読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

3年ぶりの熊本がまだせ旅(第4回)温泉と歴史ロマンの町、山鹿散策を満喫

2022-11-13 19:12:00 | 旅のお噂
3年ぶりの熊本旅の2日目である10月9日(日曜日)。ホテルでの朝食を済ませ、チェックアウトしたわたしは、熊本バスターミナルから路線バスに乗り、熊本市の北のほうにある山鹿市へと向かいました。
実は、2日目をどこで過ごそうか、ギリギリまで迷っておりました。久しぶりの熊本ということで、3日間すべてを熊本市内散策にあてようかなあ・・・とも考えましたが、以前山鹿を訪ねたとき、豊前街道沿いの宿場町として栄えた昔を偲ばせる風情ある街の雰囲気に魅了されたこともあり、また山鹿にお邪魔することにいたしました。

熊本バスターミナルから、路線バスに揺られること1時間。山鹿の中心部に到着いたしました。バス停を降りると、すぐ目の前に風格ある建物が建っております。温泉の街でもある山鹿を象徴する存在である共同浴場「さくら湯」です。

「さくら湯」のルーツは、江戸時代に肥後細川藩の初代藩主・細川忠利によって建てられた御茶屋に始まります。明治時代に入って共同浴場となり、四国の道後温泉を手がけた棟梁・坂本又八郎による大改修で唐破風の玄関がついた風格ある建物が建てられました。その後、昭和48(1973)年の再開発事業によって建物は解体されてしまいますが、山鹿の歴史と文化を大切にしようという市民の声を受けて、平成24(2012)年にかつてと同じ場所で、昔のままの佇まいで再建されました。
350円で入浴券を購入して、さっそく湯に浸かりました。浴槽には、地元の方とおぼしい先客が数人、お湯に浸かっておられました。広々とした浴槽に満たされているぬるめのお湯はトロリとしていて、いかにも肌に良さそうであります。外観と同様、明治の頃と同じ形で復元されたという浴室内は天井が高く、浴槽の広さと相まって実に解放感があります。わたしはお湯の中でめいっぱい手足を伸ばし、開放感の中でお湯を楽しみました。
浴槽の脇の壁には、地元の商店や企業、ホテルの広告板が並んでいるのですが、これがレトロ感のあるデザインで、古き良き共同浴場の雰囲気を醸し出してくれます。そんな浴室内には、あのくまモン様が入浴するわれわれを見下ろすように立っていて、微笑ましいのであります。
くまモン様に見守られながら、わたしはしばしの間、山鹿の湯を堪能したのでありました。

「さくら湯」で温まったわたしは、かつて豊前街道だった通りを散策いたしました。通り沿いには、宿場町として栄えていた頃の面影を残す町並みが続いていて、実に風情があります。

江戸の雰囲気を残す町並みの中に、ちょっとレトロモダンな感じの建物がありました。ガラス窓を見ると、「山鹿青年会議所事務局」という文字が。これもまた、いい感じの建物でありますねえ。

そして、市内を流れる菊池川のほうまで進むと、そこには明治時代から続く日本酒の蔵元「千代の園酒造」がございます。真っ白な煙突に入ったひび割れは、6年前の熊本地震のときのものだとか。あの地震はここ山鹿にも、大きな揺れをもたらしていたのです。


この日の天気は朝から曇り空。ときおりポツポツと小雨も降り出しておりましたが、散策には特に支障はありませんでした。街中には、散策を楽しむ観光客の方々がちらほら。
そうこうするうちに時刻はお昼時・・・ということで、食事処「彩座(いろどりざ)」さんに立ち寄ることにいたしました。

開店する11時の少し前にやってきたのですが、お店の前には早くも、開店をお待ちの観光客の皆さまが十数人ほどおられました。人気のあるお店のようですねえ。
街の中にある古い芝居小屋「八千代座」にひっかけてなのか、芝居小屋の雰囲気を演出した店内。市内のお店や企業の広告を枡形に並べた天井も、どこか芝居小屋風だったりいたします。

