『広く弱くつながって生きる』
佐々木俊尚著、幻冬舎(幻冬舎新書)、2018年
社会の中で生きていくための基礎をつくっている、さまざまな人間関係。それは日々の仕事や生活を営む上で大いに役立ち、生きることを豊かなものにしてくれます。その一方で、つきあいたくもない人とも関わらざるを得ないわずらわしさや、組織特有の論理に振り回される息苦しさの元になったりもいたします。
テクノロジーと人間との関係を軸に、幅広いテーマで執筆や言論活動を展開されているジャーナリスト・作家の佐々木俊尚さんの新著『広く弱くつながって生きる』は、しがらみに満ちた人間関係のあり方を見直し、「生きづらさを私たちの日々から取り除いて、もっと楽にすごせるようにしようということを提案」するという一冊です。
本書でキーワードとなっているのは「弱いつながり」。しがらみと息苦しさをともなう「強いつながり」ではなく、さまざまな年代の人たちと浅く広くつながることで、何か困難があっても「きっと誰かが少しだけ助けてくれる」という安心感を得ることができるのが「弱いつながり」です。
佐々木さんが「弱いつながり」の重要性を認識するきっかけとなったのが、2008年に起こったリーマン・ショックと、2011年の東日本大震災でした。リーマン・ショックを目の当たりにして、高みを目指す弱肉強食の世界に疲れたことに加え、出版不況により編集者とのコミュニティが消滅したことで、佐々木さんは収入源の立て直しと新たなコミュニティ感覚の再構築を迫られました。
その最中に起こった東日本大震災で、平穏な日常がいつ壊れるかわからないという現実をまざまざと見せつけられることになったのです。そこでたどり着いたのが、個人同士の「弱いつながり」を蓄積する、という方法論でした。
佐々木さんは、昨今の社会状況の変化の面からも、「弱いつながり」を築くことの重要性を説きます。少子高齢化による人口減少のなかで、いかにして自分の生活や仕事を適合させながら生きのびるか。そういった「サバイバルのための生き方の変更」が、「強いつながり」から「弱いつながり」への移行、というわけなのです。
「弱いつながり」の構築のために役立つツールがSNS。本書ではSNS、特にフェイスブックを活用した「弱いつながり」の育てかたを、具体的にアドバイスします。
気になる人とも即つながることも、同じ興味を持った仲間を集めることも簡単にできるSNS。そこで年齢や看板、所属にこだわらない、対等な個人同士の関係を築くことで「芋づる式」に広がっていく人間関係の面白さを、佐々木さんはご自身の経験を交えつつ語っていきます。
とはいえ中には、つながると何かと面倒なことになる御仁がいるというのも、悲しいかな事実であります。そこで、あまり好ましくない人物を判断するための7つの条件も列挙されております。
①自慢ばかりしている人
②誰かと知りあいなのを自慢する人
③自分にばかりベクトルが向いている人
④人の悪口や何に対しても文句ばかり言う人
⑤お説教の多い人
⑥物事を損得で考える人(得になりそうなので近づいてくる人)
⑦業界内の話しかしない人
いずれも、わたし自身があまりお近づきにはなりたくないタイプであるだけに、この7つの条件にはただただ納得でした。
また、ことさら過激な発言や批判的な発言はせずに、
「何かを発信するのなら、やはり役立つ情報を中心にすべきでしょう」
「批判的なコメントがかっこいいわけでも、頭が切れるわけでもないことを認識した方がいいでしょう」
とおっしゃっているのにも、大いに同意でありました。
とりわけ教えられたのは、「他者との相互作用で個は築かれる」というところでした。佐々木さんは、個という存在はさほどのものではなく、すべては相互作用(多様な価値観の接触)から生まれるものではないか、といい、以下のように語ります。
「周囲の人間と完全に孤絶した生活をしていたら、個など意味をなしません。相手から何かを言われた時にどう返すかによって、自分自身の人間性を理解したり、築いたりするわけです」
「個を高めたいのであれば、他者との相互作用をより良くする方法を考えることが一番大切だと思います」
