読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『冬の本』 しんしんと降る雪のように心に沁みる「冬」と「一冊の本」をめぐる84人のエッセイ集

2013-12-31 17:24:44 | 本のお噂

『冬の本』
夏葉社、2012年


「『冬の本』という1つの言葉をめぐって、そこから発想できることを自由に書いてもらえばいい」
そんな着想から生み出されたという本書『冬の本』には、「冬」と「一冊の本」をテーマにさまざまな方々から寄せられたエッセイが、新書よりわずかに大きいくらいの小ぶりな判型の中にたくさん収められています。
収録された執筆者は、多彩な分野で活躍している84人もの方々。このメンツがなかなかすごいのです。以下、主だった面々を列挙させていただきますとーー
天野祐吉さん、安西水丸さん、いがらしみきおさん、池内紀さん、伊藤比呂美さん、大竹聡さん、角田光代さん、片岡義男さん、北村薫さん、久住昌之さん、佐伯一麦さん、柴田元幸さん、鈴木慶一さん、武田花さん、平松洋子さん、穂村弘さん、万城目学さん、又吉直樹さん、町田康さん、松浦寿輝さん、柳下美恵さん、山崎ナオコーラさん、山田太一さん、等々等々。名前を挙げきれなかった皆さまごめんなさい。ともあれ、執筆メンバーの多彩さには目を見張るものがあります。

冬をテーマにした本、冬の思い出と結びついた一冊など、それぞれの執筆者が語る「冬の本」の話も、またバラエティに富んでいます。
先だって亡くなったコラムニスト、天野祐吉さんが挙げるのは、画家の谷内六郎さんが喘息で入院していたときに綴っていた絵日記『楽書病院日記』。これに惚れ込んだ天野さんは、自らの事務所から696冊(「六郎」の名に合わせて)の限定復刻版として出版したとか。
最新刊『とっぴんぱらりの風太郎』も好調の万城目学さんは、娘さんが遠足で拾ってきたどんぐりから、『寺田寅彦随筆集 第一巻』に収録された随筆「どんぐり」について語ります。また、子どものときのクリスマスの劇で、キリストの生まれた馬小屋に馬の姿がなかったことが気になっていたという武田花さんが挙げるのは、「クリスマス馬小屋ありて馬が住む」という句が載っている『西東三鬼全句集』。
本の雑誌社の「炎の営業担当」でもある杉江由次さんは、第二子が生まれたときに上の娘さんが絵本『たんじょうびだね ちびかばくん』を読んでいた、という話を綴っています。なんだか胸打たれるものがあり、とても好きな一文です。
他には、私小説作家の尾崎一雄から「弱っているときや寒いときは寝ていたほうがいいという人生の真理を学んだ」という文筆家、荻原魚雷さんの一文や、花言葉が「再生」というカンゾウの群生の中で衰弱した子猫を見つけ、それを「再生の使者」として救ったという画家の吉澤美香さんの話などもお気に入りです。

紹介される本にも、興味をそそられるものがいろいろとありました。
古書店店主の内堀弘さんが挙げるのは、昭和28年に刊行された『放送随筆 お休みの前に』。昭和20年代、ラジオの放送終了前に放送されていたという朗読番組で読まれた随筆を集めた一冊です。本自体にもですが、そのようなラジオ番組があったということにも興趣が湧きました。寝る前に聴く随筆の朗読、なんかいいなあ。
また、ロック漫筆家の安田謙一さんが挙げる日本版オリジナルストーリーの漫画版『スパイダーマン』は、原作が平井和正さんで作画が池上遼一さんという取り合わせ。雑誌に掲載されたっきりになっているようですが、これも可能であれば復刻してほしいなあ、と思いましたね。

