日田市の豆田町を散策していた2月11日。時刻はお昼どきになってまいりました。
わたしは、下調べで目をつけていた和食のお店を見つけ出し、立ち寄ってみたのですが、もうすでに予約でいっぱいになってしまって・・・ということで、入ることができませんでした。それならば、とこれまた目をつけていたうなぎ料理のお店に行くと、そちらも店先に並んで待っているお客さんがいるという状態。その後さらに、別の和食店やカフェをあたってみたのですが、いずれも予約でもういっぱい、と言われてしまいました。
うーむ、これはどうしたものか・・・と、食事のできそうなお店を見つけるべく焦っていたわたしの目に、「うどんとお酒」を標榜するお店が飛び込んできました。店先には日本酒の一升瓶がズラリと並べてあったりして、それにも気持ちがそそられました。よしここにするか!と、その「お食事処 たっちゃん」というお店に入りました。
入ってみると内部は思いのほか小さめながら、カウンターやテーブルのほかに座敷も備えたつくりです。メニューを見ると確かにお酒類が充実していて、日本酒から焼酎、ビールにホッピー、ワインなどがズラリと列記されておりました。日本酒も大分県内外の銘柄がいろいろとあったのですが、ここはやはり日田の地酒である「薫長」をいただきたいところであります。とはいえ、「薫長」だけでもいくつかの種類がラインナップされております。どれにしようかと迷っていたわたしに、お店のお兄さんは、
「きょうはちょうど、薫長の酒蔵では蔵開きやってるんですよ。なので、それにちなんで新酒はどうですか?」
とオススメしてくださいました。おお、そうだったのか。これはいいことを教えてもらいました。それなら、ということでオススメ通りに新酒を注文させていただきました。お兄さんはわたしの前に枡に入れたコップを置くと、コップからお酒を溢れさせて枡にもいっぱいにして出してくださいました。嬉しいねえ。
かすかに緑がかった色をした「薫長」の新酒は、新酒らしい清新さを感じさせる爽快な味わいで、実にいい飲み口。オススメに従ってこれを選んで大正解でございました。
そうか、きょうは「薫長」の蔵開きでしたか!とわたしが言うと、お店のお兄さんは、
「そうなんですよ!きょうは2000人くらいは来てるんじゃないか、というくらいで」
などとおっしゃいました。なかなか、気さくな好青年なのでありますよ。お兄さんは、「これはおつまみにどうぞ」と言いつつ、小鉢にマカロニサラダを盛って出してくださいました。これもまた、美味しいのであります。このお店を選んで良かったなあ、という気持ちが、しみじみと湧いてまいりました。
「うどんとお酒」という言葉に惹かれて入ってみたんですよ、とわたしが言うと、お兄さんは「いろいろとお酒を集めるのが好きなんですよ」とおっしゃいました。カウンターの奥を見ると、確かに日本酒のほかに焼酎もいろいろな銘柄が並んでおりました。あらためてメニューを拝見すると、お酒に合いそうな一品料理もたくさんラインナップされておりますし、目の前ではおでんも美味しそうに煮えておりました。「夜もやってますよ」とお兄さん。なるほど、これは夜呑みに立ち寄ってもゆっくりできそうであります。
やがて、昼食に注文していた「日田野菜カレーうどん」が届きました。さつまいもやパプリカ、ナス、ししとう、ブロッコリーなどのたっぷりの日田産野菜、そしてチーズがトッピングされたカレーうどん。お兄さんはチーズをバーナーで炙った上で「よく混ぜて召し上がってくださいね」と言ってお出しくださいました。
スパイシーなカレーとチーズが混ざった濃厚な美味しさもさることながら、トッピングされた野菜の美味しいこと。とりわけ、旨みの詰まったナスには、ナスってこんなに旨かったのか!と驚きを覚えたくらいでありました。日田はぶどうだけでなく、野菜もまた、かなりの実力者でありますなあ。
お酒の酔いと、いいお店に巡り会うことができた嬉しさでいい気分になりながら、わたしは「たっちゃん」を出たのでありました。
昼食の後は甘いものでも・・・ということで、なにかお菓子を買って食べることにいたしました。実はスイーツ天国でもある日田には、和洋それぞれのお菓子屋さんもあちこちにあったりいたします。
