信州の農家の蔵の中で見たものです。
目張りを張ったものが何であるかわかる人はエライ。
コメントをください。
知ってる人は2~3日後、コメントが出尽くしたあとでコメントをください。
ということで《正解》は・・・スターアニスさんのコメントでピン~ポン~
ふるいふるいむかしの米収納庫です(いつの時代かはわかりません)。前面が嵌めこみ板になっています。たぶん玄米をこの中に入れて羽目板を重ねて上からさらに収納していったのでしょう。取り出すときは下の小さな板を外して必要なだけ使う。いまの家庭用ライスボックスとおなじ仕組み。前に2つ横に2つぜんぶで4基ありましたた。1基10俵(600kg)以上入りそうです。つねにふるい米から食べるのですね。時によっては5年物とか。
江戸時代、米の年貢は基本的には定免法(過去何年かの平均収穫から割り出す)でした。検見法(毎年出来高で査定)もありましたが、このほうがトラブリました。定免法では豊作の年も不作の年も年貢が同じです。豊作の年の余剰米を備蓄して不作の年に備える。そんなことからこの米収納庫が考えられたかもしれません。
百姓の知恵です。
目張りを張ったものが何であるかわかる人はエライ。
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ということで《正解》は・・・スターアニスさんのコメントでピン~ポン~
ふるいふるいむかしの米収納庫です(いつの時代かはわかりません)。前面が嵌めこみ板になっています。たぶん玄米をこの中に入れて羽目板を重ねて上からさらに収納していったのでしょう。取り出すときは下の小さな板を外して必要なだけ使う。いまの家庭用ライスボックスとおなじ仕組み。前に2つ横に2つぜんぶで4基ありましたた。1基10俵(600kg)以上入りそうです。つねにふるい米から食べるのですね。時によっては5年物とか。
江戸時代、米の年貢は基本的には定免法(過去何年かの平均収穫から割り出す)でした。検見法(毎年出来高で査定)もありましたが、このほうがトラブリました。定免法では豊作の年も不作の年も年貢が同じです。豊作の年の余剰米を備蓄して不作の年に備える。そんなことからこの米収納庫が考えられたかもしれません。
百姓の知恵です。
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