本書に集められたエッセイは見開き2ページと短いものですが、一編一編をじっくり読んでいると、あたかもしんしんと降る雪のように気持ちに沁みてくるものがあり、とても楽しめました。
それぞれの執筆者の語り口も、取り上げる本もバラエティに富んでおりますが、同時にそれらの文章は、「冬」と「本」という言葉の中でゆるやかにつながっている小宇宙をかたち作ってもいました。
書店員の北村知之さんの文章には、このような一節があります。

「本棚に並んだ一冊一冊が、長屋の住人のようにつながりをもっていく。そのたくさんの本のあつまりが、またあたらしい一冊をえらばせる。読書というおこないは、自分にしか手にすることのない、小さな町のような本を編んでいくことだとおもう。」

そう。まさしくこの『冬の本』という本自体が「たくさんの本のあつまり」から「またあたらしい一冊をえらばせる」ような一冊になっているのです。
本書のオビの背表紙部分には、このような惹句が記されております。

そう、「冬は読書」。やはり、冬には暖かい部屋の中で本のページを繰っていくのが一番、なのでありますよ。
本書『冬の本』は、そんな冬の読書に新たな窓を開いてくれそうな一冊でありました。

2014年1月刊行予定新書新刊、個人的注目本10冊

2013-12-26 23:32:40 | 本のお噂
2013年もきょう(12月26日)の時点で、残すところあとわずか5日。来年のことを言うと鬼が笑う、などと申しますが、あと5日程度であれば鬼さんたちも「しょうがねえなあ」などと微笑みながらお目こぼししてくれるでありましょう。そんなわけで(どういうわけだ)、来年1月に刊行予定の新刊新書から、例によってわたくしの興味を惹いた書目を10冊選んでピックアップいたしました。何か皆さまにも、引っかかる書目があれば幸いに存じます。
刊行データや内容紹介については、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の12月9-16日号、12月23日号、そして12月30日-1月6日号とその付録である12月刊行の新書新刊ラインナップ一覧に準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。

『もっと面白い本』 (成毛眞著、岩波新書、21日発売)
来月刊行分では一番楽しみにしているのが本書であります。ノンフィクション系オススメ本サイト「HONZ」代表としても知られる成毛眞さんが読んできた、数多くのノンフィクション本から選りすぐった面白本を紹介した『面白い本』の続篇が登場です。「人間、宇宙、歴史、芸術、科学。まだまだある、面白い本。読書欲が燃え上がる、家計圧迫必至の第2弾」。そう、第1弾同様、本好きにとっては誠に危険極まりないものになるでありましょう。心して手に取らなければな。

『地球外生命 われわれは孤独か』 (長沼毅・井田茂著、岩波新書、21日発売)
岩波新書からもう一冊を。「銀河系では地球はありふれた存在らしい。ほかにも知的生命は存在するか。科学を総動員して考える」と。研究の進展により、地球外生命の存在は絵空事にはとどまらない可能性を持ち出した、ともいえる昨今。この本にもなんだか興味をそそられるものがありますねえ。

『浮世絵で読む、江戸の四季とならわし』 (赤坂治績著、NHK出版新書、10日発売)
「正月は万歳芸に笑い転げ、春は着物の裾をからげて潮干狩り、夏はミニチュアの富士に詣でうなぎを食す。四季折々の行事を楽しみ、暮らしを愛でる庶民の姿」。浮世絵は美術としてだけではなく、江戸の人びとの生活風俗を知るための絶好の資料でもありますから、この本もけっこう楽しみです。

『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』 (一ノ瀬俊也著、講談社現代新書、16日発売)
「太平洋戦争時、米軍は日本軍を、日本人をどう見ていたか。兵士の士気、生活様式から、組織論、戦術まで、日本軍に実像を捉え直す1冊」と。当時の米軍の目から、日本軍はどのように映り、分析されていたのでしょうか。気になります。

