土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

當麻寺奥の院、浄土庭園が凄い!

2017年03月13日 | 奈良の古寺巡り





(2013.03.11訪問)


今日の迷車大和路号は正真正銘大和路を走っています。南阪奈道を葛城ICで下り、山麓線葛城古道を北へ数分で当麻寺に着きます。
當麻寺は真言宗と浄土宗の二宗護持の少々珍しいお寺、今日は本院をスルーして境内西端に位置する浄土宗の塔頭奥の院を先に訪ね
ました。このお寺、京都の本山知恩院の奥の院として建立されたお寺だそうですが、浄土庭園が凄い、広い、きれい。花の彩りピー
クともなれば極楽浄土そのもので凄い人出になると聞きました。今の時季はモノトーンのみ、彩りありませんが静寂な無荘厳もまた
荘厳の美。と思える庭園でした。




▼楼門 (重文)。正門のはずなんですが、不思議なところに建ち通行は出来ません。






[ 當麻寺奥の院 ]
●山号 二上山 (にじょうざん)
●寺号 當麻寺奥の院 (たいまでらおくのいん) 當麻寺塔頭
●宗派 浄土宗 (じょうどしゅう) 大和本山
●勅許 後光厳天皇 (ごこうごんてんのう)
●開山 誓阿普観上人 (せいあふかんしょうにん)
●創建 応安三年(1370年)
●本尊 法然上人像
▲奈良県葛城市當麻1263 TEL. 0745-48-2008
▲拝観料 300円 朱印 300円
▲時間 8:00~17:00
▲http://www.taimadera.or.jp
▲圓光大師第九番霊場 西山国師第十四番霊場
▲近鉄南大阪線「当麻寺駅」下車 徒歩約15分
 南阪奈道路「葛城IC」を下り信号左折約10分
 西名阪「柏原IC」を下り約15分




▼楼門扁額。






當麻寺奥の院縁起 (當麻寺奥の院HPより抄出)
當麻寺塔頭奥院は、浄土宗総本山知恩院の奥之院として建立された寺で、最初は往生院と呼ばれていました。知恩院第十二代誓阿普
観上人が知恩院の御本尊として安置されていた法然上人像を後光厳天皇の勅許を得て応安三年当地に還座して建立した寺で、浄土宗
の大和本山として多くの人々の信仰を集め今日まで護持継承されて来た名刹です。 本堂、大方丈、楼門、阿弥陀堂、庫裡等今に残る
伽藍に往古の宗教活動の偉大さがうかがわれます。




▼参道。







▼鐘楼。







▼参道。







▼庫裡。入山受付、ココでご朱印を頂きます。







▼大方丈への玄関。大方丈拝観は出来ません。







▼大方丈の赤漆喰塀、五本線が目立ちます。小さな出入り口なのか窓なのかよく分かりませんが、ここからしか大方丈の前庭、二河
 白道の庭を見ることが出来ません。







▼大方丈 (重文)。慶長十七年(1612年) 建立。







▼大方丈の前庭、二河白道の庭。浄土教で阿弥陀仏の救いを説く比喩 。火の河(赤い砂)と水の河(白い砂)を人の貪欲と怒りにたとえ、
 この間にある白い道は極楽に通じる道で、往生を願う信心にたとえる比喩です 。







            





▼境内。中央本堂、左阿弥陀堂、右大方丈。

     





▼本堂 (重文)。本尊法然上人像。桁裄七間、梁間五間、寄棟造、本瓦葺き。慶長九年 (1604年) 再建。







▼本堂扁額。







▼金箔巻の太い柱の向こう本堂内陣。本尊法然上人は須弥壇奥のお厨子の中、拝見出来ずです。







▼内陣の扁額。







▼本堂。







▼本堂の左となりに建つ阿弥陀堂。本尊阿弥陀如来坐像。桁裄三間、梁間六間、入母屋造、本瓦葺き。納骨堂です。







▼阿弥陀堂内陣。中央に本尊が祀られています。







▼本尊阿弥陀如来坐像。穏やかなお顔、半眼ですが見上げる位置によって目を合わすことが出来るのかも。







▼阿弥陀堂。







▼境内東に建つ名号石二柱。







            ▼奥の院境内から東塔が見えます。西塔は現在修復中、覆い屋にスッポリです。







名勝浄土庭園
本堂裏手一帯一段高い所に浄土庭園が広がっています。このお庭もシーズンともなれば折々の花々がお庭を彩り、宝池を中心にまさ
に極楽浄土をこの世に再現しているお庭なんですが、今の時季、岩と石と砂が織りなすモノトーンのみ、早い話が彩り何もありませ
ん。しかし静寂の美も侮れませんヨ。


