『下水道映画を探検する』
忠田友幸著、発行=星海社、発売=講談社(星海社新書)、2016年
わたしたちにとって身近な存在でありながら、普段はほとんど意識することもない、地下に張り巡らされた下水道。湿った闇が広がるその空間は人びとの想像や妄想を掻き立て、そこからさまざまな物語が生み出されてきました。
本書『下水道映画を探検する』は、下水道が登場する古今東西の映画(一部テレビ作品も含む)59作品を紹介した、ユニークな趣向の映画ガイドです。8つに分けられたテーマごとに作品を紹介していくという構成で、テーマは順に「ネズミ」「災害」「モンスター」「逃走路」「強奪」「隠れ家」「脱獄」「歴史」。
SFモンスター映画が大好物のわたしとしてまず嬉しいのが、「モンスター」という章をしっかり設けて、下水道が絡んでいる12本のモンスター映画を紹介していることです。
捨てられたワニの赤ちゃんが下水道の中で巨大なアリゲーターに成長して人びとを襲う『アリゲーター』(1980年。10年後に製作された続編『アリゲーター2』も取り上げられています)、一世を風靡したテレビシリーズ『Xファイル』シーズン2のエピソード「宿主」(1994年)、本多猪四郎監督と円谷英二特技監督の黄金コンビによる東宝特撮映画『美女と液体人間』(1958年)、韓流モンスター映画のヒット作『グエムル 漢江の怪物』(2006年)・・・。
とりわけ嬉しくなったのは、『放射能X』(1954年)が紹介されていたことでした。核実験により巨大化した蟻たちと人類との攻防戦のクライマックスがロサンジェルスの下水道(雨水管)で繰り広げられるこの作品。巧みでしっかりしたストーリー展開が現代の眼で観ても実に面白く、『エイリアン2』(1986年)などの内外のSFモンスター映画にも影響を与えたといわれる、1950年代SFモンスター映画の金字塔です。
本書の紹介文を読んで『放射能X』が無性に観たくなったわたしは、DVD(やはり50年代SFモンスター映画の名作『原子怪獣現わる』との2枚組)を取り寄せて久しぶりに観直してみました。いやー、あらためて観てもやはり面白かったなあ。
また、若き日のスティーブ・マックイーンが出演した『マックイーンの絶対の危機』(1958年、日本公開は1965年)のリメイク作『ブロブ 宇宙からの不明物体』(1988年)を取り上げた項目では、まだCGなどが取り入れられていない時期の作品でありながら、テンポがよくSFXも出色であることを高く評価しつつ、このように述べます。
「最近は、なんでもCGになり、昔の特撮技術など顧みられることなどないが、よくできた特撮には、実物が持っている質感とか量感がある。なにより、観ている方にも、舞台裏が知りたくなるような、つまり、手品の種が見たくなるような驚きがあったと思う」
このくだりには激しく頷きつつ、しみじみと嬉しい気持ちが湧いてきましたね。忠田さん、よくわかっていらっしゃるなあ。
ついついモンスター映画がらみが長くなってしまいましたが、本書で最も多くの作品が取り上げられているのが「逃走路」の章です。特に、伊坂幸太郎さんの小説を映画化した『ゴールデンスランバー』(2010年)は、日本映画では数少ない下水道が登場する作品であり、実際に仙台市の下水管で撮影が行われたということもあって、かなり詳しい紹介がなされております。また、『レ・ミゼラブル』については、1957年のジャン・ギャバン版から、2012年のヒュー・ジャックマン版までの6作品をまとめて取り上げています。
ほかにも、下水道からパリに流れてきたネズミが大活躍するディズニー=ピクサーのアニメ映画『レミーのおいしいレストラン』(2007年)、映画史に残る名作である『第三の男』(1949年)や『地下水道』(1956年)、ミニクーパーが雨水管の中を疾走する『ミニミニ大作戦』(1969年版と2003年版の両方を紹介)、下水管が銀行強奪の舞台となる『掘った奪った逃げた』(1979年)、下水管からの脱獄が描かれる『ショーシャンクの空に』(1994年)などなど。「下水道」というキーワードのもとに取り上げられている映画は、誰もが知るA級作品から知る人ぞ知るB級作品まで幅広く、ジャンルも多彩です。
著者の忠田さんは、長きにわたって下水道の建設業務やPRに携わってこられた下水道のスペシャリストでもあります。それだけに、映画に登場する下水道についての解説もけっこう詳細で勉強になります(なにしろ、本書のもととなったのは下水道業界の専門誌である『月刊下水道』の連載記事です)。
円形や卵形、四角型と、下水管の形状にはさまざまなものがあるということや、通路が設けられているものがあったり、歴史を感じさせるレンガ造りのものもあったり・・・。一口に「下水道」といっても、その仕組みにはいろいろあるということを、本書で初めて知ることができました。
一方で、映画の中の下水道については、認識不足から現実の下水道とはかけ離れた描かれ方がされている場合もあります。忠田さんは、そういった映画を作る側の下水道への認識不足(それはとりもなおさず、わたしたち一般人の認識不足でもあるのですが・・・)についても随所で指摘しています。
NHKが環境特集企画の一環として製作、放送したアニメ作品『川の光』(2009年)を取り上げた項目では、現代の東京ではあり得ないレンガ造りの下水管の表現や、下水の流れをまったく理解していない描写について「実に残念な内容」と苦言を呈します。そして、環境意識の向上を意図して製作した作品だからこそ「公共用水域の水質を守るために働く下水道に対しても、正しい認識をもって描いてほしかった」と訴えます。
わたしたちの生活を支えてくれる重要なインフラでありながら、しばしば誤った認識と偏見で捉えられがちな下水道。そこに長年関わってこられた忠田さんの、下水道への愛着と誇りが感じられて好ましく、ちょっと胸が熱くなるのを覚えました。
一つのキーワードから見えてくる、一味も二味も違う映画の楽しみ方と、下水道の知識と重要性を知ることができた、一冊で二度おいしい本でありました。