読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

6月刊行予定新書新刊、個人的注目本10冊

2014-05-29 22:03:49 | 本のお噂
これを書いているきょう、5月29日は宮崎でも蒸し暑さを感じたのですが、全国的にもけっこう暑かったようで、北海道にいたっては最高気温が33~4度と、全国で一番暑かったんだとか。北海道が沖縄をも上回る全国一の暑さとは。ううむ。
とはいえ、季節はまだ5月が終わろうとするところ。まもなく、ジメジメした梅雨の6月となるわけであります。自転車乗りの身としてはちょいとばかりユーウツなのでありますが•••ココロにまでカビを生やすことのないよう、いろいろな知識や情報で気持ちに刺激を与えたいものであります。
というわけで、6月に刊行予定の新刊新書の中から、個人的に気になる、面白そうな書目を10冊ピックアップしたいと思います。何か興味をひくような本がありましたら幸いです。
刊行データや内容紹介については、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の5月26日号、6月2日号とその付録である6月刊行の新書新刊ラインナップ一覧に準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。


『ドキュメント 豪雨災害 そのとき人は何を見るか』 (稲泉連著、岩波新書、20日発売)
「紀伊半島を襲った未曾有の大水害の渦中で、人々は何を見たか。首都水没予測も含め、豪雨災害の実態を描く」。
東日本大震災から立ち上がろうとする書店人たちを取材したルポ『復興の書店』(小学館)を書いた稲泉連さんが、同じ3年前に起こった紀伊半島豪雨災害を取材したドキュメント。これから雨が多くなる時期、あらためて紀伊半島豪雨を見つめ直し、そこから教訓を汲んでいくことはとても大事なことではないかと思います。個人的には、6月刊行分の中で一番注目している本です。

『ルポ 電王戦 人間vs.コンピュータの真実』 (松本博文著、NHK出版新書、10日発売)
「プロ将棋棋士とコンピュータが真剣勝負を繰り広げる電王戦シリーズ。なぜプロ棋士は敗れたのか?迫真のルポルタージュ」と。将棋対決で人間を制したコンピュータは、さらにどこまで強くなれるのか。そして、プロ棋士の巻き返しはなるのか。これもなかなか気になる一冊であります。

『生命のからくり』 (中屋敷均著、講談社現代新書、17日発売)
「福岡伸一『生物と無生物のあいだ』から7年。新たなる才能を持ったサイエンスライターが誕生した!」だと。著者の中屋敷さんのことはまったく存じ上げないのですが、福岡伸一さんに続く!といわんばかりの、内容紹介のアオリが単純に気になって仕方ないのであります。これはちょっと、期待しておくことといたしましょう。

『頭が良くなる文化人類学(仮)』 (斗鬼正一著、光文社新書、17日発売)
「『文化人類学的な視点で世の中を見渡すと、常識を疑う思考が身につき、頭が良くなる』。江戸川大学教授がその方法を著した」とか。「頭が良くなる」うんぬんは別段どうでもいいのですが(笑)、文化人類学的なものの見かたには大いに興味がありますゆえ、ここにピックアップしておくことにいたします。

『書物の達人 丸谷才一』 (菅野昭正著、集英社新書、17日発売)
「小説、随筆、評論、翻訳、連句など幅広い領域で活躍し、文学における『達人』であった丸谷才一の業績を多角的に解読する」とのこと。わたくしも、ユーモアと博識に裏打ちされた、丸谷さんのエッセイや書評などが好きでしたので、それらの仕事にもしっかりと光を当てるような一冊になっていたらいいなあ、との期待を込めつつピックアップいたします。

『ルポ 介護独身』 (山村基毅著、新潮新書、中旬発売)
「独身貴族を謳歌していたはずが、ある日突然介護に直面ーー。非婚化と超高齢化の同時進行が生んだ『介護独身』たちの日々をルポ」という内容紹介は、現在40ン歳のわたくしとしてはどうにも見過ごせないものを感じましたので。現代社会の一端を記録したルポとしても注目しておきたいと思います。