▼枝垂れもこの通り。







▼阿弥陀堂下の石の島。

 





▼色がありました、ピンクです。







▼造山には石の合間にツツジの刈り込みがあり、高い杉との高低の変化が楽しめます。







▼くりから龍の石彫り。







▼浄土庭園の中心に宝池。







▼石の多さに感心します。







▼宝池。







▼阿弥陀さんが見えてきました。







▼一番高い所に阿弥陀さんがお坐りです。端正な石像です。







▼どうですこの柔和なお顔、よくこれだけのお像が彫れるもんです。このお顔を見るだけで花の彩りいりません。







▼パラパラと来たようなんで、浄土庭園おしまいです。







▼ご朱印です。







真言宗と浄土宗の二宗護持のお寺と云うことですが、本院當麻寺が612年、奥の院が1370年開創でその年代差750年、そんな時代
差が一寺院に存在する不思議、密教と顕教、教義や主張に差がある両宗、どういう背景があるのか知りたいもんです。

浄土庭園で極楽浄土を味わった次は、本院當麻寺を拝観します。





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光悦寺、希代の天才本阿弥光悦の名が残るお寺です。

2017年03月09日 | 京都の古寺巡り





(2013.03.04訪問)


「悟りと迷い」から一気に庭園の美へ。源光庵から歩いて三分、稀代の天才本阿弥光悦の名が残る光悦寺へ向かいます。日蓮宗光悦
寺、れっきとしたお寺なんですが、境内に入るとまるで印象は別、堂宇は本堂のみで広い境内は全てがお庭なんです。ボクには入園
料を払ってお庭を愛でる所と云う印象。日蓮さんのあの厳しい眼差しを感じることはありません。




▼楓の参道は、青葉、紅葉の頃を想像しながら歩きましょう。






[ 光悦寺 ]
●山号 大虚山 (たいきょざん)
●寺号 光悦寺 (こうえつじ)
●宗派 日蓮宗 (にちれんしゅう)
●開山 日慈上人 (にちじしょうにん)
●創建 明暦二年 (1656年)
●本尊 十界大曼荼羅。
▲京都府京都市北区鷹峯光悦町29 電話 075-491-1399
▲拝観料 300円 朱印 300円
▲時間 8:00~17:00
▲京都市バス「四条大宮6系玄琢行き、源光庵前下車 徒歩3分




▼参道。






光悦寺縁起 (光悦寺パンフより抄出)
元和元年 (1615年) 鷹峯一帯を徳川家康が本阿弥光悦に野屋敷として与えた土地である。光悦は一族縁者をはじめ、種々の工芸に携
わる多くの職人とともに住居を構え、光悦を中心として工芸村を営んだ。同時に本阿見家先祖供養の霊屋として位牌堂を設けた。光
悦没後、寺として日蓮宗光悦寺となり今日に至っている。




▼山門。季節で表情が変わる額縁景観は期待出来そうですネ。







▼茅葺屋根の鐘楼は珍しいですネ。







▼合掌造りの屋根裏を想像してしまいます。梵鐘重量に耐えるのかしら。







▼本堂なんですが全景を撮るアングルが見つかりません。







▼本堂前面は障子です。







▼山号の扁額。







▼本堂内陣ですが本尊十界大曼荼羅を見ることは出来ません。正面に僧侶像が見えますが、開山日慈上人でしょうか。
 ココまでは一応お寺の印象。







▼庭園へ第一歩。茶席妙秀庵への枝折り戸がオシャレです。

     





