爆弾は速やかに警察に預けられた。
熟女トリオに両手をつながれ、僕は全裸のままステージ裏手の事務所に移動した。
事務所があるのはプレハブ式の細長い建物の一番奥で、そこへ向かう廊下には左側に窓、右側には楽屋と表示されたプレートの付いたドアが三つ続いていた。
事務所では桃李さんが警察に状況を説明していた。
仮設にしてはなかなか立派な事務室で、仕切りの向こうには応接セットがあった。大勢の警官は、板倉さんたち熟女トリオの後ろに隠れるようにして立つ素っ裸の僕を見ても、無視した。
重大な、死傷者を出したかもしれない事態であるから、素っ裸の僕がおちんちんを両手で隠して恥ずかしそうに立っていても、取るに足らない情景と判断したのだろう。
警官が水牛の群れのように事務所を出て行った。入れ替わりに姿をあらわしたのは門松徳三郎会長だった。
黒い宝石に気づかれないうちにステージに仕掛けられた爆弾を撤去し、食塩水に浸してこれを機能不全にしたことを桃李さんから聞いた門松会長は、裸の僕の肩を何度もペンペン叩き、「ようやった、ようやった」と満面の笑みを浮かべてねぎらってくれたけど、自分の手にバターが付着したことに気づくと、急に顔をしかめて、「おい」と荒々しい声で板倉さんを呼びつけた。
べとべとする手のひらを板倉さんに布巾で拭き取らせた門松会長は、すぐにまた元の笑顔に戻って、立て板に水の調子で僕のことを褒めそやした。
「やつらの犯行予告日をな、みんな明日だって思い込んでて、どいつもこいつも今日は警戒心が二十年来のパンツのゴムのように緩みきっておった。ところが、はだかんぼのボクちゃんが今日だって見抜いてくれたおかげで、わしは命を救われたんだよ」
いつも日常的に罵倒され、叱られ、けなされてばかりの僕は、ほめられても素直に喜べなくなっていた。額面どおりに受け取っていいのか、迷ってしまうのだ。それに、まだ犯人は捕まっていないのだから喜ぶには早すぎた。
なんとも居心地が悪く、黙っていると、門松会長が僕に近づいて、両手を広げた。ハグしようとしたのだろうか。しかしすぐに両手を下ろすと、肩を竦めてため息をついた。僕の体がバターまみれであることをまざまざと見て、思いとどまったに違いない。門松氏が身に着けているのは、いかにも高級そうなジャケットだった。
「会長、まだ喜ぶには早すぎます」と、桃李さんがまさに僕の思っていることを口にした。
「わかっとるわい」しかし門松会長は桃李さんへ顔を向けず、おちんちんを隠して立つ僕の一糸まとわぬ体を凝視したままだった。ぐっと目に力を入れる。細くなった目の黒目の濃度が増した。「それにしても、この子の肌はバターのおかげでテカテカ光ってて、なかなかにきれいじゃのう」
そう言いながらも門松氏は二度と僕の体に触れようとしなかった。その代わり、じろじろと僕の一糸まとわぬ体を舐めるように眺め回した。
おつかれさまでーす、と歌うような声で木原マリさんが事務所に入ってきた。まもなくステージショーのラストを飾る催し、発明コンテストが始まるようで、司会担当の彼女は進行の確認に来たのだった。露出度の高いボディコンドレス、胸の谷間や剥き出しの太股に男の人たちの目が吸い寄せられては離れ、また引き戻される。
本番間近の木原さんは真剣な顔をしてスタッフと最後の打ち合わせをしている。男の人たちの次第に無遠慮になりつつある視線を徹底的に無視した。ステージで散々慰みものにした僕が依然として素っ裸のまま隅に立っているのを見ても、眉ひとつ動かさなかった。
「おう、警察の皆さんにひとり十万円ずつ渡したか?」
唐突に門松氏がハツミさんを向き、鋭い視線を向けた。
「あ、はい。ごめんなさい。お急ぎのようだったので」
「わしは渡したのかって聞いとる。はい、か、いいえで答えろ」
「ごめんなさい、渡してません。はい」
ハツミさんの頬のこけた顔が土気色になった。
「渡してない、つまり答えは、いいえ、だろ。なのに、なんで最後に、はい、と言うんだろうな」
「はいィィィ」ハツミさんの喉から素っ頓狂な声が出た。
「まあ、いいや。とにかくあとで構わんから、出動なさった警官の皆さんにひとり十万円ずつ心付けしといてやってな」
「はい・・・・・・」
消え入るような声を出すハツミさんは、深々と低頭し、そのまま前のめりに倒れてしまいそうだった。その様子を見て、門松氏は豪快な笑い声を上げた。
「夏祭り用に作ったこの仮の事務所にはな、現金でどーんと一千万円隠してある。その隠し場所を知っとるのはわしと、経理担当のハツミ、お前だけじゃ。だから遠慮せんで、どんどん出せばいい。お前はわしのやり方を心得取るだろう。黒い宝石の連中が調達に苦労している資金がここにはたんとあるんじゃ。お前は強い立場なんじゃぞ、ハツミ」
「はい。よく承知しております。ほんとに申し訳ございませんでした、はい」
大粒の涙をぽろぼろこぼして詫びるハツミさんだった。
「それにしても、はだかんぼのボクちゃんよう」と門松氏はおちんちんを隠したまま起立する僕を向いて、話頭を転じた。「その赤い首輪、よく似合ってるのう。ボクちゃんの体がバターまみれじゃなかったら、喜んで抱きしめているところじゃわ」
なんと答えたらよいのか分からないので、とりあえず黙って、こくりと頭を下げた。
