思い出したくないことなど

成人向き。二十歳未満の閲覧禁止。家庭の事情でクラスメイトの女子の家に居候することになった僕の性的いじめ体験。

【愛と冒険のマジックショー】11 冒険の終わり

2024-12-27 21:50:00 | 11.愛と冒険のマジックショー

 その後の顛末について、僕の記憶はところどころ飛んでいる。どういう順序で物事が進行したのか、あやふやのままだ。
 これまで経験したことのないドタバタ騒ぎ、警察や報道局、野次馬に引っかき回されて、何がなんだかわからないうちに終わった。
 夏祭り実行委員長を務めた商工会会長、門松徳三郎氏を暗殺するという、黒い宝石の計画を未然に防いだこと、倉庫に仕掛けられた爆弾を止めて大勢の命を救ったということで、僕の行動は高く評価してもらえた。それは素直に嬉しいけど、もちろん僕ひとりでできたことではない。
 なかんずく桐江未沙さんの力添えがなければ、とても達成できなかった。それに、黒い宝石を一網打尽した功労は、ひとり桐江未沙さんに帰する。彼女はほとんど単独でそれをやってのけた。
 どうしてそんなにすごいことができたのか。

 後日の調べと桐江未沙さんへの聞き取りで判明したのは、次の一連の行動だった。
 まず桐江未沙さんは、第一陣で逃走したミヤジマジョーや木原マリさん、桃李さんたちの乗るヘリコプターをバイクに乗って追い、ヘリコプターが海に出たところでバイクを乗り捨て、ジェットエンジン付きのハングライダーを素早く組み立てると、これに乗って追跡を続行した。
 追い風にも恵まれ、ついにヘリコプターに追いついた桐江未沙さんは、ドアを蹴り破って中に侵入。八十五歳のパイロットをウインクひとつで黙らせ、浮かびかかった腰をそのままシートに下ろさせると、ナイフを振り回しながら迫ってきた二名の猛者を海に叩き落とした。

 木原マリさんがハンドバッグからそっと電流警棒を出した。僕へのいたぶりに使った電流警棒だ。これを電流マックスにして、パンプスを脱ぎ裸足になる。そっと忍び寄り、桐江さんの黒いレザーに包まれた形のよいヒップに当てた。
 ヒギッ。短く叫んだ桐江未沙さんの全身から力が抜けた。空気圧が一気に半分以上も抜けたタイヤのように、レザースーツに包まれた体がよろめき、ついに膝をついた。
 戦闘中、敵に背中を見せるな。背中を見せたら犬のように撲殺されるぞ。お前は犬か。特殊部隊の教官に叩き込まれた、というかプログラミングされた教えが、不慮の事態で背中を向けてしまった彼女を瞬時にして振り向かせた。
 電気だ。
 振り上げられた棒状の物体を桐江未沙さんの目が捉えた。

 桃李さんは自分の見た光景を現実の出来事として受け入れてよいのか、迷った。仲間のふたり、警官に偽装したふたりをこの女はいともたやすく、一発のパンチも浴びることなく、ぶちのめした。ケンカの強さでは組織内でも指折りのふたりだったのに、ふたりがかりで立ち向かっても、まるで歯が立たなかった。その破格の強さを見せつけた女が、背後からとはいえ、彼氏の頬を平手打ちするくらいしか暴力を振るったことのない女にちょっと触られたくらいでよろめき、ついには膝をついて、苦しそうに喘いだ。
 なぜだ。
「そうか、あの姉ちゃんの弱点がわかったぞ。尻だ。尻を触ったら、イチコロなんだ」
 狭い通路での出来事だったから、乗員席にいた桃李さんには木原マリさんが握っていた電流警棒は見えていなかった。 
 この隙をついて一気に攻撃すれば勝機があったのに、黒い宝石の面々は、切なそうに喘ぐ桐江未沙さんを物珍しげに眺めていた。

 痺れて体に力の入らない状態から回復した桐江未沙さんにとって、木原マリさんは子供のようにたわいなかった。背後から不意討ちされなければ、正面で振り回される電流警棒など、半分眠っていてもよけられる。たちまち手首を掴んで、後ろへ突き飛ばすと、木原マリさんの紫のロングスカートが完全にロックされていなかったドアの金具に引っかかって、ビリビリに破れた。
 するりと脱げ落ちるスカート。
 下着を穿いていない木原マリさんは、自分の下半身が丸裸になったことに気づいて、いや、と短く叫んだ。その恥ずかしがりようは、ノーパンで縄橋子を登って若い衆を挑発した者とは思えないほどで、「やだ、こっち見ないで。男以外に見られるのは耐えられないの。お願いだからあっち向いてよ」と目に涙すら浮かべて哀願したという。
 そういえば木原マリさんは頑として僕には自身の乳房や秘部を見せなかったけど、これも僕を男としては見ていなかったからかもしれない。あれだけおちんちんをいじりまくっていたのに。

