【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

うるさい音

2015-12-10 06:57:51 | Weblog

 最近の日本では「小学校のチャイム」「保育園の子供の声」も「騒音」として苦情が言われる時代になりました。そのうちに「お寺の鐘の音」「救急車のサイレン」にも「静かにしろ!」の叱責が下されるようになるのでしょうか(西欧では実際に教会の鐘の音に対する訴訟の例はあるそうです)。
 ところで「うるさい! 静かにしろ!」の声の方がうるさい場合、どうしたら? そちらにも“同じ基準”で対応?

【ただいま読書中】『騒音の歴史』マイク・ゴールドスミス 著、 泉流星・府川由美恵 訳、 東京書籍、2015年、2500円(税別)

 「そもそも騒音って何?」。「○○デシベル以上の音」と定義することは可能ですが、そうするとロックコンサートは(場合によってはクラシックコンサートも)騒音規制に引っかかることになります。
 健康な聴覚を持つ人は、20~2万ヘルツ、9オクターブ以上の領域の音を聞くことができます(視力は1オクターブです)。音量に関しても人間の“幅”は広く、数cmの距離で人が耐えられない限界ぎりぎりの大音響の音から逃げようとしたら、400kmくらい離れてやっと聞こえなくなるのだそうです。理論上はそうなのかもしれませんが、たとえば100km向こうからの音って聞いたことがあります?
 進化の過程で「突然の音」「正体がわからない音」は命にかかわる「警報」でした。だからこそ私たちは、爆音や小さくても正体がわからない音には怯えます。「怯えないぞ」という人も、警戒はするでしょう。文明が起き都市が発生するとそこには「人が立てる音」が充満します。近代的な意味での「騒音」の発生です。紀元前44年ユリウス・カエサルはローマの街路で日中に馬車を走らせてはならない」と交通規制をおこないました。なぜ昼間限定なのかは謎ですが、少なくとも都市の騒音規制のはしりではあります。騒音に関する最も古い公式記録は、1378年ロンドンで甲冑師の隣人が不法妨害審問に申し立てたものです。ただし訴訟の顛末は不明です。詳細な記録が残っているのは、1560年教師に部屋を貸していたジョン・ジェフリー氏が起こした訴訟で、判決は「学校はどこにでも設置でき、近隣住民は我慢をするべし」でした。このあたりから、時間や場所の「ゾーニング」が始まります。
 ニュートンの頃から音響学が進歩し始めますが、騒音の研究は停滞していました。騒音そのものはどんどん増加していたのですが。社会では「騒音は下品」というコンセンサスが定着します。さらに「騒音との戦い」も始まりますが、始めは「下層階級の騒音に対するインテリの攻撃」の形でした。「社会の改善」の視点から動いたのは、20世紀初めの医師ジュリア・バーネット・ライスです。ニューヨーク港で一晩に3000回汽笛が鳴らされるのに対して1904~05年に署名を集め騒音反対運動を展開、騒音を規制するベネット法の制定にこぎ着けました。ライスはニューヨーク不要騒音防止協会を設立し、学校や病院の周囲に騒音抑制ゾーンを設けたりしています。工場の騒音を止めようという試みはありませんでしたが(機械を止めたら皆が困ります)、その騒音による難聴が生じていることは広く知られるようになってきました。しかし対策はお寒いものでした。労災死亡についても軽視される時代ですから、難聴くらい何だ、というわけでしょう。それでも騒音対策が少しずつ進展していたとき、第一次世界大戦が始まります。
 戦争は基本的に騒音の展示場です。大砲や爆弾やライフルはすさまじい音を立てます。また、音を利用する動きも始まりました。爆撃にやってくる飛行船を音で探知するためのケント州デンジの音響反射鏡はちゃんと機能したそうです。また潜水艦に対する水中音響学も発達しました。水中聴音機でUボートの方向を特定、三角測量で位置を決定して爆雷を投下する、という方法です。また、超音波で潜水艦を探知する技術も開発されました。こういった音響学の進歩も本書では「騒音の歴史」と同時並行的に扱われています。
 「騒音は社会の問題である」という認識が共有されるようになってからも話は紆余曲折。そもそも「騒音」の定義が確定しません。人の耳は音の周波数によってその敏感さが違います。また心理的な影響(鉄道は飛行機よりもうるさく感じない、セレブのヘリコプターより救急ヘリの方が静かに感じる)もあります。カクテルパーティー効果のように特定の音にだけ注目して後はノイズとして片付けてしまう現象もあります。年を取ると高音は聞こえにくくなります。つまり「同じ音」でも、人によってあるいは環境によって騒音になったりならなかったりするのです。
 1933年に「アクティブ消音」が登場しました。音波に対して山と谷が逆位相の波をぶつける手法です。これはヘッドホンでは実用的なレベルになっていますが、広い空間ではまだ効果を出すのは無理です。実は私はこのタイプのヘッドホンを一つ持っています。列車や飛行機の中で騒音抑制に役立っています(もちろん音楽も聞きますが)。
 1959年ヒースロー空港の夜行便を認可した航空大臣に対する抗議として、夜の二時に自宅に押しかけたイギリス騒音防止協会創設者ジョン・コネルのわかりやすい行動には笑ってしまいます。
 「騒音」は単に「物理的に大きな音」ではなくて、「どのくらい迷惑か」が共有できるかどうかで決定できる、という曖昧さを持ったものであることはよくわかりました。では少数派が「迷惑だ」と言っている場合には放置してよいのか、と言えば、それもまずいことも本書でわかります。さてさて、どうやって「騒音対策」をすればよいのか、ちょっと静かなところで考えたいところです。