せっかく熊本に来てるんだし、ここいらでなにか馬肉料理でも・・・ということで、看板メニューである「馬重」を注文いたしました。


お重に盛られたご飯の上に馬肉を敷き詰め、タレをかけて食べる「馬重」。ほどよく脂がついた馬肉もさることながら、タレが染みたご飯がまた美味しく、ボリュームもしっかりありました。
食事のおともはもちろん、地元の「千代の園酒造」さんのお酒。スッキリした味と飲み口は、食中酒としてもうってつけ。おかげさまで真っ昼間から、いい気分にさせてもらいましたぞよ。


美味しい料理とお酒でいい気分になったところで、ふたたび山鹿の歴史文化を探究すべく、「山鹿灯籠民芸館」にお邪魔いたしました。

室町時代から続いている、国指定の伝統工芸「山鹿灯籠」。毎年8月15・16日には「山鹿灯籠まつり」も開催され、金灯籠を頭に掲げた1000人の女性による踊りが披露されます。ここ「山鹿灯籠民芸館」では、山鹿灯籠の数々の名品を鑑賞しながら、その歴史と文化を知ることができます。
建物として使われているハイカラなモダン建築は、1925(大正14)年に安田銀行山鹿支店として建てられたもので、こちらも国によって登録有形文化財にされています。縦長の窓枠や、飾りのついた天井を持ったがっしりした造りが、いかにも昔の銀行という感じがしていいですねえ。

館内には、「山鹿灯籠まつり」で使われる金灯籠はもちろん、さまざまな建物を模して作られた灯籠の数々をじっくり見ることができます(館内は撮影可ということで、作品の数々も写真に収めさせていただきました)。
地元の「さくら湯」や「八千代座」をはじめ、熊本城や法隆寺の五重塔、金閣寺、上野の東照宮などなど、建物の細部に至るまで精密に作り込んだ作品の数々は実に圧巻でした。これらすべてが、木や金具を一切使わずに和紙と糊だけで作られているというのですから、ただただ驚嘆するばかりです。







作品の中には、この「山鹿灯籠民芸館」を模して作られたものや、航空自衛隊のブルーインパルスの飛行機を模したものといった変わりだねも。


民芸館のガイドである男性からの解説を聞きつつ、館内を見て回りました。山鹿灯籠の職人さんたちも世代交代が進んでいて、若い世代、とくに女性が多くなってきているとのこと。
民芸館として使われているモダンな銀行建築は、6年前の熊本地震の直前に鉄筋による補強が行われたそうで、補強が完了して間もなく、山鹿は震度5強の揺れに見舞われたといいます。確かに、建物の内部には丈夫な鉄筋が通っているのが見てとれます。よくぞ補強が間に合ったものだな・・・と思うばかりです。

