許可が出る前にうんちをしてしまった僕は、Y美の手によって再び冷たい池に落とされた。お尻の穴を指で洗うと、Y美とIさんが両側から僕の腕を取り、池から引っ張り上げた。白いライトが僕の一糸まとわぬ体に当たる。眩しくて目をつむってしまった僕の耳に、小さく縮みきったおちんちんを指摘する男の人の声とそれを笑う女の人たちの声が入ってきた。僕は休む間もなく、砂を搔き集めてうんちの処理をするように命じられた。
それにしてもIさんの立腹ぶりは、尋常ではなかった。彼女は、僕が素っ裸でバスに乗車したということを初めて聞いたらしく、「罰当たりな行為には厳罰が必要」と言い張った。そのおかげで、僕はこの場で立て続けに浣腸される羽目になった。おちんちんを射精寸前まで扱かれた上でお尻の穴を広げられた。
肛門から出るのは、ほとんど液体そのものだった。僕はそれに土を被せて池に落とす。ライトの強い光に土に汚れた足の裏を晒す。異常な雰囲気だった。僕は覚えているだけでも五回は続けて浣腸された。お尻の穴に液体を注入すると、Iさんは貴重な生命エネルギーがここに発散されると厳かに告げるものだから、信者だけでなく交流会に参加していた高校生たちまでもが夢中になって、僕のお尻から我慢に我慢を重ねた挙句に放出される液体を間近で見ようとした。最前列が入れ替わる度に僕のお尻に液体が入れられた。
お尻の穴に器具が差し込まれ、横に広げられたこともあった。これまで散々に受けてきた性的ないじめのせいで、僕のお尻の穴が広がりやすくなっていることを単純に楽しむ高校生たちは、僕が痛みを訴えて、「やめてください」「許してください」とお願いしているにもかかわらず、歓声とともに驚きの声を上げた。
理不尽な理由で僕が連続浣腸を強制させられている間、S子とルコ、N川さんは帰ったようだった。Y美の姿が見えないと思ったら、門のところでIさんとひそひそ話をしている。Y美が僕を手招きをして呼びつけた。僕は来た時と同様、素っ裸のまま門を出てY美の後ろをとぼとぼと歩いて帰った。門まで見送りに出た高校生たちが「服を着させてもらえないって、可哀想だね」「可哀想だね」と話していた。僕は辞去する直前にIさんにおちんちんを扱かれてしまい、射精寸前で止められて、大きくなったままだった。Y美が隠さないで歩くようにと言って、僕の手を取った。前方から三台ほど車が通過し、ヘッドライトに硬くなったおちんちんが照らされた。
家に着くと、すでにおば様が帰宅していた。僕を素っ裸のまま連れ出したことについて、Y美はおば様から激しく叱責された。こういう時、いつもであれば僕も同じくおば様から叱られる。僕に非がないと思われる場合でも、Y美と僕が同い年であり、僕が男の子であるというのがその理由だった。男の子なんだからY美のどんな無茶な誘いも断ることができるでしょ、とおば様がよく言った。実際にY美がするのは誘いではなく命令であり、僕に逆らうことなんか絶対にできないのに、そしてそのことはおば様自身もよく承知している筈なのに、あえて「平等に叱らないといけないのよ」と言って、Y美は女子ゆえに免除される体罰すらも僕には加えて、裸の僕をY美以上に激しく叱責するのが普通だった。
それが今回に限っては、僕は叱責を免れた。これも昼間、長時間にわたっておば様に奉仕したことが功を奏したのかもしれない。
二階の自分に割り当てられた部屋に入り、マットレスの上に横たわる。澱のように溜まった空気が全身の肌にまつわり、相変わらず自分が素っ裸のままでいることを意識させられる。この部屋には肌に掛ける毛布すらない。階下からは、おば様に言い返すY美のヒステリックな声が聞こえた。ドアが強く閉められ、家屋が揺れたような気がした。みなみ川教のIさんや信者たちに広げられたお尻の穴がずきずきと痛んだけれど、長時間にわたっていじめを受けた後だから疲労も激しく、すぐに眠ることができた。
もう少し眠っていたいと思っているところへY美が入ってきた。カーテンのない窓のおかげで部屋はすでに昼間の明るさだった。僕は腰を捻って、朝の現象により性的欲望とは何の関係なく硬化状態にあるおちんちんを隠そうとしたけれど、Y美に素足で仰向けにされ、おちんちんをいじられた。Y美は半袖のシャツと短パン姿だった。後ろから僕のお尻を膝で蹴りながら、一階の居間へ僕を素っ裸のまま引き連れていく。
台所から食卓へ朝食を運ぶおば様が僕の大きくなったおちんちんを見て、にっこりと笑った。僕はY美の命令で食卓の横に気をつけの姿勢で立たされることになった。おちんちんが元の大きさに戻るまで朝食はお預けだった。
一日の予定をその日の朝に突然言われるのは、この家では珍しくないことだった。僕が食卓の横のシートに正座して食パンの耳を齧っていると、朝食で使った食器を流し台に運び終えたY美が目の前に立って、鷺丸君の家に行ってマジックショーの練習に参加するように言い渡した。
町内会の夏祭りは自治体だけでなく地元企業も多く参画する。おば様も運営委員に名を連ねて、企業からお金を集めているらしい。この祭りのステージで隣のクラスの鷺丸君が得意のマジックを披露することになり、Y美の言いつけで、メライちゃんと僕もアシスタントとしてステージ上で手伝うことになっていた。
最初は家の外でメライちゃと二人になれると思って楽しみにしていたけれど、さすがにY美の思いつきだけあって一筋縄にはいかず、楽しみというよりはむしろ苦行に近かった。何よりも、このマジックの間、僕はずっとパンツ一枚の裸でいなければならない。
出掛ける直前になって、Y美が僕の学校の制服や下着類を出してくれた。おば様は仕事があり、Y美も午前中から夏期講習だったので、僕は一人で鷺丸君の家に行くしかなかった。Y美はパンツ一枚だけ穿かせて行かせればよいと考えていたようだけれど、おば様にたしなめられて、渋々僕の衣類を引っ張り出してきたのだった。
久し振りに衣類をまとうことができるという思いから、僕の手は素早く白いブリーフのパンツへ伸びた。触った時に何これと思ったけれども、一刻も早くパンツを履きたくて、前後だけを確かめるとさっさと足を通した。とりあえずパンツ一枚を身に着けた僕は、今までのパンツと材質が異なることに気づいた。薄いすべすべした布切れだけのシンプルな作りでおしっこの時の穴がなかった。
「旅行用の使い捨てパンツだよ」
Y美が腕組をしたまま、気難しい顔をして言った。綿の白いブリーフは、おば様が間違えて一回り小さなサイズをまとめ買いしてくれたもので、ぴちぴちだった。それが破られたり無くされたりしているうちに残りが少なくなったので、どうせなら安い物をと探しているうちにY美がこの旅行用の使い捨てパンツを見つけたと言う。
「感謝しなさいよ」
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を述べたものの、戸惑いは隠せなかった。使い捨てパンツは薄い布で軽かった。おちんちんのところだけ二枚重ねになっているけれど、その他の部分は一枚だけで、密着させると肌が透けて見える。このパンツでメライちゃんと手品の練習をするのはどうも気が重い。僕は一応確認のためと念押しをしてから、今までの綿のブリーフもあるのかと聞いてみた。Y美は、あることはある、と答えた。
「でも、それは大切な時に取っておきなさいよ。どうせお前はしょっちゅうパンツを脱がされて無くすんだからさ。それがいやなら穿くなよ」
パンツが無ければ鷺丸君に事情を話して借りるという手を思いついたけれど、自分の物を貸すのが大嫌いな鷺丸君がそれに応じる筈がなく、そうなると、僕は文字通り一糸まとわぬ素っ裸で手品の練習をさせられるかもしれない。やはり、今日はこの頼りない感じがする透けた使い捨てパンツで我慢しなくてはならない、おちんちんが見える訳ではないから、と自分に言い聞かせて、シャツ、ズボンと次々と衣類を着ていった。ズボンのチャックは、Y美に取っ手を外されたままになっていた。
久し振りに服を着て、靴下を穿き、運動靴で歩く。裸足ではなく靴を通して踏む地面は、心地よかった。空気や風の動きがいちいち全身の肌に直接当たらない。当たり前のように服を着ていた時分の肌の感覚が少しずつ戻ってくる。こうして服を着ている以上、人に自分の姿を見られても何ら気にする必要はないし、何も恥ずかしいことはない。普通の通行人として堂々と歩ける。僕にはこれが何よりも嬉しかった。それに加えて、今はY美やおば様の目から離れて一人で自由に歩いている。鷺丸君の家という目的地が指定されているとはいえ、どのようなルートを辿ろうとも僕の自由だ。解放感を味わいながら歩いていると、畑で草取りをしている人たちが声を掛けてきた。
「おや、今日は服を着ているんだな。珍しいな」
麦藁帽子を被ったおじさんが僕をじろじろ見ながら言った。少し離れたところにいたおばさんがわざわざ道路に上がってきて、僕の顔をまじまじと覗いた。
「あらやだ。いつも女の子に悪さしてはお仕置きされて、真っ裸で歩かされてる子じゃないの。この間も、雨の中、空き地のところに裸で縛られてたわよね」
畑にいる五人くらいの人たちが一斉に笑った。僕は恥ずかしくなって急ぎ足で畑を通り過ぎた。すると、今度は立ち話中の主婦の人たちが僕を見て、日傘をくるりと回して顔を隠し、声を潜めた。通り過ぎると、いきなり後ろから呼び止めてきた。
「あなた、裸でバスに乗ってた子じゃないの?」
「違います」
とっさに嘘をついてその場を逃げ出す。背後から「間違いないね」「絶対あの子よ」「チャック全開で白いパンツが見えてたわ」「やっぱり変わってるのね」と言う声が聞こえてきた。僕は真夏の日差しの中、曲がり角まで必死に走った。
このまま団地の立ち並ぶ敷地に入ったら、意地の悪い子供たちが目敏く僕を見つけて、せっかく着ることの許された服を脱がそうとするかもしれない。ここはなるべく僕のことを知る人たちに会わないような道を選ぶことにして、鷺丸君の家へ向かう圧倒的な近道である団地の中は通らず、幹線道路沿いから大回りすることにした。
それにしても、炎天下の歩行は汗が流れる。以前、Y美に川沿いの道を素っ裸で歩かされた時、Y美がしきりに暑がるので、同意したところ、衣類を全くまとわない僕にこの不快さが分かる筈がないと言って激しく詰られ、土下座をして詫びたにもかかわらず川に落とされたことがあった。その怒りぶりは度を越しているとは思うけれど、汗ばんだ衣類が肌にねっとりと付く不快さは、確かに素っ裸で歩かされている時には感じることのなかったものだった。僕は公園の蛇口で何度か顔を洗い、ハンカチを濡らした。
約束の時間に三十分も遅刻したことに気付いたのは、鷺丸君の家に到着してからだった。心配してたのよ、と言って鷺丸君のお姉さんが出迎えてくれた。玄関に向かって左側に広い芝生が見える。奥の雑木林に面した塀の横に掘り返した土の山があり、以前にはなかった池があった。バキュームカーから出てくるような大きなホースが池に水を注いでいる。
「池を造ったのよ。あの雑木林に面したところだけ本格的な庭園にするんだって。うちのお父さん、凝り性だからね」
「そうなんですか。すごいですね」
サンダルを足に引っ掛けて玄関から出てきたお姉さんが庭を通って六角形のアトリエに向かう。僕もお姉さんに続いた。平屋から庭に抜ける通り道に少し強い風が吹いて、お姉さんのノースリーブの白いワンピースがふわりと膨らんだ。よく手入れされた芝生の庭に出ると、お姉さんはなぜかアトリエではなく、池のほとりにある小さな屋根付きのベンチに向かって歩き出した。僕はアトリエに行くべきか迷ったけれど、お姉さんに従うことにした。
「だいぶ水が溜まったみたい」
池の縁に置かれたホースから水がごぼごぼと出てくるのを見て、お姉さんが言った。お姉さんはベンチに腰を下ろし、僕にも掛けるように勧める。心地よい風が雑木林の方角から吹いてくる。玄関から見た時にはそれ程とは思わなかったけれど、間近で見るとなかなか立派な池であり、真ん中の部分が細くて、雑木林の方へ横長に広がっていた。
