読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『世界一美しい本を作る男 DVDブック』 こだわり抜いた本作りに見た、紙の本の理想的で明るい未来

2015-12-31 12:53:13 | 「本」についての本
『世界一美しい本を作る男 シュタイデルとの旅』(2010年ドイツ)
原題=How to Make a Book with Steidl
監督=ゲレオン・ヴェツェル、ヨルグ・アドルフ
出演=ゲルハルト・シュタイデル、ギュンター・グラス、カール・ラガーフェルド、ロバート・フランク、マーティン・パー、ジョエル・スタンフェルドほか


『世界一美しい本を作る男 シュタイデルとの旅 DVDブック』
「考える人」編集部&テレビマンユニオン編、新潮社、2015年


ドイツの地方都市、ゲッティンゲンにある出版社「シュタイデル社」。
社員40人強と小規模でありながら、ヴィジュアルなアート系の書物や文芸書を中心に、1年に200冊の本を刊行しているというこの出版社。現在では多くの本作りにおいて、違う会社により分業で行われている、編集からデザイン、印刷、製本という本作りのプロセスを一貫して手がけている点で、世界的にも稀有な版元でもあります。そんなシュタイデル社が生み出す本は、丁寧に作り込まれた美しさで多くの愛書家を魅了するとともに(シュタイデル社刊行の本をコレクションしているという人たちもいるほどです)、著者である小説家やアーティストたちからも絶大な信頼を得ています。
その主であるゲルハルト・シュタイデルさんの、こだわり抜いた本作りの現場に密着したドキュメンタリー映画が『世界一美しい本を作る男 シュタイデルとの旅』です。日本でも2013年に初公開されて話題となり、その話題を知ったわたくしもぜひ観てみたいと思っておりましたが、まことに悲しいかな、わが宮崎では上映される機会がございませんでした。
そんなわけだったので、今年の秋にその映画全編を収録したDVDが、新潮社からDVDブックという形で出されていたことを知ったわたくしは、本体5000円という定価に一瞬だけひるんだものの、でもやっぱりこれはどうしても観てみたい!と勇んで注文し、手に入れて鑑賞いたしました。

著者である小説家やアーティストたちとしっかりコミュニケーションをとり、その意図を最大限に活かそうとするのが、シュタイデルさんの本作りの流儀です。映画は、世界各地のアーティストのもとに直接出向いていくシュタイデルさんの「本作りへの旅」の過程に密着していきます。
ジャック・ケルアックの代表作『On the Road(路上)』を再解釈したアートブックを限定版で刊行する現代美術家、エド・ルシェとは、適正な部数とそれに見合う印刷方法について熱心に擦り合わせを行います。また、シャネルやフェンディのデザイナーとして活躍するカール・ラガーフェルドとは、パリでのファッションショーの合間に打ち合わせを行います。ラガーフェルドも、シュタイデル社から写真集を出版しているクライアントの一人です。
中東カタールの写真家であるハーリド・ビン・ハマド・ビン・アーマド・アル=サーニとは、砂漠にあるトレーラーハウス内で写真集の打ち合わせ。現地で目にした石と植物に触発されたシュタイデルさんは、その色合いを活かした本作りを提案するのでした。

本作でメインに据えられているのが、ニューヨークの写真家ジョエル・スタンフェルドが、iPhoneで撮影した風景や人物などの写真をまとめたユニークな新作写真集『iDUBAI』の製作過程です。
シュタイデルさんがニューヨークにあるスタンフェルドのもとに出向き、収録する画像の数を何枚にするか打ち合わせます。その後はスタンフェルドがシュタイデル社にやってきて、写真集を具体的な形に作り上げていくのです。収録する写真のサイズをどうするか、iPhoneで撮影した画像の風合いを活かすにはどのような印刷や紙の質にするべきか、装丁はあえて「悪趣味」を前面に出して、などなど・・・。その過程には時に、火花が散るような真剣勝負のやり取りも見られたりします。
妥協のない姿勢で本作りに臨みながらも、著者であるアーティストの意図を最大限活かそうとするシュタイデルさんの流儀が、スタンフェルドとのやり取りの中で鮮明に浮き彫りにされます。一方のスタンフェルドからも、そんな真剣勝負の本作りにのめり込み、充実感を覚えていることが伝わってきました。
著者と版元との、まさしく「協働」によってなされていく本作り。今の出版業界から失われつつある本作りの原点が、そこにありました。