『絶景鉄道 地図の旅』 (今尾恵介著、集英社新書、17日発売)
「日本に張り巡らされた3万キロ近い線路は、それぞれ地形と密接な関係にあり、1枚の地形図を見ると、その土地を走る鉄道にまつわるさまざまなできごとを読み解くことができる」と、内容説明を見るだけでもなんだかワクワクさせられるものが。鉄道旅が好きな身としては見逃せないものがありそうですな。

『「闇学」入門』 (中野純著、集英社新書、17日発売)
集英社新書からももう一冊。「最近、闇の中の町歩き=ナイトハイクが人気だ。その提唱者で、多様な視点から日本文化を支える闇を研究してきた著者が、最新知見も交え、闇の謎と魅力を解き明かす」と。闇の中の町歩きとは、なんとも面白そうではないですか。そう、「闇」があってこそ、町も文化も深みを増すんですよね。これはぜひともチェックしておかねば。

『つながる図書館 コミュニティの核を目指す試み』 (猪谷千香著、ちくま新書、7日発売)
「ビジネス支援から町民の手作り図書館、建物の外へ概念を広げる試み。数々の公共図書館の取り組みを取材し、今後のありかたを探る」とのこと。図書館もまた、本と出会える大事な場所として、様々な模索が行われている様子。その現状を知るためにも読んでおきたいですね。

『走れ!移動図書館 本でよりそう復興支援』 (鎌倉幸子著、ちくまプリマー新書、7日発売)
ちくまプリマー新書からも図書館の本が。こちらは、東日本大震災で被災した地域での活動をまとめた本。「被災者の『心』の回復のために本が必要だ。本の力を信じて行われている移動図書館プロジェクト。その活動の始動から現在までを綴る」。こちらも必読ですね。

『〈辞書屋〉列伝 言葉に憑かれた人びと』 (田澤耕著、中公新書、25日発売)
「ドラマのない辞書はない。オックスフォード英語辞典、日本初の国語辞典『言海』、ヘボンが作った和英辞典など、苦闘と情熱を描く」と、こちらも内容説明に惹かれるものがありますね。名だたる辞書がいかにして世に出たのかというエピソード、面白そうだな。

『紙の本は、永遠に滅びない(仮)』 (福嶋聡著、ポプラ新書、上旬)
「なぜ書店が必要なのか。なぜ読書が必要なのか。書店を愛してやまない書店員が今こそ世に問う、書物の存在理由と書店のありかた」。ジュンク堂に勤務しながら、現場からの書店論を数々発信し続けている福嶋さんによる本書、ぜひ読まねば。タイトルにも強く惹かれます。

と、こうして見ると、来月刊行分には「本」にまつわる押さえておきたい書目が目立ちます。年明け早々、いろいろと買わなければいけないみたいですね(笑)。
1月刊行分で他に気になったのは、以下の通りであります。

『書き出しは誘惑する 小説の楽しみ』 (中村邦生著、岩波ジュニア新書、21日発売)
『分子からみた生物進化 生物のたどってきた道』 (宮田隆著、講談社ブルーバックス、20日発売)
『テレビ報道のカラクリ(仮)』 (田中周紀著、光文社新書、17日発売)
『物語 ビルマの歴史 王朝時代から現代まで』 (根本敬著、中公新書、24日発売)
『ケアの倫理』 (ファビエンヌ・ブルジェール著、原山哲ほか訳、白水社文庫クセジュ、下旬)
『「金縛り現象」の科学(仮)』 (福田一彦著、PHPサイエンス・ワールド新書、17日発売)
『ソーシャルメディア仕事術(仮)』 (津田大介著、PHPビジネス新書、17日発売)
『戦国大名 政策・統治・官僚』 (黒田基樹著、平凡社新書、15日発売)
『男と女の江戸川柳 “スケベ心”を可笑しがる』 (小栗清吾著、平凡社新書、15日発売)

『とつげき!シーナワールド!!(1)飲んだビールが5万本!』シーナ的「雑誌の逆襲」宣言!

