読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【特集】無性に本屋さん巡りに出かけたくなってくる、3冊の本屋ガイド本 + おススメ本屋本9点

2018-09-24 07:49:41 | 書店と出版業界のお噂
ネット書店の伸長、電子書籍の普及、業界の制度疲労・・・いろんな理由が重なり合うなか、全国各地で書店が消えていっている昨今。出版業界、書店業界を取り巻く状況には、きわめて厳しいものがあります。
そんな状況の中、各地にあるさまざまなタイプの本屋さんを紹介したガイド本3冊が、春から夏にかけて立て続けに刊行されました。いずれも写真がたっぷりと盛り込まれていて、見ていくうちに本屋さん巡りに出かけたいという気持ちにさせてくれます。
今回はその3冊を、関連書とともにまとめてどーんと、特集というカタチでご紹介してみたいと思います。ひときわ長〜い記事となりそうですので、どうかお時間のあるときにでもお目通しいただけたら幸いであります。



『ニッポンの本屋』
本の雑誌編集部編、本の雑誌社、2018年

あらゆる本が揃った大規模書店から、本好きを唸らせる品ぞろえの個性派書店、そして地域に密着した “町の本屋さん” ・・・。そんなさまざまなタイプの書店を、店内風景の写真をめいっぱい盛り込んで紹介したのが『ニッポンの本屋』です。
『本の雑誌』の巻頭で現在も続いている連載企画「本棚が見たい! 本屋編」をまとめた単行本の第1弾であり、以前ご紹介した『絶景本棚』(拙ブログの紹介記事はこちらを)の姉妹編でもある本書。平台に積み上げられた本の表紙や、棚に収められている本の背表紙の文字もしっかり見える精細写真の数々から、それぞれの本屋さんの雰囲気や個性が鮮やかに浮かび上がってきて、興味が尽きません。

取り上げられている本屋さんは34店舗。まずは、日本の東・西それぞれを代表する2軒の本格派書店が紹介されています。
西の代表は、京都市中京区にある「三月書房」。一般の書店ではあまり優遇されているとは言いがたい、短歌関連の本をたくさん集めた棚(一部はガラスの入った扉もついていたりします)からは、やはり独特の磁場のようなものが感じられます。その一方で、雑誌や文庫、新書といった手に取りやすい本もしっかり置かれています。また、『善き書店員』やシリーズ『出版人に聞く』などの、出版や書店をテーマにした本を集めた一角も目を引きます。
東の代表は、多彩なフェアや情報発信を行なっていることで名高い、東京都は千駄木にある「往来堂書店」。同じジャンルの書籍と雑誌を融合させた棚には、面白そうな本がいろいろと並んでいて、見ているだけでワクワクしてまいります。映画関連書の棚には『戦前日本SF映画創世記』や『傑作ドキュメンタリー88 観ずに死ねるか!』といった、いかにも好きモノ(含わたし)向けの本があったりして思わずニンマリ。“東京” をテーマにした本を集めた一角も、さすがという感じがいたします。
「三月書房」と「往来堂書店」。機会があればお邪魔してみたい、わたしの憧れの本屋さんであります。

九州新幹線「つばめ」などをデザインした水戸岡鋭治さんが店内デザインを手がけた、東京都日本橋の「タロー書房」。湾曲した空間にズラリと並んだ本が圧巻で、とりわけノンフィクションや人文書の品揃えの充実ぶりには思わずため息が。また、各ジャンルの近刊が一堂に並ぶ、神田神保町の老舗「東京堂書店神田神保町店」の “本の島” も、いまの日本における知が凝縮されているかのような感じで、これまた圧巻でした。
もちろん “町の本屋さん” も頑張っております。杉並区の「サンブックス浜田山」は、外観こそどこにでもあるような “町の本屋さん” なのですが、歴史や人文・社会科学系の書籍の品揃えがハンパではなく、驚かされます。日本文学・日本文化研究家のドナルド・キーンさんの著作を集めた一角には、キーンさんが来店された(!)ときのサイン入りの記念写真も。町の本屋の底力を感じさせてくれるお店であります。

正統派の本屋さんはもちろんですが、個性的なコンセプトの本屋さんもまた魅力的です。
作家・戸井十月氏も設立に関わったという、「ミニコミ・小流通出版物取扱書店」を標榜する新宿区の「模索舎」。市民運動のパンフや新左翼・右翼の機関紙を「原則無審査」で並べているコーナーには、“天皇制” “監獄・死刑” “東アジア反日武装戦線” といった、容易には近づき難いような文言が。書籍の棚にも、“60年安保” “全共闘” “連合赤軍” などといった「いかにも」なコトバを冠した書物も見られたりしますが、その一方で植草甚一や都築響一といった方々の著書や音楽関連など、サブカルチャー方面への目配りもなされていて、いろいろと面白い発見がありそうです。
取り上げられている本屋さんの多くが関東圏、関西圏という中で、ひときわ異彩を放つのが沖縄にある2軒の本屋さんです。そのうちの1軒である那覇市の「市場の古本屋ウララ」は、わずか3坪という店内に、沖縄の歴史、風土、文化、沖縄戦と基地問題、そして文学作品など、さまざまな側面から沖縄をテーマにした本が並んでいます。お店の場所が、沖縄の人びとの暮らしに密着した公設市場の目の前ということもあって、ココロとカラダの両方でしっかりと、沖縄を感じることができそうです。

『ニッポンの本屋』には、『本の雑誌』掲載時には営業していたものの、その後閉店してしまった本屋さんの在りし日の情景も収められております。
東京の渋谷区にあった「幸福書房」。地元在住の作家・林真理子さんのサイン会も開催され、「真理子ファンの聖地」とも呼ばれていたお店です。「ごく当たり前の、街の本屋ですよね。好みや主義主張を押しつけるわけじゃないです」と語りつつも、読みごたえのありそうな本をしっかりと揃えていたことが、本書の写真から窺えます(みすず書房の本もけっこう、たくさん並べられておりました)。しかし、開店から40年続いていたこのお店も、今年(2018年)の2月に閉店となりました。
ほかにも、2015年7月に閉店したリブロ池袋本店の、閉店前日の店内風景も収録されています。歴代スタッフが選んだ「今も心に残るこの一冊」や、40年の歩みをその時々の話題になった書物で辿ったコーナー、そして円柱にびっしり記された、閉店を惜しむ著名人たちの寄せ書き・・・。それらの写真からは、このお店が確かに、一つの時代と文化を作り上げてきたということが、ひしひしと伝わってまいりました。
一度は訪ねてみたかった、リブロ池袋本店。その閉店がつくづく、悔やまれてなりません。

