読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『書評大全』 16年分、約5000点の書評で実感する、新聞書評の底力

2015-04-24 07:42:38 | 「本」についての本

『書評大全』
共同通信文化部編、三省堂、2015年

毎週日曜日、主だった新聞には書評ページが掲載されます。それらを欠かさずチェックしているという本好きの方も、少なからずおられることと存じます。
かく申すわたくしも書店人という商売柄で、というよりは本好きの端くれとして、「お、気になっていたこの本を取り上げてるじゃないの」とか、「あれま、この本のことは知らんかったなあ。なんか面白そうじゃのう、コレ」などとつぶやきつつ、宮崎県の地元紙である宮崎日日新聞の書評ページを、毎週楽しみにチェックしていたりしております。
文学から芸術、歴史、科学、政治、経済、社会問題等々にわたる幅広いジャンルの本を扱った書評を、宮日新聞を含めた全国の地方紙に向けて配信しているのが、ニュース通信社として有名な共同通信社の文化部です。
共同通信が署名入りの書評を配信し始めたのが、1998年の3月末のこと。それから2014年までの16年にわたる書評を一冊に集大成したのが、先月(3月)末に刊行された、その名も『書評大全』であります。
約1600人の評者によって紹介された、約5000点もの本の書評全文を掲載、2545ページという堂々たるボリュームで迫る、「空前の "書評から見る文化史大事典!"」という触れ込みの本書。刊行されることを知って以来、いささか興奮気味に「これはぜひとも手元に置きたい!!」などと思っておりました。
しかし、これだけのスゴいボリュームの事典だから値段もさぞかしスゴいんだろうなあ、と値段を確かめると•••

本体価格16500円!

ああ、やっぱり。けっこうな値段なのであります。
でも、これはやはり手元に置いておきたい•••だけどちょっとこの値段は•••いいや、なにがなんでもこれは買っておかないと!•••うう、でもやっぱり値段が•••。
あーだこーだと三日三晩寝ずに思案した(ごめんなさい、ウソです。寝るときゃしっかり寝てました)結果•••



はい、やっぱり買っちゃいました!
購入してからこのかた、書棚の中で燦然と輝く本書を目にしては「うふふ♡」とニタつき、ときおり取り出して拾い読みしては「うほほほ♪」と喜びにひたる毎日を送っております(←アホか)。

何より嬉しいのは、巻末の索引の充実ぶりです。「書名」はもちろん、「著者・編者」「訳者・監訳者」「写真家ほか」「評者」「出版社」そして「キーワード」と7つもあって、これらのデータを組み合わせれば活用の幅も広がり、いろいろと楽しめるのではないかと思います。
「キーワード」索引も、かなり細かいところまで押さえられているので、けっこう使えそうです。試みに目に止まったワードで引いてみます。たとえば、「永井荷風」だと『私の濹東綺譚』(安岡章太郎著、新潮社)や、『荷風と明治の都市景観』(南明日香著、三省堂)など、全部で6点の本が見つかります。あと、「コンドーム」というワードで引くと、ズバリ『コンドームの歴史』(アーニェ・コリア著、藤田真利子訳、河出書房新社)なる本がヒットいたしました。•••いや、なんでそんなワードが目に止まったのか!と責められると説明に困るのですが。

さすがに、本書に収録されている約5000点もの書評すべてに目を通してはおりませんが、ひとまず「書名」索引をずっと辿りながら、気になった本の書評を拾い読みなんぞしたりしております。
書名を辿っていくと、新聞に掲載された書評のおかげでその内容に興味を持ち、購入に至った本がけっこうあったことに気づかされました。
「沖仲士の哲学者」の類いまれなる自己形成史である『エリック・ホッファー自伝』(エリック・ホッファー著、中本義彦訳、作品社)。
クイズの歴史と国際比較を論じ、巻末の「日本のラジオクイズ・テレビクイズ」一覧も得難い資料となっている『クイズ文化の社会学』(石田佐恵子・小川博司編、世界思想社)。
戦争を題材にしたテレビドキュメンタリー70数本を取り上げて検証した労作『テレビは戦争をどう描いてきたか』(桜井均著、岩波書店)。
ゴジラなどの怪獣造形で活躍している「怪獣マエストロ」による体験的怪獣論『ずっと怪獣が好きだった』(品田冬樹著、岩波書店)。
不世出の作詞家が、言葉を蔑ろにする今の日本人への警句を散りばめながら遺した熱きラストメッセージ『清らかな厭世』(阿久悠著、新潮社)。
豊崎由美さんによる「賢太」よばわりの書評を読んで購入を決めた(なんせわたくしの名前も「賢太」なもんで•••)、平成の無頼派作家の私小説『小銭をかぞえる』(西村賢太著、文藝春秋)。
歴史の荒波に翻弄されながらも、好奇心と芸術への深い造詣を持ち、専門分野にとどまらない幅広い教養を積み重ねた免疫学者の自伝『免疫学の巨人』(ゾルタン・オヴァリー著、多田富雄訳、集英社)••••••。
いずれも、わたくしの血肉となってくれた大事な本です。「ああ、そういえばこの書評を読んだからこそ、この本を買うことにしたんだよなあ」なんて思い起こしたりして、ついつい時間を忘れそうになってしまいました。
宮崎県を襲った口蹄疫禍を記録した『ドキュメント 口蹄疫』(宮崎日日新聞社著、農山漁村文化協会)も、しっかりと取り上げられております。