『図解・化学「超」入門』 (左巻健男・寺田光宏著、サイエンス・アイ新書、18日発売)
「化学のキホンから、化学結合、物質量、有機化合物、高分子化合物までをわかりやすく解説。Q&A形式で絶対にわかる!」という内容紹介文の、化学結合だの高分子化合物だのといった語句を見ただけで敬遠してしまうような向きも少なくなさそうですが、科学の世界をわかりやすく伝えることで定評のある書き手を迎えてのこの一冊、期待していいのではないかと思いますぞ。

『ヒトラー演説 熱狂の真実』 (高田博行著、中公新書、25日発売)
「ヒトラーの何が人々を熱狂させたのか。25年間、150万語の演説データで『語りの手法』の変遷を辿り、煽動政治家の実像に迫る」。以前、記録映像で観たことのあるヒトラーの演説は、なんだかある種の「魔力」のようなものが感じられたものです。当時のドイツ国民を引き込んでいった、その演説手法がどこまで詳らかになっているのか、興味が湧きます。

『男のパスタ道』 (土屋敦著、日経プレミアシリーズ、11日発売)
「茹でるのに塩はいらない?ニンニク選びで味が激変?美味しいパスタをつくるのに必須の知識・技術をわかりやすく解説」という本書。内容以上に気になるのは、著者がオススメ本紹介サイト「HONZ」の編集長でもある土屋敦さんであることです。これはきっと、読み物としても面白いものになっているのではないか、と期待したくなるのであります。

『魚がつくったヨーロッパ ニシンとタラで始まる世界史』 (越智敏之著、平凡社新書、13日発売)
「オランダはニシンの骨の上に殷賑を極め大航海時代は干しダラによって可能となった。牛肉ではなく魚がつくったユニークな世界史物語」と。ニシンや干しダラが世界史を動かした、という視点はなかなか面白そうなものがありますね。読んでみたいです。


そのほか、6月刊行予定の中で気になる書目は、以下のとおりであります。

『音のない世界と音のある世界をつなぐ ユニバーサルデザインで世界をかえたい!』 (松森果林著、岩波ジュニア新書、20日発売)
『ロックの歴史』 (中山康樹著、講談社現代新書、17日発売)
『穀物の科学』 (井上直人著、講談社ブルーバックス、19日発売)
『社会人のための必須数学帳』 (佐藤恒雄著、講談社ブルーバックス、19日発売)
『現代アートの経済戦略(仮)』 (宮津大輔著、光文社新書、17日発売)
『警視庁科学捜査最前線』 (羽富宏文著、新潮新書、中旬)
『昭和40年代ファン手帳』 (泉麻人著、中公新書ラクレ、10日発売)
『やくざの経営戦略』 (溝口敦著、文春新書、20日発売)
『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』 (畑中三応子著、ベスト新書、6日発売)

【読了本】『人が集まる「つなぎ場」のつくり方』 ワクワクできる「サードプレイス」はいかにできたか

2014-05-26 23:22:36 | 本のお噂

『人が集まる「つなぎ場」のつくり方 都市型茶室「6次元」の発想とは』
ナカムラクニオ著、阪急コミュニケーションズ、2013年


「古いもの、新しいもの、2次元も3次元も、すべて受け入れてくれる異次元空間」というコンセプトのもと、「生産する1次産業・加工する2次産業・流通する3次産業の連携」をイメージして命名したという、東京は荻窪にあるブックカフェ「6次元」の存在を知ったのは、つい最近のことでした。
本に囲まれながらコーヒーやお茶を楽しむことができ、さまざまなアーティストによる展覧会や、トークに朗読会、ワークショップなどの多彩なイベントが開かれ、多くの人たちを引きつけているという、ちょっと不思議で、なんだか面白そうな場所。そんな「6次元」を営んでおられるのが、この本の著者であるナカムラクニオさんであります。
本書は、「6次元」の開業からの歩みやエピソードを振り返りながら、人と人を結びつけることができる「つなぎ場」をつくり上げていくための方法論を語っていく一冊です。