さまざまな個性を持った本屋さんの店内風景を楽しめるとともに、それらがいかに豊かで、かけがえのない空間なのかを伝えてくれる一冊であります。



『全国 旅をしてでも行きたい 街の本屋さん』
G.B. 2018年

新刊書店や古本屋、ブックカフェなど、多彩な業態の全国各地の本屋さんを、地域ごとに185店紹介した本格的な本屋ガイド本です。
店舗データにはアクセス情報のほか、取り扱っている商品や本のジャンルの説明、飲食メニューの有無、そして店舗の屋号に込められた意味などの情報が盛り込まれており、実際にそれぞれの本屋さんを訪ねてみようという時にも、役に立ってくれそうです。

さまざまなジャンルからセレクトした1万円分の本を発送してくれる「1万円選書」で一躍有名になった「いわた書店」(北海道砂川市)。「文庫X」などの斬新な仕掛け販売と書籍愛で、お店独自のベストセラーを生み出す「さわや書店フェザン店」(岩手県盛岡市)。惜しまれつつ閉店した「岩波ブックセンター」の跡地に生まれた「神保町ブックセンター」(東京都千代田区)。業界屈指の名物店長による棚作りで多くのファンを持つ「ちくさ正文館書店本店」(愛知県名古屋市)。京都のランドマーク的存在といえる名店「恵文社一乗寺店」(京都府京都市)。観光スポットとして大人気の美観地区の外れにある「蟲文庫」(岡山県倉敷市)。福岡を本の街にすることを目指す「BOOKUOKA」(ブックオカ)の拠点でもある「BOOKS KUBRICK」(福岡県福岡市)。
・・・などなど、地元はもちろんのこと、全国の本好きからも熱い注目を集めている各地域の名書店が、豊富な写真とともに軒並み網羅されていてワクワクさせられます。

本書で始めてその存在を知った「本屋さん」にも、実にユニークで面白そうなところがたくさんあります。
大阪市にある「Bar Liseur」(リズール)は、芥川賞作家の玄月さんが「本がどっさり置いてあるバーってないな。ないならやろか」ということで始めた文壇バー。壁一面に並んだ本を自由に閲覧できるほか、人気作家をゲストに招くイベントも開催しているとのこと。カウンターには、お客さん同士がおススメの本を紹介し合う「紹介カード」も置かれていて、本好きの人たちとの交流も楽しめそうです。
和歌山県新宮市の「Bookcafe Kuju」は、豪雨により床上2mも浸水し、取り壊しが決まっていた山奥の小学校の校舎をまるごと再利用したブックカフェ。懐かしさいっぱいの建物の中に、哲学や思想、暮らしに関する新刊および古本が並ぶほか、草刈り機のメンテナンスや婚活イベントなど多岐にわたるワークショップも行われているとのことで、地域おこしの拠点としての役割も担っているようです。
きわめつけのユニークな「本屋さん」といえそうなのが、長野県の「杣(そま)Books」。きこりを生業としている男性が、観音開きの本棚を背負って山に登り、その山頂で店を開くというもので、選書も登る山ごとに異なるのだとか。ううむ・・・スゴいというかなんというか。でも、案外これって、本を売ることの「原点」ともいえるのではないか、という気がしたりいたします。

特定のジャンルに特化した品揃えのお店にも、面白そうなお店が。東京都三鷹市の「book obscura」(オブスキュラ)は写真集がメインの古書店で、店内にはカメラがディスプレイされているほか、店内で写真の展示も行っているとか。また、大阪市にある「波屋書房」は料理関連書がメインで、料理のジャンルごとにコーナー分けもなされています。
絵本の専門店もいろいろと紹介されています。その中でもとりわけ心惹かれたのが、茨城県つくば市の「えほんや なずな」。2016年に市内の大型書店が閉店し、「絵本はどこで買えますか?」と尋ねられることが多くなったので、絵本を身近に手に取って買える場所を、と開業したお店です。店名の「なずな」には、「本屋のないこの地で、ペンペン草のように広がってほしい」という思いが込められているそうで、なんだかジンとするものがありました。

本がたくさん置かれている宿泊施設も、各地域ごとに取り上げられております。
北海道釧路市の、阿寒湖を望む温泉郷にある「阿寒の森 鶴賀リゾート 花ゆう香」は、千冊を超える絵本を備えたギャラリーが設けられていて、とりわけ北海道をテーマにした絵本の人気が高いとのこと。絵本はフロアやテラス、お部屋に持ち込み可能というのも嬉しいところです。
阿寒湖の自然と温泉を堪能しながら、ゆっくりと絵本に親しむ・・・実に贅沢で心地良い時間が過ごせそうであります。

九州・沖縄からは、先に挙げた「BOOKS KUBRICK」をはじめとして、18店舗が紹介されております。が、まことに残念なことに、わが宮崎県からは1軒も取り上げられておりません。
実際のところ、宮崎は地元に根ざした書店の数それ自体がきわめて少なく、取り上げるに値する本屋さんが見当たらなかった、というところなのではないでしょうか。お隣の熊本県からは、6軒もの本屋さんが取り上げられているというのに・・・。
本書の帯には、九州・沖縄について「もはや 〝本の島〟と言っても過言ではない」と書いてくださっているのですが、わが宮崎がその流れから取り残されている、ということがなんとも寂しく、また悔しく思われてなりません。

本書で紹介されている全国各地の「本屋さん」は、お店の大小や業態にかかわらず、どこも個性的で魅力たっぷり。かくも多様性に満ちた、本を売る場所、そして本と出会う場所が日本の各地にあるということは、とても楽しくて豊かなことだと、つくづく思います。
本書をヒントに、これから少しずつ本屋さん巡りの旅に出かけてみたいなあ。