わたしは、豆田町の中にある和菓子のお店「御菓子司 京橘」に立ち寄り、目玉商品である「いちご大福」を買い食いしました。
スイーツ大好きなことで知られる、俳優の的場浩司さんもお気に入りだというこの「いちご大福」。がぶりと齧ると、求肥の中にはいちごが丸ごとどーんと入っていてまことにジューシー。いちごをくるむ白餡も程良い甘さで、あんこが苦手という人でも美味しく食べられそうであります。いい食後のデザートになりました。
そのあと、さきほど呑んだ日本酒「薫長」の蔵元を訪ねました。なるほど、「たっちゃん」のお兄さんが教えてくださった通り、蔵は蔵開きということもあって多くの人で賑わっておりました。
蔵の中では、蔵開き限定のお酒の即売が行われていたほか、蔵の一角がお酒の飲み比べができる「角打ち場」になっていたり、できたての酒まんじゅうや甘酒の販売などがあったりして大盛況でありました。わたしも「角打ち場」でいろんなお酒の飲み比べをしてみたい気になりましたが、結局は見送ってしまいました。なんせ、すでに昼食かたがたお酒を呑んでいた上、前の晩に飲み過ぎて二日酔いだったりしたもので・・・。
そのかわり、吟醸酒の酒粕でこしらえたという甘酒を買って飲みました。暖かくてほんのり甘い甘酒は、冷えていたカラダをじんわりと暖めてくれました。
ひと通り豆田町散策を終えたわたしは、三隈川沿いにある日田温泉で暖まろうということにいたしました。日田温泉には別府のような共同浴場はないのですが、川沿いに立つ何軒かのホテル・旅館では立ち寄り入浴ができることになっておりました。
日田温泉にやってきたわたしは、温泉浴場を設けたホテルの一軒を訪ねて入浴できるかどうかを確認してみたのですが、「本日は結婚式が入っておりますので・・・」入浴のみの受付はやっていないとのお答えでありました。わたしはさらに、温泉浴場を設けた他のホテル・旅館を数ヶ所あたってみたのですが、いずれも宿泊やお食事のお客さんが入っていることを理由に断られてしまい、ひとり旅の不遇を味わう結果となってしまいました。まあ、それぞれのホテルや旅館にも商売上の都合というものがあるのでしょうが・・・冷えたカラダを温泉で暖めようと楽しみにしていたわたしはちょっと、ガッカリでありました。でもまあ、自分の思う通りにいかないこともあるのが旅というもの。これは仕方がございません。
それなら、ということで予定を変更して、温泉街からもほど近いところに位置している「日田祇園山鉾会館」に向かいました。
国の重要無形民俗文化財にして、一昨年(2016年)にはユネスコから無形文化遺産にも指定された、約300年の歴史がある「日田祇園祭」。豪華絢爛たる人形と、刺繍が施された見送り・水引幕や提灯で華やかに飾りつけられた巨大な山鉾が街の中心部を巡行する、日田の夏を彩る伝統行事であります。「日田祇園山鉾会館」には、実際に祇園祭の曳山行事で巡行されている6基の山鉾が常設展示されています。
入場料を払って中に入ると、6基の山鉾が吹き抜けの展示スペースいっぱいに堂々と立ち並んでおりました。
高さ10メートル近くにおよぶ山鉾は、見上げてもなお全体がつかみ難いほどの大きさで、その迫力にはただただ圧倒されました。歌舞伎の一場面から採られて作られた人形と建物も凝りに凝った作り込みで、ついつい細部まで見入ってしまうくらいに見事なものでした。
2階かに上がって山鉾を見下ろすと、下からは容易に見えない上部に至るまで細かい作り込みがなされていることがよくわかり、一層驚きました。これらの山鉾を作るのに、どれだけの手間と技巧がかけられているのかを想像すると、感銘を覚えずにはいられません。
2階には、日田祇園祭と山鉾にまつわるさまざまな資料が展示されていました。まだ電線など張られていなかった江戸時代には、なんと高さが12〜15メートルにまで達する山鉾もあったのだとか。伝説上の動物などが刺繍された見送り幕や水引幕もまた、見事なものでありました。
日田祇園祭に象徴された天領日田の商人文化が、いかに豊かさと力強さに満ちたものだったのかということを、「日田祇園山鉾会館」の展示で知ることができました。