シュタイデル社のクライアントである小説家やアーティストたちの素顔が垣間見られるところも、この映画の面白さの一つでしょう。
スイス出身であるアメリカの写真家ロバート・フランクは、自分が成功することができたのはアメリカのおかげだと言い、「アメリカに来てよかった。スイスにいたら、夢をかなえることはできなかったと思う」と語ります。また、カナダの写真家ジェフ・ウォールは「フィルムを使うのをやめたくないんだ」と、3万枚のフィルムを購入して冷凍保存しているということを話します。
今年(2015年)亡くなったノーベル文学賞受賞作家のギュンター・グラスも、クライアントの一人として登場します。代表作である『ブリキの太鼓』の新しい装丁に記される文字を、自ら毛筆をとって書いていくグラス。書き終えたあとに見せた、ちょっとおどけた表情が印象的でした。

観ていて胸に響いてきたのが、映画の中で語られていた、シュタイデルさんの本と本作りについての哲学と信念でした。
“上質の本” とはどういうものか、と問われたシュタイデルさんは、それぞれの写真にきちんと合っていて個性が感じられる本だ、と答え、こう続けます。

「私の作る本は工業製品ではない。作品の分身で、芸術家のアイデアを反映している。そしてそういうアイデアは、確かな技術を持つプロの手で具現化される」

そして、映画の結びに置かれたこの言葉にも、大いに感銘を受けました。本には紙やインクの香りがあるということを人びとに説明しつつ、シュタイデルさんはこう語ります。

「本には香りがあるという事は、忘れられつつあります。(中略)本の重み、紙の感触、目で見ること、ページをめくる音、ページが重なりあう感じや香りなど、全てがデジタル化する世界で、本を特別な存在にしているのです」

映画『世界一美しい本を作る男』は、仕事人の姿にじっくり迫ったドキュメンタリーとしても面白かったのですが、紙の本とそれに関わる仕事に愛着と誇りを持つシュタイデルさんの姿勢に、大いに胸打たれるものがありました。

DVDブックのブック部分は、季刊誌『考える人』による、シュタイデル社訪問記およびシュタイデルさんへのロングインタビューを中心に構成されています。
このロングインタビューもまた、まことに興味深いものがありました。10代後半、アルバイトで稼いだお金を暗室や印刷機やなどにつぎ込み、印刷業者として本の世界に入ったいきさつ。自作の銅版画やリトグラフといった絵画の作品集を作ったことがきっかけで始まったギュンター・グラスとの付き合いのこと、など・・・。そして、ここでも胸に響いたのが、紙の本と本作りに寄せる愛着と誇りを語ったところでした。
シュタイデルさんは、iPadや電子書籍に反対しているわけではない、としながらも(現にシュタイデル社にも、電子書籍を担当する部門があったりいたします)、「アナログは死につつある」と全てをデジタル化しようとする人たちのビジネスモデルを、追い出したい人間をライフルを手にして追い出し、牛を自分のものにしようとする「西部劇のよう」と評します。その上で「でも印刷は死んでいない。本は死んでいません」と言い、以下のように語ります。少々長くなりますが、ぜひとも紹介させていただきたいと思います。

「お金はあまり持っていないかもしれないけれど、毎年2、3冊、高品質の本を買う。そうすれば、一生の宝となります。もしかすると子供がそれを引き継いで、自分の本棚を作るかもしれない。それって美しい、素敵なことですよね。それが本の出版の未来です。出版社は、自分たちが作る本が高品質で上等な、身体が求めるようなものであるよう、気を遣わなくてはなりません。そうすれば、私たちの未来は明るい。」

紙の本の行く末について、いささか悲観的な物言いが目につく昨今。しかし、一冊一冊の本にしっかりと向き合い、丁寧に作っていけば、まだまだ紙の本には明るい未来と可能性があるのだ、ということを、シュタイデルさんの姿勢は示しているように思いました。それは本を作る出版社はもちろんのこと、わたくしのように本を売る仕事に就いている側にもいえることでしょう。
読まれるべき良質の本、面白い本を、一冊一冊丁寧に伝えて、届けていくこと・・・。シュタイデルさんが教えてくれた、出版と本に携わる上で大切なことを胸にしながら、新しい年を迎えることにしたいと思います。