見学を終えて外に出ると、民芸館の脇に立っている郵便ポストの上に、金灯籠を模して作ったオブジェがちょこんと立っておりました。これもまた、微笑ましかったねえ。


「山鹿灯籠民芸館」から、今回の山鹿訪問で最後に立ち寄る場所となる芝居小屋「八千代座」へ。そこへ向かう道もまた、かつての豊前街道の賑わいを偲ばせる風情が漂います。


その旧豊前街道から脇に入ってすぐのところに、「八千代座」があります。


どっしりとした佇まいの建物は、地元の商人によって明治43(1910)年に建てられたもので、枡席や花道、人力による廻り舞台や奈落が設えられた、江戸時代の歌舞伎小屋の様式を伝える構造となっています。
昭和40年代に入ると使われることもなくなり、雨漏りがするほど傷みも進んでしまっていたそうですが、地元市民により保存への機運が高まり、それが実ってか昭和63(1988年)には国の重要文化財に指定。さらに平成8(1996)年からの5年にわたった大改修により、全盛期であった大正時代の華やかな雰囲気が再現されました。現在では「さくら湯」とともに、山鹿を象徴する存在となっていて、歌舞伎をはじめとしたさまざまな公演の舞台として活用されております。
公演がない時には内部の見学も可能、ということなのですが、以前訪れたときにはジャズか何かのコンサートの公演のため、中に入ることはできませんでした。
今回訪れたときも、何かの公演が開催されている最中。入り口におられた方に訊くと、熊本県下のフラグループが集まってのボランティア公演を開催しているところだ、といいます。とはいえ、「通常の見学はできないのですが、中に入るのは大丈夫ですよ」とのことでしたので、「お気持ち」程度のお金をカンパとして出し、スリッパをお借りして中に入りました。
(公演中ということもあって、内部を撮影することは一切控えさせていただきましたが・・・)
桟敷席の2階からは、劇場内の構造をひと通りつかむことができました。舞台に面した中心部には、枡席で区切られた客席が整然と並び、それを囲むように二階建ての桟敷席が。そして天井を見れば、これまた枡形に区切られた広告板がずらり・・・。薄暗い灯りに照らされた劇場内部の光景を見ていると、なんだか昔にタイムスリップしたかのような感覚を覚えました。そんな昔ながらの空間の中で見るフラの舞いというのも、なかなか味があっていいものでしたねえ。
劇場の一角には、「八千代座」の再建に関わった方々のお名前がズラっと記された木札が掲げられておりました。地元山鹿の方々を中心とするご芳名のトップには、歌舞伎役者の坂東玉三郎・中村獅童ご両人と並んで「大沢啓二」のお名前が。

ああ、あの大沢親分も「八千代座」の復活に力を貸してくださっていたのか・・・そう思うと、なんだかちょっと嬉しい気分がしたのでありました・・・。


                             (第5回へつづく)


『THE MAKING』を(ほぼ)コンプリートで観てみた。 【その11】第126回〜第140回

2022-11-06 17:21:00 | ドキュメンタリーのお噂
さまざまな製品が製造されていく過程を、余分な要素を排したシンプルな構成で辿っていく科学技術教育番組シリーズ『THE MAKING』。300回を越えるそのレギュラー回(+スペシャル版)のうち、現在見ることができるすべての回を観た上で、ごくごく簡単な見どころ紹介と感想を綴っていくという続きもの記事、しばしブランクがございましたが、久しぶりに11回目をお届けしたいと思います。


シリーズの詳しいご説明などは【その1】に譲ることにして、今回は第126回から第140回までを紹介していくことにいたします。サブタイトルに続いて「サイエンスチャンネル」の公式YouTubeチャンネルにアップされている該当回の画面を貼っております。ご覧になる際の参考にでもなれば幸いであります。
諸事情により、現在配信されていない回については、サブタイトルに続き「欠番」と記しております。また、現在配信されている回についても、配信元の都合により動画の公開がなされなくなる場合もあるかと思われますので、その節はどうぞご容赦くださいませ。

(126)絹糸ができるまで

前半部分、桑の葉ごと取り出されたカイコの上に網をかぶせ、桑の葉とカイコを分離するやり方や、「回転まぶし」という回転する棚のようなものを使って、ひとつひとつの部屋に入ろうとするカイコの習性を利用して繭を作らせる過程が興味深かったです。コンベアに乗せられて流れてくる繭が、カメラにぶつかってくる映像は、なかなか面白かったですな。

(127)ジーンズができるまで

前の部分と後ろの部分を分けて作って、それを縫い合わせるという工程で作られるということを、これで初めて知りました。生地を裁断するとき、ムダが出ないようコンピュータでパーツを配置し、それを型紙に落とし込んで裁断するという工夫にも感心。裏返した形で縫い合わされ、洗浄されたジーンズを、一瞬にして表の地に返す機械が面白かったな。

(128)(牛乳パックのリサイクル)トイレットペーパーができるまで

主な原料がリサイクルされた牛乳パックであることや、紙と分離された外装フィルムが燃やされるときの蒸気も、工場内の設備を稼働させるために有効活用されていることを知り、勉強になりました。一緒に混ぜる古紙を処理する釜の名称が「地球釜」というのもいいねえ。

(129)自転車タイヤができるまで

ナイロンをすだれ状に織った下地をゴムで覆い、それでワイヤーをくるんだ「カーカス部」と、路面に接する「トレッド部」を別々に作って、その二つを貼り合わせて成形・・・と、工程を追うことでタイヤの構造もよくわかりました。

(130)ピンポン球ができるまで

機械的にポンポンと大量生産されているかと思いきや、規格に基づいた厚みや重さをけっこう厳密に調整しつつ、4ヶ月にわたり手間ひまかけて作られている、ということに驚きました。成形のときも、機械で押さえ込んだり戻したりを繰り返しながら、厚みが均等になるように伸ばしたり・・・という具合。仕上げの整形は、炉の中で熱を加えて内部の空気を膨張させることによってなされるんだねえ。

(131)たまごパックができるまで

リサイクルしたたまごパックを粉砕し、新しいパックを製造していく工程と、それにたまごを詰めて出荷するまでの過程を追ったもの(たまごパックの生産現場は宮崎県南郷町でした)。パックの原料となるシートを裁断するときに出る切り屑も、再びしっかりとリサイクルに回されているところに感心いたしました。

(132)ふりかけができるまで

ふりかけや、まぜごはんの素などに使われる材料(かつお節やわかめ、梅、ごま、のり、青のり)それぞれの加工工程。固まったものや変色したものはいちいち取り除くなど、細やかでしっかりとした選別ぶりに感心いたしました。

(133)ドレッシングができるまで

基本的にオートメーション化されている製造工程ではありますが、原料となる玉ねぎの上下と内皮を剥くところは人の手によってなされていて、(ホースに繋がれたエアガンで空気を吹き付けながらとはいえ)その機械顔負けの手早い動きには感嘆させられます。充填されてラインを流れていくドレッシングのボトルを、じーっと座って目視で検査している人もある意味スゴい(笑)。

(134)自動車用ホイールができるまで

正面のディスク部分と側面のリム部分を一体成形する「1ピースホイール」というタイプと、それぞれを別に作って接合する「2ピースホイール」というタイプ、2種類の製造工程。整形されたアルミニウム合金製のホイールを熱処理(約4時間、520℃で熱する「溶体化処理」)することで合金分子をきれいに整列させ、それを一気に冷やして固定させることで強度を出すのだとか。

(135)石油ファンヒーターができるまで

寒くなる時期に活躍する、石油ファンヒーターの製造工程です。ボディのパネルに使う重ねた鉄板を、一枚ごとに取り出しやすくするため、強力な永久磁石で鉄板に磁力を持たせ、反発させて浮かせる・・・というアイデアが面白かったですねえ。

(136)トウフができるまで

豆腐屋さんによる手づくりのお豆腐・・・ではなく、ここでは大豆の洗浄からパック詰めに至るまでの工程が、オートメーションでなされる豆腐の製造現場が紹介されています。豆腐を固めるには、温かい豆乳にニガリを加える方法と、冷たい豆乳とニガリを混ぜて温める方法の2つがあるのだとか。

(137)グラスビーズができるまで(欠番)

(138)冷凍たこ焼きができるまで

1日に45万個もの冷凍たこ焼きを生産する工場での製造過程。タコを空気で吸いつけて鉄板に投入する「たこ投入装置」や、生地の表面に浮きあがったタコを沈める「たこ押し棒」といった独特の装置が、なんとも楽しいですねえ。これを見てると、無性にたこ焼きが食べたくなってくるなあ。

(139)消しゴムができるまで

粉末の塩化ビニルに、弾力を与える可塑剤や、炭酸カルシウムを混ぜて作られる消しゴム。炭酸カルシウムが鉛筆のカーボンを抱き込み、ちぎれやすくすることで文字を消すという消しゴムの仕組みが、これでよくわかりました。動物などをかたどったキャラクター消しゴムが、金型で成形されて押し出されてくるところも面白かったな。