2013-12-23 22:27:23 | 雑誌のお噂

『とつげき!シーナワールド!!(1)飲んだビールが5万本!』
飲んだビールが5万本!編集部=編、椎名誠 旅する文学館=発行、本の雑誌社=発売


作家であり、写真家であり、「あやしい探検隊」隊長であり、さらに映画監督でもあるなど(もっとも映画監督のほうは、残念ながら休業状態でありますが•••)、さまざまな顔を持っている椎名誠さん。
かつては、書評とブックガイドを主体とした『本の雑誌』の編集長を長きにわたって務めるなど、編集者としての顔も持っていましたが、『本の雑誌』の編集から退いたあとは、雑誌編集の仕事からは遠ざかっておられました。
その椎名さんが、企画・プロデュースという形で久々に新たな雑誌を立ち上げました。その名も『とつげき!シーナワールド!!』。
雑誌といっても年2回刊、しかも発行形態は厳密には「雑誌」というより「書籍」なのですが、そこに流れるスピリットは紛れもなく「雑誌」そのものなのでありますね。
椎名さんが巻頭に記した「ソーカンのごあいさつ」が、なんかイイのですよ。ちょっと長くなりますが、ぜひ引用してみたいと思います。

「出版界の退潮が続いている。発行部数は減り、雑誌の廃休刊が続いている。活字離れというコトバはもう見飽きた。変わって電子ブックだと。おーい。電車の中でみんな同じ恰好をしたあのおかしな手鏡みたいなのを持ってどちらさまも並んで読書なんて、そんな気持ちワルイ世の中に住みたくない。
これらはみんな電子業界の陰謀だろう。新しもの好きですぐとびつくが熱しやすく醒めやすい国民なのだからそろそろ人間らしく生きようよ。それにはやっぱり雑誌でしょ。
わしらの隣にある一番親しみやすい分かりやすい文化、知識の源泉は雑誌だった。雑誌の灯を消してはなんねーど。(後略)」


そう。本誌『とつげき!シーナワールド!!』は、雑誌をこよなく愛し、雑誌を作るのも読むのも大好きという椎名さんによる「雑誌の逆襲」宣言のあらわれ、でもあるのです。

創刊号は『飲んだビールが5万本!』と題し、これまた椎名さんがこよなく愛する、ビールをはじめとする酒全般についての特集と記事で、一冊まるまる構成されています。
柱となるのは3本の特集。最初は、椎名さんオススメのうまい生ビールを出す、東京のお店3ヶ所を紹介した「わしらの好きな東京生ビール」。
2つめは、あやしくも惹きつけられるものがある場末の魅力に迫る「場末」。ここでは、沖縄在住のライター、嘉手川学さんによる那覇市の栄町ルポが興味をそそりましたね。市場を中心に、居酒屋やバー、スナックなどの飲食店や、古書店、ブルース専門中古CD店なども立ち並んでいるという栄町は、小さな路地や抜け道もたくさんあって迷路のようなんだそうな。これは路地裏好きにはこたえられんだろうなあ。いつの日か沖縄に行く機会があったら、海やら首里城やらよりもまずは栄町を訪ねなければな。
そして3つめの特集は「つまみ礼賛。」目玉はコンビニで売られている食材のみを使って、安くて「アホみたいに」簡単にできるというおつまみ26品の一挙公開。焼いたり炒めたり煮たりといった料理っぽい作り方をする(といっても制作時間は長くて8分半ほど)メニューから、キャベツ千切りと紅しょうがを混ぜただけ(制作時間13秒)の「それって料理なのか」とツッコミたくなるようなのまで、これはけっこう使えそうでありますよ。いろいろ順次試してみっかな。