わたくし、本書を3つの点から興味深く読みました。まず最初に、「サードプレイス」をいかにして築き上げていくのか、という点です。
「サードプレイス」とは、カフェや居酒屋、本屋、図書館などのように、人と人とが情報交換をしながら、それぞれの関係性を取り結ぶことができるような、自宅や職場以外の「第3の場所」のこと。地縁血縁といった、旧来型の関係性から成り立っていたコミュニティに代わる、新たなコミュニティのあり方として見直されてきています。
本書の中でも「たまり場」の歴史について触れているところがありますが、18世紀のパリでは多くのカフェが作家や画家、音楽家などが集う社交の場となり、それらが新たな文化や芸術を生みだす培養器としての役目を果たしました。また、ほぼ同じ頃のイギリスでも、パブやコーヒーハウスにさまざまな立場の人びとが集い、情報交換や議論を重ねる中でジャーナリズムが成立していきました。
立場を越えた多様な人びとが集まり、交流することで、ワクワクするような新しい何かを生み出すための培養器。ナカムラさんはそれを「情報ビオトープ」という言葉で表します。

「あたらしく生まれた情報は、生態系の中で、循環し培養されていく。まるで、水草がたくさん生えている水槽の中で、メダカが餌もやらないのに元気に生き続けている。そんな風景と似ています。
しかも情報は、発信すればするほど、そこに集まってくる。
カフェは情報を培養するビオトープ装置なんです。」


そして、「サードプレイス」のもう一つの存在意義が、人と人とを結びつける「つなぎ場」としての役割。
ナカムラさんは、3年前の東日本大震災以降、6次元の存在する意味が変化してきたと言います。震災直後、6次元は不安で家に独りでいたくないという1人暮らしの男女が集まる「ココロの緊急避難所」になり、それ以来お店を「都市の避難所」のように考えるようになった、とか。

「今、みんながシェアしたいのは、モノやお金ではなくて、『場』と『言葉』なんだと思います。カフェも、縁側みたいに『縁を結ぶ場所』になれたら良い。」

「今は、バラバラになった世界をつなぎ止める、接着剤のような言葉や場所が必要だと思います。」


情報を培養して何かを生み出し、人と人の新たな結びつきをもつくり出すようなサロン的な場、というものの可能性について、かねてからわたくしは関心を寄せていました。ことに、これまでのような地縁血縁が崩れる中で、それらに替わる「つながり」を紡ぐ場所の必要性は、大都市圏はもちろん地方においても、これからますます大きくなっていくであろうと思うのです。
それだけに、本書で語られる6次元という場所の方法論や、「つなぎ場」についての考察には、とても示唆するものが多かったように思いました。

2つめは、「本」という存在のこれからを考える上で、新しい視座を与えてくれた、という点です。
ナカムラさんは、本がもはや紙の束にとどまらず、さまざまな方向に拡張していることを、宇宙創成のビッグバンとその後の宇宙の拡張になぞらえて「ブックバン」と呼び、このように言います。

「読む人が、コンテンツを得る手段を仮に『本』と呼ぶなら、本のトークイベントも『本』だし、検索する作業も『本』、ツイッターを読む行為も『本』であるわけで、ブックカフェという場も『本』であるということになるかもしれない。
もはや『本は書籍、雑誌などの印刷・製本された出版物である』という定義は、意味をなしていない。」


印刷・製本された書籍や雑誌に愛着を持ち、なおかつそれらを扱うような仕事に就いている端くれとしては気になる言葉であります。その反面、これまで「本」というものを、出版業界や書店業界だけの狭い存在へと閉じ込めていたのかもしれないなあ、と思ったりもいたしました。
イベントやSNSなどを取り込みつつ、どんどん拡張している存在としての「本」。その可能性を考える上でも、本書は刺激を与えてくれました。

そして3つめは、何かを始めたいという気持ちを後押ししてくれる言葉が散りばめられている、という点。
年齢も30代後半に差しかかり、テレビディレクターの仕事に限界を感じていたナカムラさんは、画家たちの年齢と活動の転機を知って勇気づけられたといいます。モネの初個展は39歳、ルノワールの初個展は42歳、セザンヌに至っては56歳で初個展•••。
そして、ナカムラさんは37歳で6次元を始め、「死ぬまでにやりたいことをすべて実現でき」ることができた、と。