おちんちんの根元を括り付ける細紐はほどいてもらったけど、首輪はまだつけたままだった。外そうとしたら桃李さんに叱られたのだった。首輪のリードは桃李さんの手に握られていた。
爆弾を取り出したバケツは、ワイヤーの振動による性的な刺激でへろへろになった僕がまた元の位置に戻した。最後のひと仕事だと思って力を振り絞るしかなかった。ステージでは華やかな振り袖をまとった民謡歌手が興に乗って次から次へと歌い継いでいた。
ステージのほぼ中央の上部にぶらさがるバケツを狙って、黒い宝石は狙撃するだろう。バケツから爆弾が抜かれていることも知らずに。
バケツは揺らすだけで十分だった。中の爆弾が落下し、その衝撃で爆発する仕組みなのだから。門松氏のスピーチをしているあいだ、犯人は何らかの手を使ってバケツを揺らす。その手段として一番手っ取り早いのは、射撃だ。
もちろん本物の銃である必要はない。ワイヤーに吊されたバケツを揺らす程度の威力があれば足りる。殺傷能力のない空気銃でも十分だった。
この夏祭りの会場には、たくさんのブースが出展していた。射的の店は出ているか板倉さんに調べてもらった。
一店舗だけあった。店を出しているのはどんな人物なのか、夏祭り実行委員会の担当者をこの事務所に呼び、話を聞くことになった。
一分も経たないうちにドアがノックされた。入ってきたのは五十歳くらいの、祭りの法被を着た男の人だった。素っ裸の僕を見て目を丸くしたけど、すぐに表情を引き締めた。仕事熱心の人のようだった。ファイルをめくりながら、射的店の担当者の名前を教えてくれた。出展申込書には「ミヤジマジョー」とカタカナで書かれてあった。
「ほう、これはおもしろい」と法被の男の人は申請書を見ながら、感心した。「店舗紹介の欄の余白にほれ、尊敬するひと、すご腕の外科医、BJ、なんて書いてありますよ。変わったお方ですな」
「おお、それをビージェイなんて呼ぶのは野暮天だな、おぬし。すご腕の外科医ってありゃ、ブラックジャックって読むのが普通だろ」と、桃李さんが横槍を入れた。
「ブラックジャック。なるほど。教養のある方にはかないませんな」
法被の男の人は自分の不明を恥じるかのように頭に手をやった。
「その、ミヤジマジョーさんという方ですけど」と僕は法被の男性に話しかけた。「お会いしたことはありますか?」
「ありますよ。申請に来られたとき、受け付けたのはわたしですからね」
僕は新鮮な感動を覚えた。子供のような体をした素っ裸の僕にも、ちゃんと敬語で返してくれる。
「すごく背の高い方ではなかったですか?」と重ねて訊ねてみる。
「どうだったかな。実はあんまりよく覚えてないけど、そう言われてみれば、ひょろ高かったような気がしますね。ひとつはっきりしているのは、きちんと服はまとっていたということです。もしボクちゃんみたいな丸裸だったら、もっと印象に残ってたでしょうな。それにしても赤い首輪をつけて、なかなかかわいいですな」
法被の男の人は薄ら笑いを浮かべて僕を見た。それはひとりだけ衣類を何も身につけていない僕に対する明らかな蔑視だった。
僕にまで敬語を使ったのは単にこの人の習慣で、僕の人格を認めてのことではなかった。いや、それでいいと思う。いつも人にばかにされ、最下等の人種と自分を認識しているので、そのように扱われるほうがむしろ安心できる。逆にその身分、位置だからこそ、見えてくるものがある。
「夏祭りのスタッフは皆さん同じシャツとズボンですが、この制服の紛失とか、ありませんでしたか?」
「そうですな」と法被の男の人は自分の法被にちらと目を向けてから、僕の問いに考え込んだ。「よくご存じですな、素っ裸のボクちゃんは。じつはね、ステージショーの本番直前になって、おかしな事件がありましてな」
女性更衣室にパンツ一丁の男の人が隠れていたという。
小太りの男性で、夏祭りステージのスタッフだった。覗きの現行犯としてパンツ一枚の裸のまま女性たちに殴られたり蹴られたりした彼は、「自分は被害者だ」と繰り返し訴えた。
話を聞くと、どうも舞台の準備で大わらわのところ、いきなり襲われ、気づいたら花柄のパンツ一枚の裸で女子更衣室に置き去りにされたとのことだった。
「で、その裸にされたスタッフさんが着ていたシャツとズボンは見つかったのですか?」
「見つかっていません。かわいそうに、彼は着る物がなくなって、今も裸のままスタッフとして仕事をしてますよ。法被すら与えられてません。当然ですよ、税金で購入した物を紛失したんですからね。まあ、あなたのような犬ころじゃないから首輪は付けてませんし、一応パンツだけは穿いてますけど」
また馬鹿にされた。珍しく桃李さんが色をなした。
「あんたさ、さっきからこいつのこと、すっげー馬鹿にしてるけど、なかなか大したタマなんだぜ、このガキは」
「へえ、そうなんですか。そうは見えませんけどね」
「勃起の持続力はすげえんだぞ。ずっと勃ちっぱなしなんだ」
影のように素早く僕の背後に立った桃李さんは、僕のおちんちんを隠す両手の手首をぐっと掴んだ。
「や、やめてください」僕は桃李さんへ顔を向けて、小声で訴えた。手をどかされた時に備えて足を交差させようとしたのだけど、「いいから見せてやれ。お前を馬鹿にする奴を見返してやれ」と囁く桃李さんに封じられてしまう。