椎名さんと親交の深い面々による、酒にまつわるエッセイの数々も読みどころです。和田誠さんは、『がんばれ!ベアーズ』や『リオ・ブラボー』など、映画の中の酒がらみの名場面や名セリフをイラストとともに紹介。あの「お楽しみはこれからだ」番外編のようなオモムキでありますね。
カヌーイストの野田知佑さんは、カナダとアラスカの荒野を流れるユーコン川で断酒できるかと思いきや、行く先々で酒と出会い続けて結局は酒浸りになった、という川旅の顛末記を綴っています。その野田さんとウイスキーの水割りを飲みながらNHKのトーク番組に出演し、酔っぱらってとんでもない話をしてしまったという爆笑失敗談を綴るのは、水中写真家の中村征夫さん。また、おなじみ沢野ひとし画伯は、中国・北京で味わったという、酒が進むうまい鍋料理の数々について語っています。
そして、御大椎名さんが自筆イラストとともに語るのは、世界のあちこちで飲んできたお酒の話。ニューギニアの口噛み酒やモンゴルの馬乳酒、フィリピンのヤシ酒、メキシコのアルコール度数90度(!)のテキーラなど、よくこれだけいろいろとスゴイのを飲む機会に恵まれたよなあ、と感嘆するばかりでした。

他にも、アラスカの最果てにあるたった百人が暮らす島で、人種や国籍は違えど旧知の間柄のように酒を酌み交わす人びとが集うという酒場の話や(これもなかなかいい記事でした)、バーとウイスキーの達人2人による対談、鉄道片道一人旅でどれだけのビールを飲めるかを試したという「突発的アホバカ企画」などなどの記事が、雑誌らしいゴチャゴチャ感で並んでいて楽しいものがありました。
それぞれの記事の分量もほどよい長さで、それこそお酒を飲みながらちょいちょいつまみ読みできる「読む肴」にもうってつけ、なのでありましたよ(実際わたくし、本誌を晩酌でビール飲みつつ読み進めてました)。
ただ、ナマイキにもあえて注文をつければ、創刊号の執筆陣は椎名さんの友人知人に絞られていることもあり、シーナファン以外にはある種の「敷居」を感じさせるのではないか、という部分があったのは否めないところでした。ファン以外の人たちにもアピールできるよう、次号からは幅広い分野からの執筆者を迎えていくようになればいいんだがなあ、ということを思ったりいたしました。

一冊一特集、ということで、次号はまた違うテーマでまるまる構成することになるようです。
次はどんなテーマを、どういう誌面で展開していくのか。シーナ的「雑誌の逆襲」を、これからも刮目して楽しみにしていきたいと思います。


【読了本】『チャック全開!』 抱腹絶倒の「ファクト」と前向きな人生観に元気も全開!

2013-12-18 19:18:45 | 本のお噂

『チャック全開! チャック・ノリス「最強」伝説』
チャック・ノリス著、柳亨英訳、新潮社、2013年(原書は2009年)


映画『地獄のヒーロー』シリーズ(1984~1995年)や『デルタ・フォース』(1986年)、テレビシリーズ『炎のテキサス・レンジャー』(1993~2001年)など、数々の娯楽アクションもので人気を博した俳優、チャック・ノリス。自分の流派を率いる武道家でもあり、社会事業家としての顔も持っています。
そのチャックがスクリーンに登場しなくなっていた2005年頃から、ネット上にて盛り上がりを見せているのが「チャック・ノリス・ファクト」。チャックの強さやタフガイぶりを、誇張した表現でネタにし、ジョークに仕立て上げたものです。わたくしはツイッターにてそれら「ファクト」の存在を知り、あたかも後頭部にチャックの回し蹴りを食らったかのような笑撃を受けました。
世界中から続々と寄せられているというそれら「ファクト」から、チャック本人がお気に入りという101本を選び、それぞれに短いエッセイを付したチャック公認の傑作「ファクト」集が、本書であります。

