比企の丘

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彩の国…行田の忍城…映画「のぼうの城」を見た

2012-11-23 | 本・テレビ、ドラマ・映画・スポーツ
11月22日、久しぶりに映画を見ました。前回いつ、どんな映画を見たか覚えていません。
坂戸市の若葉ウォーク、シネプレックスわかば…ここしかないのです。1つの施設にいくつかの上映場があり便利ですね。

埼玉県民なら見ておきたい…「のぼうの城
原作は和田竜、2003年に映画用の脚本として書かれた「忍ぶの城」。
2007年に本人によってノベライズ(小説化)「のぼうの城」。
2008年、コミカライズ(コミック化)「忍ぶの城」。
2010年、映画化が決定、「のぼうの城」として再脚本。
2012年、映画「のぼうの城」公開。

ときは1590年6月、豊臣秀吉の天下統一の最終章「関東の北条氏征伐」。本城「小田原城」を攻め、同時進行で関東一円の支城を落としていく。支城の一つ、「忍城」(現在の行田市)攻防の歴史的事実にそって物語は進行する。

のぼうの城」の「のぼう」とは「でくのぼう」の略、役に立たない、頼りにならないもののことをいい…城主成田氏の従弟、城代の子、成田長親のこと。城主は小田原城に出仕、後を任された城代が急死、「のぼう」が城の総責任者になります。

公開中の映画です。「あらすじ」はネタバレになってしまいますから省略。

左は豊臣軍の総大将石田三成が本陣にしたといわれる「さきたま古墳群の丸墓山古墳」(日本最大の円形古墳)。
右は1639年建造され、1871年廃城、1988年鉄筋コンクリートで立てられた模擬城。「忍城の攻防」のころはこのような櫓はなかった。
さきたま古墳群と忍城との距離は約1.5㎞。

戦いは約40日間、石田軍20000、忍城500、百姓が加わり約3000に。あっという間に踏みつぶされそうなものですが、この「でくのぼう」…奇策をもって耐えます。忍城の周りはいまは市街地と田畑しか見えませんがとうじは荒川(現在は元荒川)と利根川に囲まれた扇状地の伏流水の湧く湿泥地だったといわれます。城に至る道は一本道、水の中に浮く浮城といわれました。
石田三成は水攻めの策をとります(秀吉の策とも言われますが定かではありません)。城の周りに堤を作り(作ったのは石田軍の軍費により土方仕事をした地元の百姓です)。、荒川、利根川の水を導水して溜めます。映画ではこの策はあることで失敗します。台風による大洪水で逆に石田軍に死傷者が出たともいう説もあります。この堤は総延長28㎞といわれ現在も一部が石田堤の名前で残り史跡公園になっています。

この「でくのぼう」…百姓に人気があります。最後は百姓に助けられます。なぜでしょう。


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