読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『広く弱くつながって生きる』 「弱いつながり」でゴールなき人生をしなやかに、楽しく生きていくための知恵が詰まった一冊

2018-04-30 09:17:29 | 本のお噂

『広く弱くつながって生きる』
佐々木俊尚著、幻冬舎(幻冬舎新書)、2018年


社会の中で生きていくための基礎をつくっている、さまざまな人間関係。それは日々の仕事や生活を営む上で大いに役立ち、生きることを豊かなものにしてくれます。その一方で、つきあいたくもない人とも関わらざるを得ないわずらわしさや、組織特有の論理に振り回される息苦しさの元になったりもいたします。
テクノロジーと人間との関係を軸に、幅広いテーマで執筆や言論活動を展開されているジャーナリスト・作家の佐々木俊尚さんの新著『広く弱くつながって生きる』は、しがらみに満ちた人間関係のあり方を見直し、「生きづらさを私たちの日々から取り除いて、もっと楽にすごせるようにしようということを提案」するという一冊です。

本書でキーワードとなっているのは「弱いつながり」。しがらみと息苦しさをともなう「強いつながり」ではなく、さまざまな年代の人たちと浅く広くつながることで、何か困難があっても「きっと誰かが少しだけ助けてくれる」という安心感を得ることができるのが「弱いつながり」です。

佐々木さんが「弱いつながり」の重要性を認識するきっかけとなったのが、2008年に起こったリーマン・ショックと、2011年の東日本大震災でした。リーマン・ショックを目の当たりにして、高みを目指す弱肉強食の世界に疲れたことに加え、出版不況により編集者とのコミュニティが消滅したことで、佐々木さんは収入源の立て直しと新たなコミュニティ感覚の再構築を迫られました。
その最中に起こった東日本大震災で、平穏な日常がいつ壊れるかわからないという現実をまざまざと見せつけられることになったのです。そこでたどり着いたのが、個人同士の「弱いつながり」を蓄積する、という方法論でした。
佐々木さんは、昨今の社会状況の変化の面からも、「弱いつながり」を築くことの重要性を説きます。少子高齢化による人口減少のなかで、いかにして自分の生活や仕事を適合させながら生きのびるか。そういった「サバイバルのための生き方の変更」が、「強いつながり」から「弱いつながり」への移行、というわけなのです。

「弱いつながり」の構築のために役立つツールがSNS。本書ではSNS、特にフェイスブックを活用した「弱いつながり」の育てかたを、具体的にアドバイスします。
気になる人とも即つながることも、同じ興味を持った仲間を集めることも簡単にできるSNS。そこで年齢や看板、所属にこだわらない、対等な個人同士の関係を築くことで「芋づる式」に広がっていく人間関係の面白さを、佐々木さんはご自身の経験を交えつつ語っていきます。

とはいえ中には、つながると何かと面倒なことになる御仁がいるというのも、悲しいかな事実であります。そこで、あまり好ましくない人物を判断するための7つの条件も列挙されております。

①自慢ばかりしている人
②誰かと知りあいなのを自慢する人
③自分にばかりベクトルが向いている人
④人の悪口や何に対しても文句ばかり言う人
⑤お説教の多い人
⑥物事を損得で考える人(得になりそうなので近づいてくる人)
⑦業界内の話しかしない人


いずれも、わたし自身があまりお近づきにはなりたくないタイプであるだけに、この7つの条件にはただただ納得でした。
また、ことさら過激な発言や批判的な発言はせずに、

「何かを発信するのなら、やはり役立つ情報を中心にすべきでしょう」
「批判的なコメントがかっこいいわけでも、頭が切れるわけでもないことを認識した方がいいでしょう」


とおっしゃっているのにも、大いに同意でありました。
とりわけ教えられたのは、「他者との相互作用で個は築かれる」というところでした。佐々木さんは、個という存在はさほどのものではなく、すべては相互作用(多様な価値観の接触)から生まれるものではないか、といい、以下のように語ります。

「周囲の人間と完全に孤絶した生活をしていたら、個など意味をなしません。相手から何かを言われた時にどう返すかによって、自分自身の人間性を理解したり、築いたりするわけです」
「個を高めたいのであれば、他者との相互作用をより良くする方法を考えることが一番大切だと思います」


個を高める、ということを、どこか孤高の営為であるかのように考えていたところがあったわたしは、このくだりで認識を新たにいたしました。
人とのつながりに必要なのはコミュニケーション力ではなく、笑顔と好奇心と謙虚さ、というくだりも、話しベタかつ人見知りなわたしを勇気づけてくれました。