山鉾会館を見学したあと、そこからほど近いところにあるこの日の宿泊場所「ビジネスホテル パークインサトー」にチェックインいたしました。ビジネスホテルということで宿泊料もお手頃な上、飲食店街のすぐ近くに位置しているというところが、まことに便利なのであります。
部屋に入ると、ユニットバスの浴槽にお湯を張ってそれに浸かり、冷えたカラダを暖めました。天然の温泉でもない、狭いユニットバスのお湯ではありましたが、浸かっているとなんだか、気持ちがホッとしたのでありました・・・。
お風呂から上がってひと息ついているうちに、街に灯りがともる時刻が近づいてまいりました。さあ、お楽しみの日田での外呑みであります。
日田に出かける前の下調べで、いくつか気になるお店がございました。ホテルのフロントでもらった飲食店マップでそれらのお店の位置を確認しながら飲食店街を歩いたのですが、日曜日ということもあってかお休みしているお店もありました。少々迷った末、なんだか惹きつけられる外観をした「大衆居酒家 いちふく」というお店に入りました。
店内にはすでに呑み客の皆さんが数組ほどいて、そこそこの活気を見せておりました。察するところ、いずれも観光客ではなく地元の、それもよくこのお店に来られている方々とお見受けしました。地元の方々の憩いの場となっているお店なら、きっと大丈夫でありましょう。
メニューを拝見すると、居酒屋でよく見かける品をはじめとして、和洋中の幅広い料理が列挙されておりました。中でも、パスタやピザ、一品料理といったイタリアンメニューの充実ぶりは、専門店にも匹敵しそうな感じでありました。純和風居酒屋、といった外観ながらも、なかなかユニークなお店のようであります。
わたしはまず、冷奴とともに生ビールをいただき、お次に洋風メニューの「白身魚のフリッター」を注文いたしました。衣の揚がり具合がサクサクしていて、おつまみにもちょうどいい感じ。生ビールの次に呑んだ、ほのかな甘さの日田梨チューハイにもよく合いました。上にかかっているソースも美味しゅうございました。
呑み食いしていると、お店に入ってきた1人のおじさんがわたしの座っていたカウンター席の左側に座りました。やたら大きな声でケータイをかけたりお店の人を呼ばわったり、さらにはしきりに口をチッチッチッと鳴らしたりと、なんだかあまりお近づきにはなりたくないような感じのおじさんでありまして・・・。
まあ、酒場でのひとり呑みではたま〜に、困った感じのお方と出くわすこともあるし、まあ仕方ないか・・・。そう思いつつ呑み食いを続けていると、件のおじさんが呼び出した人が2人来ることになったので、その時は席を1つずらしてもらうかも、とお店の女将さん風の方から言われました。
ああ、それは別に構いませんよ、と答えつつ、件のおじさんのおカオを正面から見ると・・・細いメガネの奥に見える目はすごく優しく、人を惹きつけるような魅力すら感じるほどでありました。おじさんはとりたてて何もおっしゃりはしませんでしたが、わたしにちょこんと会釈してくださいました。瞬間、わたしは思いました。ああ、このおじさんは決して、悪いヒトじゃないな・・・と。
実際、お店の方々や他のお客さんもみな、どうやらこのおじさんとは親しいようで、かつそれらの方々にとっても、このおじさんは愛すべき存在になっているということが、おぼろげながら伝わってまいりました。きっと、地元では名物男のような存在なんだろうなあ・・・。そう思うとなんだか、楽しい気分になってまいりました。
楽しくなってきたついでにイタリアンが食べたくなってきましたので、メニューに並んだイタリアン料理から「たこぶつ炒め」を注文いたしました。ぶつ切りにしたタコを、アンチョビとケッパーのソースで炒めた一品料理。実に濃厚な味わいで、大分の麦焼酎のおともにもピッタリでありました。
わたしの右隣りで呑んでおられた初老の男性も、焼酎とともにあん肝を召し上がっていたかと思うと、お次はりんごパイを箸で平らげ、しまいには酢豚を注文したりしておられました。皆さんそれぞれ、バラエティに富んだメニューから気ままにチョイスして、楽しんでいるようでありました。