『日本の小さな本屋さん』
和氣正幸著、エクスナレッジ、2018年

広大な面積の店舗に、ありとあらゆる本が揃った大型書店は、それはそれで本好きのテンションを上げてくれますが、小さな店舗の中に選び抜かれた本が並び、独特のセンスを感じさせてくれる本屋さんもまた、実に魅力的なものがあります。ということで、最後にご紹介するのが『日本の小さな本屋さん』です。
日本各地にある、小さいけれどもキラリと光る本屋さん23店舗を、豊富な写真とともに紹介した本書は、先の2冊より一回り大きいB5判(週刊誌サイズ)。そのぶん、掲載されている写真も大きめで見ごたえがあり、それぞれのお店の雰囲気を空気感たっぷりに伝えてくれます。

東京都世田谷区にある「Cat's Meow Books」は、店名が示すように猫の本の専門店。しかも、店内には4匹の「店員猫」がいて人懐っこく出迎えてくれるという、猫好きにはたまらないお店であります。
猫の本専門店といっても、猫の出てくる写真集やタイトルに猫が入っているといった「分かりやすい猫本」だけでなく、内容に一行でも猫が出てくる本も「猫本」として扱っているといいます。そうすることで、普段はあまり本を読まないような人に本を読むきっかけをつくるとともに、本好きの人にも知らない作家の本を手に取って読書の幅を広げてもらえたら・・・というわけなのです。猫に惹かれて入ってみたら、なにかしら思わぬ発見もできそうなこのお店、猫好きの端くれであるわたしも機会があれば立ち寄ってみたいですねえ。

長野県松本市にある「栞日」(しおりび)が扱うのは、リトルプレスやZINEといった、一般の出版流通には乗らない少部数の個人出版物がメインです。「小さい声、小さい規模の本にこそ真実がある」と語る店主の男性がセレクトした個人出版物が並ぶ店内は、自然光が射し込む落ち着いた雰囲気。小さく限られた範囲のものであっても、何かを伝えたい、表現したいという個人出版物の「思い」を受け止めるのにふさわしい空間、という感じがいたします。そう、そこでしか巡り会えない少部数の出版物を見つけることができるのも、地方の小さな本屋さんならではのことだったりするのです。
広島県尾道市の古本屋「弐拾dB」(にじゅうデシベル)は、営業時間が夜中の23時から翌3時までという深夜にだけ開くお店。元は泌尿器科の医院だったという建物と相まって、なにやらアヤシゲな雰囲気が漂います。それでいて、買った本を薬袋風デザインのブックカバーに包んで渡してくれたりする遊び心もあったりして、なんだか楽しそうな感じもいたします。

九州からは5店舗が取り上げられているのですが、その中でも注目したいのが、熊本にある2軒の本屋さんです。
熊本市の城下町にある「長崎次郎書店」。1874年に創業し、大正時代に設計された建物も風格を感じさせる老舗ですが、一度は閉店の危機を迎えたこともあったとか。しかし、「自分の家の近くにあったら嬉しい店」というコンセプトのもと、2014年にリニューアル。熊本の歴史と文化の厚みを体現したこのお店、これからも末永く続いてほしいところです。
そしてもう1軒は、南阿蘇村の「ひなた文庫」。南阿蘇鉄道の駅舎の中に、週2日だけオープンする古本屋さんです。南阿蘇村にも大きな被害をもたらした2年前の熊本地震の時には、店主夫妻にとっても苦しい日々が続いたそうですが、常連客に励まされながら店舗を再開してからは、本の寄付を申し出る人や遠方から訪ねてくれる人も増えてきた、とか。ここも一度、機会をつくって訪ねてみたいお店であります。

本書は、それぞれの本屋さんの店主がお店に込めた思いにも触れていきます。
大阪市東住吉区にある古本屋「LVDB BOOKS」の店主である男性は、レコードを探しに赴いたカンボジアで、かつてのポル・ポト政権による文化の抹殺の実態に触れ、「文化なんて国が本気を出したらすぐに潰されることを実感しました。でも、古本屋ならこれまでの文化を守ることができる」との思いから開業したのだとか。また、広島市にある本とうつわ(器)のお店「READAN DEAT」の店主は、洋書やリトルプレスも扱う文化的な書店であったリブロ広島店の閉店を知って「地元の文化的な場所が減っていくことへの憤りを感じ」、それならば自分でつくってやろうと思ったことが原点だったと語ります。
たとえささやかであっても、本を通して文化を守っていこうという店主の方々の思いにも、胸が熱くなります。

本書の著者である和氣正幸さんは、「はじめに」でこのように書いておられます。

「本屋にあるのは本だけではない。店主が本を通して来てくれる人に伝えたいもので溢れている。それは音楽かもしれないし、空間そのものかもしれない。漂う匂いもそうだろう。それらすべてが合わさって、その本屋を構成している。本屋はただ行くだけで、五感すべてを楽しませてくれるのだ」

そう。本屋というのは単に「本が並んでいるだけの場所」ではなく、本を通して何かを伝えたいという思いを持った店主の「人」そのものといえる存在でもあるのです。
そして本屋は、店主とお客さんとを繋ぐだけでなく、本を介して集まってくる人と人とを繋ぎ、そこから何かを生み出すきっかけをつくる場所でもあるということを、本書は23の本屋さんを通して伝えてくれます。
これからも書店業界、出版業界の前途には厳しいものがあることでしょう。ですが、本を通して何かを伝えたいという思いを持ち続ける本屋さんと、本を介して人と繋がり、何かを生み出したいと欲する人びとがいる限り、本屋も本も滅びることなどあり得ないのではないか・・・本書は、わたしにそんな希望を与えてくれる一冊となりました。


さまざまな本屋さんを紹介した、3冊の本屋ガイド本。本屋さん巡りの旅のヒントとして、そして身近な本屋さんの価値を見直すきっかけとして、多くの方に活用していただけたら、と思います。


【さらにおススメしたい本屋本9点】

『本屋図鑑』得地直美・本屋図鑑編集部著、夏葉社、2013年

47都道府県すべてから、最低1軒の本屋さん(全部で65店舗)を取り上げた、文字通り「図鑑」の名にふさわしい本屋ガイド本です。バラエティに富んだ各地の本屋さんの店頭風景や、そこに並ぶ本の表紙や背表紙まで精緻に描き込んだ得地直美さんのイラストが素晴らしく、記録としても価値のある一冊となっています。戦後から現在に至る本屋さんの歴史を辿った章や、本屋さんにまつわる知識やインタビューを盛り込んだコラムも充実。姉妹編『本屋会議』も2014年に刊行されています。