「なりたい自分になりたければ今からなればいい。今さら遅いというくらいの年齢が、あたらしいことを始めるのにちょうど良いと思います。」

さらに、これからは「草食系」ならぬ「創職系」の時代が来る、として「自分で仕事をつくるということについて、みんな真剣に考えてもいいんじゃないか」と述べるのです。これには、読んでいてしみじみと頷けるものがありました。
告白すれば、実は40ン歳になるこのわたくしめも、本書を読んでいるうちに将来への夢のようなものが、胸のうちにムクムクと湧き上がってきたのであります。そう、自分も、なんらかの「つなぎ場」となるような場所をつくりたい、と。
それがどのようなカタチをとるのか、まだ具体的なところは見えてはいないのですが、大都市圏とは違う地方ならではの「つなぎ場」をつくっていけたら、と思うのです。できれば、50歳になるまでには実現させたいなあ、と。
そんな先々へ向かっての夢も、本書はわたくしに与えてくれました。

情報を培養し、人と人との結びつきを生む「サードプレイス」のあり方に関心を持つ人。「本」というものの新たな可能性を探りたい人。そして、「なりたい自分」への憧れと夢を抱いている人。本書はそれぞれに、さまざまな示唆とちょっとした勇気を与えてくれることでしょう。
それにしても、本書で垣間見ることのできた6次元という場所の、なんとも魅力的なことといったら。行けばきっとワクワクして、鈍っているようなアタマもココロも活性化するのではないか、という気がいたします。
東京に行く機会があったら、ぜひ一度覗いてみたいなあ、6次元。

【雑誌閲読】『本の雑誌』6月号 特集「事件ノンフィクションはすごい!」

2014-05-20 22:20:50 | 雑誌のお噂

『本の雑誌』2014年6月号
本の雑誌社、2014年


『本の雑誌』最新の6月号の特集は「事件ノンフィクションはすごい!」。社会に衝撃を与えたさまざまな事件の真相に、綿密な取材で迫った事件ノンフィクションの数々を紹介するとともに、書き手による取材ウラ話などの記事を盛り込んだ企画であります。

まず面白く読んだのが、オススメ本紹介サイト「HONZ」のレヴュアーとしてもお馴染みの書評家・東えりかさんと、大阪大学教授・仲野徹さんによるブックガイド対談。
連合赤軍事件やオウム真理教事件をテーマにしたものから、少年犯罪もの、冤罪事件ものなどなど、取り上げられているテーマや題材は多岐にわたっています。事件ノンフィクションの裾野の広さを実感するとともに、お二方の事件ノンフィクションについての該博な知識に圧倒されました。プロの書評家である東さんはまだしも、仲野さんがかくも事件ものに強かったとは。
お二方のお話は本の紹介にとどまらず、マスコミ報道のあり方や事件ものに強い版元の話題などにも及びます。中でも印象に残ったのが、マスコミによるセンセーショナルな報道により、固定化されたイメージが世論にも影響していく、ということを語ったくだりでした。仲野さんはこう言います。

「視聴者も悪いんでしょうけどね。最初は熱心に見てるけど飽きてしまうでしょう。飽きた時点以降の報道はあんまり聞いてないから、はじめのイメージだけが残ってしまう。だから事件ノンフィクションで知識を正していかないと」

ああそうか、事件ノンフィクションを読むということの意義は、そういうところにもあるんだなあ、ということを認識した次第でありました。

HONZといえば、硬軟幅広い本を取り上げるレヴューで人気のある栗下直也さんも、今回の特集に参加しております。
栗下さんの記事は、昭和13年の「津山事件」から、男性3人が殺された「練炭殺人事件」まで、昭和から平成にかけての事件史を、26冊の事件ノンフィクションを紹介しながら辿った5ページの力作です。HONZでも事件ものを得意なジャンルの一つにしておられる栗下さんの語り口もまた巧みで、読んでいて一冊一冊の本に興味が湧いてきました。
東さんと仲野さんの対談、そして栗下さんの記事に共通して挙げられている一冊が、事件ノンフィクションの名著として名高い本田靖春さんの『誘拐』(ちくま文庫)です。