「ほれ、よく見ろ。自信喪失するぞ」
桃李さんが法被の男にそう言って、素っ裸の僕を万歳させた。
や、やめて。
「なるほど、これはこれは」
法被の男は腰を屈めて覗き込んで、にやりと笑った。「年齢相応のかわいらしいおちんちんですな」
もう勃起していない。注射の効果は消えて、おちんちんは元のサイズに戻っていた。
「ありゃ、なんだ、元の鞘に収まったのか」と桃李さん。
「皮被りだったのね」
三人の熟年女性たちは次々とおちんちんを指ではじいた。
犯人の目星がついた。
ミヤジマジョー、射的屋台の店主だ。
僕は舞台袖でこの男と一度会っている。衣紋掛けのバスローブを拝借しようとして、背の高い男に見咎められたのだった。
スタッフであることを示すシャツとズボンを身に着けていたけど、寸足らずだった。小太りの男性スタッフから奪ったからだ。この男の体から硝煙の匂いが漂ってきたのも覚えている。
なぜミヤジマジョーは関係者しか入れない舞台袖に侵入していたのか。爆弾の入ったバケツを仕掛けるためだ。
ここまで判明したのだから、あとは警察にすべてを話して任せるべきなのに、桃李さんは断固反対した。
「それだけじゃ、まだ犯人と断定できないだろ」と、妙に慎重な意見を言う。
それは確かにまだ犯人とは断定できないかもしれないけど、そもそも断定するのは警察の仕事なのだから、警察に任せるべきではないのか。僕たちは限りなく疑わしい人物についての情報を警察に提供するだけで十分に市民としての責任を果たしたと言えるし、それ以上は踏み込むべきではない。
犯人に間違いなしという現場を押さえてから警察に連絡するべしという桃李さんの考えは、撤回してもらうしかなかった。
「やかましいガキだな、大人の問題に口出しするんじゃねえよ、素っ裸のくせに」
しつこく食い下がった僕は、とうとう桃李さんに突き飛ばされた。
まあ大変、と熟年女性たちが尻もちをついた僕の首輪を引っ張って助け起こしてくれた。僕はすぐに立ち上がって、怯むことなく桃李さんの説得にかかった。
とにかくあまり時間の余裕がなかった。ステージは民謡歌手のコンサートが終わって、最後の演目、発明コンテスト発表会に入るところだ。それが終われば門松委員長の挨拶となり、その挨拶をもって今年の夏祭りは終了となる。
少なくとも門松委員長の挨拶に入る前にミヤジマジョーを捕まえておく必要がある。「警察に任せるのはもう少し確証を得てからだよ。ド素人の推測で国家警察を動かすなんて、申し訳ないと思わないのか」などと言っている桃李さんの、一見物の分かった大人の意見のほうがよほどのんきで的外れだ。
僕の根気よく続ける説得に板倉さんたち熟年女性も肩入れしてくれるようになった。しかし桃李さんはますます頑固になって自分の最初の考えに固執した。
「とりあえず警察ではなく、おれがまずミヤジマのところに行って探りを入れる。怪しかったら警察にすぐ知らせるから」
「分かりました」動かざること山のごとしの桃李さんの説得にこれ以上時間をかけても無駄だと思った。「では、僕も連れて行ってください」
「え、お前も行きたいのか?」桃李さんの顔に静かな驚きが波紋のように広がった。
はい、と僕は力を込めて返した。
警察に任せるのを進言したのは、単純に自分の身に危険が及ばないようにするためだった。相手は黒い宝石の一味であり、爆弾で不特定多数の死者が出るのも厭わない計画を実行するテロリストだ。素人が迂闊に近づいてよい相手ではない。そんな危険な連中のところへ桃李さんは単身で向かうという。
ひとりで行かせてならない、と僕は思ったのだった。
「やめなさい。危険すぎるわ」と、僕の裸の肩に手を置いて、板倉さんが言った。その後ろでミョー子さんとハツミさんも頷いている。
「僕はミヤジマを覚えています。だから一緒に行きたいんです。ミヤジマの顔が分かるのはこの中で僕だけですよ」
どうしても一緒に行く必要がある。その僕の強い気持ちはとうとう板倉さんたち熟年トリオの心を動かした。
「こうなったら仕方ないわね、みんなで一緒に行きましょう」
「一緒に行く? 参ったなあ、まるで大名行列じゃねえかよ」と桃李さんは渋った。
「でも、そのほうが本当の目的を隠せるかもしれないし」とハツミさんが言った。
「どういうことだよ」と桃李さん。
「ナオス君、首輪を付けただけの裸でしょ。その格好のままで引き回すのよ。この子はすでにステージで裸を晒してるし、それどころか勃起するところまでテレビ中継されたから、素っ裸の姿はみんなにもうお馴染みでしょ。このまま引き回してもお仕置きのパフォーマンスとして、普通に受け止めてもらえるわよ」
「なるほどねえ。まさにそうよねえ」と板倉さんが感心した。「確かに全裸引き回しの刑という名目が誰の目にも明らかであれば、わたしたちの本当の目的、犯人のところへ探りに行くという目的は、ごまかせるわね」
「さすがにそれはちょっと・・・・・・」と、僕は慌てて口を挟んだ。「一緒に行きますけど、服は着させてください。裸のままなんて、いやです」
「わがまま言っちゃ、だめ」とミョー子さんが大声を出して僕をたしなめた。
え、わがまま? 裸だから服を着させてほしいと言ってる。それがわがまま?