本書では、「弱いつながり」を仕事に落としこむために役立つ方法論にも触れています。
大企業をはじめ副業禁止規定が緩くなってきているうえ、転職可能な年齢も上がってきている昨今。いろいろな仕事を少しずつやり、それぞれの場面で違う人たちとつながることで、何かの収入がとだえても、他の仕事があるから何とかなるという機動的な働き方が当たり前になるつつある、と佐々木さんはいいます。その上で、まずは自分のスキルを棚卸しし、週末などを利用して小さな仕事をたくさん積み上げることを提案します。

さらには、東日本大震災をきっかけに始めたという、東京と軽井沢・福井の3ヵ所に家を持つ「多拠点生活」の経験から得た、人との出会いの大切さについても触れています。多拠点生活については、さすがにすぐ始めるにはハードルが高いのですが、これからの人生を生きるにあたり、多拠点生活を可能性のひとつとして知っておくのも、あながち無駄ではないように思いました。

本書の最後の章では、「弱いつながり」を活かす人生に必要な考え方が語られます。
ここでキーワードとなるのが、コンピュータの世界で使われている「可用性」という概念です。インターネットのように、仮に1つの回線やサーバが使えなくなっても、別のところを迂回して情報が流れるという、常に使える状態になっていることを指すことばです。
社会や人生の先行きが不透明ないまの時代。どこかに到達するゴールを目的にするのではなく、生きることの「可用性」を高め、ある種の理想型に向かうプロセスそのものを楽しむことが大切・・・本書はそう提案します。

ここでもうひとつ出てくることばが、登山用語の「偽(にせ)ピーク」です。
頂上に到着したと思ったら、実はそこは頂上の手前にあった峰で、本当に頂上はずっと先にあるというのが「偽ピーク」。佐々木さんは、人生もまた「偽ピーク」の連続だとして、次のように語りかけます。

「通過点をゴールだと思いすぎたり、あらぬゴールを仮定して期待感を高めるから、かえって失望感や徒労感も大きくなります。峠を越えるくり返しにすぎないと認識し、いま歩いていることを楽しんだ方がよほど毎日が充実すると思います」

先行きが不透明で、到達すべきゴールも見えないというのは、ともすれば不安に感じられることは確かです。ですが、働きかたや生きかたが多様化している現代では、何が理想かなんてことは簡単には決められませんし、そのことにさしたる意味もないでしょう。されば、試行錯誤しながら理想型に向かうプロセスを楽しみながら生きていくほうが、よほど前向きで意味があるというものです。
「弱いつながり」を構築しながら、ゴールなき人生をしなやかに、楽しく生きていくための知恵がたっぷりと詰まった本書は、わたしに勇気と希望を与えてくれる一冊となりました。


【関連オススメ本】

『自分でつくるセーフティネット 生存戦略としてのIT入門』
佐々木俊尚著、大和書房、2014年

「弱いつながり」の持つ可能性を、佐々木さんがまとまったかたちで最初に示した『広く弱く〜』の姉妹篇ともいえる一冊です。そう、「弱いつながり」って、まさしくセーフティネットでもあるんですよね。拙ブログのご紹介記事はこちらです。


『そして、暮らしは共同体になる。』
佐々木俊尚著、アノニマ・スタジオ(KTC中央出版)、2016年

出世を目指し、金持ちへ成り上がろうとする「上へ、上へ」の上昇志向でもなく、アウトサイダーの優越感とエリート意識を反映した「外へ、外へ」の反逆クールでもない、「横へ、横へ」の開かれたネットワーク志向による共同体概念の可能性を論じた著作です。自作の料理レシピをところどころに織り込んだ「ゆるゆる」とした語り口ながら、刺激と示唆に富む一冊となっています。

【わしだって絵本を読む】臨場感ある絵と文章で、熊本地震をリアルに伝える『あのとき、そこに きみがいた。』

2018-04-28 23:06:46 | 本のお噂

『2016年4月 熊本地震の現場から あのとき、そこに きみがいた。』
やじま ますみ著、ポプラ社(ポプラ社の絵本)、2018年


2度にわたる震度7の激震をもたらした熊本地震。今月、あれからちょうど2年となりましたが、いまもなお少なくない数の方々が仮設住宅での暮らしを余儀なくされています。完全な形での復興と生活再建には、まだもう少し時間がかかりそうです。

