『ひさいめし 〜熊本より〜』
ウオズミアミ著、マッグガーデン(マッグガーデンコミックス、MGC COMIC ESSAY)、2016年
4月に熊本と大分を揺さぶった大地震。そのことがメディアで伝えられる機会は、もうめっきり減ってしまいました。
しかし、考えてみればあれからまだ1年も経っていません。現地、とりわけ被害の大きかった地域に住む人たちの中には、自宅を失い不自由な環境で暮らしながら、年を越そうとしている方々も、まだまだおられます。復興へ向けた熊本の歩みは、始まったばかりです。
そんな2016年の暮れに刊行されたのが、本書『ひさいめし 〜熊本より〜』です。熊本市在住の漫画家ウオズミアミさんが、地震から数日間にわたる自身の被災経験を、コミックエッセイとして描き上げたものです。
熊本市のアパートで、同居人の女性・でんちゃんと、ヤンと名付けられた猫と暮らすウオズミさん。4月14日の夜、帰宅途中に震度5強の地震に遭ったウオズミさんが自宅に戻ると、室内は割れたガラスで床が一面に。
翌日。ある程度部屋を片付け、友人に手渡すことができるようにと、おむすびや豚汁、卵焼きを多めに作るウオズミさんとでんちゃん。それを夕食にして就寝し、静かに更けていくと思われた16日の未明、さたなる大きな揺れが襲う。そして、その後も絶え間なく打ち続く余震が。そして、ラジオやSNSからは、被害の大きかった地域からの信じがたい状況が次々と伝えられる。
ライフラインも途絶してしまう中、ウオズミさんたちは友人らと助け合いつつ、不安で不自由な生活を送ることに・・・。
2度にわたって熊本を襲った強い揺れ。そして、その後しばらく、絶え間ないほど続いた大小の余震・・・。熊本から離れた宮崎市に住んでいるわたしでも、体に感じる大きな揺れからくる恐怖と不安に苛まれたものでしたが、それよりも遥かに激しく、かつ頻繁な揺れに見舞われ続けた熊本の人たちの恐怖や不安がどんなに大きなものだったのかが、当日の描写から痛いほど伝わってきました。
余震の不安と、ライフラインの途絶による不自由さからくるストレスに苛まれたウオズミさんたちを支えたのが「食」。平穏な日常以上に大きく、重い意味を持つこととなった「ひさいめし」のエピソードひとつひとつが、気持ちにしっかりと沁みてきます。
最初の揺れに見舞われた夜、まだ通っていたガスや水道で沸かしたお湯で食べたカップ麺。ライフラインの途絶後、備えていたカセットコンロで火を起こしてつくったパスタやキムチチゲ。初対面の人から分けてもらったり、離れて暮らす家族や友人から届けられたさまざま食料・・・。とりわけ、ウオズミさんたちが一時的に身を寄せた公民館にいたおばあさんが分けてくれた、紙コップに入ったインスタントの味噌汁のエピソードは目頭が熱くなりました。
食べることは生きることであるとともに、そこに繋がる「人」そのものでもある、ということが、非常時という状況の中でより一層感じられ、支えともなったのだろうな・・・そんなことをつくづく感じました。
温かい食と、人と人とが支え合うこと。困難な状況下で、それらがいかに大切なのかということが、沁み入るように気持ちに伝わってきました。
『ひさいめし』には、被災した中で役に立った、さまざまな知恵や情報も随所に織り込まれております。
温かいごはんを食べるためのカセットコンロや、体を拭くときに刺激の少ない赤ちゃん用おしりふきなどを備蓄しておくといいということや、牛乳の紙パックはまな板としても活用できること、日ごろから飼い猫を首輪やリード、キャリーバッグに慣らしておくことで、いざという時安心できること、などなど。
そして、もっとも印象に残っているのが、以下のようなウオズミさんの独白です。
「不安と緊張をずっと抱えたままじゃ 心も体もすぐに限界が来る・・・積極的に落ち着ける環境(原文では傍点)を作らなくちゃ」
「またすぐ避難しなきゃなんなくなるかもだし 無理をせず その日できることをしよう」
この考え方こそが、万が一の事態に直面したときに大切になってくるのではないだろうか・・・そんなふうに感じました。
2016年は九州にとって、いろいろな災難が起こった1年となりました。熊本や大分の地震をはじめ、9月の台風ではわが宮崎にも被害が出ました。加えて、熊本地震のあとには鳥取や茨城でも大きな地震が。
それらのことをあらためて心に刻み、次の年へと繋げていくためにも、この本を今年の読み納めに選んで良かったと、心から思う大晦日です。
本書の収益の一部は、熊本県への義援金に充てられるとのこと。本書が1人でも多くの方々に広まり、読まれていくことを心から願いたいと思います。