「服を着たいって言ってるだけですよ。こんな格好のまま僕を引き回さないでください。もう見世物になるのはいやです」
「お前なあ」泣きそうになっている僕を見て、桃李さんが呆れたような声を出した。「自分からおれに同行するって宣言しておきながら、なんだよ。そのままの格好で行けよ。はじめからお前の服なんかどこにもねえんだからよ。おれと一緒に行くってなったら、よしじゃこれでも着ろって衣類をもらえるとでも思ったのかよ。甘いね」
「やだ、恥ずかしすぎます、裸のままなんて・・・・・・」
あまりにも惨めで涙がこぼれてきた。
同行すると口にした時、自分がどんな格好で行くかまでは考えなかったし、そんな余裕はなかった。
「全裸引き回しの刑という形を取らないと、怪しまれるでしょ。はだかんぼのきみが普通に歩いてたら、みんなは不思議に思うわよ」とハツミさんが噛んで含めるような口調で説得を試みる。もちろん納得なんかできっこない。
「だから何か着せてくれたら、誰もあやしくなんか思いませんよ」
我知らず声を荒げてしまった。と、お尻に激しい痛みが走った。板倉さんに抓られたのだった。
「いい加減になさいよ。あなたは全裸で我慢するしかないでしょうが」
板倉さんが豊かな胸を僕の顔に押しつけて、言った。
「そうよ。どこにあなたの服があるっていうのよ。わがまま言ってさ、もう」と、ミョー子さんまで口を尖らせて僕を非難する。
「諦めろ。お前は素っ裸のままミヤジマのところへ行くんだよ。最初にお前がそう申し出たんだからな。男に二言はないぞ。それとも、これは」と桃李さんは僕のおちんちんをぎゅっと握った。「フェイクかよ」と言って、引っ張る。痛い。「外れるのか?」と今度はもっと強く引っ張る。や、やめて、痛い。
悲鳴を上げて許しを乞う。
結局僕は、全裸引き回しのていを装ってミヤジマのところまで行くことを約束させられた。
赤い首輪をリードで引っ張られて、素っ裸の僕は事務室の外に出た。
廊下を四つん這いで進む。
「行ってらっしゃい、はだかんぼのおぼっちゃん。がんばってくださいよ」
法被の男の人がわざわざ見送りに来て、僕に声をかけた。
廊下に僕と同じ裸の人がいるのに気づいた。
やはり裸は目立つと思う。その男の人は素っ裸の僕と違ってボクサーパンツだけは穿いていた。ミヤジマジョーにスタッフ用の衣装を奪われて、パンツ一丁のまま働かされている人だと思った。花柄のパンツが目に入って、もしやと思い、顔を上げる。
「リキシさん」
四つん這いの恥ずかしい姿勢のまま、声をかけた。
「ナ、ナオス君。やっぱりきみだったんだね」
リキシさんは東町第二公園事務所の職員だった。僕たちは公園内の美術品紛失事件を通して知り合った仲だった。
「服を盗まれたスタッフってリキシさんだったのか」
リキシさんは僕の問いかけに悲しげな目をして頷いた。
隣の東町でも大規模な夏祭りを企画中であり、そのための勉強として東町役場から職員をスタッフとして派遣することになった。第二公園事務所から選ばれたのがリキシさんだったという。その小太りの裸身のあちこちには痣やひっかき傷、みみず腫れが認められた。
「災難でしたね」と僕は言った。
いきなり見知らぬ男に襲われ、気づいたら女子更衣室に衣類を奪われた状態で倒れていたリキシさんは、スタッフ用の制服を紛失した責任で、パンツ一丁の裸のまま仕事をさせられている。
その恥ずかしさは、僕のよく理解、共感できるところだった。なんといっても僕自身はそれ以上の羞恥地獄をさまよっているのだから。
「うん。でも、きみもぼく以上にかわいそうな目に遭ってるんだね」
素っ裸の身に赤い首輪を嵌められ、お尻を高く上げた四つん這いの姿勢でいる自分の情けない格好を意識し、僕は目線を落とした。
「でも、がんばってくれよな。ナオス君が雷尽先生の傑作立体美術品を発見してくれたおかげで除幕式も無事に開催できたんだ。事務所長の真珠のイヤリングを盗んだ犯人も見つけてくれたしな。みんな、すっごく感謝してるんだよ」
「はい、そこまでにしてね」と、いきなり女の人が割って入った。ステージで司会の木原マリさんのアシスタントとして僕の裸身を押さえつけていた、あの眉の薄い無表情女子だった。「マゾどうしで久闊を叙するのもたいがいにしなさい」
リキシさんは能面のような女子に痛烈な平手打ちを食らった。
「このマゾ豚がッ。誰の許可得て、よそのマゾとしゃべってんだよ」
「ご、ごめんなさい」
慌てて頭を下げるリキシさん。細ペンでなぞったような薄い眉の無表情女子は、リキシさんの花柄パンツをすり下ろして足首から引っこ抜くと、「罰として、これ没収ね」と言い、露わになった性器に電極を当てた。
廊下にリキシさんの泣き叫ぶ声が響いた。
ハツミさんが先に外に出て、ドアを押さえてくれた。お囃子が一段と大きくなった。真夏の夜の粘っこい空気が肌にまつわりついてくる。
ああ、いよいよ夏祭りで賑わう群衆の中に裸身を投じるのか。そう思うと、いくら素っ裸の浅ましい姿を何千もの観衆に晒したばかりの身であっても、ぶるぶると緊張で体が震えてくる。