【わしだって絵本を読む】『チョコだるま』 ささやかな人生を、幸せな甘さとともに。

2015-12-23 22:59:24 | 本のお噂

『チョコだるま』
真珠まりこ著、ほるぷ出版(ほるぷ創作絵本)、2008年


もうすでに1ヶ月近く前の話になってしまっているのですが・・・。
先月(11月)の28日のこと。宮崎県南部に位置する日南市南郷で、『もったいないばあさん』シリーズ(講談社)などで知られる絵本作家、真珠まりこさんの読み聞かせ講演会が開催されました。地元の日南市立図書館による「図書館まつり」というイベントの一環として企画、開催されたものでした。
その講演会会場での絵本の販売を、勤務先である書店でやってもらえないだろうか、というご依頼を、Facebookを通じて真珠さんからじきじきにお受けいたしました。勤務先のある宮崎市からはちょっと距離はあったものの、これはいい機会なのでぜひお引き受けしたい、ということで、勤務先の常務とともに販売に出向きました。
会場である「南郷ハートフルセンター」は、街の中心部からは幾分離れたところに位置していて、周辺に立つ人家も少なめに見えました。果たしてどれくらいの方が集まるのだろうか・・・と正直心配だったり(地元の皆さま、ごめんなさい)いたしましたが、開演時間が近づくにつれて親子連れなどが次々に来場し、気がつけばキャパ300人の会場はほぼ満席という状態に。
代表作『もったいないばあさん』シリーズをはじめとする主要な絵本の読み聞かせや執筆にまつわるエピソードが語られたり、もったいないばあさんの絵描き歌や「もったいないばあさん音頭」を皆で歌ったり・・・と、講演会は大盛況のうちに終わったのでした。
終了後には真珠さんのサイン会が行われたこともあり、絵本の販売のほうもありがたいことに大盛況。中には売り切れてしまう書目が出るという事態も起こりました(まことに申し訳ないことでした・・・)。真珠さんは来場者一人一人に気さくにお声がけをしつつ、それはもうたくさんのサインをこなしておられました。
会場に隣接する南郷図書館の司書さんや職員さんたちも列の後ろに並んでは、嬉しそうに絵本にサインしてもらっていたのも微笑ましかったり。常務とわたくしも、しっかりそれぞれ購入する絵本を選んでサインしていただいたのでした。
すべてが終わったあと、常務とわたくしは真珠さんとしばし歓談。帰りには嬉しいお土産まで頂戴し、まことに思い出に残る一日となりました。真珠さんにはひたすら、感謝申し上げる次第であります。

そのとき、わたくしが選んでサインしていただいたのが、今回取り上げる『チョコだるま』でした。まだ未読だった上、これからの季節にぴったりという感じがいたしましたので・・・。

特製のホットチョコレートが飲めることで町の人びとに人気の「マルタさん」の菓子店。その店内に立つのが、チョコで作られた雪だるま「チョコだるま」。ホワイトチョコの体に、ブラックチョコの顔と手、マーブルチョコのボタンが付いた「チョコだるま」は、お店にやってくるさまざまなお客さんのいとなみを見ることを楽しみにしていた。そんなある日、町のお金持ちが、子どもの誕生日プレゼントにするので、と「チョコだるま」をたくさんのお金を出して買い、持ち帰っていったのだった・・・。

「チョコだるま」のモノローグという形で進んでいく本作。その前半は、「マルタさん」のお店にやってくるお客さんたちのいとなみが丁寧に綴られます。
幸せそうな恋人たち。些細なきっかけでけんかしてしまった母子。いつも一人でやってきては「うちのばあさん」の思い出を語るおじいさん。「チョコだるま」の姿を見て喜ぶ子どもたち・・・。
それぞれの人たちの、ささやかだけれども大切な人生のひとコマ。それを、「マルタさん」のお店と「チョコだるま」がしっかりと彩り、幸せなものにしていることが伝わってきて、暖かな気持ちになりました(とりわけ、けんかしてしまった母子のエピソードはホロリとしたなあ)。そのことが、後半の展開を一層、嬉しいものにさせていました。そして、柔らかな線と色彩で描かれた絵も、作品の持つ暖かみを引き立てておりました。
まさに、いまの時期にうってつけといっていい素敵な絵本です。読んだら間違いなく、甘くて美味しいチョコレートが味わいたくなることでしょう。特にホットチョコレートを。

ちなみに。真珠さんが『チョコだるま』に書いてくださったサインは、こんな感じでした。



可愛らしいチョコだるまが描かれたサイン入りの絵本。これはもう、家宝として大切にさせていただきます!

