『冬の本』
夏葉社、2012年
「『冬の本』という1つの言葉をめぐって、そこから発想できることを自由に書いてもらえばいい」
そんな着想から生み出されたという本書『冬の本』には、「冬」と「一冊の本」をテーマにさまざまな方々から寄せられたエッセイが、新書よりわずかに大きいくらいの小ぶりな判型の中にたくさん収められています。
収録された執筆者は、多彩な分野で活躍している84人もの方々。このメンツがなかなかすごいのです。以下、主だった面々を列挙させていただきますとーー
天野祐吉さん、安西水丸さん、いがらしみきおさん、池内紀さん、伊藤比呂美さん、大竹聡さん、角田光代さん、片岡義男さん、北村薫さん、久住昌之さん、佐伯一麦さん、柴田元幸さん、鈴木慶一さん、武田花さん、平松洋子さん、穂村弘さん、万城目学さん、又吉直樹さん、町田康さん、松浦寿輝さん、柳下美恵さん、山崎ナオコーラさん、山田太一さん、等々等々。名前を挙げきれなかった皆さまごめんなさい。ともあれ、執筆メンバーの多彩さには目を見張るものがあります。
冬をテーマにした本、冬の思い出と結びついた一冊など、それぞれの執筆者が語る「冬の本」の話も、またバラエティに富んでいます。
先だって亡くなったコラムニスト、天野祐吉さんが挙げるのは、画家の谷内六郎さんが喘息で入院していたときに綴っていた絵日記『楽書病院日記』。これに惚れ込んだ天野さんは、自らの事務所から696冊(「六郎」の名に合わせて)の限定復刻版として出版したとか。
最新刊『とっぴんぱらりの風太郎』も好調の万城目学さんは、娘さんが遠足で拾ってきたどんぐりから、『寺田寅彦随筆集 第一巻』に収録された随筆「どんぐり」について語ります。また、子どものときのクリスマスの劇で、キリストの生まれた馬小屋に馬の姿がなかったことが気になっていたという武田花さんが挙げるのは、「クリスマス馬小屋ありて馬が住む」という句が載っている『西東三鬼全句集』。
本の雑誌社の「炎の営業担当」でもある杉江由次さんは、第二子が生まれたときに上の娘さんが絵本『たんじょうびだね ちびかばくん』を読んでいた、という話を綴っています。なんだか胸打たれるものがあり、とても好きな一文です。
他には、私小説作家の尾崎一雄から「弱っているときや寒いときは寝ていたほうがいいという人生の真理を学んだ」という文筆家、荻原魚雷さんの一文や、花言葉が「再生」というカンゾウの群生の中で衰弱した子猫を見つけ、それを「再生の使者」として救ったという画家の吉澤美香さんの話などもお気に入りです。
紹介される本にも、興味をそそられるものがいろいろとありました。
古書店店主の内堀弘さんが挙げるのは、昭和28年に刊行された『放送随筆 お休みの前に』。昭和20年代、ラジオの放送終了前に放送されていたという朗読番組で読まれた随筆を集めた一冊です。本自体にもですが、そのようなラジオ番組があったということにも興趣が湧きました。寝る前に聴く随筆の朗読、なんかいいなあ。
また、ロック漫筆家の安田謙一さんが挙げる日本版オリジナルストーリーの漫画版『スパイダーマン』は、原作が平井和正さんで作画が池上遼一さんという取り合わせ。雑誌に掲載されたっきりになっているようですが、これも可能であれば復刻してほしいなあ、と思いましたね。
本書に集められたエッセイは見開き2ページと短いものですが、一編一編をじっくり読んでいると、あたかもしんしんと降る雪のように気持ちに沁みてくるものがあり、とても楽しめました。
それぞれの執筆者の語り口も、取り上げる本もバラエティに富んでおりますが、同時にそれらの文章は、「冬」と「本」という言葉の中でゆるやかにつながっている小宇宙をかたち作ってもいました。
書店員の北村知之さんの文章には、このような一節があります。
「本棚に並んだ一冊一冊が、長屋の住人のようにつながりをもっていく。そのたくさんの本のあつまりが、またあたらしい一冊をえらばせる。読書というおこないは、自分にしか手にすることのない、小さな町のような本を編んでいくことだとおもう。」
そう。まさしくこの『冬の本』という本自体が「たくさんの本のあつまり」から「またあたらしい一冊をえらばせる」ような一冊になっているのです。
本書のオビの背表紙部分には、このような惹句が記されております。
そう、「冬は読書」。やはり、冬には暖かい部屋の中で本のページを繰っていくのが一番、なのでありますよ。
本書『冬の本』は、そんな冬の読書に新たな窓を開いてくれそうな一冊でありました。