たびたびの利根大堰です。ここは利根川の右岸、埼玉県行田市須加。
北風が強いです。北の方向は男体山。利根川は西から東の方向に流れています。下流2㎞、羽生市上川俣、むかしの利根川はここあたりで南に流れていたそうです。川家康が江戸に移封になった1590年。すぐにこの川の東僊計画が始まり1593年ここ川俣で川の流れは東の方向に進路変更します。世に言う川俣の締切です。利根川が銚子まで達したのは1654年といわれています。大プロジェクトです。
利根川の水を堰き止めた水資源のための利根大堰、埼玉・群馬・栃木県道20号線の武蔵大橋(687m)。
利根川を挟んで向こう岸は群馬県、さらに向こうの山は栃木県日光市男体山(2486m)、その右に大真名子山(2376m)、さらに右に女峰山(2463m)。
利根川を挟んで向こう岸は群馬県、さらに向こうの山は栃木県日光市男体山(2486m)、その右に大真名子山(2376m)、さらに右に女峰山(2463m)。
北風が強いです。北の方向は男体山。利根川は西から東の方向に流れています。下流2㎞、羽生市上川俣、むかしの利根川はここあたりで南に流れていたそうです。川家康が江戸に移封になった1590年。すぐにこの川の東僊計画が始まり1593年ここ川俣で川の流れは東の方向に進路変更します。世に言う川俣の締切です。利根川が銚子まで達したのは1654年といわれています。大プロジェクトです。
浅間とはあきらかに方向が違うし、赤城と榛名は冠雪していなかったのです。
羽生から日光連山が見えるとは冬ならではですね!
宇都宮の実家からは四季を問わず男体山が見えていたのです、
懐かしくうれしく拝見しました。
ここからは男体山、日光白根、赤城山は正面に見えます。榛名はかなり遠くに見えます。
男体山は荒サイの吹上、吉見あたりからもくっきり見えるんです。
新町と玉村を跨ぐ県道40号線岩倉橋のあたりに白鳥がいるそうです。迷い鳥の黒鳥も2羽。ネット情報です。サイクルツアーの折りは見てやってください。