▼境内が回遊式庭園でこんな小道が巡っています。







▼竹をクロス網した垣根、これが光悦垣。または臥牛(ねうし)垣とも呼ばれているそうです。







▼茶席三巴亭の土間から。    



















▼茶風流に脱帽、竹の樋。







▼回遊路の一部のよう光悦墓所への参道。







▼本阿弥光悦の墓所。墓石には七字名号が刻されていますが、殆ど読み取れません。



本阿弥光悦の人となりを少しばかリ
安土桃山~江戸時代の芸術家、刀剣の鑑定をはじめ工芸を家業とした本阿弥家に生る。家業を通じて幼い頃から優れた工芸品に触れ
卓越した美意識を養い、貴族社会とも通じ、京都で活躍の幅を広げていった。、書画、蒔絵、漆芸、作陶、茶の湯に秀で、古田織部、
織田有楽斎を師に、千宗旦と交遊。元和元年家康から鷹峯の地八万坪を与えられ、工芸職人とともに移り住み芸術村を開く。





▼茶席大虚庵。光悦はここで亡くなったといいます。







▼回遊路。







▼茶席本阿弥庵。







▼本阿弥庵の茶額。







▼茶席了寂軒。







▼まさに古池。何かが出てきそう、おおこわ。







▼光悦垣の向こうは茶席大虚庵。

 





▼鷹峯三山のうち二山。写真は左鷹ヶ峯、右鷲ヶ峰。



境内周辺は山に囲まれ、北には愛宕山、南には鷹峯三山を望み鷹峯、鷲峯、天峯が借景となる贅沢な庭園です。この鷹峯三山の山容
は花札「八月芒」の元になったとも云うそうですヨ。





▼ご朱印です。






古寺散策、特に伽藍をはじめ古建築の美や仏像など古美術を求めて古寺を歩いている方には、このお寺は期待外れでしょう。しかし
庭園の美を求めて止まない方々にとっては、さすが光悦の庭と喝采間違いなし。禅刹の研ぎ澄まされた枯山水のお庭、大寺院の池泉
回遊式のお庭とは全く趣の違うお庭を見ることになります。本阿弥光悦の風流と云う言葉だけでは表せない高度な感性が、広いお庭
に点在する茶席七席に凝縮され、ここから書画、蒔絵、漆芸、作陶、茶の湯へと昇華されて行ったのでしょう。
アートなコミュニティーを形成した芸術村も、その片鱗は光悦寺の庭園として残るのみ、時の流れのなんと薄情なことでしょうか。

庭園寺院光悦寺 オ シ マ イ





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源光庵の「悟と迷」とは、それを考えると迷路に入りますヨ。

2017年03月06日 | 京都の古寺巡り





(2013.03.04訪問)


迷車大和路号は久々に京鷹峯の地にやってきました。今日訪ねた源光庵は「悟りの窓」と「迷いの窓」で有名な禅刹です。
「悟り」と「迷い」とは一体なに、と云うのがボクのレベル。「煩悩」に衣をまぶせて揚げた天ぷらが街を歩いているようなボクに
は禅の精神なんて到底理解出来るはずがありません。ただ「丸」と「四角」の窓の前に一度座ってみよう。と云う訳で源光庵にやっ
てまいりました。




▼源光庵参道口は鷹峯交差点からスグ。






[ 源光庵 ]
●山号 鷹峰山 (ようほうざん)
●寺号 源光庵 (げんこうあん) 正称 寳樹林源光庵
●宗派 曹洞宗 (そうとうしゅう)
●開創 徹翁国師 (てつおうこくし)
●創建 貞和二年 (1346年)
●中興 卍山道白禅師 (まんじさんどうはくぜんじ)
●本尊 釈迦如来坐像 脇侍 阿難尊者 迦葉尊者
▲京都府京都市北区鷹峯北鷹峯町47 電話 075-492-1858
▲拝観料 400円
▲京都市バス「四条大宮6系玄琢行き、源光庵前下車




▼南門。






源光庵縁起 (源光庵パンフより抄出)
当山は、貞和二年(1346年)臨済宗大本山大徳寺二代徹翁国師の開創によるが、元禄七年(1694年)加賀大乗寺二十七代卍山道白禅師
が当寺に住持され、以来曹洞宗に改まる。卍山道白禅師は学徳兼備の高僧で、宗風改革、宗統復古に邁進、宗祖道元禅師の正伝仏法
に復古されたのである。