膝をつけた四つん這い歩行が認められるのは廊下までだった。屋外に出たら、膝を伸ばし、お尻を高く掲げて進まなければならない。それは僕への気遣いだと板倉さんは言った。確かに膝を伸ばしてお尻の位置を上げることで、膝を擦りむく心配は少なくなる。でも、それにしても恥ずかしい。それだけお尻の穴が丸出しになってしまう。
は、恥ずかしい。助けて、と僕は心の中で叫んだ。
どうしても踏み出すことができず、ドアの手前で止まってしまった。手綱を引く桃李さんの背中を恨めしい気持ちで見つめる。
「ほれ、行くぞ」
僕の気持ちを無視して、桃李さんはぐいと首輪を引っ張った。とうとう僕は素っ裸のまま外に出された。しかも四つん這いで。
笛と太鼓のお囃子に後押しされるようにして進む。
やだ、堪忍して。たちまち群衆に取り巻かれる。建物の中に戻りたい。と、お尻に激痛が走った。
「ヒギィ、痛い。痛い、やめて」
ぐずぐずしてきちんと進まないと、ミョー子さんに竹製の靴べらでお尻をビシッと叩かれた。下駄箱にあったのをこっそり持ち出したようだった。
夏祭りの会場、左右に屋台が並ぶ目抜き通りを全裸のまま、首輪のリードを引かれて、犬のように四つん這いになって歩かされている。肛門まで丸出しの僕の異様な姿に周囲でざわめきが起こった。
ステージでは観衆との距離があったけれど、ここではそれがない。至近距離で浴びる群衆の視線は熱さを通り越して痛いほどだった。しかも見られるだけではなく、背中やお尻にしょっちゅう無数の手が伸びてきて、撫でられる。叩かれる。
先頭の桃李さんに少し遅れて板倉さんが歩き、群がってくる浴衣姿の人々にともすれば行く手を塞がれる僕のために進路を確保してくれる。
僕の左右にはハツミさんと靴べらを持ったミョー子さんがついて、犬の散歩に擬せられてお尻高く上げて進む僕を威厳に満ちた声で叱責したり、時にはお尻を打ったりした。それは人々を納得させる効果があった。そうすることで僕への虐待というよりは特殊な性的嗜好に基づいたパフォーマンスだと見なされ、虐待ではなく、見苦しいけれども強いてやめさせるほどではないものとして受け取られるのだった。
小学生以下の子供たちには、女子更衣室を覗いた悪い子へのお仕置きと説明された。ハツミさんが「覗かれた女の子の気持ちを知るには、これくらい恥ずかしい思いをして、ちょうどいいのよ」と、単色の浴衣を着た女の子たちに聞こえよがしに言った。
罵倒と嘲笑が剥き出しの素肌に降りかかった。歯を剥いたり、鼻を上げてブーブーと言ったりして僕に侮蔑の顔を近づけてくる。唾を吐きかけてくる者もいた。
水の入ったヨーヨー風船をお尻にぶつけられた。風船の中の水が尾てい骨を伝って流れ、背筋をゾクッとさせた。
あまりの侮辱的な扱いに呆然として足がすくむ。するとたちまちビシッ、お尻を靴べらで打たれた。
アウウッ。僕は稲妻のように走る痛みに呻き、背中を反らした。
「ねえ、お尻の穴、丸出しなんですけど、この子」
「どういう神経してんだろうね」
女子の会話がすぐ後ろで聞こえた。
羞恥の極みの状況に追い込まれると、何も考えられなくなる。思考がストップする。まさにストップとしか言いようのない感覚で、後になって思えば、漠然と感じたことを思い出すこともできるけれど、どこまで実際に感じたことかは、判然としない。
なにしろ素っ裸で四つん這いのまま、お尻を高く上げ、お尻の穴もおちんちんの袋の裏側もすべて丸出しにして雑踏の中を歩いているのだから、もう人間としての思念はきれいに洗い流されて、頭の中身は真っ白というのが本当のところだ。
多くの人に恥ずかしい体を晒し、触られた。
ある者などは口からガムを出して、それを僕の丸出しのお尻の穴の中に押し込んだ。ハツミさんが取り出そうとして指を挿入し、さらに奥へ押しやってしまった。ヒイィ。僕は悲鳴を上げた。熟女三人がかりでなんとかお尻の中のガムを取り出してもらった。
おちんちんの袋をツンと指や硬い何かで突っつかれたのも一度や二度ではない。
耳に入ってきた罵声は何も覚えていない。ただ鋭い矢のような嘲笑だけが脳裏に反響している。
小型犬と触れあえる会場の前を通りかかった。周囲を柵で囲み、愛玩用の小型犬を放している。
お金を払って入場すると、一定の時間だけ犬たちと自由に遊べる仕組みのようだった。僕のリードを引く桃李さんが柵の出入り口のところで立ち止まり、そこのスタッフとおぼしき女の人と話を始めた。
その三つ編みの女の人は、首輪で繋がれた素っ裸の僕をじろりと眺めた。四つん這いの姿勢で待機する僕を人として扱うか、犬として扱うのか、判断しかねているようだった。
一刻も早く射的屋主人、ミヤジマジョーのところへ行かなければならないのに、いったい何をしているのか。もどかしい思いで見つめていると、桃李さんはやおら財布を取り出し、スタッフにお金を差し出した。
スタッフは頑としてお金を受け取らなかった。代わりにフェンスをあけて、四つん這いの僕に笑顔を向けた。信じられない。「どうぞ入って」という意味だ。どうやら僕を犬と見なしたようだった。犬から入場料は取れない。
