和んでいくようであります。終楽章でこんな気持ちになることができ、これはこれで心が救済されるようでもあります。
昨日は、土用の丑の日でした。平賀源内の策略でウナギを食べることが言われますが、ウナギって最近高いですからねえ。ほとんど食べたことがないのでありました。食べたいですねえ。
(SONY 88843014642 Calro Maria Giulini The conplete SONY recordings 輸入盤)
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