「ナオス君、この屋根付きのベンチ、なんて言うか知ってる?」
「え、分からないです」
正直に答えると、お姉さんの口元が弛んで、さざ波のような笑いが広がった。
「知らないんだ。あずまやって言うんだよ」
「そうなんですか」
「涼しいでしょ。ズボンのチャックが空いてるよ」
「はい」
足を組み替えたお姉さんがベンチに手を置いて胸を反らし、円形の屋根を見上げた。
後ろの方から立て付けの悪い戸が音を立てた。鷺丸君が六角形のアトリエから出て来たところだった。アトリエで履いていた運動靴のまま、こちらへ歩いてくる。
「遅かったじゃないかよ」
「ごめんなさい。少し道に迷ってしまって」
「もうメライちゃんは準備ができてるよ」
そう言って鷺丸君はお姉さんに目配せをした。鷺丸君が出てきた戸が半分ほど開いて、メライちゃんがそっと顔を覗かせた。お姉さんが手招きすると、少しためらったような間を置いて、まず裸足の足先がすっと外に出た。驚いたことに、メライちゃんは紺のスクール水着という格好だった。お姉さんが手拍子を鳴らすと、その速いテンポに合わせるように恥ずかしそうに俯いて、小走りで来た。
「メライちゃん、なんでそんな恰好してんの?」
「そんなにじろじろ見ないでよ」
胸や下腹部を隠すように腕を交差させたメライちゃんが僕を軽く睨んだ。なんとなく目にいつもの元気がない。なんでもない風を装っているけれども、表情が乏しい。
これまでメライちゃんは、手品の練習をする時、白い体操服にブルマ姿だった。その姿でステージに立つものとメライちゃんのみならず、鷺丸君も考えていたと思う。着替え用の小部屋に通されたメライちゃんは、お姉さんに今日は体操服は必要ないと言われ、代わりに紺のスクール水着を渡された。メライちゃんはいきなりのことに驚き、水着になることをなかなか承知しなかったと言う。
「すごく恥ずかしがるのよ、この子」
今回、ステージ衣装がスクール水着に変わった理由は、お姉さんのアイデアによるものとのことだった。その方が夏らしいから、というのが変更の理由だった。
「お姉ちゃんが説得してくれたら、助かった」
鷺丸君がそう言って、池の奥に向かって石を投げた。
「そうよ、随分説得したんだから。でも、最後には納得してくれたんだよね。ナオス君なんて、パンツいっちょうでステージに立つのよ。メライちゃんもよく知っている、あの小さな白いブリーフパンツ一枚だよ。それに比べたら、スクール水着なんて、どうってことないじゃないのって言ったら、やっと承知してくれたんだよね」
そう言うと、お姉さんはベンチから立ち上がって、メライちゃんを自分の前に引き寄せた。メライちゃんはぐっと下唇を噛んでお姉さんに手を引かれた。
生唾を飲み込むのに手間取ってしまった僕は、メライちゃんの水着姿から一旦目を離した。紺のスクール水着に包まれた初々しい肉体の残像が激しくて、水を弾くような芝生の新鮮な緑もたちまちに色あせてしまう。そのスクール水着は、明らかにサイズが一回り小さく、体に密着するというよりは、メライちゃんの肉体を締め付けているようにしか見えなかった。しかも体の前面と背面を結ぶ股間のところの面積が小さく、側面に向かって鋭い角度で上がっている。人の目はもちろん、日にもろくに当たってこなかったと思われるその箇所の肌が磁器のような白さを湛えている。
腕を交差させてはもじもじとするメライちゃんをお姉さんが舐めるようにじろじろと見る。このスクール水着はお姉さんが小学五年生の時に着ていたものとのこと。さすがに少し小さいかしらね、とお姉さんが言った。肌に密着したスクール水着を通して、メライちゃんの小さな胸の膨らみがはっきり見える。間近でメライちゃんのぴちぴちした水着姿を見ていると、動悸が激しくなった。
「そろそろ練習に入りたいんだけどね」と、鷺丸君が言った。
「ごめんね。私がナオス君を引き留めたから」お姉さんが鷺丸君に謝ると、ベンチに座ったままの僕を見下ろして、「前の練習からだいぶ日が経ってしまったけど、ナオス君、自分役割は忘れてない?」と、訊ねた。
「覚えていると思います」ベンチから立ち上がって答える。これまで鷺丸君の家で練習してきたこと、教わったことなどを思い返した。
回転ドアを通り抜けると、服が消えてパンツ一枚になってしまう。メライちゃんと僕の体格がほとんど同じで、髪型をいじれば見分けがつかなくなるという点に着目して鷺丸君が考えた手品は、回転ドアのセットにある隠し部屋を使って、通り抜ける瞬間に服を着たメライちゃんとパンツ一枚の僕が入れ替わるという単純なものだった。一人の人物が回転扉を通り抜けたように見せるためには、メライちゃんと僕のタイミングが合わなければならない。その他にもステージでの立ち位置、振舞いなど、体で覚えなければいけないことが沢山あった。
いくらマジックショーのためとはいえ、大好きなメライちゃんに見られながら、自分だけがパンツ一枚の裸でいなければならないのは、辛いものがあった。今までいろんな人におちんちんを見られ、恥しい思いをしてきたけれど、メライちゃんの前でだけはそんな仕打ちはされたことはなかった。パンツ一枚の格好もできれば晒したくなかった。だけど、裸になるのを今更断るのは極めて難しかった。まずY美が許さないだろうし、メライちゃんから男らしくないと思われ、嫌わるかもしれない。
すっかり観念して母屋に向かおうとすると、お姉さんが通せんぼをした。
「どこへ行くのよ?」
「え、ちょっと着替えに」
「着替えなんて必要ないじゃない。あなたは服を脱いで裸になるだけなんだから」
「まあ、そうですけど」言葉が続かない。せめて部屋くらい使わせてくれても良いのではないか、と思う。押し黙ってしまった僕は、お姉さんのピンクのマニキュアが塗られた足の指をじっと見ていた。
「ここで裸になりなさい」
顎の下にお姉さんの手が伸びて、僕は顔を上げさせられた。じっと僕の目を覗き込んでいる。
「早く裸になりなさい」
お姉さんがもう一度言った。鷺丸君の背中からスクール水着姿のメライちゃんが顔だけ出して、じっと僕が脱ぐのを見守っている。仕方がない。僕は息を吐くと、ワイシャツのボタンを外し、靴、靴下を脱いだ。続いてアンダーシャツに手を掛ける。これで上半身が裸になった。みんながじっと見ている中で服を脱ぐのは、思いの他恥ずかしい。
「早くズボンも脱いでね」お姉さんがアトリエの方をちらちら見ながら言った。アトリエの方からピアノの音とともに子供たちの合唱が聞こえてきた。メライちゃんも僕がズボンを脱ぐのを期待するようにじっと見ている。別に素っ裸にさせられる訳ではないんだ、と自分に言い聞かせ、ベルトを外す。取っ手のないチャックはすぐに左右に開き、するりと下がった。ズボンを足首から抜いて手早く畳むと、ベンチの上にある他の畳まれた衣類の横に置いた。
とうとうこれでパンツ一枚になった。練習の間はずっとこの格好でいなければならない。しかも、この日のパンツは、いつもの綿のブリーフではなく、薄くて、肌にぴったり付けると透ける旅行用の使い捨てだった。
「すごいね、ナオス君。そのパンツ」
早速反応したのは、お姉さんだった。パンツを摘まんで軽く引っ張ってみる。
「これ、使い捨て用だよね。不織布だよ。Y美さんもすごいの穿かせるのね」
感心するお姉さんの手がゴムの部分に移り、同じように軽く引っ張った。鷺丸君とメライちゃんがアトリエに向かって歩き出した。僕も二人に続こうとしたら、お姉さんに後ろからパンツを引っ張られ、あっという間に脱がされてしまった。一刻も早く返して欲しい僕は、お姉さんの言う通りにおちんちんを隠した手を動かした。
「久し振りに見るわね、あなたのおちんちん。相変わらず毛が生えてない」
指でちょこちょことおちんちんをいじりながら、お姉さんが笑った。
二日ほど精液を出していないこともあって、たちまちにおちんちんが反応してしまう。
「やだ、もう大きくしてんの?」
メライちゃんに見つかるのではないかと気が気ではない僕は、お姉さんに小声で「お願いだから、パンツを返してください」と頼み込んだ。
「いいからいいから。丸裸で練習させられたくなかったら、大人しくしてて」
お姉さんは硬くなったおちんちんの根元を摘まんで、軽く上下に振って、その動きをじっと怖い目で観察するのだった。
返してもらったパンツを急いで穿いて、アトリエの立て付けの悪い戸を引くと、クーラーの冷気がさっと胸からお臍、太腿に流れ込んできた。寒い。アトリエの奥では小学生くらいの子供たちが十五人ほど並んでいて、鷺丸君のお母さんが合唱の指導中だった。スクール水着姿のメライちゃんと使い捨てパンツ一枚だけを身に付けた僕が入ってきたのを見て、お母さんが説明中にもかかわらず、子供たちがざわざわし出した。お母さんが手を叩いて注意を促しても、忍び笑いが消えない。
マジックの仕掛けを見ると、回転扉の真横にある隠し部屋の仕掛けが改善され、一枚のドアで出入りできるようになっていた。今までは二枚のドアがあり、入る人と出る人がそれぞれ別のドアを使って入れ替わった。これだとタイミングを合わせるのが非常に難しい。今回、一枚の回転式ドアになったことで、入る人と出る人は容易に同じタイミングで出入りできるようになった。
この仕掛けを作った製作会社の社長さんは、鷺丸君のマジックの腕に惚れ込んでいて、鷺丸君が指摘した欠点を改良するべく、足繁く通ったと言う。
「これだけ苦労して作った仕掛けだから、くれぐれも他言するなよ」
ちょっと得意そうな顔をして鷺丸君がメライちゃんと僕に念を押す。マジックショーの種は関係者以外の人に明かしてはならない、という鉄則は、マジックの練習を始めてから口酸っぱく言われてきたことだった。それならば、なぜ児童合唱と同じ場所で練習するだろうか。仕掛けがばれて構わないのだろうか。小学生たちから侮蔑のような視線で裸の姿を見られる苦痛に練習の度に耐えてきた僕は、そんなかねがね抱いていた疑問を良い機会だとばかり、ぶつけてみた。鷺丸君はにっこりと笑って、「この子たちのことは気にしなくていいんだよ」と答えると、僕に隠し部屋に入るように指示をした。
回転扉は一人の人間が走って通り抜けるように見えなくてはならなかった。走っていることが多いので、冷房のがんがんに効いたアトリエの中でも、それ程寒くは感じられなくなる。この日、連続して回転扉を通り抜ける回数が増やされた。
まずメライちゃんが回転扉を抜けると、入れ替わりに僕が出てくる。水着が消えてパンツ一丁になってしまったことに驚く演技をし、もう一度、メライちゃんが抜けたのと同じ側から回転扉に向かって走る。すると、今度はメライちゃんが出てくる。再び水着が戻ってきて安心して、もう一度、回転扉を抜けると、また水着が消えてしまう。これを速いサイクルで何度も繰り返す。
気がつくと、児童合唱の練習は終わっていて、アトリエには鷺丸君とメライちゃんと僕の三人しか居なかった。メライちゃんと入れ替わって回転扉から出てきた時の立ち位置について、僕が鷺丸君から細かい指導を受けていると、お姉さんがアトリエに入ってきた。困った顔をして、「お願いがあるんだけど」と切り出す。
児童合唱の小学生たちが庭の芝生でボール遊びをしていたら、池に落ちたと言う。鷺丸君が呆れたように首を横に振り、休憩になった。メライちゃんと僕はお姉さんに連れられて、お姉さんがあずまやとだと教えてくれた屋根付きのベンチのところへ行く。僕が脱いだ衣類はなくなっていた。合唱団の小学生たちが五人ほど池の端から水に浮かんだビーチボールを引き寄せようとしていた。小学生といってもメライちゃんや僕と背丈は変わらなかった。高学年らしい子はほとんどが僕たちよりも高かった。ベレー帽を合唱の練習が終わった今も被ったままでいる背の高い女の子がメライちゃんと僕に気づき、仲間たちに知らせた。