こんなところで遊んでいる余裕はないし、犬の放し飼いされた空間に素っ裸のまま犬のような姿勢で入りたくなかった。ためらっていると、またもや靴べらでお尻を打たれた。
「早く入りなさいよ」
「いやです」僕は苦痛に顔をしかめながら抵抗の意思を示した。「早く行かないとミヤジマは逃げてしまいますよ。いいんですか?」
「そんなことはあんたが心配しなくていいのよ。桃李さんはちゃんと計算してるみたいだからね」と、飯倉さんが僕の頬に手を当てて、慰めるように言った。
「なんで、こんなところで寄り道しなくちゃいけないんですか」
「そのほうが見せしめパレードっぽくなるでしょ」
「見せしめパレード?」思わず聞き返すと、板倉さんはにっこりと笑った。
「そうよ。もちろん目的はあなたの言うミヤジマの射的屋に行くことよ。でも、一直線にそっちに向かうと、黒い宝石の一味は気づいて逃げ出すかもしれないでしょ。あくまでもあなたの見せしめパレード、お仕置き、変態マゾの調教という装いにしておく必要があるのよ。あなただってそれくらい理解できる・・・・・・」
「いやだ、そんなのは屁理屈です」強い口調で遮った僕に、板倉さんだけでなくハツミさんまで目を白黒させた。僕がこんなにムキになるとは思わなかったようだ。
「ぐずぐずしてたら、ミヤジマは逃げちゃいます」
もし今犯人を取り逃がしたら、捕まえるまで僕は門松徳三郎会長のところで生活させられることになる。捕まえるなら今日のこのタイミングしかなかった。この機会を取り逃がすと、僕は長い期間をオールヌードのまま生活させられることになる。門松徳三郎はきっぱり言った。うちにいるあいだは一切衣類を身につけさせないと。
「お前、いい加減にしろよ」
いつまでも愚図つく僕に、桃李さんが痺れを切らした。リードを引っ張り、いやがる僕をフェンスの内側に入れた。
「やだ、やめて」
思わず恐怖で叫ぶ。犯人逮捕の強気は完全に萎えて、恐怖に震える、か細い声になっている。それも当然だった。
十匹を超える数の小型犬がいきなり全裸の僕に襲いかかってきた。
犬たちはいっせいに僕の裸身を舐め始めた。
僕の肌にはまだバターが残っていた。あの爆弾除去作業でのワイヤー移動をスムーズにするため、板倉さんたち熟年女性トリオに全身くまなくバターを塗られたのだった。ワイヤーに接しない背中やお尻、太股の裏側にまで板倉さんたちは塗り、素っ裸の僕をバターまみれにした。
そのバターを目当てにした犬たちに全身を舐められる。
いやだ、くすぐったい、やめて。
桃李さんが僕の赤い首輪を外してくれた。そうしたのは僕の願いを聞き入れてのことではない。首輪が犬のバター舐めを邪魔するからだった。
たまらず暴れる僕は、この施設の女性スタッフにいきなり頬を張られた。どうやら僕の右手がはずみで犬を叩いてしまったらしい。ワンちゃんをぶったり蹴ったりするのは動物虐待であり、次にそのような狼藉を働いたら、スタッフである自分が百倍にして返すからそのつもりで、と怖い顔で脅すのだった。
そんなこと言われても、おちんちんの袋やお尻の穴をざらざらした舌で舐められたら、ひゅんと電気ショックを受けたかのように体が反応してしまう。実際僕は忠告を受けたあとでもやはり足を上げてしまって、小型犬を蹴ってしまった。
動物愛護の精神にあふれた女性スタッフは激昂し、三つ編みを揺らして僕の脇腹を蹴った。さっきは僕を人ではなく動物と見なして入場料を取らずに柵の中に入れたのに、犬に暴力を振るったと言いがかりをつける時にはひとりの人間として扱うようだ。
まさに鬼女の形相だった。桃李さんと板倉さんたちに協力を呼びかけ、あっという間に僕の両手両足を杭に縛りつける。抵抗できない状態にされた僕の全身を小型犬たちが競うように舐めまくった。
特におちんちんを集中的に責められた。それも板倉さんたちがそう仕向けたからだ。異様な刺激は僕を少しも休ませなかった。
アウウッ。くすぐったさを超えて、だんだん変な気持ちになってくる。おちんちんの袋から微量の電気が流れてくる。粘っこい液体が体の内側をせり上がってくる。別の犬にはお尻の穴を集中的に狙われた。
小型犬たちの舐め舐め攻撃はいっかな終わらなかった。ミョー子さんに追加でバターを塗られたのだから、それも当然である。お尻だけでなくおちんちんまでもバターでぺっとりした指で執拗にまさぐられた。
縛られた不自由な裸身をよじる。くすぐっさと快感の入り交じる妙な感覚と、肌に立てられる犬の爪にピクッとする痛みに喘ぎ、涎を垂らす。
ふと顔を上げた僕は震撼した。柵の外側にぎっしりと群がる見物人の姿があった。老若男女の区別なく、おのおの目を輝かせている。
世にも珍しい光景、杭につながれた全裸の僕が小型犬たちに体じゅうを舐められ、悶える姿を単純におもしろがるのだった。
「あの子、目がとろんとしてるね」
見物人の中から若い女の人の声が聞こえた。
「気持ちいいのかもしれないね、おちんちんとか舐められて」
男の人の間延びした声がそれに応えた。
