「セイフティ・ネット」に対する最高の褒め言葉は「使われずにすんだ」でしょう。
【ただいま読書中】『落ちない飛行機への挑戦 ──航空機事故ゼロの未来へ』鈴木真二 著、 化学同人、2014年、1800円(税別)
ライト兄弟は、「飛ぶ機体」を開発しただけではなくて「操縦技術」を確立しました。主翼を捻ることで旋回させるテクニックで、そのために最初の機体は主翼が捻りやすい複葉機となりました。一人が飛べば、世界がその後に続きます。様々なタイプの航空機が試作されます。単葉機、金属(ジュラルミン)の採用、ジェット、ロケット、音速突破、ジェット旅客機、超音速旅客機……飛行機はどんどん発展してきましたし、これからも発展していくでしょう。
しかし、「飛行機の進歩の歴史」はそのまま「飛行機事故の歴史」と重なっています。最初の航空機事故は、1908年9月17日のライト兄弟機墜落事故。操縦していたオービル・ライトは負傷、同乗していたトーマス・セルフリッジ中尉は死亡しています(陸軍に売り込むための評価飛行中でした)。特筆すべきは、最初の事故からきちんと調査が行われていることです。この事故の原因はプロペラの破損で、死亡の原因は頭部打撲。そこでプロペラの改良が行われると同時にパイロットにはヘルメット着用が義務づけられました。
日本初の航空機事故は1913年、両議員を集めての公開飛行の帰途、二人の軍人を乗せたプレリオ機が墜落しています。第一次世界大戦後民間定期航空がはじまり、1932年の「白鳩号墜落事故」では科学的な事故調査が行われました。無線は切れ乗員は全員死亡していましたが、すべての破片を調査して補助翼の鋼線が切れたためと原因を特定、ついで再現実験でそれを確かめ、その上でなぜ鋼線が切れたのかの原因を追及していて、寺田寅彦が絶賛している事故原因究明のプロセスでした。日本人でも、科学や論理を駆使できていたんですね。
アメリカの事故調査の第一目的は「事故の再発予防」です。「“犯人”を罰すること」ではありません(もちろん犯罪の場合には刑事責任は問われますが、犯罪でなければ問われない、と明確です)。これは極めてわかりやすくて社会にも有益な態度だと私には思えます。日本だとすぐに「悪いのは誰だ」と個人の責任を問うことに夢中になってしまって「再発防止」は軽視される傾向がありますからねえ。「他人の不幸は蜜の味」の人には理解できませんかもしれませんが。
航空機(の運用)に限らず、大規模なシステムは、個人ですべてを管理するのは、無理です。そこには常に事故の可能性が内在されています。だから「リスク・マネージメント」という概念が登場しました。これは「システムにはリスクがある」「人はミスをする」「事故は起きる」が前提として存在しています。そして「事故を予防する」「事故が起きても被害を最小限にする」ことが目標となります。「リスクのないシステム構築」「ミスをしない人」「起きない事故」は、概念上の目標とはなりますが、システムを運用する場合に現実的な目標とはしません。だからこそ「起きてしまった事故」から教訓を学びたいのです。「同じ事故」は起さないようにしたいですから。その上で「落ちない飛行機」に「挑戦」する(し続ける)のです。