少し風が吹いてビーチボールが岸に寄れば池に入らなくても取れそうなのに、生憎さっきから蒸した空気にブロックされたかのように無風状態となり、ビーチボールがちっとも動かなくなったのだと小学生たちが教えてくれた。アトリエの中ではパンツ一枚の僕をちらちらと見ては馬鹿にしたように笑っていた小学生たちだけど、今ではそういう感じは微塵も見せず、そろそろ引き上げる時間だから早くビーチボールを池から取り出したいのだと切実に訴えるのだった。
手近に竿のようなものでもないのかと僕が訊ねると、「そんなものはない」と、小学生たちよりも先にお姉さんが即答した。竿みたいなものがあれば何も水着姿の人やパンツいっちょうの裸の人に頼まないよ、と眼鏡を掛けた男の子が言うと、その生意気な口調をたしなめるように年上らしい、青いカチューシャを付けた女の子が男の子の頭を軽く小突いた。
池に入ってビーチボールを取りに行く。メライちゃんと僕のどちらがその役を引き受けるべきだろうか。僕としては水着姿のメライちゃんにお願いしたいところだった。水着であるから濡れても構わない筈だった。池の上に静止するビーチボールをじっと睨んでいたメライちゃんが「仕方がないな」と呟いて、池に入ろうとするのをお姉さんが後ろから声を掛けて、やめさせた。こういう時は男の子が取りに行ってあげるものよ、とお姉さんが僕の肩を叩いた。
僕としては池に入ってこの使い捨てパンツを濡らしたくなかった。けれどもお姉さんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ためらっている僕を男の子らしくないと非難し始めた。幾ら水着を着ているからって女の子であるメライちゃんに取りに行かせるなんて、あなたそれで大丈夫なの、と真顔で僕を問い詰める。
池はそれ程深くない、せいぜい膝くらいまでだ、というお姉さんの言葉を信じて、恐る恐る足をぬるりとした水に差し入れる。池に入ってしまえば、ほんの少し手を差し伸べるだけで取れると思ったけれど、僕が入ったことで生じた波紋がビーチボールをゆらりと動かした。池の底は拳くらいの大きさの石がごろごろしていて滑りやすかった。僕の手がビーチボールに掛かった時、足が滑って一歩余計に踏み出してしまい、それまで膝くらいだった深さがぐっと深くなった。
あっと思った時にはもう僕は肩まで池に浸かっていた。パンツも当然のこと、水中に沈んだ。それと同時にビーチボールが奥へ流された。池底のぬるぬるした泥に踝が沈む。池の縁では、合唱団の児童に交じってメライちゃんが心配そうな顔をして僕を見ていた。僕はビーチボールを持ったまま、肩まで水深のあるところから膝までの深さになる段差を越えようとして、ためらいを覚えた。パンツをすっかり水に浸してしまった今、みんなの注視を浴びながら池から上がりたくなかった。普通の白いブリーフでも濡れるとお尻が透けて見える。ましてや今穿いているのは使い捨ての薄いブリーフパンツ。僕はとりあえずビーチボールを全然別の方向へ投げて、合唱団の児童たちの注意がそっちに向くようにしてから、池の中の段差を越えた。しかし、メライちゃんがまだ僕を不安げな面持ちで見つめていた。
「大丈夫なの、ナオス君」
メライちゃんの問いかけに僕は「大丈夫」と小さく答えて、池が浅くなっても敢えて立ち上がらず、濡れたパンツが見えないように四つん這いになって岸へ進んだ。メライちゃんは僕のパンツがたっぷりと水分を含んであまり見せたくない状況にあることまでには気が回らないようだった。石のごろごろしている池の中へパンツ一枚の裸でボールを取りに行ったことを純粋に心配してくれているのだった。顔を上げると、スクール水着姿のメライちゃんを挟んで合唱団の児童たちが数人、僕を見つめていた。怒ったように口をへの字に曲げて、誰も僕が投げたビーチボールを拾いに行かない。ペレー帽を被った女の子と眼鏡をかけた男の子が互いに顔を見て、にやりと笑ったような気がした。早くビーチボールを取って家に帰りたいと訴えていた男の子だった。僕が池の中にしゃがみ込んで、ボールの方向を顎でしゃくって知らせても、この眼鏡の男の子は「知ってる」とだけ答えて、動こうとしなかった。僕が池から上がるのを他の児童たちと一緒にじっと待っているようだった。鷺丸君のお姉さんが「何してるの、早く上がりなさいよ」と、声を掛けた。
パンツの前に手を当てて、立ち上がった僕は、膝までの深さしかない池を足を滑らさないようにおっかなびっくり歩いた。池から上がると、背の高い女子児童たちがくすくす笑いながら、眼鏡の男の子を唆している。びっしょり濡れたパンツの前に両手を交差させて立つ僕にその男の子が近づいて、向こうの芝生に転がっているビーチボールを取ってくるように僕に言いつけるのだった。池から取り出したのだからもう御役御免の筈なのに、僕よりも小柄で年下の、しかもほとんど初対面の男の子に居丈高に命令される筋合いはないと思って、だんまりを決め込んでいると、男の子は、「ねえ、早く」と言って僕のパンツのゴムを引っ張ったので、思わずその子の手を払って、肩を押してしまった。男の子は芝生に尻餅をついて、半泣きになった顔を後ろに控える女子児童の方へ向けた。
男の子の名前を呼びながら、すぐに背の高い女子児童たちが三人駆けつけた。鷺丸君のお姉さんが僕にすぐに謝ったほうがいいと忠告してくれた。女子児童たちは、「ひどい、なんてことするの」と、口々に僕を責め始めた。大きな入道雲から太陽が現れ、日差しがじりじりと裸の体に差し込んできた。塀のすぐ先にある街道を車が一台も通らず、蝉の鳴き声が池の向こうの雑木林から聞こえる。男の子が眉の辺りにずり上がった眼鏡を元の位置に戻してから、言った。
「濡れて透け透けのパンツいっちょうのくせに。早く取って来いよ」
僕は男の子を突き飛ばしてしまった粗相を詫びて頭を下げると、回れ右をして芝生の端に転がるビーチボールを取りに行った。児童たちの笑い声が大きくなった。
「いやだ、何あれ」「丸見えじゃない」
嘲る声が聞こえる。
ボールを取ってきた僕をメライちゃんが鷺丸君のお姉さんの隣で見ていた。合唱団の児童たちと違って少しも楽しそうではなく、不快な思いに耐えるように、きゅっと下唇を噛んでいる。僕はそっと自分のお尻を見た。濡れたパンツがぴったりと肌に貼り付いている。お姉さんが不織布だと教えてくれた薄いそれは、きれいに透けて、ほとんど体を隠す用を果たさず、お尻が丸出しに近い状態だった。僕はこれまでにも不本意ながらメライちゃんにお尻を見られたことがあった。だから、それほどのショックは受けなかったけれども、情けない気持ちで一杯になった。
回れ右してみて、とお姉さんに言われ、力づくで体の向きを変えさせられた時、女子児童たちと眼鏡の男の子が僕のパンツに顔を近づけ、透けてお尻がしっかり見えることを改めて面白がるのだった。この使い捨てパンツは前の部分だけ不織布が二枚重ねになっている。そっと手を離して確認したところ、おちんちんはお尻ほどはっきり浮き出てはいなかったけれども、おちんちんの肌の色が透けて見えた。形までは出ていないので、少しほっとすると、眼鏡の男の子が「ねえ、この人、まだ毛が生えてないみたいだよ」と、ペレー帽の女子児童に報告をした。どうしてそう思ったのかと訊ねる女子児童に対し、
「だってもし生えていたら、黒いものが透ける筈だもの」
と、僕のパンツの前部を指して、さっきまでの泣きべそが消えた得意そうな顔をして説明する。僕は男の子をもう一度突き飛ばしてやりたく思いながら、パンツの前を手で隠したけれど、すぐにお姉さんに両手を後ろへ回された。
「ほんとだ。まだ生えてないんだ。うっすらと形まで見えるみたいだね」
ペレー棒を被った、背の高い女子児童の一人が膝を曲げて覗き込み、小さく笑った。お姉さんがスクール水着姿のメライちゃんに僕の肌に貼りついたパンツの前部を指し示しながら、耳元に何か吹き込んでいる。メライちゃんの顔が赤く染まり、お姉さんの指す方向から目を素早く逸らした。
お尻はともかく、おちんちんはまだメライちゃんに一度も見られたことがなかった。確かに僕の濡れたパンツは透けて、おちんちんの色をわずかに浮かび上がらせてはいるけれども、これは凝視して初めて分かる程度であり、少し離れた位置からちらりと見た限りでは、はっきりそれと認めることはなかなかできない。まだ見られたと嘆くのは早計だと気を取り直していると、眼鏡の男の子がホースを持ってこちらに走ってきた。
ホースから水が勢いよく飛び出して、メライちゃんの胸から下腹部を直撃した。
やめて、冷たいと叫んで逃げ回るメライちゃんへ男の子が執拗にホースの先を向ける。背中に水が当たって、紺色のスクール水着が水を弾いた。濡れて、メライちゃんの小さなお尻のところが変色し、形がくっきりと浮かび上がる。男の子は、青いカチューシャの女子児童が指さす方向にホースを向けた。メライちゃんが左に逃げると、女子児童の指も左に動く。
すぐにやめさせなくてはいけないと思って男の子に近づき、声を掛けると、いきなりホースの向きが変わって、僕のパンツに狙いを定めた。ほとばしる水がパンツのちょうどおちんちんの上に直撃する。この一瞬、おちんちんの形がはっきりと浮かび上がったらしい。女子児童たちから歓声が上がった。女子児童は、標的をメライちゃんから僕に変えるように男の子に指示した。メライちゃんへの水攻撃を邪魔された腹いせもあったかと思われる。「あの透け透けのパンツを狙って」と、ヒステリックな声が響いた。
合唱団の児童たちが逃げる僕の進路を笑いながら阻んだ。僕はとうとう池の端まで追い詰められた。
「もうやめて。こんなことはしないで」
年下の小学生に苛められる悔しさに声が震える。女子児童がアトリエの方を向いて合図を送ると、男の子の持つホースから水が出なくなった。不敵な笑みを浮かべて、ペレー帽の女子児童が僕に迫ってきた。もう一歩も後ろに下がれない。池の縁の熱い石の上に素足を乗せて、左右から逃げることを考えているうちに、女子児童が体に触れるばかりに接近した。僕の目の高さの位置に彼女の丸みを帯びた顎がある。白いブラウスが僕の裸の胸に触れ、スカートの襞が濡れたパンツに当たった。
「暑いから水浴びさせてあげる」
上の方からそんな声がしたかと思ったら、どんと胸を突かれた。池に落とされた僕は、そこが足の届かない深さであることにびっくりした。ビーチボールを取りに入った時には浅いところがしばらく続いていたのに、今突き落とされた側は、浅い部分がなくて、いきなり頭ごと水の中に入ってしまった。水中から顔を出すと、メライちゃんが心配そうに縁まで駆け寄ってきた。
「大丈夫、ナオス君」
児童たちから思わぬ意地悪をされたメライちゃんの悲しそうな顔が僕の胸を打った。ショートカットの髪の毛からぽたぽたと滴を落としながら、僕に手を差し伸べる。僕は池の中で足を動かしてバランスを取り、メライちゃんへ手を伸ばした。岸に引き寄せてもらうよりは、単純にその小さな丸っこい手を握りたかった。ところが、そのささやかな望みはあっけなく断たれた。青いカチューシャの女子児童が後ろからメライちゃんの背中を押した。あっと短い叫びを発してメライちゃんもまた池に落ちてしまった。
アトリエから出てきた鷺丸君がそろそろ練習を再開したいとお姉さんに言うまで、メライちゃんと僕は足の届かない池の中で苦しい立ち泳ぎを強いられた。眼鏡の男の子が女子児童たちに指示されるまま、これがあれば初めから池に入る必要などなかったと思われる長い竹竿を使って、メライちゃんと僕を池の中に押し留めるのだった。
全身ずぶ濡れの状態で芝生に上がったメライちゃんと僕に鷺丸君のお姉さんがあれこれと同情の言葉を掛けてくれたけれど、メライちゃんは言葉少なに頷くばかりだった。いきなりよく知らない年下の小学生たちに池に落とされたのだ。このことがどれだけメライちゃんを傷つけたかと思うと、いたたまれなくなる。それでもメライちゃんは僕への気遣いを忘れず、こちらの方へはあまり視線を向けないようにしてくれた。
