白珠の 貝も閉ぢつつ 夢歌ふ 君に琴の緒 触るもたまらず
*これは、かのじょが、月の世の物語の中で、作中人物の歌として歌った歌です。ある男が、ある天女に恋をしているのだが、声をかけることさえもできない自分の、情けなさを悲しんでいるという歌です。
白珠のような恋人を、思う心を、あの硬く閉じている貝でさえ、夢にささやくことがあるというのに、このわたしときたら、あなたに捧げる歌を歌うために、琴糸に触れることさえもできないのだ。
その恋の相手の天女様というのが、またすばらしいお方なのですが、詳しいことは本館の物語の方を読んでください。天神楽の「貝」という話です。
この男のよいところは、その自分の情けなさを素直に認めていることです。弱い男というものは、女性に声もかけられない自分の弱さを、女性のせいにして、女性を馬鹿にしたりするものだが、そういうことはしない。恋する心を、他のところに向けて、志を大きく持ち、それをやっていくことで、自分を育てようとするのです。
それが、自分には不似合いなほどに美しい人に恋してしまった、男の正しい態度というものでしょう。女性を馬鹿にして、自分のレベルにあわせるために、無理に引きずり落そうとするよりも、自分の方から、彼女の段階に上がっていく。
その過程の中で、人間の男は、恋というものに対する、正しいやり方を学んでいくのです。美しい女性というものが、何をしてくれ、何のために存在してくれているかを、深く学ぶ。そして、恋というものを正しく制御できるようになる。それは子供のころの情熱のような、一時期の軽い病ではない。永遠の時を賭してでも、取り組んでいかねばならない、美しいテーマなのだ。
その恋を通して、男も女も、美しくなり続けていく。
そういう恋の仕方というものを、あなたがたも学んでください。