もひとつちなみに。真珠さんから頂戴したお土産の中に、『おはなしチャイルド』2015年9月号に収録の『おたからパン』がありました。次回出す予定の絵本は、この作品だと伺いました。



こちらも読後、無性に焼きたてのパンが食べたくなること間違いなしの楽しい作品でありました。絵本としての刊行が楽しみです。



ドキュメント72時間「世界最大 古書の迷宮へようこそ」

2015-12-05 16:45:58 | ドキュメンタリーのお噂
ドキュメント72時間「世界最大 古書の迷宮へようこそ」
初回放送=2015年12月4日(金)午後10時55分~午後11時20分
語り=吹石一恵


2か月前の10月初旬。子どものときに家族連れで出かけて以来、かなり長いこと足を踏み入れることのなかった東京に、1泊2日の日程で行く機会がありました。
全国から書店関係者が集まって開催された、さる出版社が主催した会合に、勤務している書店から派遣される形での東京行きということで、半分は仕事がらみではありました。ですが、会合に出席する時間以外はフリーということで、限られた時間とはいえ東京の楽しさを味わうことができ、大いに刺激にもなりました。
明治時代創業の居酒屋で味わったひとり酒。庶民的な雰囲気に溢れた浅草の散策。憧れの街であった銀座での「銀ブラ」・・・。それぞれ楽しかったのですが、とりわけ心奪われたのが「本の街」である神田・神保町探訪でありました。
日本を代表する出版社や大手新刊書店はもちろんのこと、160店以上もあるという古書店の数々が立ち並ぶ光景には、嫌も応もなく気持ちが高ぶりました。一軒一軒の古書店を覗いていくうちに時間はアッと言う間に過ぎていき、とても数時間程度の探訪では時間が足りなさ過ぎる!とつくづく実感させられた次第です。
そんなこともあり、神保町の3日間を追った『ドキュメント72時間』の「世界最大 古書の迷宮へようこそ」は、何がなんでも観ておかねば!と思っておりました。好きなドキュメンタリー番組でありながら、しばしば寝落ちして観そびれてしまうこともある『72時間』ですが、この回はしっかりと観ることができました。

懐かしの漫画を扱っている古書店。そこでは、創刊から間もない時期のものと思われる『少年サンデー』などの少年漫画雑誌を、2万円分も大人買いしていた男性が。時には数十万円分買うこともあるというこの男性、「昔の漫画雑誌って、政治や経済のことなんかも出ていたりしていて、けっこう充実してるんですよ」と語ります(そういえば、確かに昔の少年漫画雑誌って漫画のみならず、幅広い事柄を記事にして載せていたようですね)。

研究に使うため、手に入りにくい魚類の専門書を探しているという大学院生男子。どんな魚が好きか、と取材者に訊かれた彼が挙げたのは、口もとからヒゲを生やした、その名も「オジサン」という魚。そのイラストが出ているページを指しながら「カワイイですよね」という彼の表情は、実に嬉しそうでした。

雑誌の品揃えが充実している古書店で、かつて発行されていたファッション誌『Olive』を手にとっていたのは、大学生の女子。子どもの頃に両親が離婚し、母親と祖母と暮らしているという彼女は、母親から『Olive』の話を聞いて興味を持ったというのです。
今から30年前のファッションをどう思うか、と訊かれた彼女は「この頃からもう3周ぐらいしていて、今見ても可愛く思う」と答えたのでした。

20年間探していた絶版の画集にめぐり合うことができたのは、札幌からやってきたという女性。かつて画家を目指していたこともあったというこの女性は、その画家の作品について「自分では想像できないような世界が広がっているような気がする」と語ります。

早朝の神保町。古書店の前に置かれていた古本を漁っては、お気に入りの本を持ち帰る人びとの姿が。これ、実は値段のつかなかった廃棄本でした。その中には、研究者による書き込みがなされたものがあったりもして、「これがまた面白いのよ」と言いつつ持ち帰る人も。

ガレージセールの文庫や新書の山を物色していた、就活中の大学4年生男子。すでに10社以上受けながらもなかなか決まらず、いささか切羽詰まっているという彼が選んだ一冊は、岩波新書の『プラトン』。彼は語ります。「自分の夢を探しに生きてるのかなあ、と」。

