【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

決断の早さ

2013-09-03 06:56:02 | Weblog

 拙速は良くありませんが、少なくとも「その決断が良かったか悪かったか」の評価はできます。困るのは「ぐずぐずと決断を先延ばしにしていて、そのために不利益が生じたかどうか」が判断できないこと。ですから「決断をしない」という「決断」も早めにやって、さらにできたら「期限」をきちんと定める(=○日以内に決断する、と決める)ことが必要だと私は考えます。あるいは「現時点では選択できるのはAかB」という場合に「もうすぐCに関して新情報が入りそう」という見込みがあるのなら、「条件設定(Cの新情報が入ったら、ABCのどれにするかをただちに決断する)」をすることも可能でしょう。
 そのどれにしても、「決断の結果」について責任を負うのは「決断者」です。どんな責任を負うのかも、できたらあらかじめ決断しておいて欲しいな。

【ただいま読書中】『アンティキテラ ──古代ギリシアのコンピュータ』ジョー・マーチャント 著、 木村博江 訳、 文藝春秋、2009年、1900円(税別)

 1901年、古代の難破船から引き上げられた、錆に覆われた金属の塊が「アンティキテラの機械」です。海底で2000年を過ごしたため痛み朽ちていますが、実はこれは驚愕のメカニズムを持った「機械」でした。しかし、それについて語る前に、別の“冒険”が読者には提示されます。
 19世紀に潜水服が発明され、海綿取りには大きな変化がもたらされました。それまでは素潜りでせいぜい30mまでだったのが、水深70mで長時間労働ができるようになったのです。海綿産業は最盛期を迎えます。そういったダイバーの一人が、アンティキテラ島沿岸で古代ギリシアの難破船を発見しました。宝の山でした。持ち帰られたブロンズ像からギリシア政府は本気になり、沈没船を考古学の対象とするという世界初の試みを始めます。しかし、窒素酔いや減圧症についてはまだ詳しく知られていない時代です。ダイバーには死者や重度の麻痺に陥るものも出ました。ブロンズ像、大理石像、道具類、壺、瓶……大量の“収穫”を前に博物館スタッフは忙殺されます。木箱の中のブロンズの塊に注目する人はいませんでした。しかし数ヶ月後、乾いた木が縮んだとき、その下からは、歯車と古代ギリシア文字が姿を見せました。腐食した表面から見るだけでも、15個は歯車がかみ合っています。博物館長のスタイスは精密測定具か時計だと直感しました。しかし、古代ギリシアに、歯車式の精密器具が? 学者たちは諸説を唱えますが、決定打はあらわれませんでした。
 「歯車」そのものは、紀元前300年には知られていました。古代ギリシアの文献にはいくつもそれに関する言及があります。しかし、それを実現できるだけの精密な技術はなかった、というのが通説でした。
 結局話は暗礁に乗り上げ、「アンティキテラ」は箱にしまわれて忘れられてしまいます。
 20世紀半ばに新しい動きが始まります。1953年、ダイビングの先駆者、ジャック・クストーとフレデリック・デュマはアンティキテラで調査潜水を行います。アテネでは、地中海で発掘されたまま放置されていた割れたアンフォラ(把手付きの壺)の把手25000個の目録化が始まりました(目録さえ作られていなかったのか、と私は驚きます)。新しい年代測定法(放射性炭素測定法)も使われます。それらの結果、船が沈没したのは紀元前70~60年あたり、と絞られました。
 ここで登場するのが、古今東西の科学技術史に通じたデレク・デ・ソーラ・プライス(科学計量学の祖。あだ名は「道具と話ができる人」)です。アテネでの調査でプライスはこの機械が天体の動きを計算する目的で作られた、と確信します。しかし、8層にも重なり厚さ2mmのブロンズ板で作られた小さな歯車群は分厚い石灰層に包まれ、内部のメカニズムはわかりません。しかし、X腺撮影によって、内部構造が“見える”ようになりました。歯車の数を数え、その組み合わせを再現する難業が始まります。歯車の組み合わせからプライスはメトン周期(太陽と月の動きを組み合わせた19年周期の暦)を読み取り、バビロニアの数学とギリシアの天文学の融合が「アンティキテラ」にある、という論文を発表します。さらに、このテクノロジーは、ヨーロッパでは失われましたがイスラムで保存され、のちにヨーロッパの「機械時計」として復活した、と。
 プライスの論文は、世界を変えませんでした。さらに言うと、プライスの考えは、間違っていました。しかし……
 ここまでも面白いのですが、ここからがさらに面白くなります。プライスの死後、彼の“跡継ぎ”が出現するのです。緊張をはらんだ人間関係、解かれていく謎……まるで上質なミステリー小説です。そうそう、この部分を読むには、もしできたら「天動説」についての知識を持っていた方が、持っていないよりも楽しめます。しかし「周天円」を「遊星歯車」で表現する、というのは、あまりに直接的すぎてかえって思いつきませんでした。
 古代ギリシアの天文学者の知識、そしてそれを視覚として表現できるようにエレガントな解決法を思いついた技術者とそれを実現した高度な技術。それを実現した人は、誰で、そしてこの機械はどうして人類の歴史から失われてしまったのでしょう? 本書の終わりから「別のミステリー」が始まるようです。そこで必要な作業は、たとえばイスラムの文献調査でしょう。調査以前に目録化が必要だそうです(目録さえ作られていないのか、と私は驚きます)が。



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