広告代理店での勤務を経てフリーとなった、イラストレーターのやじま ますみ(矢島眞澄)さんは、妻の故郷である熊本市に転居して、わずか18日後に地震に見舞われることになりました。やじまさんが、地震発生から10日間にわたって実際に目にしたことを、絵本というかたちでまとめたのが、本書『あのとき、そこに きみがいた。』です。

2016年4月16日の午前1時25分。2日前の14日に続いて2度目となる震度7の激震が、真夜中の熊本を襲いました(のちにこれが「本震」とされることになります)。そのときのようすを、本書はこのように記します。

「地鳴りとともにおおきなゆれ。
すべてがはげしく
たてによこにゆれる。
妻とふたり、犬と猫。
真夜中の街へころげるようにとびだす。
市電の停留所に人びとがあつまってくる。
地震でまきあがったほこりのせいか
空気は粉っぽく
すべてが黄土色にかすんでいる。」


やじまさんとその家族は小学校に避難します。集まってきた多くの人びとは、くりかえし襲ってくる地鳴りと余震のなかで、不安と疲労にさいなまれます。
あたりまえの暮らしを奪われ、絶望にうちひしがれていた避難者たちのもとに駆けつけたのは、揃いの黄色いビブを身につけたボランティアの中学生たちでした。彼らは明るく元気なふるまいで、食事や水を運ぶなどして活躍します。そんな彼らの姿は、避難した人びとに希望を与えました。
しかし、元気いっぱいの中学生たちもまた、被災した当事者のひとり。「ゆううつなきもちといかり」を抱いていた彼らは、こんなことばで自分を励ましていました。

「地震でつらいのは、気のせい!!」

それは、彼ら自身を支えることばであるとともに、「自分と被災者をつなぐ応援のことば」「明日をみつける勇気のことば」ともなったのでした・・・。

こまかく描き込まれた絵と、一貫して現在形で記された文章は臨場感にあふれていて、あのとき熊本の人びとが体験した不安と絶望、そしてその先に見いだした希望が、読んでいるわたしにリアルに伝わってきました。
自らも被災しながら、避難してきた人びとを助け、希望を与えた中学生たち。それは熊本の人たちが持っているであろう、困難に負けない前向きさと、他者への優しさの象徴なのではないかと、わたしには思われました。
本書の帯には、地震発生直後からさまざまなかたちで復興支援に取り組んでおられる熊本出身の俳優、高良健吾さんのことばが記されています。

「きいろいビブ」の想いは今も胸にある。
色褪せることなく熊本にある。


「きいろいビブ」の想いが生き続ける熊本であれば、その未来はきっと明るさに満ちたものになると、わたしは信じます。

完全なかたちでの復興と生活再建はまだ先になりそうだとはいえ、熊本は一歩一歩、着実に前へと進んでいるようです。
きょう4月28日、熊本城の大天守に据えつけられていたしゃちほこが復活しました。地震で落下したしゃちほこでしたが、今月7日に1体設置され、きょうの午後にもう1体の設置が完了したことで、2年ぶりに2体のしゃちほこが揃うことになったのです。ゴールデンウィークのあいだ、それを記念してイベントが開催されるのだとか。
わたくしごとですが、5月の連休後半、2年ぶりに熊本へ出かけます。熊本の素敵な風景と人びととの再会、そして復活した熊本城のしゃちほこを目にするのを楽しみにしております。


【関連オススメ本】

『ひさいめし 〜熊本より〜』
ウオズミアミ著、マッグガーデン、2016年

熊本在住の漫画家・ウオズミアミさんが、熊本地震後の「食」にまつわる体験をコミックエッセイとしてまとめた一冊。平穏な日常以上に重く、大きな意味を持つことになった「食」のエピソードひとつひとつが気持ちに沁みてきます。当ブログの紹介記事はこちら


『素顔の動物園 The real zoological garden』
熊本日日新聞社編著、熊本日日新聞社、2016年

地震により大きな被害を受け、現在も部分的な開園にとどまっている熊本市動植物園の動物たちを紹介した写真集。地震の少し前に地元紙に連載された企画を、地震の直後に一冊にまとめたものです。完全な再開の日が一日でも早くくることを願わずにはいられません。当ブログの紹介記事はこちら

『黄金のアウトプット術』 アウトプット停滞気味のわたしに喝を入れ、背中を押してくれた一冊

2018-04-22 22:18:34 | 本のお噂

『インプットした情報を「お金」に変える 黄金のアウトプット術』
成毛眞著、ポプラ社(ポプラ新書)、2018年


日本の大人は勉強をして知識、教養をためこむインプットばかりに熱心で、アウトプットが不足している。これからはインプットした情報を積極的に吐き出し、価値あるものに変えていく者だけが生き残っていく・・・。実業界きっての読書人で、わたしも大いに参考にさせていただいているノンフィクション系書評サイト「HONZ」代表でもある成毛眞さんは、本書でそう力説します。