1963年の「吉展ちゃん誘拐殺人事件」をテーマにしたこの『誘拐』、わたくしは結構前に購入してはいるのですが、いまだに読んでおりませんでした。これは、やはりきちんと読んでおかねばならんなあ。

そのほかに興味深かったのが、「尼崎連続変死事件」を取材した『家族喰い』(太田出版)を書いた小野一光さんの記事でした。事件取材を専門としているフリーのライターが、新聞やテレビといった大メディアの周回遅れから取材を始めながら、いかにして大メディアが取りこぼしたような真相を発掘していくのか、その方法論には面白いものがありました。
また、アメリカの事件ノンフィクションを紹介した柳下毅一郎さんの記事では、アメリカのローカル雑誌の優秀さや、主要な都市ごとに編集された事件ノンフィクションのアンソロジーの存在に興味が湧きました。

事件ノンフィクションというと、なにやら殺伐とした印象を持たれる向きもあるかもしれません。確かに読むのが辛くなるようなものも少なくありませんし、単なる興味本位だけで書かれたようなシロモノもあるでしょう。
ですが、しっかりした取材をもとに書かれた良質な事件ノンフィクションは、事件についての新たな視点を得ることができますし、社会や人間のあり方について考えさせてくれたりもします。
わたくしもこの特集で、ちょっと事件ノンフィクションを見直してみたくなってきました。


『アクト・オブ・キリング』 人間が持つ二面性を引きずり出し、突きつける衝撃作

2014-05-18 13:09:17 | ドキュメンタリーのお噂

『アクト・オブ・キリング』
(2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス)
原題=THE ACT OF KILLING
監督=ジョシュア・オッペンハイマー
共同監督=クリスティーヌ・シン、アノニマス(匿名)
製作総指揮=エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォークほか
5月17日、宮崎キネマ館にて鑑賞


1965年から翌年にかけて、共産党関係者の一掃という名のもと、インドネシアの各地で行われた大虐殺。100万とも200万ともいわれる人びとが殺されたというこの虐殺の実行者たちは、その後は“国民的英雄”として権力の座につき、楽しげに暮らしていた。
虐殺の実態を取材していたアメリカ人映画作家、ジョシュア・オッペンハイマーは、虐殺の実行者たちが殺人行為を誇らしげに語っていたことをきっかけに、彼らに虐殺行為をカメラの前で再演した映画をつくってほしい、と持ちかける。
映画スター気取りになり、嬉々としながら過去の殺人行為をカメラの前で再現していく実行者たち。しかし、かつて実行部隊のリーダーだった男は、拷問された挙句に殺される役を演じたことで、過去の自分がやったことに向き合うこととなり、その気持ちに変化が生じていくこととなるのだった•••。

『アクト・オブ・キリング』は、実際に起こった虐殺事件の加害者たち本人に過去の行為を演じさせ、その過程を記録する、という異例の手法によって製作されたドキュメンタリー映画です。
監督のジョシュア・オッペンハイマーは、政治的な暴力と想像力との関係をテーマに取材、製作を続けているという方。また、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)を手がけたエロール・モリスと、『アギーレ/神の怒り』(1972)や『フィツカラルド』(1982)で知られる巨匠、ヴェルナー・ヘルツォークという2人の映画監督が、完成前の映像を観て衝撃を受け、製作総指揮として加わっています。
斬新な手法と衝撃的な内容で話題となった本作は、先だってのアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされたほか、山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀賞を受賞するなど、世界中の映画祭で高い評価を受けています。

