読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【積読本は宝の山】冷静で科学的な検証により、戦争や歴史から現代に活かすべき教訓を引き出した名著『失敗の本質』

2018-08-26 22:19:27 | 本のお噂

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』
戸部良一・寺本善也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎著、中央公論新社(中公文庫)、1991年
(親本は1984年、ダイヤモンド社より刊行)


大東亜戦争(太平洋戦争)において、その戦局の展開を左右することになった日本軍の失敗事例に、異なる専門分野(組織論や政治外交史、軍事史など)の研究者たちが社会科学的な分析でメスを入れ、現代の組織一般に対する教訓を引き出した一冊です。
親本の刊行から34年、文庫版の刊行から27年という長きにわたり読み継がれているロングセラーであり、すでに名著としての評価も高い本書ですが、わたしはずいぶん前に文庫版を買っておきながら、そのまま本棚の肥やしにしているだけでした。この夏、ようやく読み始めるや一気に読了し、もっと早く読んでおくべきだった、と激しく悔やんだのでありました。

本書を読もうと思ったきっかけは、8月15日の夜に放送されたNHKスペシャル『ノモンハン 責任なき戦い』を観たことでした。
敵であるソ連軍の戦力を過小評価した甘すぎる見通し。関東軍のメンツに配慮するあまり、その専横を許した参謀本部。戦況に対しての責任感の欠如・・・。その結果として、あまりにも多くの兵士の命が無駄に失われたことを知り、なんともやりきれない思いがいたしました。
なぜ、軍は「戦略」とも呼べないような無謀な戦いを続けるに至ったのか、その原因をもっとしっかりと知りたい・・・そう思ったときに取り出して読んだのが、本書『失敗の本質』でした。本書が一番最初に分析しているのが、ほかならぬノモンハン事件だったからです。
自軍の戦力と精神力を過大に評価し、相手の戦力を甘く見て過小評価していた、日本軍の「敵を知らず、己を知らず」という体質は、本書においても厳しく指摘されております。
満州国の内政指導権が与えられていることを理由に、満人官吏の任免や土建業者の入札にまで関与していたという関東軍は、対ソ戦争にあたっての準備や訓練をほとんど行わなかった、といいます。そして、そのように満州の統治機関としては高度に適応していた軍隊であったがゆえに、戦闘という軍隊本来の任務に際してまったく新しい環境に置かれたときには混乱をきたし、方向を見失って自壊作用を起こした、と指摘します。

ノモンハン事件に続いて、ミッドウェー作戦やガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、そして沖縄戦の失敗事例が取り上げられ、検証されます。
あいまいな作戦目的やコミュニケーションの機能不全。敵の戦力に対する過小評価と、自軍の戦力と精神力への過大な期待。情報や兵站・補給の軽視。合理的・科学的思考よりも、組織上下の人間関係やメンツが優先される体質・・・。ノモンハンでの教訓はほとんど活かされることもなく、その後の戦いにおいても失敗が繰り返されていった無惨な実態が、冷静で淡々とした分析から浮き彫りにされていきます。

前半の事例研究を受けた後半では、6つの作戦に共通する日本軍の組織的な病理が徹底的に分析されます。その上で、序章で示された「日本軍の組織的特性は、その欠陥も含めて、戦後の日本の組織一般のなかにおおむね無批判のまま継承された」という問題意識のもと、企業をはじめとする現代の組織一般に通用する教訓を導き出しています。ここでは重要な指摘が多々なされていて、頷かされたポイントをいちいち挙げていけばキリがないくらいです。
とりわけ教えられたのは、組織学習のあり方についての議論でした。これについて本書は、敵の戦力を過小評価し、自己の戦力を過大評価するような精神主義は、日本軍の組織的な学習を妨げる結果になったと指摘。さらに、教官や各種の操典が指示する「模範解答」を半ば機械的に暗記し、それを忠実に再現する、いわゆる「学校秀才」型の人物が評価されるような、士官学校や軍の大学における教育の問題点にも触れられます。暗記と記憶力を強調した教育でしつけられた行動様式は平時の状況ではよいものの、いつ不測事態が起こるかわからないような不確実性の高い状況下で独自の判断を迫られるようになってくると、十分に機能しなくなる、と。
本書は、そのような日本軍の学習のあり方を、目標と問題構造を所与ないし一定とし、そこから最適解を選び出すという「シングル・ループ学習」であったと定義した上で、次のように述べています。