・・・それにしても、運ばれてきた酢豚のボリュームのすごいこと。2人前とまではいかなくても1.5人前くらいはありそう。これ、お一人で食べきれるのかのう・・・などといらぬ心配をしていると、お隣の男性がわたしに話しかけてこられました。
「あのう・・・まことに失礼なのですが・・・コレ、一緒に食べてもらえますか?」
ああやっぱり、お一人では食べきれないようであります。わたしはそれならと、ありがたくお相伴にあずかることにいたしました。
食べてみると、からりと揚がった豚肉に甘酢あんがよく合っていて、中華料理店も顔負けというくらいの美味しさ。さまざまに違う趣きの料理をしっかり美味しく出してくれるこのお店、実力もなかなかのようであります。
それをきっかけに、右隣の男性としばし話し込みました。この酢豚美味しいですねえ・・・とわたしが言うと、男性は「そうそう。もともとは中華から始まったお店なんですよ、ここは」と教えてくださいました。なるほど、どおりで酢豚の味わいも本格的なわけだ。この方も、このお店の長いご常連さんのようであります。
日田が雪が降るくらい寒いなんて思ってませんでしたよ・・・と言うと「いやいや、こんなに寒くなるのも珍しいよ」と言われます。わたしの住む宮崎ではどんなに寒くても雪にはなりませんで・・・と言うと、「あ、でも高千穂や加久藤あたりでは雪が降るんですよね」などとおっしゃいます。けっこう宮崎についてもご存知のようで、ちょっとビックリでありました。
ふとカウンターの正面に映っていたテレビに目をやると、別府市の中心街にある共同浴場「梅園温泉」が、今年中にも再建される見通しになった、ということを、大分のローカルニュースが伝えておりました。
飲食店が集中している繁華街の、入り組んだ細い路地の中というユニークな立地の梅園温泉でしたが、一昨年の熊本地震により被害を受けた建物は取り壊され、更地になっておりました。日田を訪れる前日の夜、別府の繁華街を歩いて梅園温泉の跡地を訪れると、そこには梅園温泉を再建するための寄付金を募る立て札が立っていて、再建に向けた動きが進んでいることを知ることができました。
別府に続いて訪れた日田の酒場で、梅園温泉が再建されるというニュースに接することができ、大いに嬉しい気持ちになりました。再建されたあかつきには、ぜひともゆっくり浸かりにいかなくては。
わたしの右隣におられた男性は「それじゃお先に」と言って帰っていかれました。そして、左のほうにおられたおじさんも、ケータイで呼び出した知人らしき女性と男性の3人で連れ立って店を出ていきました。どうやら次のお店へと移動されるようであります。
「一見コワそうだけど、けっこういい人だったでしょ」
おじさんたちが店を出たあと、女将さんらしき方がわたしに声をかけてこられました。うんうんわかります、目がすごく優しそうでしたから・・・と答えるわたしに、女将さんらしき方はニッコリ微笑んでくださいました。
さあ、わたしも引き上げるといたしましょう。お会計の時「また来てくださいね」とおっしゃる女将さんらしき方に、はい!次は1年後になると思いますが必ず来ます!と答えたわたしでありました。
美味しくてバラエティに富んだお料理と、地元の皆さんが醸し出す楽しい雰囲気・・・。「大衆居酒家 いちふく」は、わたしの心を温泉のように、ぽっかぽかに暖めてくれたのでありました。
別府と日田への旅のお噂も次回で完結です。最終回は、日田の偉人である廣瀬淡窓の先進的な教育思想と志に触れたお話であります。
(最終回に続く)
「御菓子司 京橘」の紹介→ 一般社団法人日田市観光協会「おいでひた.com」https://www.oidehita.com/1135.html
クンチョウ酒造ホームページ→ http://www.kuncho.com/
「日田祇園山鉾会館」の紹介→一般社団法人日田市観光協会「おいでひた.com」https://www.oidehita.com/365.html
「ビジネスホテル パークインサトー」ホームページ→ http://parkinsato.com/
「大衆居酒家 いちふく」の紹介→サッポロビールホームページ http://www.sapporobeer.jp/gourmet/0000006659/
