
(2012.03.03訪問)
▼参道入山口、ぼちぼち行きましょう。

▼坂はこの程度。最初はホイホイ。だけどこれが甘かった。

▼参道中途、女人堂からこの槍山の一帯で太閤さんは贅を尽くした花見を催したそう。今見る限りそんなに広
い平地ではないのですが。

▼さて、一番イヤな石段です。厄介な石段です。これがこれからズーッとですよ。

▼参道中頃に不動の滝、一筋のささやかな滝です。

▼石段から木段に替わってきました。

▼やっと十六丁へ、下からですよ。確かテッペンは十九丁だったと思いますが定かではありません。
この辺りから山上境内と書かれたサインがあり、ほぼ着いたようですが堂宇は見当たりません。

▼ふと上を見ると堂宇が見えます。エーまだあそこまで!

▼ふと谷を見ると竹林がサワサワと。

▼マップがありました、ヤット着いたようです。さっき見えた堂宇はマップ右上の開山堂と如意輪堂です。

▼醍醐水。
開祖聖宝さんが地主神横尾明神から譲られたという今もこんこんと湧く霊水醍醐水。この地が醍醐寺発祥の地
と云われているそうです。

▼霊水が戴けるよう蛇口が付いています。この上なく美味しいお水を戴きました。

▼下醍醐の清瀧宮の本家。醍醐寺の鎮守社。

▼薬師堂(国宝)。
山上伽藍最古の建物。聖宝さんの延喜7年(907年)創建。保安2年(1121年)再建。
本尊 薬師如来坐像(国宝)、脇侍は日光月光菩薩立像(国宝)。聖宝さん弟子の会理僧都作。と伝わるそうです。

▼鐘楼。

▼五大堂。
本尊不動明王はじめ五大明王。
聖宝さんの延喜7年(907年)創建。その後慶長11年再建。またもその後、昭和15年(1940年)再建。
有名な五大力さん、仁王会式はこの五大堂で当初修業されていましたが、現在は下醍醐金堂で修されています。
因みに五大力尊とは、不動明王(中央) 大威徳明王(西方) 軍茶利明王(南方) 降三世明王(東方) 金剛夜叉明王(北方)
の五大明王の総称。

▼本尊不動明王(重文)。

▼五大堂の灯り。

▼さて、最後の登りで醍醐山頂に向かいましょう。五大堂から5分余り、とうとう醍醐山山頂です。

▼如意輪堂(重文)。
舞台造り(懸造り)になっています。本尊如意輪観音。

▼如意輪堂舞台造り。

▼開山堂(重文)。上醍醐最大の堂宇。慶長11年(1606年)再建。
内陣には、中央開山聖宝さん、左空海さん、右一世座主観賢さんのお像が祀られているそうです。
残念ながら内部を見ることは出来ませんでした。

▼醍醐水のところに、准胝堂の石碑があります。
平成20年8月落雷によりお堂全焼。現在は更地になっています。早期復興をお祈りします。


▼開山堂から少し下った所に上醍醐陵があります。
白河天皇皇后藤原賢子、白河天皇皇女媞子内親王、白河天皇皇女令子内親王、鳥羽天皇皇女禧子内親王の陵墓
です。

真言宗醍醐派総本山で当山派修験道の本山でもある醍醐寺、上醍醐の伽藍群は山岳修験の行場としても相当ハ
ードな山岳寺院です。修験の方かこの日も山上伽藍間を早足で回っている方がいましたよ、しかも前向きや後
ろ向きで、疲れを知らない方のようです。
今も腰とふくらはぎパンパン、大判サロンパスを買ってきました。
醍醐寺これで オ シ マ イ !