安穏と 我が世をばゆく 人ありて 暗き罪踏む 人の世の常
*平穏無事に、自分の人生を生きていく人がいて、それだけで罪を踏む、それがこの世の常識というものです。
とまあこんな感じですかね。ツイッターでも繰り返し押しているとおり、この世には偽物の人生を生きている人がたくさんいるのです。平気で人の人生を盗んで、安穏とそれを生きている人がいる。
そういう人は、ただ自分の人生を真面目に生きているだけでも、罪になるのです。平穏無事な自分の人生というものを作るために、たくさんの人を犠牲にしているからです。
たいしていいこともしないのに、自分の人生がいい方向に向かうのは、たいてい盗みと考えて間違いはありません。他人からいいものを盗んで自分にくっつけているのです。そのおかげで、盗まれた人はというと、頑張っていいことをしても、何にもならない苦しい人生を送っている。
馬鹿な人間が、自分の人生をよくするためにやっていることは、汚いなどというものではありません。
人から盗んだ顔や足で見栄えをよくし、裏から他霊に自分のことをやらせて、人並み以上の能力を作る。そして他人から盗んだ徳分で自分をいいことにする。人生そのものさえ他人から盗む。
人生を盗むというのは、親を盗むということです。そこに生まれるはずだった子の魂をほかにとばして、自分が無理やりそこに生まれてくるのです。そういうことは、よくあるんですよ。特に金持ちの家や、ステータスの高い人の家には、よくそういう子が生まれてくるのです。
自分の人生を成功させるために、馬鹿はいろんなことをやっているのです。
しかし、そういうずるも、もう人間に見破られるようになるでしょう。自分のところに、自分の子ではない子が生まれてきたら、親も少し冷めた目で子を見るかもしれません。
人間は進歩していく。だんだんと、ずるはできなくなってくるでしょう。