わたしは、下調べで目をつけていた和食のお店を見つけ出し、立ち寄ってみたのですが、もうすでに予約でいっぱいになってしまって・・・ということで、入ることができませんでした。それならば、とこれまた目をつけていたうなぎ料理のお店に行くと、そちらも店先に並んで待っているお客さんがいるという状態。その後さらに、別の和食店やカフェをあたってみたのですが、いずれも予約でもういっぱい、と言われてしまいました。
うーむ、これはどうしたものか・・・と、食事のできそうなお店を見つけるべく焦っていたわたしの目に、「うどんとお酒」を標榜するお店が飛び込んできました。店先には日本酒の一升瓶がズラリと並べてあったりして、それにも気持ちがそそられました。よしここにするか!と、その「お食事処 たっちゃん」というお店に入りました。
入ってみると内部は思いのほか小さめながら、カウンターやテーブルのほかに座敷も備えたつくりです。メニューを見ると確かにお酒類が充実していて、日本酒から焼酎、ビールにホッピー、ワインなどがズラリと列記されておりました。日本酒も大分県内外の銘柄がいろいろとあったのですが、ここはやはり日田の地酒である「薫長」をいただきたいところであります。とはいえ、「薫長」だけでもいくつかの種類がラインナップされております。どれにしようかと迷っていたわたしに、お店のお兄さんは、
「きょうはちょうど、薫長の酒蔵では蔵開きやってるんですよ。なので、それにちなんで新酒はどうですか?」
とオススメしてくださいました。おお、そうだったのか。これはいいことを教えてもらいました。それなら、ということでオススメ通りに新酒を注文させていただきました。お兄さんはわたしの前に枡に入れたコップを置くと、コップからお酒を溢れさせて枡にもいっぱいにして出してくださいました。嬉しいねえ。
かすかに緑がかった色をした「薫長」の新酒は、新酒らしい清新さを感じさせる爽快な味わいで、実にいい飲み口。オススメに従ってこれを選んで大正解でございました。
そうか、きょうは「薫長」の蔵開きでしたか!とわたしが言うと、お店のお兄さんは、
「そうなんですよ!きょうは2000人くらいは来てるんじゃないか、というくらいで」
などとおっしゃいました。なかなか、気さくな好青年なのでありますよ。お兄さんは、「これはおつまみにどうぞ」と言いつつ、小鉢にマカロニサラダを盛って出してくださいました。これもまた、美味しいのであります。このお店を選んで良かったなあ、という気持ちが、しみじみと湧いてまいりました。
「うどんとお酒」という言葉に惹かれて入ってみたんですよ、とわたしが言うと、お兄さんは「いろいろとお酒を集めるのが好きなんですよ」とおっしゃいました。カウンターの奥を見ると、確かに日本酒のほかに焼酎もいろいろな銘柄が並んでおりました。あらためてメニューを拝見すると、お酒に合いそうな一品料理もたくさんラインナップされておりますし、目の前ではおでんも美味しそうに煮えておりました。「夜もやってますよ」とお兄さん。なるほど、これは夜呑みに立ち寄ってもゆっくりできそうであります。
やがて、昼食に注文していた「日田野菜カレーうどん」が届きました。さつまいもやパプリカ、ナス、ししとう、ブロッコリーなどのたっぷりの日田産野菜、そしてチーズがトッピングされたカレーうどん。お兄さんはチーズをバーナーで炙った上で「よく混ぜて召し上がってくださいね」と言ってお出しくださいました。
スパイシーなカレーとチーズが混ざった濃厚な美味しさもさることながら、トッピングされた野菜の美味しいこと。とりわけ、旨みの詰まったナスには、ナスってこんなに旨かったのか!と驚きを覚えたくらいでありました。日田はぶどうだけでなく、野菜もまた、かなりの実力者でありますなあ。
お酒の酔いと、いいお店に巡り会うことができた嬉しさでいい気分になりながら、わたしは「たっちゃん」を出たのでありました。
昼食の後は甘いものでも・・・ということで、なにかお菓子を買って食べることにいたしました。実はスイーツ天国でもある日田には、和洋それぞれのお菓子屋さんもあちこちにあったりいたします。