「書名」索引を辿っていくと、さまざまに工夫を凝らしてつけられた書名の妙を味わうことができたりいたします。
『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』(伊井直行著、講談社)、『あなたはもう幻想の女しか抱けない』(速水由紀子著、筑摩書房)、『後ろ向きで前へ進む』(坪内祐三著、晶文社)、『先に抜け、撃つのは俺だ』(李鳳宇・四方田犬彦著、アスペクト)、『なにぶん老人は初めてなもので』(中沢正夫著、柏書房)、『冥王星を殺したのは私です』(マイク・ブラウン著、梶山あゆみ訳、飛鳥新社)、『露出せよ、と現代文明は言う』(立木康介著、河出書房新社)、『本が死ぬところ暴力が生まれる』(バリー・サンダース著、杉本卓訳、新曜社)••••••などなど。うまい書名を見ると、「やはり書名も本の魅力を形作る大切な要素なのかもなあ」と思ったりいたしますね。
その一方で、中にはなんだか笑えるような書名がチラホラあったりするのもお楽しみだったりいたします。『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(北尾トロ著、鉄人社)とか『長嶋はバカじゃない』(小林信也著、草思社)とか『ぼくらはみんなハゲている』(藤田慎一著、太田出版)とか『本は読めないものだから心配するな』(管啓次郎著、左右社)とか。•••特に最後のは、読書家ならぬ積読家としてはなんだか光明を感じる書名ですな(笑)。
評者は、評論家や大学の先生、作家といったあたりが常連さんだったりいたしますが、中にはサンプラザ中野くんや、みうらじゅんさん、山下洋輔さんといった、ちょっと異色の顔ぶれも。そういった、評者と取り上げられている本との組み合わせの妙も楽しめそうですね。

16年間にわたるすべての書評に目を通しているわけでもございませんでしたので、見逃していた本もかなりありました。そういった本の存在を、この『書評大全』であたらめて見出したりしております。そういった意味でも、やはりこれは手元に置くことにしてよかった、と思います。
とはいえ、変動の大きい昨今の出版業界にあって、すでに品切れや絶版の憂き目にあっている本も少なくないように思われます。そのような本の中にも、まだまだ読まれるべき価値を持ったものが埋もれていたりします。南極を目前にしながら流氷に阻まれ、さらには船を失うことになった英国の探検家シャクルトンとそのクルーたち28人が、苦難の末に生還するまでを描いた『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド・ランシング著、山本光伸訳、新潮社)も、そのような一冊でしょう(ちなみに、この本の評者はヨットマンの堀江謙一さんです)。
年月が経っていても、まだまだ読むべき一冊•••そのような本の存在を発掘するためのデータベースとしても、『書評大全』は活用できるのではないかと思います。


昨今は、インターネットにも質のいい書評サイトやブログがいろいろとあります。わたくしも、それらのサイトやブログから大いに選書のヒントを得ていたりしています。
そんな中にあっても、誰もが簡単にアクセスできる新聞の紙面で、いま話題になっている本の動向や、地味ではあっても注目しておきたい本のことを、しっかりとした言葉による書評で知ることができるというのは、まだまだ意義深いものがあるように思います。
書店人であり、かつこういったブログで本のご紹介をやったりしているわたくしに、しっかりした言葉で本の良さと価値を伝えることの大切さを教えてくれる『書評大全』。やはり、手元に置くことにして正解だった、としみじみ思います。

新聞書評にはまだまだ、しっかりとした役割と底力がある。そんなことを、ずっしりとした重みとともに実感できる一冊であります。本にかかわっておられる皆さま、そして本好きの皆さま、可能であればどうぞお手元に。


(勤務先の書店のホームページ内にあるスタッフブログに投稿した内容に、大幅に手を加えて掲載いたしました)