父の祥月命日だったので京都までお墓参りに行ってきました。お墓に通じる庭は手入れが行き届いていつ来ても綺麗です。ロウバイが満開でした。(ロウバイは梅ーーバラ科ーーではありません)
出水通を東に向いて歩き出しました。さすが京都だなあと思われるクリーニング屋さん。
千本通まで出てみましたがお天気が良いので急遽天神さんにお参りすることにしました。中立売の商店街のはずれに面白い幟が立っています。其処より西へ向かう一条通、大将軍商店街の幟です。
がここを右折して北野神社へ。六日は初午、受験のお礼参りの若者の姿もあって結構人が多いので少々驚きました。
外国人も多いですね。神社は拝観料がいらないから外国の観光客に結構人気がある様で、何処へ行っても多いですね。
お参りを済ませてお土居の入口から梅園へ入りました。入場券についているお菓子とお茶を頂くと、温かい陽射しと早咲きの梅が香りとともに気持ちをゆったりさせてくれました。
お昼を大分廻っていたので「たわらや」さんでおうどんを食べて
御前通を南へ、一年生と二年生の時に通った朱雀第二小学校は正門が移されていました。校内に平安京の西限だったという案内板が建っていました。其処に住んでいても知らない事って一杯ありますね。
京都は町名に歴史があるので、たどってみると自分が住んでいる町に結構面白い発見があります。
中学生の時に社会科の授業で全国の教師の集会か何かで発表をしなければならないことになって、京都の歴史に詳しい先生の指導のもとで図書館へ行って調べたりして自分が住んでいた町名が役人の名前から来ているという内容の発表をしたことを思いがしましたが、そう言えばあの資料は手元には残らなかった?? あの歴史の井上頼寿先生のお話は面白かったなあ。後年、勤め先の社員旅行で講師をお願いしたこともあり、飛鳥の石舞台等まだ野積みの石の様な状態だった頃に巡って解説を聞いたものでした。今の中学校であれだけ詳しく歴史が語れる先生は居られるのかな?