▼南門扁額。







▼鐘楼。







▼山門参道。







▼重層の山門。上層左右の丸窓が目をひきます。三間一戸、八脚、入母屋造、桟瓦葺。







▼山門上層階。白い丸窓は源光庵のシンボル。







▼復古禅林と書かれた扁額。







▼山門から境内、正面は本堂です。







▼境内左本堂、右庫裡。







▼境内参道は幾何的美を感じる一種の石畳が縦横に結ばれています。







▼正面に堂々の本堂、棟中央に宝珠が載ってます。桁行七間、梁行五間、入母屋造、桟瓦葺。元禄七年(1694年)建立。







▼本堂扁額。全く読めません。







▼本堂畳廊下。この天井が血天井と呼ばれています。







▼外陣天井に残る怨念の足跡。血天井は伏見城の遺構、慶長五年家康家臣鳥居元忠以下千八百余人が、石田三成軍と戦うも全員討死、
 自刃し果てた痕跡。勿論気持ちいいものではありませんが、この血天井、京の寺院数カ所に残っているそうです。







▼本堂内大きな扁額です。







▼中央奥の二段須弥壇と内陣の荘厳。







▼中央のろうそくが邪魔ですが、奥の幕中に本尊が祀られています。






            ▼出し惜しみされている本尊、釈迦如来坐像。
             脇侍に阿難尊者と迦葉尊者がおられるようです。






▼源光庵最大の売り、「悟りの窓」と「迷いの窓」
 円型悟りの窓は「禅と円通」の心と「大宇宙」心理の世界を表現。角型迷いの窓は「人間の生涯」生老病死の「四苦」を表現して
 いるそうです。だからどうなのなんて口が裂けても云えません。







▼円型「悟りの窓」







▼角型「迷いの窓」







▼「悟りの窓」と「迷いの窓」
 四角四面の角削りゃあ人間だんだん丸くなる。いい加減丸くならにゃいかんという「気」はするんですがネ。
 その「気」がしばらく前に座っていた結論です。







▼本堂裏の北山を借景とした枯山水庭園。     



















▼本堂。







▼書院。







▼書院廊下。







▼書院の間襖絵、山水図。江戸中期の絵師、山口雪渓さん筆。







▼お隣の間におひなさんが飾られ……、







▼隣でこんな方が、香煙を。







▼庫裡です。こちらでご朱印を頂きます。







▼源光庵お暇です、境内から見た山門。







▼山門の盛土された赤土に置いて撮った御朱印です。






この鷹峯の地一帯は、江戸のタヌキからあの何でもござれのスーパー文人、本阿弥光悦に与えられた土地で、光悦を中心にアートな
コミュニティーを形成した芸術村と云われていたそうです。もっとも今日訪ねた源光庵の創建は室町初期なので、往時にはそんなコ
ミュニティーは存在していません。鷹峯四百年の経時は、光悦思想の片鱗すら遺さず、その世界を惜し気もなく消し去り、今はただ
源光庵、常照寺、そして唯一光悦の名を残す光悦寺が法灯を守り続けているのみです。

それではその光悦の名を残す光悦寺を訪ねましょう、早い話が光悦寺はお向かいなんです。





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雨上がりの大阪城梅林。

2017年03月03日 | 花巡り




(2017.03.02訪問)


大阪城梅模様第一弾。
西側は全般によく咲いてますが東側は遅咲きでしょうか3〜4分咲きです。
しかし午前中の空模様にも関わらず、梅林は結構な人出でした。
今年は出遅れました、第二弾はないと思います。




▼今日の天守閣。







▼古城。



















▼思いのまま。













▼白加賀。













▼鹿児島紅。







▼バックシャン。







▼南高。







▼春日野。







▼朱鷺の舞。













▼楊貴妃。













▼鶯宿。







▼梅林。







▼玉拳。







▼緑咢枝垂れ。







▼呉羽枝垂れ。













▼西王母。







▼梅林。







▼白梅と天守閣。







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