『離島の本屋 22の島で「本屋」の灯りをともす人たち』朴順梨著、ころから、2013年

北海道の礼文島から、沖縄県の与那国島まで、物流などでハンデを抱えながらも、本を通して文化を伝えようと奮闘する離島の「本屋」さんたちを訪ね歩いたルポルタージュ。本にはまだまだ、力と可能性があるんだということを再認識させてくれる素敵な一冊です。それぞれの島の風土や息吹きが感じられる写真や記述も楽しいものがあります。拙ブログのレビューはこちらです。
【読了本】『離島の本屋』 本と本屋の可能性と力を再確認させてくれた、宝物のような一冊


『わたしの小さな古本屋』田中美穂著、筑摩書房(ちくま文庫)、2016年
(親本は2012年に洋泉社より刊行)

『全国 旅をしてでも行きたい 街の本屋さん』と『日本の小さな本屋さん』の2冊で取り上げられている、岡山県倉敷市の古本屋「蟲文庫」を営む田中美穂さんが、開業してからの奮闘の日々やお店での日常、偏愛する苔のことなどを綴ったエッセイ集です。どこか飄々としていて、伸びやかで優しさが感じられる語り口にとても好感が持てて、読んでいて楽しくなってくる一冊です。近日中に、詳しい紹介記事を書いてアップしたいと思います。


『復興の書店』稲泉連著、小学館(小学館文庫)、2014年
(親本は2012年に小学館より刊行)

東日本大震災で大きな被害を受けた、岩手・宮城・福島3県の本屋さん12店舗を取材して書かれたルポルタージュです。混乱の中、本を届けようと必死で頑張った本屋さんと、多くのものを失いながらも、本に救いを求めようとした被災者の方々の存在に、読んでいて胸が熱くなってきます。震災から7年が過ぎ、風化が進んできている昨今ですが、これからもずっと読み継がれて欲しい一冊です。


『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』花田菜々子・北田博充・綾女欣伸編、朝日出版社、2016年

まだどこにも紹介されたことがなく、誰もその存在を知らない、面白くてちょっぴり不思議な「夢の」本屋を、現役の書店員や出版関係者が「案内」した一冊。日本のどこかに、そして自分の身近に、こんな本屋さんがほんとにあったらなあ、という気分にさせてくれる、ちょっと変化球の本屋本であります。


『別冊本の雑誌17 本屋の雑誌』本の雑誌編集部編、本の雑誌社、2014年

本屋にいるとトイレに行きたくなる「青木まりこ現象」の謎に迫った記事から、「本屋大賞」創設のキッカケとなった書店員座談会、神戸の「海文堂書店」の最後の一日に密着したルポなどなど、『本の雑誌』に掲載された本屋関連の記事、特集を集大成した一冊です。本の雑誌社からは、本好き本屋好きに向けた「ブックツーリング」を提案する『旅する本の雑誌』も、今年7月に刊行されております。


『これからの本屋読本』内沼晋太郎著、NHK出版、2018年

東京・下北沢にあるビールが飲める本屋「B&B」や、神田神保町の「神保町ブックセンター」などをプロデュースしているブックコーディネーターが、これから本屋をやってみようという(あるいは、今の本屋の仕事をアップデートしていこうと考えている)人たちに向けて書き下ろした本です。本の仕入れ方についての基礎知識から、本と他のものとの「掛け算」や、別の本業の中に本屋を取り込むための考え方・・・などなど、本屋をやっていく上で役立つ情報や方法論がたっぷりと詰まった、きわめて実践的な一冊であります。


『本屋さんのすべてがわかる本』(全4巻)秋田喜代美/監修、稲葉茂勝/文、ミネルヴァ書房、2013年

世界と日本の本屋さんと出版の歴史から、本屋さんにおける日々の仕事の中身、さらには本屋さんを活用した国際理解教育やキャリア教育、メディアリテラシー教育に至るまで、児童向けにわかりやすく解説したシリーズです。児童向けとはいえ情報量がけっこう多く、オトナにも十分役に立ちます。全4巻を1冊にまとめ、用語解説を加えた『本屋って何?』も刊行されております。拙ブログの紹介記事は以下の2本であります。
子どもはもちろん、大人にも役に立つ知識と情報が満載の『本屋さんのすべてがわかる本』全4巻(前半)
子どもはもちろん、大人にも役に立つ知識と情報が満載の『本屋さんのすべてがわかる本』全4巻(後半)


『あるかしら書店』ヨシタケシンスケ著、ポプラ社、2017年

子どもから大人まで大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの、本と本屋をめぐる妄想奇想を詰め込んだ楽しい一冊です。ヨシタケさんならではの、おおらかで機知に富んだユーモアの中から、本と本屋に対する愛着がしっかりと伝わってまいります。拙ブログの紹介記事はこちらです。
【わしだって絵本を読む】本の持つ魅力と存在意義を伝えてくれる新旧2冊の絵本『あるかしら書店』と『ほんはまっています のぞんでいます』

『神田神保町書肆街考』 上質のタペストリーのように精緻に織り上げられた、世界的にも貴重な「本の街」の歴史

2018-01-28 20:16:11 | 書店と出版業界のお噂

『神田神保町書肆街考 世界遺産的〝本の街〟の誕生から現在まで』
鹿島茂著、筑摩書房、2017年


2年あまり前の2015年10月。仕事の関係で東京に出向いた折に、かねてより望んでいた「本の街」神田神保町の探訪を実現することができました。
都道302号線、いわゆる靖国通りに沿ってずらりと古書店が立ち並んでいる光景を初めて目にして、胸が踊りました。歴史、理工学、映画演劇、サブカルチャー等々、それぞれの専門に特化した品揃えのお店を覗いて歩くのも実に楽しく、以前から欲しかった絶版の文庫本を見つけ出して買うことができたのも感激でした。また、古書店のみならず名高い新刊書店や出版社が集中していたのも圧巻でしたし、昼食に食べた老舗カレー店の「スマトラカレー」も美味しく、たかだか4時間ほどの滞在ではありましたが、まことにいい思い出になりました。
かくも古書店や新刊書店、出版社が密集する、世界的に見ても貴重な「本の街」はいかにして生まれ、どのように発展を遂げてきたのかを、近代日本の歩みを射程に入れつつ辿っていくのが、2018年最初に読んだ一冊となった『神田神保町書肆街考』です。
フランス文学の枠を超え、広範なテーマの著述活動を旺盛に展開しておられる鹿島茂さんが、膨大な文献の博捜による記述に神保町に暮らした経験をクロスさせながら、さまざまな側面から神田神保町の歴史を描き出した本書。足かけ6年にわたった筑摩書房の出版PR誌『ちくま』の連載をまとめたもので、A5判556ページにおよぶ、手応え抜群の労作であります。

