高校時代の部活動の際、T君という同級生とウマがあいました。
彼は「チェックメイト」「ブーン」の愛読者で、僕は当時「ファインボーイズ」を読み始めたことで、服装の事で話ができたんですよ。
T君は気前が良くて、もういらないから譲るよと「ブーン」のバックナンバーをくれた、有難い人物でした。
彼はアディダスのスーパースター、リーバイスの512など洒落た服装でしたが、多くの場合
「俺、ラングラーのジーパン好きなんだよ」
「塚田君、ラングラー恰好良いと思わないか」
と尋ねたものです。そのたび
そのせいか、近所にラングラーのジーパンは販売していなかったと思いますが、どこかでラングラーのジーパンが素敵だと思っていた感覚は、今でも残っています。
ラングラーはリーバイスとリーと並ぶ、ジーパン産業の礎を築いた老舗ですが、日本ではリーバイスとリ、エドウインと比べると、販売網が乏しく、中古でもリーバイスほど見かけません。
ただ、僕は最近1990年代の日本製ラングラーを見つける頻度が多く、そのたびに
僕はナンバー1よりも、2番手か3番手が好みなんだ
主役よりも脇役のほうが大事
と思うのです。
僕がイタリアサッカーを軸に海外サッカーを学んだ際も、当時最盛期を誇るACミラン、ロベルト・バッジョというスーパースターが在籍するユヴェントスではなく、なぜかインテルミラノでした。
やはり青と黒という縦じまのすばらしさが良かったのか、ミランとユヴェントスよりも目立たないところが良かったのか、正直当時の気持ちが定かではないのですが。
ですから当時の低空飛行を思うと、インテルのほうがミランよりも先に20回目のスクデットを先に入手したことは、本当に驚きなんですよね。
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