今でこそサンプドリアはセリエAの中堅クラブですが、1990年代前半はACミランやインテル・ミラノと並ぶ屈指の強豪でした。
指揮官にブヤティン・ボシコフを迎え、現在イタリア代表の指揮官であるロベルト・マンチーニ、同じくイタリア代表のジャンルカ・ビアリを軸に1991年、クラブ初となるスクデットを獲得します。
またACミランからレンタルで加入する1987年欧州最優秀選手ルート・グリットなど、オーナーのマントバーニにより経営観念も広く知られ、FCバルセロナに敗れるも1992年はチャンピオンズカップ準優勝でした。
ちなみにサンプドリアと言えば
日本代表の柳沢敦、吉田麻也が在籍
三浦知良がジェノア在籍時、ダービーで得点を奪う
事の方がよく知られているは思いますが。
どうしてサンプドリアを話題にしたかと言いますと、逝去したシニシャ・ミハイロビッチとジャンルカ・ヴィアリは、いずれもサンプドリアに所縁ある存在だったためです。
サンプドリアはこの1990年代残半はアシックスがスポンサーであり、主軸であるビアリとマンチーニもアシックスを履いていたはずですよ。
時代の趨勢のよりサンプドリアは財政面でユヴェントスに劣るようになり、選手たちを売却することが必須になり、恐らく柳沢の獲得は日本市場を目指す意味合いはあったと思いますね。
アントニオ・カッサーノも含めて、どこか癖のある選手が多い(グリットは指揮官であるファビオ・カペロとの不和でサンプドリアにレンタル移籍)印象が強いことも確かです。
二人の死にサンプドリアのファンが向きあうには、まだ時間が必要でしょうか。