神田神保町が「本の街」となっていくきっかけとなったのが、のちの東京大学と東京外国語大学の前身となる「蕃書調所」の開設です。幕末のペリー来航以降強まった外圧を受け、西洋の学問を研究すべく設けられたのが「蕃書調所」でした。
とはいえその開設には、当初からかなりの紆余曲折があったということが本書で語られます。最初は「洋学所」という無難な名称で設置計画が進められていたものの、当時の幕府の官許の学問であった朱子学を教える「昌平黌」(しょうへいこう。昌平坂学問所のこと)や幕府内の攘夷論者から横槍が入ったことで「蕃書調所」なるアナクロ的な名称にさせられた上(「蕃書」の「蕃」は「野蛮」の「蛮」とほぼ同じ意味)、設置場所も当時としては「辺境」だった九段坂下に追いやられることに。
その後「蕃書調所」から「洋書調所」に名称変更されると同時に、一ツ橋の門外にあった「護持院ヶ原」に移転することになるのですが、そこはそこで「大きな松の樹などが生い繁っている恐ろしい淋しい所で、追剝でも出そうな」場所という冷遇っぷり。しかしそれがのちに、東京大学として大きく発展していくことになり、ひいては文教都市、そして「本の街」としての神田神保町が形成されていくきっかけになったということを、本書で初めて知ることができました。
その後明治に入ると、上野の山に10校近くの専門学校を設けることが構想されたり、千葉県の国府台に東京大学以上の規模をもった「真の大学校」の建設が構想されたりと、文教都市としての神田神保町の存在を脅かす動きが持ち上がるのですが、いずれも実現することなく、結果としていまのような神田神保町が残ることになったのです。
鹿島さんはこのことについて「これぞ、神の配慮といわずしてなんであろうか?」と述べていますが、まさしく「奇跡」と言いたくなるような動きの連続によって、あの神保町が形成されたということに、わたしも感慨深いものを覚えました。
文教都市としての神田神保町を形成するのに寄与したのは、東京大学のような官学の大学だけではありません。もともとは法律専門学校として創立した明治大学や中央大学、専修大学、日本大学、法政大学といった私立大学、さらには駿台予備校といった予備校の存在も大きいものがありました。本書は、これら私立大学や予備校の来歴についても詳しく記述しています。

大学の集中により、教科書や参考書としての書物の需要が高まるとともに、学生たちが外食や遊興に使う「軍用金」を捻出する手段もまた求められていく・・・かくて神田神保町界隈にはさまざまな古書店が軒を連ねるようになり、世界的にも例のない「本の街」が形成されるに至ります。
神保町に古書街が形成されるようになった明治10年から20年代には既に、現在も新刊書店や出版社として事業を続けている有斐閣や三省堂、冨山房、東京堂といったところが、古書店として営業を初めておりました。本書はこれら書肆の沿革を繙きながら、「本の街」勃興期の神保町を描き出します。その中でもとりわけ面白く思ったのは、神保町で最も古い歴史を誇る有斐閣のエピソードでした。
学生相手に法学の古本を商う店として、明治10年に創業した有斐閣。その創業者である江草斧太郎は「とにかく変り者」の「一種の義侠家」だったそうで、客である学生たちを「友人」とみなし、彼らがお金に困っているとみるや、せっせとその面倒を見ていたとか。中には、名刺一枚で初対面の書生に貸して寄越したこともあったり、放蕩のあげく学費を滞納して、家からの仕送りも打ち切られて退学を命じられた学生の保証人を買って出た上、債権者の始末もつけてやったこともあったといいますから、その太っ腹ぶりには驚かされます。その一方で、学生たちの中から出世して各方面の権威になった者が現れると、執筆を依頼してそれを自社から出版するという、ちゃっかりした面もあったそうな。
その他の老舗書肆のエピソードもまた、それぞれに興味をそそられました。武家出身ながら商売に長けた夫と、ドイツ語や英語を一から学んでマスターしたという研究熱心な妻との「夫唱婦随、あるいは婦唱夫随」で商売を軌道に乗せ、英語辞書の成功で辞書出版にも確固たる足場を築いた三省堂。当時の翻訳で主流だったわかりにくい直訳調ではなく、だれにでもわかりやすい平易な文体で訳された翻訳教科書でヒットを飛ばした冨山房。すでに博文館により確立していた全国的販売網を活用して取次業に進出して、明治から昭和にかけて取次・小売・出版の三部門で発展を遂げた東京堂・・・。それら老舗書肆のエピソードからは、出版が熱かった時代の熱気と活況が伝わってきて、実に感慨深いものがありました。

もちろん、古書一筋に打ち込んできた書肆と、そこに生きた人物たちの逸話も見逃せません。中でも、本書後半の実質的な主人公としても特筆すべき存在なのは、神保町の古書業界の刷新者であり、その歴史の語り部でもある反町茂雄でしょう。
新潟に生まれ、子どもの頃から本に親しんでいた反町は、東大法学部を卒業すると一誠堂書店(現在も神保町で営業中)に住み込み店員として入店。修業時代は決して楽ではなかったものの、豊富な読書歴で培った知識と教養により頭角を現していきます。
やがて、反町は昭和恐慌により落ちた店の売上げを伸ばす方策の一環として外商の強化に乗り出します。最初はなかなかうまくは行かなかったものの、宮崎県(なんとわたしの地元!)の延岡市に新設された高等女学校から大口の注文が舞い込んだことをきっかけに、全国各地のさまざまな学校や図書館から大口の注文が相次ぐようになり、一誠堂の売上げ増加に多大なる貢献を果たしたのだとか。
こうして、1年もしないうちに番頭格の実力店員となった反町は、店員たちそれぞれが独自の基準でバラバラに値つけして仕入れていたのを改めるため、買い入れ係それぞれの買い入れ値を「査定」するという「古本教育」を始めます。こうして一誠堂は一種の「古本屋の学校」としての機能を果たし、事実その出身者が独立して新たな店舗を創業していったことが、神保町の隆盛を築くことになっていったのです。
鹿島さんは、反町によるこのような取り組みについて、「安く買い叩いて、高く売りつけるのが良い商人」という前近代的な通念が支配していた古書業界に、「公正さ」という近代的価値を導入しようと努力した、と評価した上で、このように語ります。