本書に収められた破壊力バツグンの「ファクト」は、例えばこんな感じ。

チャック・ノリスはコブラに噛まれ、5日間苦しんだ末••••••コブラが死んだ。
(コレ、チャックが久々にスクリーンに復帰した、スタローンやシュワルツェネッガー他との共演作『エクスペンダブルズ2』でのチャック登場シーンで使用されたとか)

チャック・ノリスは自分自身が素手で建てた丸太小屋で生まれた。

ダイナマイトはもともと消化不良を治すために、チャック・ノリスが開発した。

アインシュタインの相対性理論によると、チャック・ノリスは昨日のあなたに回し蹴りができる。

•••とまあ、どれをとっても「んなアホな(笑)」と言いたくなるような奇想天外な誇張っぷり。あらためて、「ファクト」一つ一つの面白さに大笑いしつつ、そのバカバカしいまでの発想力にほとほと感心したのであります。
加えてこの書名ですよ、『チャック全開!』。初めて見かけたときには書名だけで笑いの発作を抑えられませんでした。『The Official Chuck Norris Fact Book』というごくごく普通の書名がついている原書の日本語版に、こういう書名をつけた新潮社、やるのう。

破壊力バツグンの「ファクト」に比して、それらに付されているエッセイはとても生真面目。これまで歩んできた人生や、撮影における印象的なエピソードなどが語られていきます。
出演作や「ファクト」の中では、強くて超人的なキャラクターが定着しているチャックも、かつては人前で話すことが苦手で、格闘技の試験のときには緊張からしくじったりもしていた、ごく普通の人間だったといいます。しかし、彼は少しずつ自らの殻を破りながら成長していき、成功をおさめていったのです。
その原動力となったのが、前向きな人生観と向上心。チャックが「人生の指針」にしているという12のルールにも、それが雄弁に現れています。このうちのいくつかが実にいいのですよ、ほんと。

3 私は常に前向きな気持ちでいる。そして会う人すべてにこの気持ちを伝える。

5 全ての人の良い面を見つけ、価値ある存在であるよう気づかせるようにする。

7 自分自身を向上させるためにほとんどの時間を費やすので、他人を批判する時間などはない(人の悪口や批判は言わない)。

12 常に目的意識を持って人生を貫くことを誓う。なぜならそのような前向きな態度が私の家族、国家、そして私自身を助けるからだ。

実にシンプルにして力強い指針の数々は、チャックのような「超人」のみならず、われわれにとっても大いに力になるようなものではないか、と思いましたね。
そんな人生観や、これまで歩んできた生き方から導き出されたことばにも、いいものがいろいろありました。2つだけ引いておきます。

「人は自分をよりよくするための努力を怠ってはならないし、その成果を社会に提供するべきだ」

「格闘家として、不可能な事態や、より大きな相手と戦うためには内なる強さも鍛えなければならないと気づいた。(中略)だが、人生においては、引き下がることを学ぶのが最大の助けになるのかもしれない。争いを避けることが最大の強さになるだろう」

本書には、「国を愛し、神を信じる、ひとりの保守派のアメリカ人」(「訳者あとがき」より)としての意見表明も散見されていて、それらには共感・賛同できることもあれば、できないこともあります。ですが、チャックから学ぶべき最大のポイントは、やはり前向きで向上心に溢れた姿勢なのではないか、とつくづく思います。