アウトプットの基本となるのは、やはり文章を書くこと。文章のテクニック自体は、日本の義務教育で身についているのだから、文章上達の本など読まなくてよろしい、と成毛さんはいいます。そして、文章に自信がないのであれば、まずは書くことで自信をつけて、SNSやビジネスなどのオープンな場で発信することを勧めます。

その際大切なのは「簡単に書け」ということ。アウトプットをするにあたって必要な考えかたを以下のように、それこそ明快なことばで言い切ります。

「アウトプットの目的は、読みにくくわかりにくい文章を書くことではない。インプットを消化し、形を変えて放出することだ」

この考えかたのもと、本書は読みやすく伝わりやすい文章を書くためのコツを、具体的に伝授します。使う言葉は一般的なものを。一文の長さは短くする。文字が詰まりすぎないよう、適度な「1行開き」を。漢字はできるだけひらがなに・・・。

とりわけ参考になったのは、「接続詞は積極的に使ったほうがいい」というところ。読む側を迷わせずに済み、読み手のリズムを整える手助けになる、というのがその理由です。その上で、同じ接続詞の繰り返しを防ぐために、「しかし」「ところが」などの逆説の接続詞と、「だから」「ゆえに」などの順接の接続詞を、それぞれ4点セットで備えておくよう、アドバイスしてくれています。
接続詞はやたらに使わないほうがいいのかなあ・・・などと考えるところがあったわたしとしては、このアドバイスにとても教えられました。

文章を書くことだけがアウトプットではありません。本書では、雑談や対話といった「話す」アウトプットや、自分の外見を整える「見た目」のアウトプットにも言及します。話すことに苦手意識がある上、外見にも無頓着なわたしとしては、それらにも教えられるところがございました。
なかでもナルホド!と思えたのが、メガネの活用法です。年齢を重ねたら、視力に問題がなくてもメガネを、それも派手なものをかけたほうがいいといいます。年をとって肌がくすみ、暗く見える表情を明るく見せてくれるというのが、その理由です。
視力の問題から長年、メガネを愛用しているわたし。いまかけているメガネもだいぶくだびれてきたことですし、こんどはちょいと派手めのやつを買ってみようかなあ。

とはいえ、よきアウトプットを続けるには、良質なインプットをすることも、また大切です。本書は、インプットの質を高めるためのコツにも触れています。
ここで核となる考えかたは、「必要なもの、欠けているものだけを入れて、不要なもの、過剰なものは後回しにするべき」ということ。その観点からも示唆に富むのが、SNSの活用法について触れたくだりです。
成毛さんは、SNSでは思いがけず専門家から知見を得られることもあるものの、無駄な情報に触れてしまうことが圧倒的に多いといい、ちょっと辛辣なことばを交えつつ、以下のように述べます。

「間違っているコメントや単なる言いがかりなどは、その文字列を読み脳で解釈するエネルギーが無駄になる。なので私は、できるだけ目に触れないようにしている。つまりブロックするのだ。
これは、SNSの画面を編集するということだ。好きなもの、いいと思うものを優先的に並べるのと同じように、嫌いなもの、なんだこりゃと思うものは排除していく。雑誌の誌面もセレクトショップも、そこに何があるのかと同じくらい、あるいはそれ以上に、そこに何がないかも大事なのだ」


そして、インプットは書籍やNHKのテレビ番組などを活用して、SNSはアウトプットのために活用することを提案するのです。
たしかに、時間にも人生にも限りがある以上、すべてのことを知ろうとする必要はないでしょう。ましてや、偏った思い込みを振り回すだけの言説にお付き合いするのは、まさしく時間とエネルギーの浪費というもの。インプットの質を高めるためにも、余計な情報や知識は「排除」するということも、また大事なことのように、わたしも考えます。

アウトプットしたからといって、それらがすぐに(本書の副題にいうような)「お金」などの結果に結びつくというわけではないでしょう。それでも、自分のアウトプットしたことが一人でも多くの人に届き、ささやかでもお役に立てるものとなれたら、これほど嬉しいこともないでしょう。だからこそやはり、アウトプットは継続していかなければと、つくづく思いました。
ここしばらく、年度末や新年度の忙しさにかまけて、アウトプットが停滞気味でありました。本書はそんなわたしに喝を入れ、背中を押してくれる一冊となりました。