やはりガレージセールの本を、40分近く丹念に見ていた男性。この1年で280冊もの本を買って読んだのだとか。
かつては仕事一筋のサラリーマンであった男性は、52歳のときに母親の介護に専念するために離職。母親が好きだった本に興味を持ったことがきっかけで、自身も本を読むようになったといいます。母親と過ごした時間は、「人間の一生を勉強するにはいい時間だった」と男性は振り返ります。
その母親を看取ったあと、3年半前に今度は自らががんを発症し、手術を受けたものの再発。残された時間を活かそうと、哲学をはじめとする自分の興味ある分野の本を手当たり次第に読むことにしたのだとか。
男性は語ります。
「一日一日充実してればいいと思って。でも、やはり人生は足りませんね。自分の興味でいろいろ読んでみようとしても」

鉄道に関する本の品揃えで定評がある古書店を営む女性。御年90歳でありながら、年齢を感じさせない動きで店を切り盛りしているこの女性ですが、もうじきしたら店を畳むつもりだ、というのです。
これまで店を続けてきたのは、亡き夫が一生懸命に集めてきた本をムダにはしたくなかったから、といいます。お客さんからは、「やっぱり古本はインターネットで探すより、実際に見て触ってみたほうがいい」などと言われたりもする、と言いつつも、女性は最後にこう語りました。
「在庫だけ処分しておしまいにしたい」

学校で美術を教える傍ら、自らの個展を開いたりしているという講師の男性。脳性まひによって自由の利かなくなった脚のリハビリを兼ねて、神保町で古書店めぐりをやっているといいます。男性は言います。
「絵本を見ていると初心に帰れますね」

さまざまな著名人に捧げられた弔辞を集めた本を手にとっていたのは、元編集者の女性でした。
持病を抱え、自らの行く末に思いを巡らせているこの女性は、手持ちの蔵書をどうしようかと思案してもいました。編集者として手がけてきた雑誌や本が、それを求めている人びとの手に渡ることを嬉しく思っていたという彼女は、何もわからない人から蔵書がゴミのように処分されるよりは、それらを求めている人たちの手に渡ることができたら・・・と考えているようでした。女性は語ります。
「やっぱり本があるといいな、って思うから」

番組を観ているうちに、登場した一人一人の本に寄せる思いが気持ちにじんじん響いてきて、恥ずかしながらついつい涙ぐんでしまいました。とりわけ、母親を介護する中で本を読むようになり、自身もがんとなってからは残された時間により多くの本を読んでおきたいと語っていた男性のくだりは、一層胸に迫るものがありました。
わたくしは今のところ、何か病気になっているというわけではなく、ひとまず健康ではあります。が、それでも先々はどうなるかわかりませんし、人生の時間には限りがあることには変わりありません。
残された限りある時間に、少しでも多くの興味ある分野の本を読んでおきたいという、くだんの男性の切実な思いは、わたくしの気持ちにも重く響きました。

また、終わりのほうに登場した元編集者の女性の話も、しみじみと頷けました。
少なからぬ思いが詰まった自らの蔵書。それをゴミのように無造作に棄てられるくらいなら、それらを求めている誰かの手に渡るようにしておきたいという思いは、本好きであれば大なり小なり、共感するところがあるように思います。
その時々の思い入れが詰まった本を手放すにしても、せめてそれらを必要としている誰かの手に渡すことができたら・・・。そういった思いを持つ人びとの受け皿となっているのが、ほかならぬ神保町という場所なのでしょう。
本を古書店に持ち込む人びとはもちろんのこと、本を探したり買ったりする人びとにもまた、それぞれの思いがありました。さらには、持ち込まれる本を買い取り、それを販売している古書店の店主にも、本それ自体はもとより、本にまつわる人びとへの思い入れを強く持っているということを、この番組を通してあらためて窺い知ることができました。
単に本を売り買いするだけの場所ではなく、本を媒介にしてさまざまな人びとの思いと人生が交錯し、響き合っている場所。それが神保町という街なのであり、だからこそ多くの人を惹きつけるのではないだろうか・・・。そんなことを思いました。

予想していたことでしたが、番組を観ていて「また絶対に神保町に行きたい!!」という思いが無性に募ってきて仕方がありませんでした。
10月初旬の探訪では、昼食を挟んでわずか3時間半ほどの時間しかとれませんでしたが、神保町という街は3日間どころか、3週間、いや3ヶ月間居続けても飽きることはないであろう場所でしたので、また来年あたりにた~~~っぷり時間をとって探訪してみたいと思っております。カレーをはじめとして、味自慢の飲食店にも恵まれているようですし(そういえば、お昼に食べた伝統の “スマトラカレー” も絶品だったなあ)。
90歳の古書店主が営むお店、願わくは次に訪ねるときにも、営業を続けていてくれるといいんだけどなあ。