過去に起こった虐殺事件を扱っているとはいえ、作品の中に実際に人を殺すような場面はまったく出ることなく、すべてはあくまでも再現によるもの。にもかかわらず、異例の手法で描かれたからこそ引き出すことができた、人間が持つ二面性に戦慄し、衝撃を受けました。
かつて実行部隊のリーダーであった男は、2人の孫を可愛がったり、好きな映画について嬉しそうに語ったりするような好々爺的な人物。また、元リーダーと行動を共にしている男は、(本作にコメントを寄せている映画評論家・町山智浩さんの言葉を借りれば「マツコ・デラックスそっくり」な)太っちょで陽気な人物だったりします。
2人とも、一緒に酒でも汲み交わせば楽しいだろうな、と思わせるような人物なのですが、そんな彼らが誇らしげに、なおかつ嬉々としながら、過去に行った殺人行為を再現してみせるのです。残虐な殺人行為を行った人物たちが「特別な極悪人」などではなく、自分の隣にでもいるようなごく普通の人間であることの恐ろしさ。
そんなふうに、過去の虐殺行為を自慢げに語るような人物たちであっても、心のどこか奥深くに、罪悪感や後悔の念を押し込めていたのでしょう。その感情が一気に噴き出してきたかのような、終盤の場面では、スクリーンから目を離すことができませんでした。
一人の人間の中に確実に存在する、善と悪、正気と狂気、そして人間性と残虐性。本作がとった異例の撮影手法は、そんな二面性を容赦なく引きずり出し、観るものに突きつけてきます。
元リーダーが、オッペンハイマー監督に向けて語った言葉が、頭の中に残りました。
「俺たちのようなのは、世界中にたくさんいるよ」
そう、これは何もインドネシアに限ったことではなく、特定の政治思想やイデオロギーだけに由来するものでもありません。人間が普遍的に抱えている、両極端な二面性についての問いかけなのです。だからこそ、特定の加害者を糾弾、断罪して終わり、というような単純な告発にはない、衝撃と喚起力を持った作品に仕上がっていました。

虐殺場面はあくまでも再現、とはいえ、過去においてどんなに恐ろしいことが起こっていたのかが、イヤというほど伝わってきました。中でも、ある集落における虐殺と焼き打ちを大掛かりに再現した場面は、かなりリアルで観るのが辛いほどでした(あまりのリアルさに撮影に参加した女性は気絶し、子どもは泣き出してしまうほど)。その意味では、知られざる過去を発掘した記録としても大きな価値があるように思いました。
本作の共同監督の一人であるインドネシア人の名前は「アノニマス」、すなわち匿名となっています。撮影に協力しながらも、本名を明かすことは危険とのことで「匿名」となっているとか。
映画のエンドロールにおけるスタッフの記述にも、「アノニマス」が多数見られました。虐殺事件はまだまだ、インドネシアにおいては終わってはいない、ということを強く感じさせられました。

とても観るのがヘビーな作品ではありましたが、やはり観ておいてよかったですし、人間のあり方についても考えさせてくれるものがありました。機会があればまた観直してみたいとも思います。
本作は宮崎キネマ館では今月(5月)30日まで上映予定です。これはぜひ一度、ご覧になって頂ければと願います。

映画『アクト・オブ・キリング』公式サイト

宮崎キネマ館公式ウェブサイト





6月刊行予定文庫新刊、超個人的注目本8冊

2014-05-14 22:50:13 | 本のお噂
来月、6月に刊行される予定の文庫新刊から、個人的に気になる書目を8冊ピックアップしたいと思います。
これを記している5月14日、東日本では夏のごとき暑さのところが多かったようですね。春というのはあっという間に過ぎていき、これから徐々に夏本番に向けて暑さを増していくことでしょう。
今年の夏がどうなるのかは、まだよくわかりませんが、なるべく猛暑日は少ない方向でお願いしたいものだなあ、と汗っかきとしては思うのでありますが•••。
ともあれ、今回もノンフィクションのみの偏りまくったチョイスではありますが、なにか皆さまの関心に引っかかるような本がありましたら幸いであります。
刊行データについては、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の5月19日号の付録である、6月刊行の文庫新刊ラインナップ一覧などに準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。


『評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを」』 (横田増生著、朝日文庫、6日発売)
没後10年以上を経て、今もなお色褪せることのない消しゴム版画とコラムを生み出し続けたナンシー関。その批評眼と非凡なセンスはいかにして育まれたのか。いとうせいこう、リリー・フランキー、みうらじゅんなど、生前のナンシーと親交のあった人びとの証言を豊富に折り込みつつ紐解かれる、希代のコラムニストの生涯。
単行本で読みましたが、本書で初めて知ったエピソードも多くあり、胸に迫るところがありました。文庫化により、あらためてナンシーさんの価値が広く見直されますように。