わたしは、豆田町の中にある和菓子のお店「御菓子司 京橘」に立ち寄り、目玉商品である「いちご大福」を買い食いしました。
スイーツ大好きなことで知られる、俳優の的場浩司さんもお気に入りだというこの「いちご大福」。がぶりと齧ると、求肥の中にはいちごが丸ごとどーんと入っていてまことにジューシー。いちごをくるむ白餡も程良い甘さで、あんこが苦手という人でも美味しく食べられそうであります。いい食後のデザートになりました。
そのあと、さきほど呑んだ日本酒「薫長」の蔵元を訪ねました。なるほど、「たっちゃん」のお兄さんが教えてくださった通り、蔵は蔵開きということもあって多くの人で賑わっておりました。
蔵の中では、蔵開き限定のお酒の即売が行われていたほか、蔵の一角がお酒の飲み比べができる「角打ち場」になっていたり、できたての酒まんじゅうや甘酒の販売などがあったりして大盛況でありました。わたしも「角打ち場」でいろんなお酒の飲み比べをしてみたい気になりましたが、結局は見送ってしまいました。なんせ、すでに昼食かたがたお酒を呑んでいた上、前の晩に飲み過ぎて二日酔いだったりしたもので・・・。
そのかわり、吟醸酒の酒粕でこしらえたという甘酒を買って飲みました。暖かくてほんのり甘い甘酒は、冷えていたカラダをじんわりと暖めてくれました。
ひと通り豆田町散策を終えたわたしは、三隈川沿いにある日田温泉で暖まろうということにいたしました。日田温泉には別府のような共同浴場はないのですが、川沿いに立つ何軒かのホテル・旅館では立ち寄り入浴ができることになっておりました。
日田温泉にやってきたわたしは、温泉浴場を設けたホテルの一軒を訪ねて入浴できるかどうかを確認してみたのですが、「本日は結婚式が入っておりますので・・・」入浴のみの受付はやっていないとのお答えでありました。わたしはさらに、温泉浴場を設けた他のホテル・旅館を数ヶ所あたってみたのですが、いずれも宿泊やお食事のお客さんが入っていることを理由に断られてしまい、ひとり旅の不遇を味わう結果となってしまいました。まあ、それぞれのホテルや旅館にも商売上の都合というものがあるのでしょうが・・・冷えたカラダを温泉で暖めようと楽しみにしていたわたしはちょっと、ガッカリでありました。でもまあ、自分の思う通りにいかないこともあるのが旅というもの。これは仕方がございません。
それなら、ということで予定を変更して、温泉街からもほど近いところに位置している「日田祇園山鉾会館」に向かいました。
国の重要無形民俗文化財にして、一昨年(2016年)にはユネスコから無形文化遺産にも指定された、約300年の歴史がある「日田祇園祭」。豪華絢爛たる人形と、刺繍が施された見送り・水引幕や提灯で華やかに飾りつけられた巨大な山鉾が街の中心部を巡行する、日田の夏を彩る伝統行事であります。「日田祇園山鉾会館」には、実際に祇園祭の曳山行事で巡行されている6基の山鉾が常設展示されています。
入場料を払って中に入ると、6基の山鉾が吹き抜けの展示スペースいっぱいに堂々と立ち並んでおりました。
高さ10メートル近くにおよぶ山鉾は、見上げてもなお全体がつかみ難いほどの大きさで、その迫力にはただただ圧倒されました。歌舞伎の一場面から採られて作られた人形と建物も凝りに凝った作り込みで、ついつい細部まで見入ってしまうくらいに見事なものでした。
2階かに上がって山鉾を見下ろすと、下からは容易に見えない上部に至るまで細かい作り込みがなされていることがよくわかり、一層驚きました。これらの山鉾を作るのに、どれだけの手間と技巧がかけられているのかを想像すると、感銘を覚えずにはいられません。
2階には、日田祇園祭と山鉾にまつわるさまざまな資料が展示されていました。まだ電線など張られていなかった江戸時代には、なんと高さが12〜15メートルにまで達する山鉾もあったのだとか。伝説上の動物などが刺繍された見送り幕や水引幕もまた、見事なものでありました。
日田祇園祭に象徴された天領日田の商人文化が、いかに豊かさと力強さに満ちたものだったのかということを、「日田祇園山鉾会館」の展示で知ることができました。