(140)下水道管ができるまで

直径外径2メートル弱の大きな下水道管の製造工程。高速で回転する型枠にコンクリートを流しこみ、遠心力で外壁を造るところは迫力があって圧巻でした。そうすることでコンクリを均等に密着させ、頑丈な仕上がりになるのだとか。回転しながらワイヤーを溶接し、骨組みを作っていく機械にも目を見張りました。

これまでご紹介した回については、以下のページにリンク集と内容のもくじをまとめておきました。新しくアップした内容を追加しながら更新していきますので、気になる回をお探しになるときにお役立ていただければ幸いであります。

3年ぶりの熊本がまだせ旅(第3回)久しぶりに立ち寄った、熊本お気に入りの酒場で憩いの夜を満喫

2022-11-05 14:11:00 | 旅のお噂
熊本城の見学と散策をたっぷりと満喫し、少々足がくたびれてまいりました。ひとまず、初日に宿泊するホテルにチェックインして、ちょいとひと息つくといたしましょう。
初日に宿泊するホテルは、熊本市の中心部にある「PLACE HOTEL Ascot」。下通のアーケード街や、そこと交差する呑み屋街のすぐそばに位置する、実に使い勝手の良さそうなシティホテル。1階にはバーもあったりするのが、いいですねえ。
チェックインするときにフロントで渡されたのが、カードキー。実は、カードキーに接するのはこれが初めてのことで、最初部屋に入るときには少々戸惑ってしまいました。だんだん慣れてはいったものの、外出のときなどに失くしたりしないよう気をつけんといかんなあ・・・などと思ったことでした。
部屋に入ってシャワーを浴び、ひと息ついているうちに、そろそろ夕方という時間帯になってまいりました。さあそろそろ、熊本呑み歩きへ出陣であります!

ホテルを出て呑みに行く前に、まずは三年坂通りのビルの中にある「蔦屋書店 熊本三年坂」を覗きました。たくさんのお客さんで賑わう店内をザッとチェックして外に出ると、入口のテラスでジャズの生演奏をやっているコンビが。

この日は熊本市中心部の何ヶ所かを会場として、ジャズフェスティバルのようなイベントが開催されている最中でした。賑わう街のど真ん中にジャズの音色が流れるというのは、なかなかイキなもんですねえ。
下通のアーケード街に入ると、そこは多くの人が行き交っていて活気に溢れておりました。その中をひとりぶらぶらするこちらの気分も、自然にワクワクしてまいります。

下通界隈のど真ん中を突っ切る「銀座通り」に出ました。ふだんはクルマが行き交っている道幅の広い通りは歩行者天国となっていて、そこでもジャズの生演奏が行われておりました。

ジャズの生演奏が流れる繁華街の雰囲気もいいもんだねえ・・・そんなことを思いつつ、まずは1軒目のお店へと入ることにいたしました。銀座通りから呑み屋さんが密集する通りに入ったところにある居酒屋「料理天國」さんであります。

馬肉や地鶏、地魚をはじめとする熊本の美味いものや、居酒屋定番の料理を手頃なお値段で味わうことのできる、地元の方々にも親しまれている大衆酒場。6年前に初めて入り、たちまちお気に入りになったお店です。
わたしがこの日はじめてのお客だったようで、一人なのでカウンターにかけようとすると、お店の方は「まだ誰も入っていないので、テーブルでも大丈夫ですよ」と、広々としたテーブル席のほうに案内してくださいました。ちょいと恐縮しつつ、テーブル席でゆったりと憩うことにいたしました。
まずは生ビールとともに、ここでも地鶏「天草大王」をタタキでいただきました。焼いて食べても、すき焼きにして食べても美味しい天草大王なのですが、ジューシーな旨味がダイレクトに、口の中いっぱいに広がるタタキが一番美味しいんですよねえ。