「しかし、本来学習とはその段階にとどまるものではない。必要に応じて、目標や問題の基本構造そのものをも再定義し変革するという、よりダイナミックなプロセスが存在する。組織が長期的に環境に適応していくためには、自己の行動をたえず変化する現実に照らして修正し、さらに進んで、学習する主体としての自己自体をつくり変えていくという自己革新的ないし自己超越的な行動を含んだ『ダブル・ループ学習』が不可欠である」

「組織学習には、組織の行為と成果との間にギャップがあった場合には、既存の知識を疑い、新たな知識を獲得する側面があることを忘れてはならない。その場合の基本は、組織として既存の知識を捨てる学習棄却、つまり自己否定的学習ができるかどうかということなのである」


暗記力ばかりが得意な「学校秀才」型の人間を評価する教育システムの弊害、不確実な環境の変化に対応していくための、自己革新的な学習の重要さ・・・いずれも、現代においてなお、いや、変化の激しい現代だからこそ、より一層教訓となる点であるように思えました。
一定の環境に適応しすぎたがゆえに、環境の変化に適応する能力を失い、失敗と犠牲をいたずらに重ねていった日本軍。そのことを踏まえて述べられた以下の一節にも、頷かされるものがありました。

「日本軍が特定のパラダイムに固執し、環境変化への適応能力を失った点は、『革新的』といわれる一部政党や報道機関にそのまま継承されているようである。すべての事象を特定の信奉するパラダイムで一元的に解釈し、そのパラダイムで説明できない現象をすべて捨象する頑なさは、まさに適応しすぎて特殊化した日本軍を見ているようですらある」

かつての日本軍と、それが起こした戦争を強く批判している「革新的」なはずの政党や報道機関もまた、ほかならぬ日本軍が持っていた病理を継承しているという皮肉さ。この指摘もまた、現在の状況を顧みるにつけ、妙に説得力があるように思えてなりませんでした。

都合の悪いことには一切頰かむりを決め込み、ひたすら過去を美化するような姿勢。戦争を否定したいあまりに悲惨さばかりを過度に強調し、声高に「反戦」を叫ぶ姿勢。いずれも、戦争や歴史から現代に通ずる教訓を活かそうとするあり方とはかけ離れているのではないかと、わたしには思われてなりません。
過去に起こったことを丁寧にたどり直し、それに冷静で科学的な検証を加えることで、戦争や歴史から現代に活かすべき教訓を引き出し、あやまちを繰り返さないために役立てることができるのだ・・・ということを、本書は教えてくれました。その姿勢が持つ意義と価値は、親本刊行から34年、そして戦後73年を経てもなお、いささかも輝きが失われていないように思われました。
これからも末永く、多くの人に読み継がれていって欲しい名著だと、心の底から思います。

『教養が身につく最強の読書』 しぼんでいた読書欲を刺激してくれる、正統派読書人によるおすすめ本のラインナップ

2018-08-16 21:07:38 | 「本」についての本

『教養が身につく最強の読書』
出口治明著、PHP研究所(PHP文庫)、2018年
(親本は2014年に日経BP社から『ビジネスに効く最強の「読書」』として刊行)


ライフネット生命創業者にして、現在は大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)学長である出口治明さん。本書は、大の読書家としても知られている出口さんが、これまで読んできた膨大な量の本の中から、特におススメの135冊を紹介した一冊です。

「ビジネスに効く教養のつくり方」「歴史から叡智を学ぶ」「日本と世界の現在を知る」という3つの大きなテーマに沿って、歴史や哲学、宗教、科学、戦史、政治、経済、さらに文学などの幅広いジャンルから選び抜いた書物を取り上げていくのですが、その紹介の仕方がいちいち絶妙なのです。
たとえば第2章の「『意思決定力』を鍛える」。悩んでいる時はまず、頭を柔軟にほぐす「アイスブレーキング」をということで、まずは脳科学者・池谷裕二さんの『脳には妙なクセがある』が取り上げられます。
その次に紹介されるのは、中国の『貞観政要』や『宋名臣言行録』、そしてクラウゼウィッツ『戦争論』といったド直球の古典。「軽いものを読んで解決できるような悩みなら、しょせん大した悩みではありません」と出口さんはいい、こう力説します。

「悩みに匹敵するような、ずっしりと重いものを読まなければ、どだい解決にはなりません」
「読み応えのある超ド級の『重たい』本をしっかりと読み、悩みを吹き飛ばしてください」


それでも悩みが解決せず煮詰まったら、極端にスケールの大きなことを・・・ということで紹介されるのが、村山斉さんの『宇宙は本当にひとつなのか』などの宇宙論の本。そして仕上げに、おなじみの『西遊記』やウンベルト・エーコの『バウドリーノ』などの「おいしいもの」で頭を切り替え、生気を取り戻して意思決定に取り組んでみては・・・と締めるのです。
「『意思決定力』を鍛える」というお題のもと、かくも多彩な書物を紹介するというのも、豊富な読書体験があるからこそだなあ、とただただ唸らされるばかりでありました。

