80にもなる爺さんが、若い男性歌手に魅かれる。
そう公言すれば、「なんとまあ」とあきれられるに決まっている。
僕だって、同じ年配の知人がそんなことを言おうものなら、
大声上げて笑い倒すかもしれない。
でも、人を好きになるのに何の理屈が要るだろうか。
そんなもの何もないはずだ。
男女を問わず、年齢がどうであろうともだ。
と、こう書けば「少しおかしくなってきたのではないか。心配だな」
と気を遣わせかねない。そうだろうと思う。だが、心配ご無用。
どこかの宗教団体みたいに
全財産をはたいて(と言ってもはたくほどのものはないが)、
入れ込むようなことはしない。
それほどの分別はまだ持ち合わせている。
さて、その男性歌手だが藤井風という。
いわゆるシンガーソングライターで、岡山県出身の25歳。
実は、彼を知ったのはつい最近、年末のことだ。
さして興味を引く番組がなく、テレビのチャンネルをあっち回し、
こっち回ししていたらNHKの特番に行き当たった。
『死ぬのがいいわ』なんて妙な、そしてドキッとするような
タイトルをつけた曲が世界的にヒットしているとかで、
「へぇー」とそのまま見ていたら、ぐぐっーと来てしまった。
あまり聞きなれない斬新なメロディに、ユニークな歌詞。
ピアノもうまい。
さらに、その容姿。背丈があり、スマートで顔も良い。
着ているものは作務衣みたいな、あるいはパジャマかと
見紛うようなものをゆったりと着けている。
話し方がまた面白い。
自分のことを「わし」と言ったり、方言丸出しなのだ。
とにかく、何から何まで個性的で、
似たり寄ったりのアイドル系グループが
〝占拠〟しているかのような紅白歌合戦において、
その存在感は圧倒的だった。ひいき目に見ての話だが。
そんな他愛ない思いが、頭の中をぐるぐると巡っている時、
50を過ぎた長女がやって来て
「あら、お父さんもなの」なんて言うものだから、ぎくっとなった。
「そんなお爺ちゃんがみっともない。やめなさいよ」
てっきりそう言われるものだとばかり思っていたら違った。
「私も大好きなのよ。風君 いいわよねー」と言うではないか。
「そうだろう。そうだよね。いいよね」と気分を良くしたら、
続けて「うちの○○君に姿かたちはもちろん雰囲気まで、
何から何までそっくりなんだもん。いとおしくなっちゃう」
と自分の長男(言うまでもなく僕の孫)の名を出しながら、
「この歌もいいでしょう」スマホをこちらに向ける。
突然「はっ」となった。
あるいは僕の頭の中も孫息子と風君のイメージが
ごっちゃに重なり合って駆け巡っているのではないか。
きっとそうに違いない。
まさに、その時、当の孫息子が
「こんにちは」と軽やかにやって来た。
思わず「よお 風君」と声をかけてしまった。
すると、彼はにっと笑って応えたのである。
やっぱり好きだなあ。可愛いなあ。