『信仰が人を殺すとき』上・下 (ジョン・クラカワー著、佐宗鈴夫訳、河出文庫、6日発売)
なぜ、熱心な宗教者が人を殺すことになったのか?山岳ノンフィクションの名著『空へ』などで知られる著者が、理性と信仰、原理主義と人間の倫理の問題など、宗教の深い闇に迫った渾身のノンフィクション。
一つの主義への行き過ぎた傾倒がもたらす弊害や悲劇は、宗教に限らずあり得ることです。そのような観点からも、この本には深い関心がありますね。ぜひ読んでみようと思っております。

『雨のことば辞典』 (倉嶋厚監修、講談社学術文庫、10日発売)
四季のうつろいとともに千変万化する日本の雨は、さまざまな文学や詩歌でも描かれてきた。それら「雨」にまつわることばを、季語から気象用語、各地の方言まで約1200語集めた辞典。
これから梅雨の時期を迎えますが、うっとうしく感じられる雨をこの辞典でちょっと見直し、味わってみるというのもいいかも、ですね。

『ヒゲのウヰスキー誕生す』 (川又一英著、新潮文庫、27日発売)
サントリーの基礎を築き、ニッカウヰスキーを起こした国産ウイスキーの父、竹鶴政孝。洋酒を通して近代日本の一翼を担った男の、苦難と栄光の半世紀を描く。
日本のウイスキーは、今や世界的にも品質の高さが認められている存在となっていますが、その礎を築いた人物の生きざまには興味がそそられるものがありますね。

『法医学昆虫学者の事件簿』 (マディソン・リー・ゴフ著、垂水雄二訳、草思社文庫、5日発売)
誰よりも早く死体を発見し、卵を産みつける、殺人事件の「第1の発見者」、昆虫。それを丹念に集めて分析することで、犯行の時期を的確に推定していくのが「法医昆虫学」。普通の昆虫学者から法医昆虫学者となった著者が、数々の実例とともにその捜査法を紹介した一冊。
死体につく虫を捜査に活用する、ということは話には聞いたことがあるのですが、その実態は全く知りませんでした。これはなかなか興味を惹かれるものあり、です。

『知のモラル 18世紀イギリスの文化と社会』 (近藤和彦著、ちくま学芸文庫、10日発売)
「200年前のイギリスに生きた、ふつうの男と女。その暮らしともめごと、希望と連帯をたんねんに読み解く」(元本のオビより)。イギリスの歴史で一番興味深い時期を、民衆文化と政治文化の双方から描き出すとのことで、ちょっと注目であります。

『宮脇俊三 鉄道紀行セレクション 全一巻』 (宮脇俊三著、小池滋編、ちくま文庫、10日発売)
国鉄全線完乗や、最長片道切符の旅などの鉄道紀行ノンフィクションで、鉄道ファンにとどまらない幅広い読者を引きつけていた宮脇俊三さん。その数多くの鉄道紀行から厳選した作品をまとめた一冊です。思い起こせば、わたくしが鉄道旅行を好きになるきっかけをつくってくれたのも、宮脇さんの著作でありました。なので、これは保存版として買っておこうかなあ、と。

『ファスト&スロー』上・下 (ダニエル・カーネマン著、村井章子訳、ハヤカワ文庫NF、20日発売)
6月刊行分で一番買いたい本が、これであります。
私たちの「意思」はどのように決まるのか?そして「直感」はどれほど正しいのか?心理学者にしてノーベル経済学賞を受賞した著者が、直感的で感情的な「早い(ファスト)思考」と、意識的、論理的な「遅い(スロー)思考」というモデルをもとにして意思決定の仕組みを解き明かし、私たちの判断がいかに錯覚の影響を受けているのかを浮き彫りにしていく•••。
以前、オススメ本紹介サイト「HONZ」のレビューで知って読んでみたかったのですが、上・下巻で値が張っていたこともあり、なかなか買えずにおりました。なので、この度の文庫化はまことに嬉しい限りであります。