その気遣いのあまり大仰なのと、なんとなくお尻の辺りに覚える違和感にもしやと思って確かめると、果たしてパンツの一部が破けて、直径三センチほどの穴からお尻の右側の部分が露出していた。池から上がろうと必死になっているさなか、男の子に竹竿で突かれて生じた穴に違いなかった。
休憩時間が予定よりも長くなったことに鷺丸君は苛立っていた。休憩が終わると、僕たちに対する要求が一段と厳しくなった。回転扉を通り抜ける速度を中盤から後半にかけて上げていかなくてはならないのだけれど、鷺丸君はなかなか満足しなかった。肩を上下させて呼吸するメライちゃんに平然と「もっと速く走れるよね」と言う。僕もまたメライちゃんと同じ速度で走らなければならず、「遅いよ。女の子の方が速いじゃんかよ」と、叱咤される。
四メートルほどの短い距離ながら何度も走らされて、強い冷房にもかかわらず、池に落とされてずぶ濡れだった裸の体が乾いた。鷺丸君はさっきあれだけ休んだからと言って、練習の続行を主張した。両膝に手を当て腰を曲げて息を整える僕の背中を叩いて、定位置に戻るように告げる。僕が回転扉のところの隠し部屋に向かうと、鷺丸君が「違うよ、今度はお前が走ってくる番だろ」と言って、後ろから僕のパンツに手を伸ばしてきた。その指先が穴に引っ掛かったようで、繊維の裂ける鈍い音がした。「ごめんごめん」と鷺丸君が悪びれずに謝る。恐る恐る首を後ろに回すと、パンツの穴が更に拡大していた。直径六センチくらいに縦に広がっている。思わずその部分に手を当て、メライちゃんの目を意識して恥ずかしい思いに苛まれていると、自分の手品ショーのことで頭が一杯の鷺丸君から「愚図愚図するな」と怒鳴られた。
練習を重ねるうちに出てくるリズム、タイミングが合うようになった。それでも鷺丸君は難しい顔を崩さない。メライちゃんと僕の走り方がばらばらだと指摘し、試しに並んで走ってみるように言いつける。
スクール水着姿のメライちゃんと使い捨てパンツ一枚の僕がアトリエの入口にある白線に立って、鷺丸君の合図を待った。メライちゃんはいよいよ遠慮して、僕の方へは極力視線を向けないようにしている。顔がほのかに赤く染まっているのは、何度も走らされたせいばかりではないだろう。破れたパンツから半分お尻が見えかかっているというのは、情けない上に恥ずかしいものだった。メライちゃんのよそよそしい態度から、それが痛いほど伝わってくる。こうなったらもう、あまり自分の格好は意識せずに練習に集中するのが一番かもしれない。メライちゃんと並んで、同じ速度で走る。手の振り方、足の動きも統一するように細かい指示を受ける。メライちゃんの紺の水着に包まれた肢体が走った。次は僕の番だった。白線に戻ったメライちゃんに鷺丸君がよく見ておくように言う。僕の走りは鷺丸君の意図を十分に反映していないようだった。何度もやり直しをさせられる。せめて手の振り方だけでもメライちゃんと同じにしてくれと言われ、メライちゃんと手の動きを確認していると、アトリエのドアを開いて、鷺丸君のお母さんが入ってきた。
昼食の用意ができたことを知らせに来たお母さんは、僕の穴のあいたパンツを見て、あっと小さく声を上げ、上品な笑い声を立てた。
「これは恥ずかしいわね。直してあげられるといいんだけど」
そう言ってお母さんは膝を屈めて、破れた部分を摘まむ。と、不意に鷺丸君が「こっちに来て、走ってみろ」と僕の手を引っ張った。駄目、やめて、と叫ぶことすらできない一瞬だった。またパンツがびりびりと音を立て、外気の当たるお尻の面積がさらに広がった。メライちゃんの「いやっ」という鋭い声がして、お尻を見ると、右側部分の穴がさらに中央に向かって大きく裂けて、お尻の割れ目近くまで丸出しになっていた。メライちゃんの横では、お母さんが千切れた布をひらひらさせて、困ったような、笑いを堪えるような表情を浮かべた。
こんなにお尻が丸見えになってしまって、羞恥のあまり体がかっと熱くなった僕は、パンツの破れた部分に手を当てて、何とかお尻を隠した。鷺丸君が僕を呼び寄せる。パンツからひらひらと垂れた布が気になると言って、僕の体をくるりと回すと、垂れた部分を手でちぎり取ろうとした。「いや、やめて」と懇願するも無駄だった。使い捨てパンツの薄い布を鋏も使わずに切り取ることなど、いくら手先の器用な鷺丸君でも簡単にできるものではないのに、案の定うまくいかず、結局、側面の方向に向けてびりびりと破いて、前の部分の二重に布を重ねる部分の縫い目のところでようやく切り取った。こうして僕のお尻の右側だけでなく、側面から前にかけての肌もすっかり露わになってしまった。
母屋に移ると、食卓にカレーライスが並んでいた。でも、僕の分はなかった。代わりに小さなお握りがサランラップに包まれていた。どこにも僕の座る場所はない。立ったまま昆布の入ったお握りを齧っていると、食卓を囲んだ人たちが「いただきます」と唱和してカレーライスを食べ始めた。メライちゃんがスプーンを置いて、スクール水着の肩を少し引っ張って、水着に締め付けられた部分を摩りながら、ちらりと僕のほうを見た。目が合うと申し訳なさそうに俯いてしまう。
「Y美さんから聞いたのよ。ナオス君は少食だからお握り一個で十分だって。食事制限もあるみたいね」
なぜ僕が椅子も与えられず、右半分が破れたパンツ一枚のまま、お握りを食べているのか、その疑問に答えるように鷺丸君のお母さんが言うと、メライちゃんは小さく頷いて、コップの水を一口含んだ。全然腑に落ちないけれど、とりあえず説明してくれたから頷きました、というような頷き方だった。会話が途絶えた。お握り一つを食べ終えた僕は、もう少し食べたいのを我慢して、食卓の人たちが黙々と食事に専念するのを見ていた。メライちゃんがカレーライスを口に運ぶ。上体を傾けてサラダへ手を伸ばし、小皿に取る。その仕草は、どこかぎこちなく、この重い雰囲気から早く逃れたがっているように見えた。それでも筋肉が強張っているのか、スムーズに手や口を動かせない。結局、最後まで食事を続けたのはメライちゃんだった。
一番に食べ終えた鷺丸君はすでに食卓を離れ、アトリエにいた。しばらくして、また母屋に顔を出し、「なんだ、まだ食べてるのかよ。遅いなあ」と、不満そうに口を尖らせた。メライちゃんは何か言おうとして咳き込み、慌てて水を飲む。鷺丸君は「いいから、食べてろ。それよりナオス」と、詫びようとしたメライちゃんを制して、僕にアトリエに行くように呼びかけた。僕はお母さんに言いつけられて、食卓の食器を片付けているところだった。積み重ねたカレーライスの皿を台所に運ぶ。鷺丸君は諦めたのか、「終わったら早く来いよ」と捨て台詞を残してドアから出ると、入れ替わりにお姉さんが入ってきた。
「やだ。何そのパンツ」
嬉しそうな笑みを浮かべてお姉さんが僕の破れたパンツを指差す。その後ろから、児童合唱団の眼鏡の男の子と背の高い女の子が二人入ってきたのを見て、僕はカレーライスの皿を床に落としそうになった。用事があるから早く帰ると言っていたから、とっくにこの敷地から立ち去ったものと思っていたのに、なんだってまた意地悪そうな顔をして再び僕の前に現れるのか。小柄な眼鏡の男の子が早速僕に駆け寄ってきて、大きく破れて右半分が露出してしまったお尻をぺんぺんと叩く。
「すごいよ、こんなに破れてる」
身長が僕の目の高さにも及ばないにもかかわらず、眼鏡の男の子は僕に対して、馬鹿にしきった、生意気な態度を崩さなかった。何かあったら年上の女子児童に助けてもらおうという甘い考えが見え見えで、僕はそこからしてもうこの男の子が気に入らなかった。僕は男の子の肩を軽く押して、「やめて」と注意した。こんな子に今の恥ずかしい格好を馬鹿にされたくなかった。
眼鏡の男の子はきょとんとした、とぼけたような顔をしていたけれど、僕が真剣な目をしたので、すぐに女子児童たちの方を向いて、
「ねえ、このお兄ちゃん、なんか怒ってるみたいだよ。パンツいっちょうの裸のくせに。お尻半分出してるくせに」
と騒ぎ出し、パンツのゴムを掴んだ。引っ張られる。僕は男の子の手首を掴み、パンツのゴムに絡まった指を解いた。と、左側の布の部分に掛かった爪が一気にパンツを千切る。「駄目、やめて」と反射的に叫んで男の子を突き放す。ドンと音がして男の子が棚に頭をぶつけた。急いでお尻を見ると、今まで布に隠れていた左側の部分もついに大きく破れて、右側と同じくらい露わになっていた。これではもう、ほとんどお尻は丸出しに近い。
ぶつけた頭を摩りながら、男の子がしくしく泣き始めた。アトリエに足早で向かった僕は、追いかけてきた女子児童やお姉さんに捕まって、庭の池の方へ連れ出された。母屋を出て六角形のアトリエに向かうメライちゃんが心配そうな顔をして僕の方を見ている。僕は、あずまやのベンチに座った彼女たちの前で土下座させられ、もう二度と、いかなる理由があっても、有名な指揮者に注目されている美声のボーイソプラノの男の子に手を上げないことを誓わされた。
僕たちがアトリエで練習をしていた間、合唱の練習を終えた三人の児童は、お姉さんの部屋に居たと言う。お姉さんがこれまで美術展に出展した油絵とか彫刻作品を見せてもらっていたらしい。女子学童たちは美術に関心があるのか、お姉さんと美術談義をし、謝罪を済ませたばかりの僕を池の縁の石の上に立たせた。
熱い石の上で前を向いたり後ろを向いたり、お姉さんたちの指示通りに体の向きを変える。お姉さんが僕を引き寄せて、パンツのゴムに手を掛けた。パンツのような実用品を美術作品として扱うのであれば、そのシンプルな機能性を強調するのも一つの方法だとお姉さんが言って、青いカチューシャの女子児童に母屋から鋏を持ってこさせた。鋏の先端が僕のお尻に当たると、パンツを脱ぐように要求する。肌を傷つけたら大変、とお姉さんが笑った。女子児童や眼鏡の男の子の手前、全裸になるのは抵抗があったけれど、何もおちんちんを見るのが目的ではない、ただ破れてぼろぼろになったパンツを整えるだけだというお姉さんに強制され、三人に背中を向けてパンツを脱ぎ、おちんちんをしっかり隠してから向き直ってお姉さんにパンツを渡した。幸いずっとおちんちんを隠すことができたので、おちんちんだけは一瞬たりとも見られなかった。
アトリエに戻った僕を見て、メライちゃんがまず顔を背け、「何よそれ」と憤った。鷺丸君がぽかんとした顔をし、それが間抜けみたいだとお姉さんにからかわれる。鋏を入れられた僕のパンツの布は、おちんちんをかろうじて隠すだけの細い縦の布の部分だけを残して、きれいに切り取られていた。
おちんちんに当たる布は股間からお尻につながる部分で紐状になった。撚られて細い紐になった不織布がお尻に食い込んで、そのまま腰に引っ掛かった緩いゴムにつながる。まさに全体が紐で作られたようなパンツと言ってよかった。おちんちんと袋をわずかな布で隠しているだけで、あとは全て露出してしまっている。
恥ずかしくて逃げ出したかった。でも、どうにもならない。おちんちんが隠れていることだけが唯一の救いだった。
「この子たち、午後からの練習を見たいんだって。いいでしょ?」
あっさりと弟の鷺丸君から了解を得たお姉さんは、二人の背の高い女子児童と眼鏡の男の子の三人にピアノの横のパイプ椅子を運ばせた。
それにしてもIさんの立腹ぶりは、尋常ではなかった。彼女は、僕が素っ裸でバスに乗車したということを初めて聞いたらしく、「罰当たりな行為には厳罰が必要」と言い張った。そのおかげで、僕はこの場で立て続けに浣腸される羽目になった。おちんちんを射精寸前まで扱かれた上でお尻の穴を広げられた。
