社会的責任
社会的責任の難しさを知った。
NHKの番組「七つの会議」で会社の不正を内部告発する最終回を見た。正義を貫くことで会社の存続を危うくすることが本当に正しいことなのか否かという問いかけで終わっている。私はこのシーンを見て、会社というものは社会的責任及びそのモラルが常に”現在”、”過去”のみならず、”未来”においても問われているのだと思った。
ドラッガー著「エッセンシェル版 マネジメント 基本と原則」第4章 社会的責任について印象に残った節を引用しよう。それは、”社会的責任の限界”の節にある。
マネジメントたるものは、社会の問題に対して責任をとることが、自らの本来の機能を損ない傷つけるときには抵抗しなければならない。要求が組織能力以上のものであるときにも抵抗しなければならない。責任が不当な権限を意味するときにも抵抗しなければならない。しかし、問題がきわめて重大な性格のものであるときには、問題の解決について徹底的に検討し、その解決策を提案する必要がある。問題が深刻であれば、結局は何かがなされなければならない。
企業をはじめあらゆる組織が、社会の病気のすべてに関心を払わなければならない。できれば、それらの問題を、組織の貢献と業績のための機会に転換しなければならない。それができなくとも、少なくとも問題がどこにあり、どう取り組むべきかを検討しなければならない。関心を払わないことは許されない。この現代社会において、組織のマネジメントこそ、リーダー的な地位にあるからである。
最大の無責任とは、能力を超えた課題に取り組み、あるいは社会的責任の名のもとに他から権利を奪うことによって、自らに特有の機能を逐行するための能力を損なうことである。
まあ、地位が上になればなるほど、社会的責任の限界をより多く感じるのだろう。それは大変なことは分かる。でも少なくとも今のMeのポジションで言えるのは、”できません!絶対できません!”と言っている仕事を無理に押し付けるのはやめてほしい。これがMeの頭がおかしくなった最初の理由だし、これからもそうなんで。