山鉾会館を見学したあと、そこからほど近いところにあるこの日の宿泊場所「ビジネスホテル パークインサトー」にチェックインいたしました。ビジネスホテルということで宿泊料もお手頃な上、飲食店街のすぐ近くに位置しているというところが、まことに便利なのであります。
部屋に入ると、ユニットバスの浴槽にお湯を張ってそれに浸かり、冷えたカラダを暖めました。天然の温泉でもない、狭いユニットバスのお湯ではありましたが、浸かっているとなんだか、気持ちがホッとしたのでありました・・・。
お風呂から上がってひと息ついているうちに、街に灯りがともる時刻が近づいてまいりました。さあ、お楽しみの日田での外呑みであります。
日田に出かける前の下調べで、いくつか気になるお店がございました。ホテルのフロントでもらった飲食店マップでそれらのお店の位置を確認しながら飲食店街を歩いたのですが、日曜日ということもあってかお休みしているお店もありました。少々迷った末、なんだか惹きつけられる外観をした「大衆居酒家 いちふく」というお店に入りました。
店内にはすでに呑み客の皆さんが数組ほどいて、そこそこの活気を見せておりました。察するところ、いずれも観光客ではなく地元の、それもよくこのお店に来られている方々とお見受けしました。地元の方々の憩いの場となっているお店なら、きっと大丈夫でありましょう。
メニューを拝見すると、居酒屋でよく見かける品をはじめとして、和洋中の幅広い料理が列挙されておりました。中でも、パスタやピザ、一品料理といったイタリアンメニューの充実ぶりは、専門店にも匹敵しそうな感じでありました。純和風居酒屋、といった外観ながらも、なかなかユニークなお店のようであります。
わたしはまず、冷奴とともに生ビールをいただき、お次に洋風メニューの「白身魚のフリッター」を注文いたしました。衣の揚がり具合がサクサクしていて、おつまみにもちょうどいい感じ。生ビールの次に呑んだ、ほのかな甘さの日田梨チューハイにもよく合いました。上にかかっているソースも美味しゅうございました。
呑み食いしていると、お店に入ってきた1人のおじさんがわたしの座っていたカウンター席の左側に座りました。やたら大きな声でケータイをかけたりお店の人を呼ばわったり、さらにはしきりに口をチッチッチッと鳴らしたりと、なんだかあまりお近づきにはなりたくないような感じのおじさんでありまして・・・。
まあ、酒場でのひとり呑みではたま〜に、困った感じのお方と出くわすこともあるし、まあ仕方ないか・・・。そう思いつつ呑み食いを続けていると、件のおじさんが呼び出した人が2人来ることになったので、その時は席を1つずらしてもらうかも、とお店の女将さん風の方から言われました。
ああ、それは別に構いませんよ、と答えつつ、件のおじさんのおカオを正面から見ると・・・細いメガネの奥に見える目はすごく優しく、人を惹きつけるような魅力すら感じるほどでありました。おじさんはとりたてて何もおっしゃりはしませんでしたが、わたしにちょこんと会釈してくださいました。瞬間、わたしは思いました。ああ、このおじさんは決して、悪いヒトじゃないな・・・と。
実際、お店の方々や他のお客さんもみな、どうやらこのおじさんとは親しいようで、かつそれらの方々にとっても、このおじさんは愛すべき存在になっているということが、おぼろげながら伝わってまいりました。きっと、地元では名物男のような存在なんだろうなあ・・・。そう思うとなんだか、楽しい気分になってまいりました。
楽しくなってきたついでにイタリアンが食べたくなってきましたので、メニューに並んだイタリアン料理から「たこぶつ炒め」を注文いたしました。ぶつ切りにしたタコを、アンチョビとケッパーのソースで炒めた一品料理。実に濃厚な味わいで、大分の麦焼酎のおともにもピッタリでありました。
わたしの右隣りで呑んでおられた初老の男性も、焼酎とともにあん肝を召し上がっていたかと思うと、お次はりんごパイを箸で平らげ、しまいには酢豚を注文したりしておられました。皆さんそれぞれ、バラエティに富んだメニューから気ままにチョイスして、楽しんでいるようでありました。