肛門から出るのは、ほとんど液体そのものだった。僕はそれに土を被せて池に落とす。ライトの強い光に土に汚れた足の裏を晒す。異常な雰囲気だった。僕は覚えているだけでも五回は続けて浣腸された。お尻の穴に液体を注入すると、Iさんは貴重な生命エネルギーがここに発散されると厳かに告げるものだから、信者だけでなく交流会に参加していた高校生たちまでもが夢中になって、僕のお尻から我慢に我慢を重ねた挙句に放出される液体を間近で見ようとした。最前列が入れ替わる度に僕のお尻に液体が入れられた。
お尻の穴に器具が差し込まれ、横に広げられたこともあった。これまで散々に受けてきた性的ないじめのせいで、僕のお尻の穴が広がりやすくなっていることを単純に楽しむ高校生たちは、僕が痛みを訴えて、「やめてください」「許してください」とお願いしているにもかかわらず、歓声とともに驚きの声を上げた。
理不尽な理由で僕が連続浣腸を強制させられている間、S子とルコ、N川さんは帰ったようだった。Y美の姿が見えないと思ったら、門のところでIさんとひそひそ話をしている。Y美が僕を手招きをして呼びつけた。僕は来た時と同様、素っ裸のまま門を出てY美の後ろをとぼとぼと歩いて帰った。門まで見送りに出た高校生たちが「服を着させてもらえないって、可哀想だね」「可哀想だね」と話していた。僕は辞去する直前にIさんにおちんちんを扱かれてしまい、射精寸前で止められて、大きくなったままだった。Y美が隠さないで歩くようにと言って、僕の手を取った。前方から三台ほど車が通過し、ヘッドライトに硬くなったおちんちんが照らされた。
家に着くと、すでにおば様が帰宅していた。僕を素っ裸のまま連れ出したことについて、Y美はおば様から激しく叱責された。こういう時、いつもであれば僕も同じくおば様から叱られる。僕に非がないと思われる場合でも、Y美と僕が同い年であり、僕が男の子であるというのがその理由だった。男の子なんだからY美のどんな無茶な誘いも断ることができるでしょ、とおば様がよく言った。実際にY美がするのは誘いではなく命令であり、僕に逆らうことなんか絶対にできないのに、そしてそのことはおば様自身もよく承知している筈なのに、あえて「平等に叱らないといけないのよ」と言って、Y美は女子ゆえに免除される体罰すらも僕には加えて、裸の僕をY美以上に激しく叱責するのが普通だった。
それが今回に限っては、僕は叱責を免れた。これも昼間、長時間にわたっておば様に奉仕したことが功を奏したのかもしれない。
二階の自分に割り当てられた部屋に入り、マットレスの上に横たわる。澱のように溜まった空気が全身の肌にまつわり、相変わらず自分が素っ裸のままでいることを意識させられる。この部屋には肌に掛ける毛布すらない。階下からは、おば様に言い返すY美のヒステリックな声が聞こえた。ドアが強く閉められ、家屋が揺れたような気がした。みなみ川教のIさんや信者たちに広げられたお尻の穴がずきずきと痛んだけれど、長時間にわたっていじめを受けた後だから疲労も激しく、すぐに眠ることができた。
もう少し眠っていたいと思っているところへY美が入ってきた。カーテンのない窓のおかげで部屋はすでに昼間の明るさだった。僕は腰を捻って、朝の現象により性的欲望とは何の関係なく硬化状態にあるおちんちんを隠そうとしたけれど、Y美に素足で仰向けにされ、おちんちんをいじられた。Y美は半袖のシャツと短パン姿だった。後ろから僕のお尻を膝で蹴りながら、一階の居間へ僕を素っ裸のまま引き連れていく。
台所から食卓へ朝食を運ぶおば様が僕の大きくなったおちんちんを見て、にっこりと笑った。僕はY美の命令で食卓の横に気をつけの姿勢で立たされることになった。おちんちんが元の大きさに戻るまで朝食はお預けだった。
一日の予定をその日の朝に突然言われるのは、この家では珍しくないことだった。僕が食卓の横のシートに正座して食パンの耳を齧っていると、朝食で使った食器を流し台に運び終えたY美が目の前に立って、鷺丸君の家に行ってマジックショーの練習に参加するように言い渡した。
町内会の夏祭りは自治体だけでなく地元企業も多く参画する。おば様も運営委員に名を連ねて、企業からお金を集めているらしい。この祭りのステージで隣のクラスの鷺丸君が得意のマジックを披露することになり、Y美の言いつけで、メライちゃんと僕もアシスタントとしてステージ上で手伝うことになっていた。
最初は家の外でメライちゃと二人になれると思って楽しみにしていたけれど、さすがにY美の思いつきだけあって一筋縄にはいかず、楽しみというよりはむしろ苦行に近かった。何よりも、このマジックの間、僕はずっとパンツ一枚の裸でいなければならない。
出掛ける直前になって、Y美が僕の学校の制服や下着類を出してくれた。おば様は仕事があり、Y美も午前中から夏期講習だったので、僕は一人で鷺丸君の家に行くしかなかった。Y美はパンツ一枚だけ穿かせて行かせればよいと考えていたようだけれど、おば様にたしなめられて、渋々僕の衣類を引っ張り出してきたのだった。
久し振りに衣類をまとうことができるという思いから、僕の手は素早く白いブリーフのパンツへ伸びた。触った時に何これと思ったけれども、一刻も早くパンツを履きたくて、前後だけを確かめるとさっさと足を通した。とりあえずパンツ一枚を身に着けた僕は、今までのパンツと材質が異なることに気づいた。薄いすべすべした布切れだけのシンプルな作りでおしっこの時の穴がなかった。
「旅行用の使い捨てパンツだよ」
Y美が腕組をしたまま、気難しい顔をして言った。綿の白いブリーフは、おば様が間違えて一回り小さなサイズをまとめ買いしてくれたもので、ぴちぴちだった。それが破られたり無くされたりしているうちに残りが少なくなったので、どうせなら安い物をと探しているうちにY美がこの旅行用の使い捨てパンツを見つけたと言う。
「感謝しなさいよ」
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を述べたものの、戸惑いは隠せなかった。使い捨てパンツは薄い布で軽かった。おちんちんのところだけ二枚重ねになっているけれど、その他の部分は一枚だけで、密着させると肌が透けて見える。このパンツでメライちゃんと手品の練習をするのはどうも気が重い。僕は一応確認のためと念押しをしてから、今までの綿のブリーフもあるのかと聞いてみた。Y美は、あることはある、と答えた。
「でも、それは大切な時に取っておきなさいよ。どうせお前はしょっちゅうパンツを脱がされて無くすんだからさ。それがいやなら穿くなよ」
パンツが無ければ鷺丸君に事情を話して借りるという手を思いついたけれど、自分の物を貸すのが大嫌いな鷺丸君がそれに応じる筈がなく、そうなると、僕は文字通り一糸まとわぬ素っ裸で手品の練習をさせられるかもしれない。やはり、今日はこの頼りない感じがする透けた使い捨てパンツで我慢しなくてはならない、おちんちんが見える訳ではないから、と自分に言い聞かせて、シャツ、ズボンと次々と衣類を着ていった。ズボンのチャックは、Y美に取っ手を外されたままになっていた。
久し振りに服を着て、靴下を穿き、運動靴で歩く。裸足ではなく靴を通して踏む地面は、心地よかった。空気や風の動きがいちいち全身の肌に直接当たらない。当たり前のように服を着ていた時分の肌の感覚が少しずつ戻ってくる。こうして服を着ている以上、人に自分の姿を見られても何ら気にする必要はないし、何も恥ずかしいことはない。普通の通行人として堂々と歩ける。僕にはこれが何よりも嬉しかった。それに加えて、今はY美やおば様の目から離れて一人で自由に歩いている。鷺丸君の家という目的地が指定されているとはいえ、どのようなルートを辿ろうとも僕の自由だ。解放感を味わいながら歩いていると、畑で草取りをしている人たちが声を掛けてきた。
「おや、今日は服を着ているんだな。珍しいな」
麦藁帽子を被ったおじさんが僕をじろじろ見ながら言った。少し離れたところにいたおばさんがわざわざ道路に上がってきて、僕の顔をまじまじと覗いた。
「あらやだ。いつも女の子に悪さしてはお仕置きされて、真っ裸で歩かされてる子じゃないの。この間も、雨の中、空き地のところに裸で縛られてたわよね」
畑にいる五人くらいの人たちが一斉に笑った。僕は恥ずかしくなって急ぎ足で畑を通り過ぎた。すると、今度は立ち話中の主婦の人たちが僕を見て、日傘をくるりと回して顔を隠し、声を潜めた。通り過ぎると、いきなり後ろから呼び止めてきた。
「あなた、裸でバスに乗ってた子じゃないの?」
「違います」
とっさに嘘をついてその場を逃げ出す。背後から「間違いないね」「絶対あの子よ」「チャック全開で白いパンツが見えてたわ」「やっぱり変わってるのね」と言う声が聞こえてきた。僕は真夏の日差しの中、曲がり角まで必死に走った。
このまま団地の立ち並ぶ敷地に入ったら、意地の悪い子供たちが目敏く僕を見つけて、せっかく着ることの許された服を脱がそうとするかもしれない。ここはなるべく僕のことを知る人たちに会わないような道を選ぶことにして、鷺丸君の家へ向かう圧倒的な近道である団地の中は通らず、幹線道路沿いから大回りすることにした。
それにしても、炎天下の歩行は汗が流れる。以前、Y美に川沿いの道を素っ裸で歩かされた時、Y美がしきりに暑がるので、同意したところ、衣類を全くまとわない僕にこの不快さが分かる筈がないと言って激しく詰られ、土下座をして詫びたにもかかわらず川に落とされたことがあった。その怒りぶりは度を越しているとは思うけれど、汗ばんだ衣類が肌にねっとりと付く不快さは、確かに素っ裸で歩かされている時には感じることのなかったものだった。僕は公園の蛇口で何度か顔を洗い、ハンカチを濡らした。
約束の時間に三十分も遅刻したことに気付いたのは、鷺丸君の家に到着してからだった。心配してたのよ、と言って鷺丸君のお姉さんが出迎えてくれた。玄関に向かって左側に広い芝生が見える。奥の雑木林に面した塀の横に掘り返した土の山があり、以前にはなかった池があった。バキュームカーから出てくるような大きなホースが池に水を注いでいる。
「池を造ったのよ。あの雑木林に面したところだけ本格的な庭園にするんだって。うちのお父さん、凝り性だからね」
「そうなんですか。すごいですね」
サンダルを足に引っ掛けて玄関から出てきたお姉さんが庭を通って六角形のアトリエに向かう。僕もお姉さんに続いた。平屋から庭に抜ける通り道に少し強い風が吹いて、お姉さんのノースリーブの白いワンピースがふわりと膨らんだ。よく手入れされた芝生の庭に出ると、お姉さんはなぜかアトリエではなく、池のほとりにある小さな屋根付きのベンチに向かって歩き出した。僕はアトリエに行くべきか迷ったけれど、お姉さんに従うことにした。
「だいぶ水が溜まったみたい」
池の縁に置かれたホースから水がごぼごぼと出てくるのを見て、お姉さんが言った。お姉さんはベンチに腰を下ろし、僕にも掛けるように勧める。心地よい風が雑木林の方角から吹いてくる。玄関から見た時にはそれ程とは思わなかったけれど、間近で見るとなかなか立派な池であり、真ん中の部分が細くて、雑木林の方へ横長に広がっていた。
「ナオス君、この屋根付きのベンチ、なんて言うか知ってる?」
「え、分からないです」
正直に答えると、お姉さんの口元が弛んで、さざ波のような笑いが広がった。
「知らないんだ。あずまやって言うんだよ」
「そうなんですか」
「涼しいでしょ。ズボンのチャックが空いてるよ」
「はい」
足を組み替えたお姉さんがベンチに手を置いて胸を反らし、円形の屋根を見上げた。
後ろの方から立て付けの悪い戸が音を立てた。鷺丸君が六角形のアトリエから出て来たところだった。アトリエで履いていた運動靴のまま、こちらへ歩いてくる。
「遅かったじゃないかよ」
「ごめんなさい。少し道に迷ってしまって」
「もうメライちゃんは準備ができてるよ」
そう言って鷺丸君はお姉さんに目配せをした。鷺丸君が出てきた戸が半分ほど開いて、メライちゃんがそっと顔を覗かせた。お姉さんが手招きすると、少しためらったような間を置いて、まず裸足の足先がすっと外に出た。驚いたことに、メライちゃんは紺のスクール水着という格好だった。お姉さんが手拍子を鳴らすと、その速いテンポに合わせるように恥ずかしそうに俯いて、小走りで来た。
「メライちゃん、なんでそんな恰好してんの?」
「そんなにじろじろ見ないでよ」
胸や下腹部を隠すように腕を交差させたメライちゃんが僕を軽く睨んだ。なんとなく目にいつもの元気がない。なんでもない風を装っているけれども、表情が乏しい。
これまでメライちゃんは、手品の練習をする時、白い体操服にブルマ姿だった。その姿でステージに立つものとメライちゃんのみならず、鷺丸君も考えていたと思う。着替え用の小部屋に通されたメライちゃんは、お姉さんに今日は体操服は必要ないと言われ、代わりに紺のスクール水着を渡された。メライちゃんはいきなりのことに驚き、水着になることをなかなか承知しなかったと言う。
「すごく恥ずかしがるのよ、この子」
今回、ステージ衣装がスクール水着に変わった理由は、お姉さんのアイデアによるものとのことだった。その方が夏らしいから、というのが変更の理由だった。
「お姉ちゃんが説得してくれたら、助かった」
鷺丸君がそう言って、池の奥に向かって石を投げた。
「そうよ、随分説得したんだから。でも、最後には納得してくれたんだよね。ナオス君なんて、パンツいっちょうでステージに立つのよ。メライちゃんもよく知っている、あの小さな白いブリーフパンツ一枚だよ。それに比べたら、スクール水着なんて、どうってことないじゃないのって言ったら、やっと承知してくれたんだよね」
そう言うと、お姉さんはベンチから立ち上がって、メライちゃんを自分の前に引き寄せた。メライちゃんはぐっと下唇を噛んでお姉さんに手を引かれた。
生唾を飲み込むのに手間取ってしまった僕は、メライちゃんの水着姿から一旦目を離した。紺のスクール水着に包まれた初々しい肉体の残像が激しくて、水を弾くような芝生の新鮮な緑もたちまちに色あせてしまう。そのスクール水着は、明らかにサイズが一回り小さく、体に密着するというよりは、メライちゃんの肉体を締め付けているようにしか見えなかった。しかも体の前面と背面を結ぶ股間のところの面積が小さく、側面に向かって鋭い角度で上がっている。人の目はもちろん、日にもろくに当たってこなかったと思われるその箇所の肌が磁器のような白さを湛えている。
腕を交差させてはもじもじとするメライちゃんをお姉さんが舐めるようにじろじろと見る。このスクール水着はお姉さんが小学五年生の時に着ていたものとのこと。さすがに少し小さいかしらね、とお姉さんが言った。肌に密着したスクール水着を通して、メライちゃんの小さな胸の膨らみがはっきり見える。間近でメライちゃんのぴちぴちした水着姿を見ていると、動悸が激しくなった。
「そろそろ練習に入りたいんだけどね」と、鷺丸君が言った。
「ごめんね。私がナオス君を引き留めたから」お姉さんが鷺丸君に謝ると、ベンチに座ったままの僕を見下ろして、「前の練習からだいぶ日が経ってしまったけど、ナオス君、自分役割は忘れてない?」と、訊ねた。
「覚えていると思います」ベンチから立ち上がって答える。これまで鷺丸君の家で練習してきたこと、教わったことなどを思い返した。
回転ドアを通り抜けると、服が消えてパンツ一枚になってしまう。メライちゃんと僕の体格がほとんど同じで、髪型をいじれば見分けがつかなくなるという点に着目して鷺丸君が考えた手品は、回転ドアのセットにある隠し部屋を使って、通り抜ける瞬間に服を着たメライちゃんとパンツ一枚の僕が入れ替わるという単純なものだった。一人の人物が回転扉を通り抜けたように見せるためには、メライちゃんと僕のタイミングが合わなければならない。その他にもステージでの立ち位置、振舞いなど、体で覚えなければいけないことが沢山あった。
いくらマジックショーのためとはいえ、大好きなメライちゃんに見られながら、自分だけがパンツ一枚の裸でいなければならないのは、辛いものがあった。今までいろんな人におちんちんを見られ、恥しい思いをしてきたけれど、メライちゃんの前でだけはそんな仕打ちはされたことはなかった。パンツ一枚の格好もできれば晒したくなかった。だけど、裸になるのを今更断るのは極めて難しかった。まずY美が許さないだろうし、メライちゃんから男らしくないと思われ、嫌わるかもしれない。
すっかり観念して母屋に向かおうとすると、お姉さんが通せんぼをした。
「どこへ行くのよ?」
「え、ちょっと着替えに」
「着替えなんて必要ないじゃない。あなたは服を脱いで裸になるだけなんだから」
「まあ、そうですけど」言葉が続かない。せめて部屋くらい使わせてくれても良いのではないか、と思う。押し黙ってしまった僕は、お姉さんのピンクのマニキュアが塗られた足の指をじっと見ていた。
「ここで裸になりなさい」
顎の下にお姉さんの手が伸びて、僕は顔を上げさせられた。じっと僕の目を覗き込んでいる。
「早く裸になりなさい」
お姉さんがもう一度言った。鷺丸君の背中からスクール水着姿のメライちゃんが顔だけ出して、じっと僕が脱ぐのを見守っている。仕方がない。僕は息を吐くと、ワイシャツのボタンを外し、靴、靴下を脱いだ。続いてアンダーシャツに手を掛ける。これで上半身が裸になった。みんながじっと見ている中で服を脱ぐのは、思いの他恥ずかしい。
「早くズボンも脱いでね」お姉さんがアトリエの方をちらちら見ながら言った。アトリエの方からピアノの音とともに子供たちの合唱が聞こえてきた。メライちゃんも僕がズボンを脱ぐのを期待するようにじっと見ている。別に素っ裸にさせられる訳ではないんだ、と自分に言い聞かせ、ベルトを外す。取っ手のないチャックはすぐに左右に開き、するりと下がった。ズボンを足首から抜いて手早く畳むと、ベンチの上にある他の畳まれた衣類の横に置いた。
とうとうこれでパンツ一枚になった。練習の間はずっとこの格好でいなければならない。しかも、この日のパンツは、いつもの綿のブリーフではなく、薄くて、肌にぴったり付けると透ける旅行用の使い捨てだった。
「すごいね、ナオス君。そのパンツ」
早速反応したのは、お姉さんだった。パンツを摘まんで軽く引っ張ってみる。
「これ、使い捨て用だよね。不織布だよ。Y美さんもすごいの穿かせるのね」
感心するお姉さんの手がゴムの部分に移り、同じように軽く引っ張った。鷺丸君とメライちゃんがアトリエに向かって歩き出した。僕も二人に続こうとしたら、お姉さんに後ろからパンツを引っ張られ、あっという間に脱がされてしまった。一刻も早く返して欲しい僕は、お姉さんの言う通りにおちんちんを隠した手を動かした。
「久し振りに見るわね、あなたのおちんちん。相変わらず毛が生えてない」
指でちょこちょことおちんちんをいじりながら、お姉さんが笑った。
二日ほど精液を出していないこともあって、たちまちにおちんちんが反応してしまう。
「やだ、もう大きくしてんの?」
メライちゃんに見つかるのではないかと気が気ではない僕は、お姉さんに小声で「お願いだから、パンツを返してください」と頼み込んだ。
「いいからいいから。丸裸で練習させられたくなかったら、大人しくしてて」
お姉さんは硬くなったおちんちんの根元を摘まんで、軽く上下に振って、その動きをじっと怖い目で観察するのだった。
返してもらったパンツを急いで穿いて、アトリエの立て付けの悪い戸を引くと、クーラーの冷気がさっと胸からお臍、太腿に流れ込んできた。寒い。アトリエの奥では小学生くらいの子供たちが十五人ほど並んでいて、鷺丸君のお母さんが合唱の指導中だった。スクール水着姿のメライちゃんと使い捨てパンツ一枚だけを身に付けた僕が入ってきたのを見て、お母さんが説明中にもかかわらず、子供たちがざわざわし出した。お母さんが手を叩いて注意を促しても、忍び笑いが消えない。
マジックの仕掛けを見ると、回転扉の真横にある隠し部屋の仕掛けが改善され、一枚のドアで出入りできるようになっていた。今までは二枚のドアがあり、入る人と出る人がそれぞれ別のドアを使って入れ替わった。これだとタイミングを合わせるのが非常に難しい。今回、一枚の回転式ドアになったことで、入る人と出る人は容易に同じタイミングで出入りできるようになった。
この仕掛けを作った製作会社の社長さんは、鷺丸君のマジックの腕に惚れ込んでいて、鷺丸君が指摘した欠点を改良するべく、足繁く通ったと言う。
「これだけ苦労して作った仕掛けだから、くれぐれも他言するなよ」
ちょっと得意そうな顔をして鷺丸君がメライちゃんと僕に念を押す。マジックショーの種は関係者以外の人に明かしてはならない、という鉄則は、マジックの練習を始めてから口酸っぱく言われてきたことだった。それならば、なぜ児童合唱と同じ場所で練習するだろうか。仕掛けがばれて構わないのだろうか。小学生たちから侮蔑のような視線で裸の姿を見られる苦痛に練習の度に耐えてきた僕は、そんなかねがね抱いていた疑問を良い機会だとばかり、ぶつけてみた。鷺丸君はにっこりと笑って、「この子たちのことは気にしなくていいんだよ」と答えると、僕に隠し部屋に入るように指示をした。
回転扉は一人の人間が走って通り抜けるように見えなくてはならなかった。走っていることが多いので、冷房のがんがんに効いたアトリエの中でも、それ程寒くは感じられなくなる。この日、連続して回転扉を通り抜ける回数が増やされた。
まずメライちゃんが回転扉を抜けると、入れ替わりに僕が出てくる。水着が消えてパンツ一丁になってしまったことに驚く演技をし、もう一度、メライちゃんが抜けたのと同じ側から回転扉に向かって走る。すると、今度はメライちゃんが出てくる。再び水着が戻ってきて安心して、もう一度、回転扉を抜けると、また水着が消えてしまう。これを速いサイクルで何度も繰り返す。
気がつくと、児童合唱の練習は終わっていて、アトリエには鷺丸君とメライちゃんと僕の三人しか居なかった。メライちゃんと入れ替わって回転扉から出てきた時の立ち位置について、僕が鷺丸君から細かい指導を受けていると、お姉さんがアトリエに入ってきた。困った顔をして、「お願いがあるんだけど」と切り出す。
児童合唱の小学生たちが庭の芝生でボール遊びをしていたら、池に落ちたと言う。鷺丸君が呆れたように首を横に振り、休憩になった。メライちゃんと僕はお姉さんに連れられて、お姉さんがあずまやとだと教えてくれた屋根付きのベンチのところへ行く。僕が脱いだ衣類はなくなっていた。合唱団の小学生たちが五人ほど池の端から水に浮かんだビーチボールを引き寄せようとしていた。小学生といってもメライちゃんや僕と背丈は変わらなかった。高学年らしい子はほとんどが僕たちよりも高かった。ベレー帽を合唱の練習が終わった今も被ったままでいる背の高い女の子がメライちゃんと僕に気づき、仲間たちに知らせた。
少し風が吹いてビーチボールが岸に寄れば池に入らなくても取れそうなのに、生憎さっきから蒸した空気にブロックされたかのように無風状態となり、ビーチボールがちっとも動かなくなったのだと小学生たちが教えてくれた。アトリエの中ではパンツ一枚の僕をちらちらと見ては馬鹿にしたように笑っていた小学生たちだけど、今ではそういう感じは微塵も見せず、そろそろ引き上げる時間だから早くビーチボールを池から取り出したいのだと切実に訴えるのだった。
手近に竿のようなものでもないのかと僕が訊ねると、「そんなものはない」と、小学生たちよりも先にお姉さんが即答した。竿みたいなものがあれば何も水着姿の人やパンツいっちょうの裸の人に頼まないよ、と眼鏡を掛けた男の子が言うと、その生意気な口調をたしなめるように年上らしい、青いカチューシャを付けた女の子が男の子の頭を軽く小突いた。
池に入ってビーチボールを取りに行く。メライちゃんと僕のどちらがその役を引き受けるべきだろうか。僕としては水着姿のメライちゃんにお願いしたいところだった。水着であるから濡れても構わない筈だった。池の上に静止するビーチボールをじっと睨んでいたメライちゃんが「仕方がないな」と呟いて、池に入ろうとするのをお姉さんが後ろから声を掛けて、やめさせた。こういう時は男の子が取りに行ってあげるものよ、とお姉さんが僕の肩を叩いた。
僕としては池に入ってこの使い捨てパンツを濡らしたくなかった。けれどもお姉さんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ためらっている僕を男の子らしくないと非難し始めた。幾ら水着を着ているからって女の子であるメライちゃんに取りに行かせるなんて、あなたそれで大丈夫なの、と真顔で僕を問い詰める。
池はそれ程深くない、せいぜい膝くらいまでだ、というお姉さんの言葉を信じて、恐る恐る足をぬるりとした水に差し入れる。池に入ってしまえば、ほんの少し手を差し伸べるだけで取れると思ったけれど、僕が入ったことで生じた波紋がビーチボールをゆらりと動かした。池の底は拳くらいの大きさの石がごろごろしていて滑りやすかった。僕の手がビーチボールに掛かった時、足が滑って一歩余計に踏み出してしまい、それまで膝くらいだった深さがぐっと深くなった。
あっと思った時にはもう僕は肩まで池に浸かっていた。パンツも当然のこと、水中に沈んだ。それと同時にビーチボールが奥へ流された。池底のぬるぬるした泥に踝が沈む。池の縁では、合唱団の児童に交じってメライちゃんが心配そうな顔をして僕を見ていた。僕はビーチボールを持ったまま、肩まで水深のあるところから膝までの深さになる段差を越えようとして、ためらいを覚えた。パンツをすっかり水に浸してしまった今、みんなの注視を浴びながら池から上がりたくなかった。普通の白いブリーフでも濡れるとお尻が透けて見える。ましてや今穿いているのは使い捨ての薄いブリーフパンツ。僕はとりあえずビーチボールを全然別の方向へ投げて、合唱団の児童たちの注意がそっちに向くようにしてから、池の中の段差を越えた。しかし、メライちゃんがまだ僕を不安げな面持ちで見つめていた。
「大丈夫なの、ナオス君」
メライちゃんの問いかけに僕は「大丈夫」と小さく答えて、池が浅くなっても敢えて立ち上がらず、濡れたパンツが見えないように四つん這いになって岸へ進んだ。メライちゃんは僕のパンツがたっぷりと水分を含んであまり見せたくない状況にあることまでには気が回らないようだった。石のごろごろしている池の中へパンツ一枚の裸でボールを取りに行ったことを純粋に心配してくれているのだった。顔を上げると、スクール水着姿のメライちゃんを挟んで合唱団の児童たちが数人、僕を見つめていた。怒ったように口をへの字に曲げて、誰も僕が投げたビーチボールを拾いに行かない。ペレー帽を被った女の子と眼鏡をかけた男の子が互いに顔を見て、にやりと笑ったような気がした。早くビーチボールを取って家に帰りたいと訴えていた男の子だった。僕が池の中にしゃがみ込んで、ボールの方向を顎でしゃくって知らせても、この眼鏡の男の子は「知ってる」とだけ答えて、動こうとしなかった。僕が池から上がるのを他の児童たちと一緒にじっと待っているようだった。鷺丸君のお姉さんが「何してるの、早く上がりなさいよ」と、声を掛けた。
パンツの前に手を当てて、立ち上がった僕は、膝までの深さしかない池を足を滑らさないようにおっかなびっくり歩いた。池から上がると、背の高い女子児童たちがくすくす笑いながら、眼鏡の男の子を唆している。びっしょり濡れたパンツの前に両手を交差させて立つ僕にその男の子が近づいて、向こうの芝生に転がっているビーチボールを取ってくるように僕に言いつけるのだった。池から取り出したのだからもう御役御免の筈なのに、僕よりも小柄で年下の、しかもほとんど初対面の男の子に居丈高に命令される筋合いはないと思って、だんまりを決め込んでいると、男の子は、「ねえ、早く」と言って僕のパンツのゴムを引っ張ったので、思わずその子の手を払って、肩を押してしまった。男の子は芝生に尻餅をついて、半泣きになった顔を後ろに控える女子児童の方へ向けた。
男の子の名前を呼びながら、すぐに背の高い女子児童たちが三人駆けつけた。鷺丸君のお姉さんが僕にすぐに謝ったほうがいいと忠告してくれた。女子児童たちは、「ひどい、なんてことするの」と、口々に僕を責め始めた。大きな入道雲から太陽が現れ、日差しがじりじりと裸の体に差し込んできた。塀のすぐ先にある街道を車が一台も通らず、蝉の鳴き声が池の向こうの雑木林から聞こえる。男の子が眉の辺りにずり上がった眼鏡を元の位置に戻してから、言った。
「濡れて透け透けのパンツいっちょうのくせに。早く取って来いよ」
僕は男の子を突き飛ばしてしまった粗相を詫びて頭を下げると、回れ右をして芝生の端に転がるビーチボールを取りに行った。児童たちの笑い声が大きくなった。
「いやだ、何あれ」「丸見えじゃない」
嘲る声が聞こえる。
ボールを取ってきた僕をメライちゃんが鷺丸君のお姉さんの隣で見ていた。合唱団の児童たちと違って少しも楽しそうではなく、不快な思いに耐えるように、きゅっと下唇を噛んでいる。僕はそっと自分のお尻を見た。濡れたパンツがぴったりと肌に貼り付いている。お姉さんが不織布だと教えてくれた薄いそれは、きれいに透けて、ほとんど体を隠す用を果たさず、お尻が丸出しに近い状態だった。僕はこれまでにも不本意ながらメライちゃんにお尻を見られたことがあった。だから、それほどのショックは受けなかったけれども、情けない気持ちで一杯になった。
回れ右してみて、とお姉さんに言われ、力づくで体の向きを変えさせられた時、女子児童たちと眼鏡の男の子が僕のパンツに顔を近づけ、透けてお尻がしっかり見えることを改めて面白がるのだった。この使い捨てパンツは前の部分だけ不織布が二枚重ねになっている。そっと手を離して確認したところ、おちんちんはお尻ほどはっきり浮き出てはいなかったけれども、おちんちんの肌の色が透けて見えた。形までは出ていないので、少しほっとすると、眼鏡の男の子が「ねえ、この人、まだ毛が生えてないみたいだよ」と、ペレー帽の女子児童に報告をした。どうしてそう思ったのかと訊ねる女子児童に対し、
「だってもし生えていたら、黒いものが透ける筈だもの」
と、僕のパンツの前部を指して、さっきまでの泣きべそが消えた得意そうな顔をして説明する。僕は男の子をもう一度突き飛ばしてやりたく思いながら、パンツの前を手で隠したけれど、すぐにお姉さんに両手を後ろへ回された。
「ほんとだ。まだ生えてないんだ。うっすらと形まで見えるみたいだね」
ペレー棒を被った、背の高い女子児童の一人が膝を曲げて覗き込み、小さく笑った。お姉さんがスクール水着姿のメライちゃんに僕の肌に貼りついたパンツの前部を指し示しながら、耳元に何か吹き込んでいる。メライちゃんの顔が赤く染まり、お姉さんの指す方向から目を素早く逸らした。
お尻はともかく、おちんちんはまだメライちゃんに一度も見られたことがなかった。確かに僕の濡れたパンツは透けて、おちんちんの色をわずかに浮かび上がらせてはいるけれども、これは凝視して初めて分かる程度であり、少し離れた位置からちらりと見た限りでは、はっきりそれと認めることはなかなかできない。まだ見られたと嘆くのは早計だと気を取り直していると、眼鏡の男の子がホースを持ってこちらに走ってきた。
ホースから水が勢いよく飛び出して、メライちゃんの胸から下腹部を直撃した。
やめて、冷たいと叫んで逃げ回るメライちゃんへ男の子が執拗にホースの先を向ける。背中に水が当たって、紺色のスクール水着が水を弾いた。濡れて、メライちゃんの小さなお尻のところが変色し、形がくっきりと浮かび上がる。男の子は、青いカチューシャの女子児童が指さす方向にホースを向けた。メライちゃんが左に逃げると、女子児童の指も左に動く。
すぐにやめさせなくてはいけないと思って男の子に近づき、声を掛けると、いきなりホースの向きが変わって、僕のパンツに狙いを定めた。ほとばしる水がパンツのちょうどおちんちんの上に直撃する。この一瞬、おちんちんの形がはっきりと浮かび上がったらしい。女子児童たちから歓声が上がった。女子児童は、標的をメライちゃんから僕に変えるように男の子に指示した。メライちゃんへの水攻撃を邪魔された腹いせもあったかと思われる。「あの透け透けのパンツを狙って」と、ヒステリックな声が響いた。
合唱団の児童たちが逃げる僕の進路を笑いながら阻んだ。僕はとうとう池の端まで追い詰められた。
「もうやめて。こんなことはしないで」
年下の小学生に苛められる悔しさに声が震える。女子児童がアトリエの方を向いて合図を送ると、男の子の持つホースから水が出なくなった。不敵な笑みを浮かべて、ペレー帽の女子児童が僕に迫ってきた。もう一歩も後ろに下がれない。池の縁の熱い石の上に素足を乗せて、左右から逃げることを考えているうちに、女子児童が体に触れるばかりに接近した。僕の目の高さの位置に彼女の丸みを帯びた顎がある。白いブラウスが僕の裸の胸に触れ、スカートの襞が濡れたパンツに当たった。
「暑いから水浴びさせてあげる」
上の方からそんな声がしたかと思ったら、どんと胸を突かれた。池に落とされた僕は、そこが足の届かない深さであることにびっくりした。ビーチボールを取りに入った時には浅いところがしばらく続いていたのに、今突き落とされた側は、浅い部分がなくて、いきなり頭ごと水の中に入ってしまった。水中から顔を出すと、メライちゃんが心配そうに縁まで駆け寄ってきた。
「大丈夫、ナオス君」
児童たちから思わぬ意地悪をされたメライちゃんの悲しそうな顔が僕の胸を打った。ショートカットの髪の毛からぽたぽたと滴を落としながら、僕に手を差し伸べる。僕は池の中で足を動かしてバランスを取り、メライちゃんへ手を伸ばした。岸に引き寄せてもらうよりは、単純にその小さな丸っこい手を握りたかった。ところが、そのささやかな望みはあっけなく断たれた。青いカチューシャの女子児童が後ろからメライちゃんの背中を押した。あっと短い叫びを発してメライちゃんもまた池に落ちてしまった。
アトリエから出てきた鷺丸君がそろそろ練習を再開したいとお姉さんに言うまで、メライちゃんと僕は足の届かない池の中で苦しい立ち泳ぎを強いられた。眼鏡の男の子が女子児童たちに指示されるまま、これがあれば初めから池に入る必要などなかったと思われる長い竹竿を使って、メライちゃんと僕を池の中に押し留めるのだった。
全身ずぶ濡れの状態で芝生に上がったメライちゃんと僕に鷺丸君のお姉さんがあれこれと同情の言葉を掛けてくれたけれど、メライちゃんは言葉少なに頷くばかりだった。いきなりよく知らない年下の小学生たちに池に落とされたのだ。このことがどれだけメライちゃんを傷つけたかと思うと、いたたまれなくなる。それでもメライちゃんは僕への気遣いを忘れず、こちらの方へはあまり視線を向けないようにしてくれた。
その気遣いのあまり大仰なのと、なんとなくお尻の辺りに覚える違和感にもしやと思って確かめると、果たしてパンツの一部が破けて、直径三センチほどの穴からお尻の右側の部分が露出していた。池から上がろうと必死になっているさなか、男の子に竹竿で突かれて生じた穴に違いなかった。
休憩時間が予定よりも長くなったことに鷺丸君は苛立っていた。休憩が終わると、僕たちに対する要求が一段と厳しくなった。回転扉を通り抜ける速度を中盤から後半にかけて上げていかなくてはならないのだけれど、鷺丸君はなかなか満足しなかった。肩を上下させて呼吸するメライちゃんに平然と「もっと速く走れるよね」と言う。僕もまたメライちゃんと同じ速度で走らなければならず、「遅いよ。女の子の方が速いじゃんかよ」と、叱咤される。
四メートルほどの短い距離ながら何度も走らされて、強い冷房にもかかわらず、池に落とされてずぶ濡れだった裸の体が乾いた。鷺丸君はさっきあれだけ休んだからと言って、練習の続行を主張した。両膝に手を当て腰を曲げて息を整える僕の背中を叩いて、定位置に戻るように告げる。僕が回転扉のところの隠し部屋に向かうと、鷺丸君が「違うよ、今度はお前が走ってくる番だろ」と言って、後ろから僕のパンツに手を伸ばしてきた。その指先が穴に引っ掛かったようで、繊維の裂ける鈍い音がした。「ごめんごめん」と鷺丸君が悪びれずに謝る。恐る恐る首を後ろに回すと、パンツの穴が更に拡大していた。直径六センチくらいに縦に広がっている。思わずその部分に手を当て、メライちゃんの目を意識して恥ずかしい思いに苛まれていると、自分の手品ショーのことで頭が一杯の鷺丸君から「愚図愚図するな」と怒鳴られた。
練習を重ねるうちに出てくるリズム、タイミングが合うようになった。それでも鷺丸君は難しい顔を崩さない。メライちゃんと僕の走り方がばらばらだと指摘し、試しに並んで走ってみるように言いつける。
スクール水着姿のメライちゃんと使い捨てパンツ一枚の僕がアトリエの入口にある白線に立って、鷺丸君の合図を待った。メライちゃんはいよいよ遠慮して、僕の方へは極力視線を向けないようにしている。顔がほのかに赤く染まっているのは、何度も走らされたせいばかりではないだろう。破れたパンツから半分お尻が見えかかっているというのは、情けない上に恥ずかしいものだった。メライちゃんのよそよそしい態度から、それが痛いほど伝わってくる。こうなったらもう、あまり自分の格好は意識せずに練習に集中するのが一番かもしれない。メライちゃんと並んで、同じ速度で走る。手の振り方、足の動きも統一するように細かい指示を受ける。メライちゃんの紺の水着に包まれた肢体が走った。次は僕の番だった。白線に戻ったメライちゃんに鷺丸君がよく見ておくように言う。僕の走りは鷺丸君の意図を十分に反映していないようだった。何度もやり直しをさせられる。せめて手の振り方だけでもメライちゃんと同じにしてくれと言われ、メライちゃんと手の動きを確認していると、アトリエのドアを開いて、鷺丸君のお母さんが入ってきた。
昼食の用意ができたことを知らせに来たお母さんは、僕の穴のあいたパンツを見て、あっと小さく声を上げ、上品な笑い声を立てた。
「これは恥ずかしいわね。直してあげられるといいんだけど」
そう言ってお母さんは膝を屈めて、破れた部分を摘まむ。と、不意に鷺丸君が「こっちに来て、走ってみろ」と僕の手を引っ張った。駄目、やめて、と叫ぶことすらできない一瞬だった。またパンツがびりびりと音を立て、外気の当たるお尻の面積がさらに広がった。メライちゃんの「いやっ」という鋭い声がして、お尻を見ると、右側部分の穴がさらに中央に向かって大きく裂けて、お尻の割れ目近くまで丸出しになっていた。メライちゃんの横では、お母さんが千切れた布をひらひらさせて、困ったような、笑いを堪えるような表情を浮かべた。
こんなにお尻が丸見えになってしまって、羞恥のあまり体がかっと熱くなった僕は、パンツの破れた部分に手を当てて、何とかお尻を隠した。鷺丸君が僕を呼び寄せる。パンツからひらひらと垂れた布が気になると言って、僕の体をくるりと回すと、垂れた部分を手でちぎり取ろうとした。「いや、やめて」と懇願するも無駄だった。使い捨てパンツの薄い布を鋏も使わずに切り取ることなど、いくら手先の器用な鷺丸君でも簡単にできるものではないのに、案の定うまくいかず、結局、側面の方向に向けてびりびりと破いて、前の部分の二重に布を重ねる部分の縫い目のところでようやく切り取った。こうして僕のお尻の右側だけでなく、側面から前にかけての肌もすっかり露わになってしまった。
母屋に移ると、食卓にカレーライスが並んでいた。でも、僕の分はなかった。代わりに小さなお握りがサランラップに包まれていた。どこにも僕の座る場所はない。立ったまま昆布の入ったお握りを齧っていると、食卓を囲んだ人たちが「いただきます」と唱和してカレーライスを食べ始めた。メライちゃんがスプーンを置いて、スクール水着の肩を少し引っ張って、水着に締め付けられた部分を摩りながら、ちらりと僕のほうを見た。目が合うと申し訳なさそうに俯いてしまう。
「Y美さんから聞いたのよ。ナオス君は少食だからお握り一個で十分だって。食事制限もあるみたいね」
なぜ僕が椅子も与えられず、右半分が破れたパンツ一枚のまま、お握りを食べているのか、その疑問に答えるように鷺丸君のお母さんが言うと、メライちゃんは小さく頷いて、コップの水を一口含んだ。全然腑に落ちないけれど、とりあえず説明してくれたから頷きました、というような頷き方だった。会話が途絶えた。お握り一つを食べ終えた僕は、もう少し食べたいのを我慢して、食卓の人たちが黙々と食事に専念するのを見ていた。メライちゃんがカレーライスを口に運ぶ。上体を傾けてサラダへ手を伸ばし、小皿に取る。その仕草は、どこかぎこちなく、この重い雰囲気から早く逃れたがっているように見えた。それでも筋肉が強張っているのか、スムーズに手や口を動かせない。結局、最後まで食事を続けたのはメライちゃんだった。
一番に食べ終えた鷺丸君はすでに食卓を離れ、アトリエにいた。しばらくして、また母屋に顔を出し、「なんだ、まだ食べてるのかよ。遅いなあ」と、不満そうに口を尖らせた。メライちゃんは何か言おうとして咳き込み、慌てて水を飲む。鷺丸君は「いいから、食べてろ。それよりナオス」と、詫びようとしたメライちゃんを制して、僕にアトリエに行くように呼びかけた。僕はお母さんに言いつけられて、食卓の食器を片付けているところだった。積み重ねたカレーライスの皿を台所に運ぶ。鷺丸君は諦めたのか、「終わったら早く来いよ」と捨て台詞を残してドアから出ると、入れ替わりにお姉さんが入ってきた。
「やだ。何そのパンツ」
嬉しそうな笑みを浮かべてお姉さんが僕の破れたパンツを指差す。その後ろから、児童合唱団の眼鏡の男の子と背の高い女の子が二人入ってきたのを見て、僕はカレーライスの皿を床に落としそうになった。用事があるから早く帰ると言っていたから、とっくにこの敷地から立ち去ったものと思っていたのに、なんだってまた意地悪そうな顔をして再び僕の前に現れるのか。小柄な眼鏡の男の子が早速僕に駆け寄ってきて、大きく破れて右半分が露出してしまったお尻をぺんぺんと叩く。
「すごいよ、こんなに破れてる」
身長が僕の目の高さにも及ばないにもかかわらず、眼鏡の男の子は僕に対して、馬鹿にしきった、生意気な態度を崩さなかった。何かあったら年上の女子児童に助けてもらおうという甘い考えが見え見えで、僕はそこからしてもうこの男の子が気に入らなかった。僕は男の子の肩を軽く押して、「やめて」と注意した。こんな子に今の恥ずかしい格好を馬鹿にされたくなかった。
眼鏡の男の子はきょとんとした、とぼけたような顔をしていたけれど、僕が真剣な目をしたので、すぐに女子児童たちの方を向いて、
「ねえ、このお兄ちゃん、なんか怒ってるみたいだよ。パンツいっちょうの裸のくせに。お尻半分出してるくせに」
と騒ぎ出し、パンツのゴムを掴んだ。引っ張られる。僕は男の子の手首を掴み、パンツのゴムに絡まった指を解いた。と、左側の布の部分に掛かった爪が一気にパンツを千切る。「駄目、やめて」と反射的に叫んで男の子を突き放す。ドンと音がして男の子が棚に頭をぶつけた。急いでお尻を見ると、今まで布に隠れていた左側の部分もついに大きく破れて、右側と同じくらい露わになっていた。これではもう、ほとんどお尻は丸出しに近い。
ぶつけた頭を摩りながら、男の子がしくしく泣き始めた。アトリエに足早で向かった僕は、追いかけてきた女子児童やお姉さんに捕まって、庭の池の方へ連れ出された。母屋を出て六角形のアトリエに向かうメライちゃんが心配そうな顔をして僕の方を見ている。僕は、あずまやのベンチに座った彼女たちの前で土下座させられ、もう二度と、いかなる理由があっても、有名な指揮者に注目されている美声のボーイソプラノの男の子に手を上げないことを誓わされた。
僕たちがアトリエで練習をしていた間、合唱の練習を終えた三人の児童は、お姉さんの部屋に居たと言う。お姉さんがこれまで美術展に出展した油絵とか彫刻作品を見せてもらっていたらしい。女子学童たちは美術に関心があるのか、お姉さんと美術談義をし、謝罪を済ませたばかりの僕を池の縁の石の上に立たせた。
熱い石の上で前を向いたり後ろを向いたり、お姉さんたちの指示通りに体の向きを変える。お姉さんが僕を引き寄せて、パンツのゴムに手を掛けた。パンツのような実用品を美術作品として扱うのであれば、そのシンプルな機能性を強調するのも一つの方法だとお姉さんが言って、青いカチューシャの女子児童に母屋から鋏を持ってこさせた。鋏の先端が僕のお尻に当たると、パンツを脱ぐように要求する。肌を傷つけたら大変、とお姉さんが笑った。女子児童や眼鏡の男の子の手前、全裸になるのは抵抗があったけれど、何もおちんちんを見るのが目的ではない、ただ破れてぼろぼろになったパンツを整えるだけだというお姉さんに強制され、三人に背中を向けてパンツを脱ぎ、おちんちんをしっかり隠してから向き直ってお姉さんにパンツを渡した。幸いずっとおちんちんを隠すことができたので、おちんちんだけは一瞬たりとも見られなかった。
アトリエに戻った僕を見て、メライちゃんがまず顔を背け、「何よそれ」と憤った。鷺丸君がぽかんとした顔をし、それが間抜けみたいだとお姉さんにからかわれる。鋏を入れられた僕のパンツの布は、おちんちんをかろうじて隠すだけの細い縦の布の部分だけを残して、きれいに切り取られていた。
おちんちんに当たる布は股間からお尻につながる部分で紐状になった。撚られて細い紐になった不織布がお尻に食い込んで、そのまま腰に引っ掛かった緩いゴムにつながる。まさに全体が紐で作られたようなパンツと言ってよかった。おちんちんと袋をわずかな布で隠しているだけで、あとは全て露出してしまっている。
恥ずかしくて逃げ出したかった。でも、どうにもならない。おちんちんが隠れていることだけが唯一の救いだった。
「この子たち、午後からの練習を見たいんだって。いいでしょ?」
あっさりと弟の鷺丸君から了解を得たお姉さんは、二人の背の高い女子児童と眼鏡の男の子の三人にピアノの横のパイプ椅子を運ばせた。
いい所で次回続くか……
じわじわと追い込まれていく描写、いいですねぇ。
次回更新を楽しみにお待ち申し上げます。
過去にナオスさんが書いたコメントに
「メライちゃんもナオスさんへのいじめに加担する」
と書いていましたが、マジックショーのことが原因になるのでしょうか?
ナオスきゅん、女顔疑惑
これは益々、男の娘説に磨きがかかりますなぁ(ハァハァ
赤シャツさま
M.B.Oさま
その他のみなさま
早速コメントありがとうございます。
マジックショーの話、まだ続きそうです。
メライちゃんも、これからいろんなことを経験します。
こっそり楽しんでいただければ冥利に尽きます。
似たようなストーリーで、「こうたの物語特集」という作品があるのですが?
ナオス君とこうた君似たような体験談なのですが、同じ人物では、ないみたいですね。
「こうたの物語集」は読んでいます。
このような作品が出てくるのは大変うれしいですし、応援もしてるんですよ。
応援ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
とても嬉しく思います。
こうたさんは更新されましたね。
拝読しました。刺激を受けました。
ぼくは更新が止まっています。
がんばらなくちゃと思います。
お互い続けましょう。
書くことはいっぱいあるんです。