「もちろん、商業である以上、絶対的な適正価格というものは存在しない。そのときの時代状況次第で古本の価値は変動する。よって、古書店主や店員は相場というものを知らなければならないが、しかし、それ以上に古書の潜在的な価値を発見して、それを歴史資料、文学資料として文化的アーカイブの中に繰り入れるという文化的使命を自覚しなければならないのであるから、客の無知に付け込んで何でも安く買い叩くということは戒めるべきなのである。反町が古本屋業界に持ち込みたかったのは、こうした『文化的価値』としての古本屋(より正しくいえば古書店)なのである」

さらに反町は、一誠堂の店員たちと古典籍の勉強会を結成し、「商売気一切なし」の古典籍研究誌『玉屑』(ぎょくせつ)を発行するなど、その活動と業績には目を見張るものがあります。反町茂雄という人はまさしく、古書店の文化的価値を高め、確立させることに貢献した人物なのだということを、本書はしっかりと教えてくれました。

神田神保町の歴史を描き出す本書の視点は書肆にとどまらず、さまざまなトピックに及んでいます。その1つが、中華街(チャイナタウン)としての神保町の歴史を発掘した章です。
日清戦争後、年を追うごとに増えていった中国人留学生たちの「受け皿」となる教育施設をつくるべく、ときの外務大臣にして文部大臣だった西園寺公望が白羽の矢を立てたのが、柔道の生みの親である嘉納治五郎でした。嘉納はまず小規模の私塾を神田三崎町に開設し、それを発展させる形で大規模な学校「弘文学院」を設立。その第1期生として入学した一人に、のちに作家として名を成した魯迅もいた・・・という事実もまた、本書で初めて知ることができました。
さらに大正に入ると、その弘文学院で魯迅を教えた松本亀次郎が「東亜高等予備学校」(東亜学校)を神田猿楽町に設立。そこで学んだのが、若き日の周恩来でした。こうして神保町周辺には、中国人留学生を受け入れる日本語学校や留学生会館が集中するとともに、日本食が口に合わなかった留学生たちを相手にした中華料理店も続々と開業して(その中の何店かは現在も営業中です)、戦前の神田エリアはさながら「チャイナタウン」の様相をも呈していたのです。
そういった歴史を知ると、鹿島さんのいう「神田古書店街を世界遺産に!」というお言葉が、強い説得力をともなって響いてくるように感じられました。神田エリアは中国、そしてある意味では世界とも繋がっていた場所でもあるのですから。

そのほかにも、のちに東京大学となる「東京開成学校」の組織改革に高橋是清が裏から関わっていたことや、靖国通りの南側に古書店が集中した理由の考察、特攻に赴く前に神保町への思いを語ったインテリ中尉のエピソード、戦前の神田エリアに多く存在していたという劇場や映画館の歴史、さらには神保町が「決定的に変わる歴史的ターニング・ポイント」になったという昭和53(1978)年の中央大学移転と、その後に起こったスキー用品店の進出について(ここで見られる団塊世代に対するシニカルな見方にも、なんだかニヤリといたしましたが)などなど、挙げていけばキリがないくらいさまざまなトピックが詰め込まれていて、興味の尽きないものがありました。

まさしく、世界的に見てもまことに貴重な場所である神田神保町。その成り立ちと歴史を、鹿島さんは密度高く描き出していきます。時には執念深いほどの探究心で地名の変遷を追ったり、明治の書生たちの懐事情を探るべく当時の下宿代や飲食代といった物価の復元を試みたりと、細部まで疎かにしない姿勢に頭が下がります。その仕事ぶりはあたかも、精緻に編み上げられたタペストリーを思わせるものがあります。
そこから浮かび上がってきたのは、神田神保町というミクロコスモスの歴史が、近代日本の歩みと密接にリンクしていたという事実でした。その意味でも神田神保町は、末永く残っていて欲しい場所だとつくづく思うのです。

本書の中で、とりわけ印象に残るくだりが2つありました。ひとつは、すでに明治時代には存在していたという、露天の古本屋についての記述です。すずらん通りの露天古本屋で柳田國男の『遠野物語』に出会ったことから、研究対象を民俗学と思い定めたという折口信夫が綴った長詩などを引用しつつ語られるその光景には、たまらないくらいに風情を感じました。そしてもうひとつは、かつて神保町の露地裏にあったという、現代詩の詩人や戦後文学者たちが集っていたという喫茶店や酒場について語ったくだりです(これらがあった建物自体は、今もまだ残っているということですが)。現代詩には決して明るくはないわたしですが、ここに描かれている光景にも、なんとも惹きつけられるものを感じます。
もっと早く生まれていたなら、これらの光景が健在だった当時の神保町を歩き回ってみたかったなあ・・・ということを、しみじみ感じた次第でありました。

とはいえ、現在の神田神保町もまた、魅力的な場所であることには変わりありません。今年の秋ごろには、3年ぶりに東京に出かけて、今度はたっぷりと時間をとって神田エリアを散策する計画を立てているところです。
本書『神田神保町書肆街考』は、神田神保町再訪を目論むわたしにとっても、貴重な知見を授けてくれる得難い一冊となりました。

【わしだって絵本を読む】『ひとりで えほん かいました』子どもたちが素敵な本と本屋さんに巡り会えることへの願いがこもった絵本

2017-12-25 20:16:04 | 書店と出版業界のお噂

『ひとりで えほん かいました』
くすのき しげのり作、ゆーち みえこ絵、アリス館、2017年


お誕生日に、手作りの「ひとりで おかいもの けん」をプレゼントしてもらったかおりちゃんは、それを持ってはじめて一人で絵本を買おうと本屋さんに行きます。
店内で迷子になっていた近所の男の子を助け、その子のお母さんを見つけ出したかおりちゃんでしたが、急におしっこがしたくなったり、今度は自分が迷子になってしまったり。かおりちゃんは無事に、お気に入りの絵本を見つけ出して買うことができるのでしょうか・・・?