「やだ、変態じゃないの」
「もしかすると、かわいそうな子かもしれないよ。素っ裸で犬に舐められてるあの子をきみはかわいそうだと思わないの?」
「ちっともかわいそうじゃないよ。どうせ気持ちいいんでしょ。ばかみたい」
吐き捨てるように女の人が言った。たちまち笑い声に包まれる。
は、恥ずかしい、見ないで。
叫ぼうとしても、口から漏れるのは力のない喘ぎ声ばかりだった。物理的な刺激で上昇させられた快感は、なぜか絶頂には至らない。いつまでもあと少しのところでとどまり、ほとんど永遠かと思われるほど僕を置き去りにして、いつまでも悶えさせる。
絶頂はいつでもお預けなのだ。そうなると理性的なコントロールは吹っ飛ぶ。快感をむさぼりたい、ただそれだけを欲するようになる。見物衆に笑われようがそんなことはどうでもよい。欲望を満たしたあとでは、慚愧に堪えない思いに苦しめられるだけなのに、今は先のことなど考える余裕は少しもない。
いつ犬たちが僕の体から離れたのか、わからなかった。肌には犬たちの舌の感触が生々しく残って、朦朧とする頭の中では、まだ舐め舐め地獄は続いていた。
よろよろと立ち上がる。足の裏に縄の感触があった。僕の手足を杭に縛りつけるのに使われた縄だった。
いきなり女性スタッフに頬を平手打ちされた。犬と触れあうエリアにおいて全裸の者は二足立ちが禁止だった。
申し訳ございません、と僕は謝罪し、膝を地面につけた。
「行くわよ」
四つん這いになった僕の裸の背中を撫でて、板倉さんが言った。
「膝を伸ばしてね」とハツミさんが付け加える。
首輪こそ外されていたものの、僕は依然として犬同様の扱いをされるのだった。高く上げたお尻を素手で叩かれながら、ハツミさんの命令に応じて、お尻を左右に振ったり、おちんちんの袋を揺らしたりして、進んだ。
見物衆からまばらな拍手が起こった。
「あれ、まだ注射が効いてる。すごいね」
S子とミューが僕を正面から見据えて、驚いていた。
柵の外に出て、やっと二本足で立ったところだった。たまたま通りかかったS子とミューに気づかれてしまった。慌てておちんちんを隠したけれど、遅かった。
先ほどと同じ浴衣姿の彼女たちは、普段とは違う新鮮な印象を僕に与えた。背丈も腕力も大概の男子に優るS子が不思議なほど女の子っぽく、ミューはいっそう可憐に見える。
この二人には、マジックショーを終えて舞台袖に戻ったばかりのところで、注射針をブスッとおちんちんに刺され、勃起する薬剤を無理矢理に注入されたのだった。司会者に呼ばれて再びステージに全裸のまま出なくはならない僕に赤っ恥をかかせて、S子はさぞかし満足したことだろう。
「これは注射の効果ではないのよ」
おちんちんを隠す僕の耳元で「気をつけ」と小声で命じてから、板倉さんが言った。恥ずかしくておちんちんを手で覆ったままの僕はお尻を抓られ、仕方なく両手を体の側面に移した。
隆々と頭をもたげたおちんちんが丸出しになる。恥ずかしい。両手両足が小刻みに震える。
雑踏の中で、僕ひとり素っ裸のまま、気をつけの姿勢を保って、硬くなったおちんちんを晒している。
多くの通行人が至近で僕の体のあちこちを見て、時には触って、通り過ぎてゆく。女の人の浴衣のだらりと垂れた袖がおちんちんに当たった。「いい体してるじゃねえか」と何人かの男の人に囁かれた。
通りすがりに綿飴をくっつけられてお尻がべとべとになった。
「わたしたち、この子と同じ学校に通う同級生なんです。さっきこの子がステージで勃起するところを見たけど、あれは私たちが注射を打ったからですよ。まだ勃起してるんですね」
「注射ね。うん、知ってるわよ」
板倉さんが豊かな胸をゆさゆさ揺らしてホホと笑った。
上品な振る舞いを身に着けた熟年女性らしく、優雅な手の仕草で大きく開いた口の中をS子に覗かせなかった。
「でも、さすがに効果の持続時間は過ぎたわ」
S子とミューは、頭にクエスチョンマークが浮かんだような顔をした。
板倉さんは硬くなったままの僕のおちんちんを指でピンと弾くと、僕を向いて、「同級生の女の子たちに、なんで勃起しているのか、教えてあげなさい」と命じた。
ピシャッ。思わずおちんちんを隠そうとして手の甲を叩かれた僕は、また気をつけの姿勢に戻った。
アウウッ。板倉さんにおちんちんの下部を指の腹で撫でられた。
「早くッ」と叱咤される。
「い、犬に舐められたから・・・・・・」
「犬に舐められた?」
意外な回答にS子は面食らったようだった。S子もミューも僕が犬たちに襲われて、全身バター塗れの裸身を舐められたところは見ていなかった。板倉さんの補足説明を聞いて、二人は納得した。
「あんた、さすが変態だよね。大勢の人が見ているところで犬に舐められて感じて、勃起するなんてさ。情けないねえ、ほんと、馬鹿みたい」
ひとしきり僕を罵倒すると、S子はいきなりおちんちんを高速で扱き始めた。
ヒィ、アウウ、やめて・・・・・・。
思わず喘いでしまう。気をつけの姿勢を保持したまま、僕は素っ裸の身をくねらせた。
立ち止まった群衆の視線が痛い。こんなところで射精するのは絶対にいやだった。
