「靴磨きをしてもらえば気分がええよ」と雑談中に友が言った。
しかも、「安い」という。
一回300円。
300円なら、試しに一度、いい気分になってみようと思った。
昭和40年代福山駅前の伏見町、
駅と天満屋の間の路上に靴磨きの人が3~4人並んでいた。
木のイスに座り、片足を台の上にのせる。
すると路上に座ったままの靴磨きの人は、
客の顔も見ることなしに、靴についたドロ・ホコリを払う。
次に磨く、その次に靴墨でピカピカに仕上げくれる。
両足分で約5分くらいだろうか?
300円を払って去る。
靴磨きと客の会話はいっさいない。
会話があるのは、
オプションで靴底に金具を取り付けてもらう時だけで、
金具を付ければ、歩く時、路面を踏む音がする。
今思えばあほらしいけど、それが当時の男性のおしゃれの一つだった。
では、気分がいいというのは・・・ほんとうだろうか?
これが・・・ほんとうのことだった。
理由は
客はイスに座って高い所、何もしない。
靴磨きは地面に座って低い所、作業をする。
この上から下を見下すような、ヘンな優越感が気分いい。
だが
この優越感は、人としては何の根拠も中身もない優越感なので、
うれしくもないし、
そんなことを感じる自分が恥ずかしい「優越感」だった。
尚その頃、町を歩く男性の場合、黒か茶色の革靴いっぽんで、シューズはまだなかった。
・・・・
「昭和の消えた仕事図鑑」 澤宮優 原書房 2016年発行
靴磨き
靴磨きは警察署から道路使用の許可を貰って、行う。
場所は移動できず、日よけなどの設置も許されなかった。
作業手順は、
客のズボンの裾を折り返す。
刷毛で靴のホコリを取り払う。
靴に詰まったドロもブラシで払う。
靴の底、甲に靴墨を塗る。
これを念入りに3.4回塗ってすり込む。
剥げていれば更にすり込む。
ブラシで全体に広がるようにする。
タオルでまたこする。
最後に乾いたタオルで乾拭きする。
・・・
「失われゆく仕事の図鑑」 永井良和他 グラフィック社 2020年発行
靴磨き
駅の近く、
たとえば大きなターミナルの通路に靴磨きはいた。
大きな道路の歩道に、露店として商いをしていた靴磨きもいた。
靴は革靴だった。
磨けば艶が出る。
靴を磨く仕事を、やむなくしなければならない人たちがいた。
飢えをしのぐため、気の毒な事情をかかえた人たちがいた。
その台に、土足を投げ出し、小銭と引き換えに靴を磨かせる。
明瞭な対照をなす瞬間だった。
・・・
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます