必ず人は死ぬのだけど、いつ死ぬかは神様だけが知っている事。
でも、ガンだと余命3ヶ月ですとかある程度の目安がわかってしまう。
これって怖いよな。
事故で突然死んでしまう方がいい気がする。
今まで何回死にそうになったのだろう?
3歳の時は、喉にりんごを詰まらせて死にそうになったらしい。
これが、俺の死にそうになった経験の記念すべき第一号だろう。
2回目に死にそうになったのは、
幼稚園の時顔を大きな犬に咬まれてしまい、救急車で病院に運ばれた。
おやじいわく、かなりやばかったらしい。
この時の傷は、今でも鼻に残っているでしょう。
3回目に死にそうになったのは、
小学生の時、おやじの会社の車をいたずらしていたら、サイドブレーキが外れてしまい、スロープを車が下りだしてしまった。
これはやばいと驚いて車から降りて車を止めようと車の前に回ったら、結局門と車に挟まれて死にそうになった。
4回目に死にそうになったのは、
中三の時、おやじの会社の車を勝手に無免許で運転して電柱に突っ込み電柱を倒したときかな。
5回目に死にそうになったのは、
環七で、免許取って3日目のおばさんが無理やり右折してきて、その側面に100km位で突っ込んだ時かな。
この時は、肺が潰れて呼吸が止まり足も折れて意識不明でした。
医者から「今晩が山です。」と言われたらしい。
でも、2日目に意識が戻った。
6回目は、レーサー時代に筑波サーキットで練習走行している時、ダンロップ下から第二ヘヤピンに行く左高速コーナーでハイサイドで転倒して、胸を強打して肋骨が折れて呼吸が出来なくなった時だな。
7回目に死にそうになったのは、
二俣川駅前の片側二車線の県道の路肩に止まっていた車が、突然Uターン(Uターン禁止場所)してきて、その車の運転席のあたりに突っ込んでしまった時かな。
この時は相手の車が曲がってしまい、廃車になったらしい。
俺は、ヒ骨頭骨折と○んぽこが破裂。
8回目は、風邪気味なのに冬の奥白根山に行き、吹雪でホワイトアウトになってしまった時かな。
熱が出てきてしまい、寒いし道はわからないなか、なんとか夜中に下山した。
9回目に死にそうになったのは、
表妙義の登山道でつまずき転んで、へそから上の上半身が完全に崖から落ちてしまった。
しかし、50cm位下に腕位の太さの木が1本だけ生えていて、この木にたまたま引っかかったから助かった。
少しでも左右にずれていたら、ま逆さまに80m位落ちていた。
あの時は、自力では戻れなかったもの・・・。
今思い出しても怖い。
10回目に死にそうになったのは、
厳冬期の吹雪の中、八ヶ岳の地蔵尾根を2人パーティで登っている時かな。
下から一気に登ってきたて疲れていたのと、吹雪でルートがわからなくなり完全に2人とも動けなくなってしまった。
もう駄目だと諦めて壁に寄りかかり目を閉じそうになった、上のほうから下山してくる単独の人がいた。
夕方のこの時間に普通下山する人などいないはずなのに・・・。
この人がいなかったら、あのまま壁にもたれて遭難していたな。
11回目に死にそうになったのは、
残雪期に北穂高の3,4のコルへの急登を登っている時落石に遭い、バランスを崩してしまい雪の斜面を100m位落ちたときかな。
スピードが出てしまうと、ピッケルの制動とかしてもピッケルがはじき飛ばされてしまうのにはビックリ。
たまたま運良く雪の出っ張りに引っかかったから止まったけど・・・・。
12回目は、去年マッターホルンでクライムダウン中、持った大きな岩が取れてしまい5m位滑落したときかな。
あのまま、下まで落ちなくてよかった。
こんなにアクシデントが多いけど、
「毎回なぜ神様は俺を生かしてくれているのだろう?」
たまに、生かしてもらっている理由が無性に知りたくなる。
「必ず越えられる試練しか与えられません。」と聖書に書かれている通り、確かにいつも何とかはなってはいるが、これらの試練は、何の為に俺に与えられているのだろう?