生ビールを飲み干し、次は球磨焼酎「川辺」の水割りとともに「サラダちくわ」を注文いたしました。


ポテトサラダを穴の中に詰めたちくわを天ぷらにしたのが「サラダちくわ」。もともとは、熊本のお弁当屋チェーン「ヒライ」の人気惣菜だったのが、今では熊本のあちこちで食べられるB級グルメとなっています。そのままでも美味しくいただけますが、ときおりソースをつけて食べてもまた旨く、これもいいおつまみになるのですよ。
「川辺」の水割りもあっという間になくなり、次は熊本の日本酒を!ということで注文したのが、阿蘇・高森町の蔵元「山村酒造」の「れいざん」本醸造です。

真っ青なラベルから受ける印象そのものの、清涼感ある飲みやすさ。これぞまさしく、阿蘇が生んだお酒という感じがいいですねえ。熊本に来るとついつい呑みたくなる、お気に入りのお酒であります。
そして熊本の味といえばこちら、アツアツ揚げたての自家製辛子蓮根!

白状いたしますと、実は蓮根が好きというわけではなく、辛子蓮根もさほど美味しいとは思えなかったわたしなのですが、このお店で揚げたてを食べたことで、揚げたての辛子蓮根の美味さを認識させられ、それからはお気に入りの食べ物となりました。もちろんお酒にもピッタリで、「れいざん」もぐいぐいと進みます。
はじめはわたし一人だけだった店内も、地元の方や観光客が少しずつ入ってきて、だいぶ活気ある雰囲気に。わたしもけっこう、いい気分になってまいりました。ここいらでひとまず切り上げるといたしましょう。

「料理天國」でお勘定を済ませ、再び銀座通りに出てみると、ジャズセッションもだいぶ、佳境に入ってきている様子でした。ステージの前に並んでいるイスに腰掛け、しばし耳を傾けることにいたしました。

演奏しているメンバーは、熊本のみならず九州各地から集まっているようで、中にはわが宮崎からやってきている方も。彼らが奏でるジャズのスイングが、ほろ酔い気分の身に心地よく響いてきます。いやあ、いい時に熊本に来たなあ・・・そんなヨロコビが湧き上がってきたのでありました。
歩行者天国となっている銀座通りは、たくさんの人で溢れておりました。延々と続いたコロナ莫迦騒ぎで、社会全体が気の滅入る雰囲気に包まれていたわけですが、こうやってたくさんの人たちが街に出て、イベントや飲食を楽しめるようになってきたことは、本当に喜ばしいことであります。


さあそろそろ2軒目に・・・ということで、その銀座通りに面したビルの中にあるバー「ADONIS BAR」に入りました。

ちょっと隠れ家的な雰囲気の本格派バーで、前々回(2018年)の熊本旅のときにはじめて入り、いっぺんでお気に入りとなったお店です。カクテルやウイスキーなど、豊富に揃った美味しいお酒はもちろんのこと、気さくなお人柄のマスター氏との会話がまた、楽しみなのであります。
とはいえ、このお店にお邪魔するのも3年ぶりのこと。果たしてマスター氏はこちらのことを覚えていてくださっているだろうか・・・若干の緊張を胸にドアを開けました。
「いらっしゃいませ・・・おお!これはお久しぶりです!」
マスター氏、しっかりこちらのことを覚えていてくださっておりました。あっという間に緊張も消えてなくなり、嬉しい気分とともにカウンターに腰掛けました。
お店の奥のほうにある窓は開け放たれていて、そこから銀座通りの賑わいが店内に伝わってきます。「きょうは外の演奏を聴きながらやってるんですよ」とマスター氏は言い、「せっかくだから窓のほうにどうぞ」と、入口近くに座っていたわたしを窓に近いほうの席に移らせてくださいました。
このお店に来てまず飲みたいのが、季節ごとのフルーツを使ったカクテル。今は何ができますか?と訊ねると、「シャインマスカットのジントニックはどうでしょう」とのお答え。おおそれは良さそうだのう・・・ということで、まずはそちらを注文いたしました。

シャインマスカットのみずみずしさと、ジントニックの爽快さがマッチした飲み心地が最高。この日は少し暑いくらいだったので、最初の一杯にはうってつけでありました。
カクテルを飲み干したら、お次はウイスキーを。これもまた、豊かなウイスキーの知識をお持ちのマスター氏のおまかせで・・・ということで、スコッチウイスキー「フィンドレーター」の8年ものを水割りでいただきました。

今回初めて飲んだ銘柄だったのですが、深みのある味と香りを持ちながらも飲みやすく、心地よく喉を潤してくれます。
マスター氏は読書好きということもあり、カウンターには書物も何冊か置かれています。「今ちょっと、この人のにハマってるんですよ」と言いつつ出してこられたのが、今年の2月に54歳という若さで亡くなられた私小説作家・西村賢太さんの本でした。

わたしと近い年代であり、下の名前が同じ(笑)ということもあって、西村さんはどこか気になる存在でありました。とはいえ、多少クセのある作風にいまいち馴染めず、しばらくその著作からは離れておりました。
ですが、マスター氏が出してこられた西村さんの本をパラパラ拾い読みしているとなかなか面白く、また西村作品を読んでみたくなってまいりました。コロナ莫迦騒ぎに踊らされ、必要以上にビビって萎縮するような世間の風潮にウンザリしまくったわたしには、西村さんのような風狂無頼の精神が、どこか魅力的に感じられたのです。
これは面白そうだなあ、ぜひ買って読んでみます・・・というわたしに、マスター氏は「よかったら差し上げますよ」とおっしゃるではありませんか!恐縮しつつも、ありがたく『随筆集 一私小説書きの独語』と『一私小説書きの日乗』(ともに角川文庫)を頂戴させていただきました。
カウンターにあった本の中でもう一冊、面白そうだと思ったのが、マスター氏お気に入りの作家でもある開高健さんの『風に訊け ザ・ラスト』(集英社文庫)。

一般の読者から寄せられた悩みごとや難問・珍問・奇問に、開高さんが持ち前の教養とユーモアを発揮しながら回答していく、という内容。これも拾い読みするとなかなか愉快で、一杯飲みながら読むのにもうってつけという感じがいたします。第一弾となる『風に訊け』ともども、買って読んでみることにいたしましょう。
思うに、わたしはこれまでも、このお店のマスター氏のような「街の文化人」「街の賢人」といえるような方々から、自分が読むべき本をいろいろと教わってきました。やはり一昨年前に逝去された、評論家・著述家の坪内祐三さんがおっしゃっていた「ストリートワイズ」を体現する、このお店のマスター氏のような「街の文化人」「街の賢人」こそ、賢しげなだけで空虚な「専門家」からは得られない、生きるために必要な知恵やヒントを与えてくれるありがたい存在であるように思います。

「ADONIS BAR」の店内も、いつしか多くのお客さんで賑やかになっておりました。その中におられた、福岡から来られたご夫妻と親しくお話させていただき、おススメの焼き鳥屋さんやラーメン屋さんを教えてもらいました。そういえば、福岡にも長らく足を運んでいなかったなあ。近いうちに、福岡食べ歩き&呑み歩き旅を計画するのもいいかもなあ・・・。
気がつけば時刻も11時近く。今回も、時を忘れるほど楽しく過ごすことができました。また必ず寄らせていただくことをマスター氏に約束しつつ、「ADONIS BAR」を後にいたしました。

ふだんは飲んだあとのラーメンを自粛しているわたしなのですが、せっかくラーメンの美味しい熊本に来たのですから、ここはやはり締めにはラーメンを・・・ということで、「黄金ラーメン」さんへ。


四角いどんぶりに盛られて出てきた、しっかりした旨味の正統派とんこつラーメンが、スルスルと胃袋に収まりました。かくて大満足のうちに、初日の熊本呑み歩きは幕となったのであります。


                            (第4回へつづく)