・・・それにしても、運ばれてきた酢豚のボリュームのすごいこと。2人前とまではいかなくても1.5人前くらいはありそう。これ、お一人で食べきれるのかのう・・・などといらぬ心配をしていると、お隣の男性がわたしに話しかけてこられました。
「あのう・・・まことに失礼なのですが・・・コレ、一緒に食べてもらえますか?」
ああやっぱり、お一人では食べきれないようであります。わたしはそれならと、ありがたくお相伴にあずかることにいたしました。
食べてみると、からりと揚がった豚肉に甘酢あんがよく合っていて、中華料理店も顔負けというくらいの美味しさ。さまざまに違う趣きの料理をしっかり美味しく出してくれるこのお店、実力もなかなかのようであります。
それをきっかけに、右隣の男性としばし話し込みました。この酢豚美味しいですねえ・・・とわたしが言うと、男性は「そうそう。もともとは中華から始まったお店なんですよ、ここは」と教えてくださいました。なるほど、どおりで酢豚の味わいも本格的なわけだ。この方も、このお店の長いご常連さんのようであります。
日田が雪が降るくらい寒いなんて思ってませんでしたよ・・・と言うと「いやいや、こんなに寒くなるのも珍しいよ」と言われます。わたしの住む宮崎ではどんなに寒くても雪にはなりませんで・・・と言うと、「あ、でも高千穂や加久藤あたりでは雪が降るんですよね」などとおっしゃいます。けっこう宮崎についてもご存知のようで、ちょっとビックリでありました。
ふとカウンターの正面に映っていたテレビに目をやると、別府市の中心街にある共同浴場「梅園温泉」が、今年中にも再建される見通しになった、ということを、大分のローカルニュースが伝えておりました。
飲食店が集中している繁華街の、入り組んだ細い路地の中というユニークな立地の梅園温泉でしたが、一昨年の熊本地震により被害を受けた建物は取り壊され、更地になっておりました。日田を訪れる前日の夜、別府の繁華街を歩いて梅園温泉の跡地を訪れると、そこには梅園温泉を再建するための寄付金を募る立て札が立っていて、再建に向けた動きが進んでいることを知ることができました。
別府に続いて訪れた日田の酒場で、梅園温泉が再建されるというニュースに接することができ、大いに嬉しい気持ちになりました。再建されたあかつきには、ぜひともゆっくり浸かりにいかなくては。
わたしの右隣におられた男性は「それじゃお先に」と言って帰っていかれました。そして、左のほうにおられたおじさんも、ケータイで呼び出した知人らしき女性と男性の3人で連れ立って店を出ていきました。どうやら次のお店へと移動されるようであります。
「一見コワそうだけど、けっこういい人だったでしょ」
おじさんたちが店を出たあと、女将さんらしき方がわたしに声をかけてこられました。うんうんわかります、目がすごく優しそうでしたから・・・と答えるわたしに、女将さんらしき方はニッコリ微笑んでくださいました。
さあ、わたしも引き上げるといたしましょう。お会計の時「また来てくださいね」とおっしゃる女将さんらしき方に、はい!次は1年後になると思いますが必ず来ます!と答えたわたしでありました。
美味しくてバラエティに富んだお料理と、地元の皆さんが醸し出す楽しい雰囲気・・・。「大衆居酒家 いちふく」は、わたしの心を温泉のように、ぽっかぽかに暖めてくれたのでありました。
別府と日田への旅のお噂も次回で完結です。最終回は、日田の偉人である廣瀬淡窓の先進的な教育思想と志に触れたお話であります。
(最終回に続く)
「御菓子司 京橘」の紹介→ 一般社団法人日田市観光協会「おいでひた.com」https://www.oidehita.com/1135.html
クンチョウ酒造ホームページ→ http://www.kuncho.com/
「日田祇園山鉾会館」の紹介→一般社団法人日田市観光協会「おいでひた.com」https://www.oidehita.com/365.html
「ビジネスホテル パークインサトー」ホームページ→ http://parkinsato.com/
「大衆居酒家 いちふく」の紹介→サッポロビールホームページ http://www.sapporobeer.jp/gourmet/0000006659/