「戦争を見る眼を養う」という章では、第2次世界大戦にまつわる本はもちろんのこと、第1次世界大戦に関する本もいろいろと紹介されております。第1次大戦についてはよく知らないことが多いので、これは参考になります。
レマルク『西部戦線異状なし』や、ヘミングウェイ『武器よさらば』といった文学作品も取り上げられていますが、第1次大戦の背景を深く掘り下げたルポルタージュである、クリストファー・クラーク『夢遊病者たち』とバーバラ・W・タックマン『八月の砲声』に興味が湧きました。

現代社会を深く理解するために役立つ本を紹介した第3部「日本と世界の現在を知る」で最も気になった本といえば、「保守主義の父」エドマンド・バークの『フランス革命の省察』です。
バークが唱えた保守主義というのは、「社会の中で長い間生き残ってきたものは、理屈はどうであれ人々は受け入れており、その限りにおいて正しい。そうであれば、社会がおかしくなったら少しずつおかしくなった部分から変えていけばいい。それが保守なんだ」という考え方だとか。
出口さんはそのことを踏まえつつ、「後のことまでよく考えず、誰も困っていないことを自らのイデオロギーで無理にやろうとしている」日本の一部の保守は「原理主義に陥ってしまったフランス革命の徒となんら変わりない」と喝破します。そして、こう指摘するのです。

「『社会に根づいている物事が正しく、困った点はちょっとずつ直していけばいい』という、真の保守主義がわが国には存在しない。それが、日本の根本的な問題の一つなのではないのだろうかと常に思っています」

「リベラル」と同様、日本においてはいささかズレた解釈をされていると思われる「保守」の本来の意味を確かめるためにも、『フランス革命の省察』を一読してみたくなりました。
「グローバリゼーションの本質を見抜く」本の1つとして取り上げられている、イマニュエル・ウォーラーステインの『近代世界システム』も、前から気になっていた本でした。全4巻という大著であり、容易には読めなさそうな書物ではありそうなのですが、ぜひチャレンジしてみたいと思っております。

出口さんならではの読書観がところどころで語られているのも、本書の魅力です。
本の読み方について語ったコラムでは、「速読」という言葉が大嫌いだといい、その心をこのように語ります。

「速読は、世界遺産の前で記念写真を撮っては15分で次に向かう弾丸ツアーのようなものです。行ったことがあるという記憶は写真を見れば蘇るでしょうが、そこで何を観たかは少しも頭に残ってはいないでしょう。資格を取るための受験勉強などを除いて、速読ほど有害無益なものはない、と考えています。
人の話も本も、集中力を高め相手と対峙して初めて身につくものです」


ともすれば、読書をある種の「タスク」のように考えがちなところもある中で、出口さんのまっすぐで正統的な読書への姿勢に、あらためて背筋を正されるような思いがいたしました。

本書で紹介されているラインナップを辿りながら思ったのは、しっかりした書物を読むのはやはり必要で大切なことだなあ、ということでした。
われわれはともすれば、日々のマスメディアによる報道や、SNS上に流れるさまざまな意見によって物事を判断しがちになるところがあります。無論それらの中にも、傾聴に値する見解があることは否定しませんが、よくよく気をつけておかないと、知らず知らずのうちにものの見方がバランスを欠いたものになってしまう危険があるということも、また確かでしょう。
そんな危険に足をすくわれないためにも、しっかりとした書物を、じっくりと腰を据えて読むことで、自分の頭で考えるために必要な、本当の意味での「教養」を身につけておかなければ・・・ということを感じた次第であります。

尊敬する読書人にして教養人である出口さんが選び抜いた書物のラインナップに接して、暑さでしぼみがちだった読書欲が、ムラムラと湧き上がってきたわたしでした。


【関連オススメ本】

『本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法』
出口治明著、KADOKAWA(角川oneテーマ21→角川新書)、2014年

自らの読書遍歴から、「おもしろそうな本」の選び方、「1行たりとも読み飛ばさない」という本との向き合い方・・・などなど、出口流の読書術を存分に語った一冊です。小賢しい考え方とは無縁な、まっすぐに本と向き合う姿勢に感銘を受けます。拙ブログの紹介記事はこちらです。→ 【読了本】『本の「使い方」』 あくまでも真っすぐで正統的な「知」の構築法に感銘