S子は絶頂寸前でおちんちんから手を離すと、「馬鹿みたい」ともう一度呟き、ミューを促してどこかへ行ってしまった。
まずい、桃李さんに先に行かれてしまった。
僕が足止めされているうちに、桃李さんは射的屋のミヤジマジョーのところへ向かった。
「ミョー子ちゃんが一緒なのよ。ミョー子ちゃんのことだから途中でどこかに寄らせて時間を稼ぐと思うけどね」
ハツミさんが慌てる僕に教えてくれた。
すぐさまミヤジマジョーの射的屋に向かう。なんとしても桃李さんを出し抜く必要があった。桃李さんをひとりでミヤジマに会わせてはならない。僕はそのことをこっそり板倉さんたちに事前に伝えておいた。
僕は単独で一糸まとわぬ完全な裸のまま、お囃子が盛んな夏祭りの雑踏の中を走っている。これが異常な行動だってことくらい、僕だって分かっているけど、初めての経験ではない。これまで何度もこういう状況に置かれてきた。もちろん僕自身の望むところではなく、そうせざるを得なかったからだ。そのたびに僕は何も考えないで、ただ走ることだけに集中して、このまともな神経の持ち主なら到底できないような羞恥の行為をやり遂げてきた。
驚く声、冷やかす声、笑い声が盛んに耳に入ってくる。何回か、僕は腕を取られ、面と向かって非難された。全裸で雑踏を駆ける僕を変質者と見なしているようだった。
綿飴をおちんちんにぶつけられた。綿飴が食べられなくなったとこぼす女の人に代わって連れの男が僕に弁償を求めた。もちろん素っ裸の僕に持ち合わせがあろうはずもない。綿飴をなすり付けられておちんちんをべとべとにされた僕のほうこそ被害者だと思うけど、とりあえず詫びた。しかし男は納得せず、僕の頬を平手打ちし、綿飴を巻いていた割り箸でおちんちんの袋を突っつき、土下座を要求した。半べそをかきながら土下座する僕を冷やかすようにお囃子の笛が鋭く響いた。
ようやく立ち上がると、今度は肩がぶつかったと言って別の群れに絡まれた。金髪のお兄さんは僕の手首を握って万歳の格好をさせ、連れの女子たちに焼き鳥の串でおちんちんをいじらせた。
綿飴の付着したべとべとのおちんちんをひとりが素手でつまみ、尿道を上にして目一杯開くと、ほかの女子たちは次々とその穴に唾を垂らした。最後に僕はおちんちんをつまんだ指を舐めさせられた。綿飴の味がした。
もちろんそういう人ばかりでもなかった。
「きみ、裸じゃないか。お父さんお母さんはどうしたの?」「誰かに追われてるのか? 警察呼ぶか?」と、心配そうに声をかけてくれる人も少なくなく、中には衣類の提供や保護の申し出もあった。
涙がこぼれるほど嬉しかったけれど、一刻の猶予もない状況なので、「平気です。ありがとうございます。でも僕、裸でいることに慣れてるんです」と口早に言って、辞退するしかなかった。
衣類提供の申し出といっても具体的に衣類を見せてくれるわけではなかった。もしもパンツか、何か羽織るような物を示してくれたら、お礼とともに受け取って身に着けただろう。手拭い一枚でもよかった。走る速度をほとんど落とさずに手早く腰に巻くことができるから。でも、夏の盛りで浴衣姿の人が多く、さもなければ薄着の人ばかりだったこともあって、何か体を覆うに足る布切れを余分に持つ人は少なかった。
だから一刻を争う僕は、衣類を受け取るために立ち止まるわずかな時間すら無駄にできず、喉から手が出るほど衣類を欲しているにもかかわらず、せっかくの申し出を断るしかないのだった。
悔しくてならない。これもS子たちが衆人の中、素っ裸の僕に気をつけの姿勢を強要し、勃起の理由を説明させたせいだ。この無駄な時間がなければ、少なくとも桃李さんを先に行かせるのは防げた。
ともあれ保護や衣類の提供を断ると、呆気に取られたような顔をされた。すると、必ずどこからか、
「あの子、さっきマジックショーのステージに出てた素っ裸の恥知らずね」
「あ、おちんちんおっ立ててた子だ」
「まだ裸のままか。羞恥心のかけらもないんだね、きっと」
などの声が聞こえてきて、僕の「平気です」という言葉を奇妙な形で裏付けた。
かたじけなくも菩提心を発してくれた人は、「なるほど、そういう子なのね」「裸を見られるのが好きな変態さんか。これはよけいな真似をしたな」と納得して、あるいはしかめっ面をして、僕を見なかったことにするかのようにぷいと顔を背けて立ち去るのだった。
CMNMなど男性からの責めも以前より
より増えてとてもドキドキします。
桃李さん、かっこよくて魅力的なキャラですね。
続き楽しみしてます。 有り難うございます
ありがとうございます。
続きも楽しみにしてくださいね。
無意識に皮を剥いたり、常に謝ったり自分を最下等の生物と認識したりとナオス君が悲しい習性が身について卑屈に変容していく様子がとても良いです。
衆人の中を全裸疾走する様子も素晴らしいです。
個人的にはナオス君はフルチンで気をつけしたり、両手で隠して突っ立ってるシーンが一番好きです。
いつもありがとうございます。
これからもフルチン状態でトラブルに見舞われます。