飯島直樹の本を読んで久しぶりに、神様の事を思い出した。
アーメン。
でも、ガンだと余命3ヶ月ですとかある程度の目安がわかってしまう。
これって怖いよな。
事故で突然死んでしまう方がいい気がする。
今まで何回死にそうになったのだろう?
3歳の時は、喉にりんごを詰まらせて死にそうになったらしい。
これが、俺の死にそうになった経験の記念すべき第一号だろう。
2回目に死にそうになったのは、
幼稚園の時顔を大きな犬に咬まれてしまい、救急車で病院に運ばれた。
おやじいわく、かなりやばかったらしい。
この時の傷は、今でも鼻に残っているでしょう。
3回目に死にそうになったのは、
小学生の時、おやじの会社の車をいたずらしていたら、サイドブレーキが外れてしまい、スロープを車が下りだしてしまった。
これはやばいと驚いて車から降りて車を止めようと車の前に回ったら、結局門と車に挟まれて死にそうになった。
4回目に死にそうになったのは、
中三の時、おやじの会社の車を勝手に無免許で運転して電柱に突っ込み電柱を倒したときかな。
5回目に死にそうになったのは、
環七で、免許取って3日目のおばさんが無理やり右折してきて、その側面に100km位で突っ込んだ時かな。
この時は、肺が潰れて呼吸が止まり足も折れて意識不明でした。
医者から「今晩が山です。」と言われたらしい。
でも、2日目に意識が戻った。
6回目は、レーサー時代に筑波サーキットで練習走行している時、ダンロップ下から第二ヘヤピンに行く左高速コーナーでハイサイドで転倒して、胸を強打して肋骨が折れて呼吸が出来なくなった時だな。
7回目に死にそうになったのは、
二俣川駅前の片側二車線の県道の路肩に止まっていた車が、突然Uターン(Uターン禁止場所)してきて、その車の運転席のあたりに突っ込んでしまった時かな。
この時は相手の車が曲がってしまい、廃車になったらしい。
俺は、ヒ骨頭骨折と○んぽこが破裂。
8回目は、風邪気味なのに冬の奥白根山に行き、吹雪でホワイトアウトになってしまった時かな。
熱が出てきてしまい、寒いし道はわからないなか、なんとか夜中に下山した。
9回目に死にそうになったのは、
表妙義の登山道でつまずき転んで、へそから上の上半身が完全に崖から落ちてしまった。
しかし、50cm位下に腕位の太さの木が1本だけ生えていて、この木にたまたま引っかかったから助かった。
少しでも左右にずれていたら、ま逆さまに80m位落ちていた。
あの時は、自力では戻れなかったもの・・・。
今思い出しても怖い。
10回目に死にそうになったのは、
厳冬期の吹雪の中、八ヶ岳の地蔵尾根を2人パーティで登っている時かな。
下から一気に登ってきたて疲れていたのと、吹雪でルートがわからなくなり完全に2人とも動けなくなってしまった。
もう駄目だと諦めて壁に寄りかかり目を閉じそうになった、上のほうから下山してくる単独の人がいた。
夕方のこの時間に普通下山する人などいないはずなのに・・・。
この人がいなかったら、あのまま壁にもたれて遭難していたな。
11回目に死にそうになったのは、
残雪期に北穂高の3,4のコルへの急登を登っている時落石に遭い、バランスを崩してしまい雪の斜面を100m位落ちたときかな。
スピードが出てしまうと、ピッケルの制動とかしてもピッケルがはじき飛ばされてしまうのにはビックリ。
たまたま運良く雪の出っ張りに引っかかったから止まったけど・・・・。
12回目は、去年マッターホルンでクライムダウン中、持った大きな岩が取れてしまい5m位滑落したときかな。
あのまま、下まで落ちなくてよかった。
こんなにアクシデントが多いけど、
「毎回なぜ神様は俺を生かしてくれているのだろう?」
たまに、生かしてもらっている理由が無性に知りたくなる。
「必ず越えられる試練しか与えられません。」と聖書に書かれている通り、確かにいつも何とかはなってはいるが、これらの試練は、何の為に俺に与えられているのだろう?
飯島直樹の本を読んで久しぶりに、神様の事を思い出した。
アーメン。