先月(11月)下旬に刊行されたばかりの本書『ひとりで えほん かいました』は、一人ではじめて絵本を買おうとする女の子と、それをとりまく人たちを描いた絵本です。書店づとめ(とはいっても、店舗のない外商専業の書店ではありますが)のわたしとしては、舞台が本屋さんというのに惹かれるものがあり、購入して読みました。
おしっこがしたくなった主人公に気づき、トイレに連れて行ってくれる女子高生。どの絵本にしようかと迷う主人公をサポートしてくれる店員さん・・・。本屋さんの空間とそこに集う人びとは、一人ではじめて買い物にやってきた女の子を優しく包み込んでくれます。ゆーち みえこさんによる温かみのあるタッチの絵は、そんな本屋さんの店内風景を魅力的に描いています。
主人公が本屋さんに並んだ本を見ながら、恐竜の背に乗ってお散歩することなどを夢想する場面も、なんだかいいなあと思いました。いろいろな本が並ぶ本屋さんの店内は、想像力を掻き立てる空間でもあるということを、あらためて思い起こさせてくれました。
そうそう、本屋さんの店内を描いた場面では、ちょっと嬉しくなるような趣向も盛り込まれていますので、ご覧になるときにはどうか細部まで、しっかりご覧いただけたらと思います。

作者であるくすのき しげのりさんは、巻末の「作者のことば」で、次のように記しておられます。

「私は、子どもが本を読むということに、限りない希望を感じます。
そして、本が好きな子に育ってほしいと願います。
なによりも、私の中に、『町の本屋さん』への安心感と信頼感があるからです」


そこには、子どもたちが「町の本屋さん」を通して、素敵な本と人に巡り会えることへの切なる願いが込められているようで、しみじみと感慨が湧いてくるのを感じました。

ネット書店の成長や、出版・書店業界の制度疲労など、さまざまな要因が絡み合う中で、いわゆる「町の本屋さん」が急速にその数を減らしている昨今。本書における本屋さんの描き方には、いくぶん理想化されたところもあるように感じられます。
でも、想像力と創造力、そして夢を育む場所であり、地域の人びとが集い、交流できる場所でもある町の本屋さんの空間は、一人でやってくる子どもが安心できるのはもちろん、大人にとっても居心地のいい、地域にとって大切な「サードプレイス」であることは確かなのではないかと、わたしは思います。
そして、子どもたちと地域の人びとを包み込み、居心地のいい時間を作り出す「町の本屋さん」という存在が、それぞれの地域でこれからも、末永くずっと残っていってほしい、とも思うのです。

この絵本の主人公、かおりちゃんのように、子どもたちみんなが素敵な本と本屋さんに巡り会えることを、願ってやみません。


(勤務先のホームページ内にあるスタッフブログに投稿した文章に、一部手を加えて再録いたしました)

祝!熊本市の「金龍堂まるぶん店」が11月18日に営業再開!

2016-10-29 20:26:08 | 書店と出版業界のお噂
店先に立つカッパの像とともに、多くの皆さんに親しまれている、熊本市上通アーケード街にある老舗の書店「金龍堂まるぶん店」。
4月に発生した熊本地震による影響で、お店は営業の休止を余儀なくされ、長らくシャッターを下ろしたままの状態が続いております。そんな「まるぶん店」の一日も早い復活を願う声が地元の皆さんはもちろんのこと、熊本県外からもたくさん発せられておりました。
わたしも9月半ばの熊本旅でかなり久しぶりに「まるぶん店」を訪れました。そのときに、下ろされたままのシャッターに貼られていた復活を願うメッセージの数々を目にして、人通りの多いアーケード街の中であるにもかかわらず、涙が止まらなくなってしまったことについては、当ブログでもお話させていただきました。→ 「熊本よかとこ味なとこ、がまだせ!応援旅(第5回)文化の都・熊本の豊かさと底力を実感した、中心街の書店めぐり」
(下の写真は、9月に訪れたときのものを再録いたしました)


その「まるぶん店」が、ついに来月(11月)の18日から営業を再開するという、実に嬉しいニュースが届きました。
地元紙である熊本日日新聞が昨日(28日)に配信した記事「名物かっぱ像にまた会える 上通『まるぶん』11月18日再開」(リンク切れの節はご容赦を)によれば、お店は「地震で屋上の貯水タンクが倒れて水浸しとなり、構造を支える鉄骨も損傷した」上に「耐震強度の確認や鉄骨の補修に時間がかかり、改装も計画したため、復旧が長引いた」のだとか。改装されるお店は売り場面積は7割強に縮小されるものの、「学習参考書や児童書が充実した従来の品ぞろえを維持し、医学書と文具、雑貨の売り場を新設する」といいます。

9月に訪れたとき、シャッターに貼られていた「まるぶん店」の復活、営業再開を願うメッセージの数々に、このお店がいかに多くの方々から愛され、同時にそれらの方々の支えともなっていたことがひしひしと感じられ、大いに感銘を受けました。
それだけに、来月の営業再開はさぞかし、地元の利用客の皆さんや県内外の「まるぶん店」ファン、そして何よりもお店のスタッフにとって、この上ない喜びとなるのではないかと察します。
さらには、中心街から書店がなくなっていく地方都市の現状にあって、地場の老舗をはじめとする多くの書店が頑張っている文化都市・熊本の復興にとっても、「まるぶん店」の再開は小さくない意味と意義があるのではないだろうか、そう思うのです。

上に引用した、熊本日日新聞の記事が配信されたのと同じ28日。「まるぶん店」のスタッフによる「まるぶんブログ -本棚の隙間から見える光景は-」に、「金龍堂まるぶん店営業再開のご案内」と題された記事が掲載されておりました。
営業を休止していた217日の「空白期間」を「ピースがたくさん欠けたパズル」に喩え、それを埋める長くて大きなパズルがはじまる、などと語った記事は、このように結ばれております。

「まるぶんはいつまでも、お客様に寄り添う“普通の本屋“であり続けます」

これからまた、“普通の本屋” として歩んでいこうとしている「まるぶん店」の営業再開を(ちょっと早いのですが)祝福するとともに、お店が熊本とともに前進し、発展していくことを願いたいと思います。
来年熊本に出かけるときには、ぜひとも「まるぶん店」に立ち寄るつもりであります。

プロフェッショナル 仕事の流儀「崖っぷちこそ、成長の場所 漫画編集者・佐渡島庸平」

2014-12-09 07:27:34 | 書店と出版業界のお噂
プロフェッショナル 仕事の流儀「崖っぷちこそ、成長の場所 漫画編集者・佐渡島庸平」
初回放送=2014年12月8日(月)午後10時00分~10時50分、NHK総合


実のところ、漫画をほとんど読むことのないわたくしではありますが、漫画編集者の佐渡島庸平さんを取り上げた、昨夜(12月8日)の『プロフェッショナル 仕事の流儀』はなんだか気になり、観てみました。佐渡島さんが、『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』といったヒット作を手がけている業界注目の存在ということもあったのですが、出版社に属さずに漫画家と直接契約をして、その仕事をサポートする「作家エージェント」という仕事のあり方に、けっこう興味を惹かれるものがあったからでした。

契約している漫画家に資料やアイデアを提供するなどして、漫画家ととことん伴走する佐渡島さん。出版社という後ろ盾がない中での「作家エージェント」という仕事は、担当している作家の作品が売れなければ収入はゼロ、ということになります。そこで佐渡島さんは、作品の売り込みにもあらゆる手を尽くします。各地の書店を精力的に回っては、書店員に漫画家直筆の色紙や作品に関連したDVDをプレゼントしたり、漫画に馴染みのない層を取り込むべく、投資家向けのセミナーに乗り込んだり。
「“魔法の一手”はない」と言い切る佐渡島さんは、人が面倒に思うようなことを一個一個、ひたすら地道に取り組むことに心血を注ぎます。「僕の強みは、引いてるハズレの多さだ」とも。
そんな佐渡島さんの姿勢に惹かれ、自ら「組みたい」と申し出たのが、代表作『昴』で知られる曽田正人さんでした。現在、佐渡島さんと組んで『テンプリズム』を執筆中の曽田さんですが、当初提示したアイデアはことごとくボツにされたのだとか。曽田さんは、「“曽田ならもっとできるだろう”というようなことを、この歳になって言われることがすごく嬉しい」と語ります。
ストーリーが進行するにつれて、主要登場人物の人物像づくりに迷いが生じた曽田さん。佐渡島さんはそれを気にかけつつも、一切そのことで曽田さんにコンタクトをとろうとはしません。作品はあくまでも作家のもの。その作家自身によって、行き詰まりは打開できるであろうことを、佐渡島さんはとことん信頼します。「信じる覚悟ができているから頼んでいる」と、佐渡島さんは語ります。

佐渡島さんの原点となったのが、中学時代に過ごした南アフリカで経験した、ネルソン・マンデラ大統領を誕生させた選挙でのことでした。その時、黒人も白人も一緒になって歌われていた歌が、大きな原体験になったのだとか。その経験を踏まえて語られた佐渡島さんのことばが、すごく印象に残りました。

「役に立つものよりも、役に立たないもののほうが、人の人生を変えることがある」

その後出版社に勤務し、漫画の編集に携わった佐渡島さんは、『バガボンド』を連載している井上雄彦さんを担当します。懸命のサポートをする佐渡島さんでしたが、井上さんの筆は鈍り、ついに連載は中断となってしまいました。その時、井上さんが寂しそうに発した「自分の作品のことを一番考えているのは、自分」ということばに、佐渡島さんは「僕ら編集は無力だ」と感じたのだとか。
その後手がけた『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』は、佐渡島さんのさまざまな仕掛けもあって大ヒットしますが、だんだん時代の風が読めなくなり、手ごたえを感じられなくなってきた、といいます。
「時代の風を誰にも守られない形で感じない限り、10年後20年後になったら大変なことになる」。そう考えた佐渡島さんは出版社の退社を決意し、作家エージェントの会社を立ち上げることになったのです。

まだ無名の作家を一人でも世に出したいと、漫画の試し読みができて、それをすぐにSNSでシェアすることもできるネット販売のプラットフォームを、IT企業と組んで開発している佐渡島さん。そのもとに、一人の漫画家が原稿を持ち込みます。かつては雑誌に連載を持ち単行本も出しながら、その後は不遇をかこっていた菅原雅雪さんでした。ダメもとで原稿を持ち込んだ菅原さんでしたが、佐渡島さんはその力の入った作風を高く評価し、販売プラットフォームを通して販売することにしました。
会社をあげてのバックアップを経て迎えた、菅原さんの作品の発売日。アップするとさっそく、試し読みをしている人たちがいることを確認した佐渡島さんの表情はとても嬉しそうでした。「この手ごたえが嬉しい」と•••。

佐渡島さんと組んで『ドラゴン桜』を送り出した三田紀房さんのコメントにありましたが、「昔からの慣習や習慣が多」くあり、それに縛られているきらいのある目下の出版業界にあって、それらを打ち破るような佐渡島さんの仕事ぶりはやはり革新的、革命的であると、あらためて感じました。
ですが同時に、佐渡島さんのやっておられることは、実は出版という営みの原点をしっかりと踏まえているのではないか、とも思えました。
出版業界の規模が大きくなり、一つの産業として成長したことで、さまざまなメリットがもたらされたことは事実です。しかしそのことで、作家と作品にとことんのめり込んで、それをしっかり読者の手に届けようとする熱意のようなものは、ともすれば逆に薄らいでしまいがちなのではないか、とも感じられるのです。
作家に全幅の信頼を置きながら、そのサポートに力を尽くす一方で、作品が一人でも多くの人に届くための方策に知恵を絞り、一つ一つ地道に取り組んでいく•••。
漫画を含めた目下の出版業界全体が、「崖っぷち」とまではいかないにしても苦境にあることは確かです。そんな今だからこそ、佐渡島さんの姿勢には学ぶべきことがたくさんあるように思いました。編集者のみならず、われわれ書店の人間にとっても。