『大相撲と鉄道 きっぷも座席も行司が仕切る⁉︎』
木村銀次郎著(能町みね子・イラスト)、交通新聞社(交通新聞社新書)、2021年
毎月発行されている『JR時刻表』をはじめとした、鉄道に関わる雑誌や書籍を出版している交通新聞社。そこが刊行する「交通新聞社新書」は、鉄道の魅力や面白さをバラエティ豊かな切り口で取り上げた、鉄道好きならずとも興味をそそるような書目がいろいろとあって、最近気になる新書レーベルです。今回取り上げる『大相撲と鉄道』も、その一冊であります。
本書は現役の幕内格行司で、大の鉄道ファンでもある木村銀次郎さんが、大相撲と鉄道との関わりの歴史やエピソードを、自らの体験を織り交ぜながら綴った一冊です。いわゆる雑学本の一種ではありますが、知らなかったことがたくさん記されていて、「へぇ〜」というオドロキとともに楽しく読むことができました。
力士が土俵に上がり、勝負が決まって勝ち名乗りを上げるまでの一切を取り仕切る行司さんですが、行司さんが担っている仕事は多岐にわたります。土俵上の仕切りにとどまらず、番付表や館内の電光掲示板などに独特の書体で記されている「相撲字」を書いたり(「行司は習字」といわれるほどだとか)、土俵上の勝敗や決まり手、来場者への案内などの場内アナウンスを行ったり、地方巡業の時には勧進元(興行主)との折衝を補佐したり、さらにはイベントやパーティーの受付や司会進行を務めたり・・・。行司さんのお仕事がこれほどまでに幅広いということに、まずは驚かされました。
そんな多岐にわたる行司さんの重要な役目のひとつが「輸送係」。年3回の地方場所(このときの移動のことを「大移動」という)や、各地への巡業時における親方衆や力士、行司、呼出し、床山といった面々の移動手段を勘案し、手配するのがその仕事です。
「大移動」時には180人から280人にのぼるという多くの人びとを、いかに安全に、かつ合理的に輸送するかを、地方場所や巡業のスケジュール、鉄道の運行状況をしっかりと把握した上で計画し、必要な人数のきっぷを手配する「輸送係」の仕事は、土俵上の仕切りに劣らないくらいの責任が伴う大変な役目であります。本書では過去の事例を挙げながら、その仕事の内容が詳細に語られています。
なかでも神経を使うのが、登場する人たちの席の割り振り。親方衆の隣には、力士を座らせないように配慮するといいます。身体の大きな力士が隣に座ることは物理的に窮屈な上、力士のほうも隣が親方衆ではゆっくり寛ぐどころではなくなってしまうから・・・というのがその理由です。また、3人掛けの座席に体重160kg超の力士がきっちり3人で座ることは不可能なので、身体が大きな力士の隣には体重100kg未満の幕下以下の力士などを「パズルのピースを埋めるように」配していくのだとか。・・・いやはや、これはかなり大変そうだわ。
一方で、相撲の世界は番付がモノをいう厳しいタテ社会でもあります。窮屈な思いをせず、ゆったりと座れるグリーン車に乗れるのは十両以上の関取衆。それ以下の力士は、1両に最大で100名を乗せるという「大移動」の車内で、窮屈さに耐えなければなりません。そんな「大移動」にまつわるエピソードで印象的なのが、元大関琴欧洲(現・鳴門親方)が味わった苦労話です。
平成15年(2003)の大阪場所でのこと、入門して間もなかった頃の琴欧洲が、ケガをして松葉杖をつきながらの痛々しい姿で改札口へとやってきたのを目にした銀次郎さんは、2人掛けの通路側にあたる席のきっぷを手渡しました(「大移動」では座席割りは行わない)。しかし、乗車後に見まわってみると、なんと琴欧洲は3人掛けの、しかも真ん中の席で身体の大きな兄弟子に挟まれ、トイレにも立つことすらできない状態で座らされていました。兄弟子に座席を交代させられていたのです。
厳しいタテ社会とはいえ、なんとも理不尽な仕打ちに「悔しくて腹が立って、絶対にこの人たちより強くなってやろうと心に誓った」という琴欧洲は、その大阪場所で6勝1敗という好成績を残し、その後大関にまで上りつめていくことになったのです。そんな屈辱をバネに奮起したからこそ、琴欧洲は多くの人たちに愛されるお相撲さんになったのかもしれません・・・。
そのほかにも、鉄道の運転士に転身した力士のお話や、大の相撲好きでもあったという建築家・辰野金吾が設計した東京駅は、横綱の土俵入りをイメージしたものという話なども、実に興味深いものがございました。平成29年(2017)の九州北部豪雨で被害を受けた、福岡県東峰村にある「大行司駅」のエピソードには、ちょっと目頭が熱くなりました。
本書を読んでいると、著者である銀次郎さんの並々ならぬ鉄道愛がじんじんと伝わってきました。輸送係を離れていたとき、相撲列車として運行していた本州〜北海道間の寝台車連結の特別仕様列車に乗ることができず「胸の奥から妙な悔しさがこみ上げて」きたと回想していたり、機械で印刷される券よりも手書きの券のほうが「温かみや独特の旅情を掻き立てられる」とお書きになっていたり。
本書には、銀次郎さんの師匠である峰崎親方(元幕内・三杉磯)との師弟対談も収められています(聞き手は、本書のイラストを描いている能町みね子さん)。
兄弟子の席を取ろうと、ホームに入ってきた車両に飛びついてグーパンチで扉を破ったり、通路を挟んで麻雀をやってるのでトイレに行けず、やむなく網棚を通って(!)移動したり・・・と、相撲列車をめぐる、今では考えられないような抱腹絶倒のエピソードを語っておられる峰崎親方もまた、鉄道模型をたくさん持っていたほどの鉄道好きといいます。
その峰崎親方は、先だっての三月場所をもって停年を迎え、部屋も閉鎖されることになったのだとか。銀次郎さんは、本書が「師匠の停年へのはなむけ」になれれば・・・と後書きでお書きになっていて、なんだか暖かな気持ちになったのでありました。
世の中が新型コロナウイルスをめぐるパニックで狂ってしまった昨年(2020)以降は、年3回の地方場所や巡業もなくなってしまいました。昨年走った相撲列車は、2月23日に東京から大阪を走った1本のみだったとか。お相撲さんと地方の人びとが触れ合うことのできる貴重な機会が、コロナ騒ぎのせいでことごとく奪われてしまったことは、まことに残念なことであります。
一日も早く世の中がまともに戻って、お相撲さんと地方の人びとを繋げる相撲列車が走れるようになることを、願わずにはいられません。
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