
(2013.03.02訪問)
この時期、京、洛北の天気はめまぐるしい。来る春と往く冬のせめぎ合いか、刻々と空模様の変化が楽しめ
る、てなハズありませんよネ、この寒いのに。どんより雲間からいきなり陽が差し、青空がのぞいた途端、
雪がチラチラ、すぐに雨に変わる、全くわけの判らん変な天気で、とにかく寒い寒いなか、このお寺一押し、
比叡山を借景とする「雪の庭」を訪ねました。勿論、雪を期待しての訪問ですが、白の世界は全くナシ!
比叡山にも冠雪はありませんでした。
▼仏舎利大塔。

[ 妙満寺 ]
●山号 妙塔山 (みょうとうざん)
●寺号 妙満寺 (みょうまんじ)
●宗派 顕本法華宗総本山
●宗祖 日蓮聖人 (にちれんしょうにん)
●開山 日什大正師 (にちじょうだいしょうし)
●創建 康応元年 (1389年)
●本尊 十界大曼荼羅
▲京都府京都市左京区岩倉幡枝町91 電話/075-791-7171
▲拝観料 300円 境内は自由
▲叡山電鉄 木野駅下車 徒歩約5分
地下鉄烏丸線 国際会館駅下車 徒歩20分
京都バス(40・50系統) 幡枝(妙満寺)下車すぐ
京都バス(46系統) 幡枝下車 徒歩3分
妙満寺縁起 (妙満寺HPより抄出)
妙満寺を創建した日什大正師(にちじゅうだいしょうし)は、もと天台宗で名を玄妙といい、比叡山三千の学
頭にまでなった人でした。故郷の会津で日蓮大聖人の教えに触れ、六十七才という高齢で宗を改め日什と名
乗り、日蓮門下に入りました。日什上人は日蓮大聖人の遺志である帝都弘通を想い、歳六十八で都に上がり、
後円融天皇に上奏。二位僧都の位と洛中弘法の綸旨を賜り、康応元年(1389年)六条坊門室町に妙塔山妙満寺
を建立、根本道場としました。その後、応仁の乱など幾度かの兵火に遭い、そのつど洛中に寺域を移し興隆
してきましたが、天文五年(1536年)比叡山僧徒による焼き討ちで二十一坊の大伽藍を類焼。天文十一年に元
の地に復興。天正十一年(1583年)豊臣時代に寺町二条に移され四百年にわたり寺町二条の妙満寺と親しまれ
てきました。近代になり都市化が進み喧騒と環境悪化を避けるため、昭和43年に昭和の大遷堂を挙行。現在
の岩倉の地に移り今日に至ります。
▼山門。

▼寺標。

▼山門。両脇は放生池です。

▼境内。

▼境内案内板。

▼手水舎。

▼鐘楼。

▼本堂。

▼本堂中央。

▼本堂扁額。山号妙塔山と揮毫されています。

▼仏舎利大塔。
釈迦牟尼のご精神に帰れという妙満寺の教えの象徴として昭和四十八年(1973年)にインドブッダガヤ大塔を
模して建立された大塔です。

▼仏舎利大塔の建立由来碑。

▼ちなみにインドブッダガヤ大塔です。(ウイキから借用)
塔高52m。前三世紀アショーカ王の建立と伝えます。塔下には釈迦が悟りを開いた金剛座が造られ、菩提樹
が植えられているそうです。

▼キンピカの荘厳にキンピカの本尊釈迦如来坐像。

▼仏舎利大塔。

▼壁面四方にはめられた仏像は486体あるそうです。

▼大玄関。

▼方丈。拝観入口です。

▼本坊客殿への廊下。

▼客殿床の名筆。得共遊と書かれています。書家はどなたか聞くのを忘れました。

▼客殿から見る雪のない「雪の庭」。

▼雪のない「雪の庭」。借景比叡が見えませんネ、後ろの樹叢が育ち過ぎで最近見えなくなったそうです。

▼雪の庭由来札。

▼ちょっと方向を変えて雪のない「雪の庭」。

▼雪のない「雪の庭」。

▼蹲。

▼大書院。

▼日什上人廟。

▼本堂から見る比叡山。モノトーンの世界も見栄えしますナ、負け惜しみですけど。

▼御朱印です。十界曼荼羅の七字名号が書かれています。

▼今日午後三時頃の出町出会い、さすがに人影はなし、アッ、お一人いました。

雪のない「雪の庭」を客殿で独り占め、の妙満寺 オ シ マ イ !