奇想天外、抱腹絶倒な「ファクト」の数々と、チャックの前向きな人生観で、読んだこちらの元気も「全開!」になった一冊でありました。



【閑古堂アーカイブス】没後1年•••あらためて噛み締める「小沢昭一的ことば」

2013-12-12 21:34:13 | 本のお噂
おととい、12月10日。敬愛していた小沢昭一さんが亡くなってから1年となりました。
思い出しますねえ。小沢さんが亡くなられた、というニュースを知ったときには、もう頭の中が真っ白になるような思いがいたしました。そのあと1週間くらいは、喪失感から気が抜けたようになっていましたっけ。
俳優としてのお仕事、放浪芸研究のフィールドワーク、ラジオ番組での軽妙にして巧みな語り•••いずれにも畏敬の念を抱いておりました。つくづく、惜しい方を亡くしてしまったなあ、という気持ちが、1年経ってもなお、わたくしの中にあります。
小沢さんはエッセイストとしても、数多くの著作をお出しになりました。それら著作から感じられる小沢さんのお人柄も、またすごく好きでありました。
今回は、それら小沢さんの著作から、わたくしの気持ちに響いた「小沢昭一的ことば」を、いくつかのテーマに沿って引いてみたいと思います(今回は引用がメインです•••)。
とはいえ、残念ながらすべての著作に目を通しているというわけでもございませんゆえ、わたくし閑古堂の手元にある、ごく限られた著作からのチョイスであることを、あらかじめお断り申し上げておきます。



まずは「芸」について語ったことばをいくつか。映画や舞台で演じ続けながら、あるいは芸能者を訪ねるフィールドワークを重ねながら、折にふれ「芸」について考えたことばには、味わい深いものがあります。

「笑」は常に新しく現代的なものである。笑わせる作業を続け、それが成功する限り、演者は必然的に現代に生きるのである。
『私のための芸能野史』(芸術生活社、1973年。のちに新潮文庫とちくま文庫)より。

〝芸〟というものは、元来、保守的なものである。だからこそ積み重なり深まってゆくものだと私は思っている。
「アマチュアを志す」より。『言わぬが花 小沢昭一的世界』(文藝春秋、1976年。のち文春文庫)に収録。

規範というか、規則を破るということは芸の上でものすごく必要なことなのですね。規則を破るにはね、よく、ちゃんとした規則ができた上で破れとかいうのですけど、そういうものでもないような気がしてね。破る人はもともと破る人なんだけど、破って大丈夫な人(にん)か人(にん)でないかというので決定するもので、往々にして破ってもくずれない人(にん)の人は破りたがらないのですね。それで、破ると存在すらもがたがたになっちゃうような人が破りたがっているのですがね。
江國滋さんとの対談「落語、そして志ん生」より。『言わぬが花』に収録。

私は、芸の面白さは結局のところ演者の人柄のおもしろさと決めこんでおります。つまり、芸以前の、人間としての幅とか奥ゆきとか、あるいはその人の道楽の深さとか••••••ひっくるめていえば、その人間の魅力に酔うことが、私の芸に接する楽しみなんです。
「浪花節で深い眠り」より。『芸人の肖像』(ちくま新書、2013年)に収録。

俳優は、「自分」の及ばない「他人」を演じなければならないことも多いのですが、そういう「他人」を演じ続けることで「自分」を多少はふとらせる、深めることも出来るようです。
『句あれば楽あり』(朝日新聞社、1997年。のち朝日文庫)より。

よくいるだろ、若いやつが。「こんどは役づくりがどうのこうの」って。「なにを、このー、ばか!」ってね、怒鳴りたくなる。役づくりなんてないんだよ。「読書百遍意自ずから通ず」という言葉があるけど、「稽古百遍意自ずから通ず」。なんでもいいんだよ。早く行って稽古を何回でもやればいいの。
(中略)
もう俳優はね、稽古に始まって稽古に終わるということですな。遺言だ、おれの(笑)。
北村和夫さんとの対談「芝居、この面白くて、疲れる仕事!」より。『話にさく花』(文藝春秋、1995年。のち文春文庫)に収録。


次は「遊び」についてのことば。小沢さんは芸を深める一方で、遊びやゆとり、ムダというものの持つ効用を大事にされていた方でもありました。そのような姿勢も、とても好きでした。