個を高める、ということを、どこか孤高の営為であるかのように考えていたところがあったわたしは、このくだりで認識を新たにいたしました。
人とのつながりに必要なのはコミュニケーション力ではなく、笑顔と好奇心と謙虚さ、というくだりも、話しベタかつ人見知りなわたしを勇気づけてくれました。
本書では、「弱いつながり」を仕事に落としこむために役立つ方法論にも触れています。
大企業をはじめ副業禁止規定が緩くなってきているうえ、転職可能な年齢も上がってきている昨今。いろいろな仕事を少しずつやり、それぞれの場面で違う人たちとつながることで、何かの収入がとだえても、他の仕事があるから何とかなるという機動的な働き方が当たり前になるつつある、と佐々木さんはいいます。その上で、まずは自分のスキルを棚卸しし、週末などを利用して小さな仕事をたくさん積み上げることを提案します。
さらには、東日本大震災をきっかけに始めたという、東京と軽井沢・福井の3ヵ所に家を持つ「多拠点生活」の経験から得た、人との出会いの大切さについても触れています。多拠点生活については、さすがにすぐ始めるにはハードルが高いのですが、これからの人生を生きるにあたり、多拠点生活を可能性のひとつとして知っておくのも、あながち無駄ではないように思いました。
本書の最後の章では、「弱いつながり」を活かす人生に必要な考え方が語られます。
ここでキーワードとなるのが、コンピュータの世界で使われている「可用性」という概念です。インターネットのように、仮に1つの回線やサーバが使えなくなっても、別のところを迂回して情報が流れるという、常に使える状態になっていることを指すことばです。
社会や人生の先行きが不透明ないまの時代。どこかに到達するゴールを目的にするのではなく、生きることの「可用性」を高め、ある種の理想型に向かうプロセスそのものを楽しむことが大切・・・本書はそう提案します。
ここでもうひとつ出てくることばが、登山用語の「偽(にせ)ピーク」です。
頂上に到着したと思ったら、実はそこは頂上の手前にあった峰で、本当に頂上はずっと先にあるというのが「偽ピーク」。佐々木さんは、人生もまた「偽ピーク」の連続だとして、次のように語りかけます。
「通過点をゴールだと思いすぎたり、あらぬゴールを仮定して期待感を高めるから、かえって失望感や徒労感も大きくなります。峠を越えるくり返しにすぎないと認識し、いま歩いていることを楽しんだ方がよほど毎日が充実すると思います」
先行きが不透明で、到達すべきゴールも見えないというのは、ともすれば不安に感じられることは確かです。ですが、働きかたや生きかたが多様化している現代では、何が理想かなんてことは簡単には決められませんし、そのことにさしたる意味もないでしょう。されば、試行錯誤しながら理想型に向かうプロセスを楽しみながら生きていくほうが、よほど前向きで意味があるというものです。
「弱いつながり」を構築しながら、ゴールなき人生をしなやかに、楽しく生きていくための知恵がたっぷりと詰まった本書は、わたしに勇気と希望を与えてくれる一冊となりました。
【関連オススメ本】
『自分でつくるセーフティネット 生存戦略としてのIT入門』
佐々木俊尚著、大和書房、2014年
「弱いつながり」の持つ可能性を、佐々木さんがまとまったかたちで最初に示した『広く弱く〜』の姉妹篇ともいえる一冊です。そう、「弱いつながり」って、まさしくセーフティネットでもあるんですよね。拙ブログのご紹介記事はこちらです。
『そして、暮らしは共同体になる。』
佐々木俊尚著、アノニマ・スタジオ(KTC中央出版)、2016年
出世を目指し、金持ちへ成り上がろうとする「上へ、上へ」の上昇志向でもなく、アウトサイダーの優越感とエリート意識を反映した「外へ、外へ」の反逆クールでもない、「横へ、横へ」の開かれたネットワーク志向による共同体概念の可能性を論じた著作です。自作の料理レシピをところどころに織り込んだ「ゆるゆる」とした語り口ながら、刺激と示唆に富む一冊となっています。