もともと、「遊び」の意味するものは、飲む・打つ・買うだけではありませんでした。ハンドルなどを廻すとき、その作用がすぐ機械に及ばずに、多少のゆとりのあることも「遊び」といいます。また、野球で、勝負玉を生かすために、一、二球ムダ球をほおるのを「遊び玉」などといいます。
この遊びーーゆとりやムダは、何事にも必要のようですね。人間の魅力も、ムダ、遠廻り、ゆとり、余裕、ブレなどから出てくるものであることも確かなようです。

「『遊びは芸のコヤシ』か」より。『裏みちの花』(文藝春秋、1989年。のち文春文庫)に収録。

俳句は、どんなにシリアス、深刻であっても、どこかでコトバをあそんでいる、たわむれている。別にいえば余裕がある。冷静な目で表現を客観的にし、格調の高いおどけをやっているように思えます。
「俳句と俳優」より。『裏みちの花』に収録。


最後は、「人間」について語ったことばを。俳優として、ラジオの語り手として、そしてエッセイストとして培われた観察眼は、小沢さんの人間を見る目をも養っていたのでしょうね。でも、それは人間の本質に迫りながらも、ホッとするような温かみにも満ちていました。

当節、みんな大人になり急ぐので、大型美人、本格派美人が少なくなったのではあるまいか。
長いこと女優さんの、花が咲き、しぼみ、散るのを見てきた者の意見を申そうなら、原則として花は早く咲けば早く散ります。しかも、おそく咲き出せば、コヤシがそれだけ蓄積しているためなのか、長く咲いております。お若い方にはわかってもらえますまいが、大人になり急いでロクなことはありません。いえ、〈早咲き〉が珍重された時代もありましたが、それはもう古い、今やありきたりです。
これは男のコにもいえますが、大人になり急ぐので、どうも日本列島人がコモノばかりになってきたような。美人でいえば、ウスデ美人が氾濫しすぎていやぁしませんか。

『美人諸国ばなし』(PHP研究所、1986年。のち新潮文庫)より。

人間、本当の仲よしというのは、決してお互いのすばらしいところで結びつくものでもなさそうですね。むしろ、お互い相手の欠点が分かった時に、その欠点と欠点がピタッとくっついて仲よしになる。本当の仲よしってそういうもんじゃございませんか。
「話術話芸の不徹底的研究」より。『話にさく花』(文藝春秋、1995年。のち文春文庫)に収録。

わたくしはここでキッパリと申し上げたい。笑い者になることが人間にとってダメなことだと思うことは、開発途上人の証拠である、と。つまり、笑われることは恥である、という意識はあまり上等ではないのです。調子にのってもっと言わせてもらえば、笑われまいとつっぱって生きようとするその裏側には必ず自信のなさというものがあるんですよ。自信がないと、つっぱって自分を飾る。自分を飾ろうという心根がある限り、笑いというものは生まれてこないんです。自信があって余裕を持たないと、笑いは生み出せないんですね。
本当に力があれば、笑われようが何されようがへでもない、ということなんじゃないでしょうか。

「話術話芸の不徹底的研究」より。

人間というものは、みんな面白い。それぞれがそれぞれに面白い、と思わざるを得ないのです。よく「経験豊富」なんてことを言いますが、なにも波瀾万丈だけが経験豊富なんではないのでありまして、単調な生活の中にも、深く広い経験というものがあるのでございます。
「話術話芸の不徹底的研究」より。


まだまだ引くべき「小沢昭一的ことば」はありますし、まことに狭い範囲とテーマからのチョイスではありましたが、ひとまずこのあたりにいたしましょうか。
上に引いたことばが収録された本には、現在では品切、絶版になってしまったものもいくつかあります。まことに残念であります。
とはいえ、小沢さんが残してくださった珠玉のことばの価値は、今でもまったく衰えてはいないのではないか、と強く感じております。
願わくは、これからも多くの方が「小沢昭一的ことば」に触れていっていただけたら、と思います。
不肖わたくしも、この先も折々に「小沢昭一的ことば」を繙きながら生きていきたい、と思っております。