「このクソアマがッ」と、もし僕が発したらおば様にお尻百叩きの刑に処せられること必至の口汚い言葉で背後から突進したのは桃李さんだった。
 レザースーツにくるまれた形のよいヒップこそ弱点だ、と見極めた桃李さんが桐江未沙さんのお尻に手のひらを当てた。しかし桐江未沙さんはびくともしない。普通に振り返って、回転蹴りを浴びせた。「ばかなの? あんた」
 桃李さんは機体に頭を強打し、意識を失った。
 ミヤジマジョーのほうへ逃げようとした木原マリさんは、慌てていたためか、つまずいてしまい、完全にロックしていなかった非常用のドアにぶつかった。とっさに手すりを掴めたのは幸運だった。そうしなければ、開いてしまったドアからたちまち外へ放り出されたところだ。
「おいピッチ、てめえのガバガバの穴におれっちの逸物をぶち込んでやろうか、ええ?」
 もし僕がまかりまちがってY美にこんなふうに毒づいてしまったら、去勢の刑に処せられること請け合いの言葉で、ミヤジマジョーが桐江未沙さんを挑発した。「ぶち込んでもらいたくて、わざわざここまで追っかけてきたのかよ、ええ?」
 むろん桐江未沙さんはいささかも動じない。この緊迫した状況においても為すべき事の優先順位の判断は正鵠だった。ミヤジマジョーを処分する前に、木原マリさんの救助に移ったのである。「もう無理、助けて」と叫んだ木原マリさんが風圧に耐えかねてついに手すりから手を離すその一瞬、桐江未沙さんが風にはためくブラウスを掴んだ。ブラウスの前ボタンが一気に全部はじけた。
 間一髪で機内に引っ張り込まれた木原マリさんは、スカートどころかブラウスも失った。救出の際に腕から抜けた白いブラウスは機体の外へ吹っ飛んだ。今や彼女が身に着けているのは黒いレースのブラジャーだけになってしまった。

 同性の桐江未沙さんに全裸に近い格好を間近で見られて、彼女はたまらない羞恥に喘いだ。腰をかがめてミヤジマジョーの後ろに回り込む。長身のミヤジマジョーの背中に隠れればひとまず安心というところなのだろうけど、その恥じらいの仕草がミヤジマジョーの嗜虐的な嗜好を刺激してしまったのは、あいにくだった。
 いや、やめてえ、と悲鳴とも泣き声ともつかない声が上がった。強い風の吹き込んでくる機内のなか、ミヤジマジョーの手には、盛んにはためく黒いレースのブラジャーがあった。にやりと笑って、それを放す。ブラジャーはまるで海に戻された魚類のように機体の外へ飛び出していった。
 ついに素っ裸になってしまった木原マリさんをミヤジマジョーは自分の前に引き出して、下卑た声で大笑いする。
「さっきおまえのパンプスも外に飛んでったぞ。スカートもブラウスもブラジャーもみんな風にさらわれて、このヘリコプターにはなんも残ってねえ。もうおまえは素っ裸でいるっきゃねえってわけだな」
 つるりとしたヒップを撫でるミヤジマジョーの長い指が秘所に到達したのか、木原マリさんはヒイイと、上半身を反り気味にして喘いだ。

 機内は男たちの体から発せられる淫欲の気に満ちて、一触即発の様相を呈した。若衆のひとりがバナナの形をした電動バイブレーターを桐江未沙さんに見せつけた。バナナの皮を剥いた白い部分を振動させて、にやにや笑っている。
「マリ、立てよ。せっかくだから武闘派の姉ちゃんにもおまえの熟れた体を見せてやれよ。どうだ、この体。とても四十五歳に見えないだろ?」
 四十五歳。そう聞いて、冷静沈着な桐江未沙さんもさすがに少しハッとしたようだった。あらためて一糸まとわぬ木原マリさんの体を見回す。
 手のひらで支えるとずっしりと重みを感じそうな、それでいてシャワーを当てたらピンピンとはじくであろう、つやつやとした張りのある乳房、丸みを帯びながら弛みのない体のライン、無駄な脂肪の一切認められないすっきりしたお腹まわり、躍動感に富んだ腰のくびれ、きれいに手入れされた漆黒のアンダーヘア、白磁の陶器さながらの肌を輝かせて、すらりと伸びた細身のある両脚。
 彼女より二十以上も年の離れた桐江未沙さんは、ため息をついて感嘆した。
「いやあ、そんなに見ないで。女に見られるの、いやッ」
 ミヤジマジョーに髪の毛をつかまれ、むりやり立たせられている全裸の木原マリさんの叫びが、機内に響くプロペラの騒音を貫いた。

 若衆のひとりがにやにや笑いながら見せつけているバナナの形のバイブレーターにも、桐江未沙さんは注意を怠らなかった。その白い先端が妖しくうねっている。
「おい、青二才。おめえ、バナナのおもちゃで遊ぶなら、どっちがいい? この真っ裸のマリと、レザースーツのこわい姉ちゃんと」
 ミヤジマジョーが木原マリさんの形のよいヒップを撫で回しながら、ちらと横を向いて訊ねた。
「怖い姉ちゃんっす、断然」青二才と呼ばれた若衆は、桐江未沙さんを正面に見据えたまま、きっぱりと答えた。「あの男をなめきったレザースーツの姉ちゃんをヒイヒイ言わしてえっす」
 バイブレーターの動きが止まった。青二才は慣れた手つきで白い先端の部分をくるくると回して外し、別のアタッチメントを取りつけた。「非常口を閉めなさい」桐江未沙さんが鋭い声で命じた。
 自分でさっさと非常口のドアを閉めたかっただろうに、そうしなかったのは、青二才が銃口を向けていて、下手に動けなかったからだ。

 バナナのバイブレーターは拳銃に早変わりしていた。
「おい、桐江。この青二才はへなちょこで腕っぷしでは到底おめえにゃ敵わねえけどよ、銃の腕前だけはピカイチなんだ。勝手な真似してみろ。てめえの自慢の黒いレザースーツに穴があくぜ、へへへ」
 ミヤジマジョーがひとしきり豪快に笑うと、すぐに言葉を続けた。「脱げ」

 そのひと言を合図にして、黒い宝石の若衆は手拍子を始めた。手拍子はプロペラ音と風の音が凄まじくて、ほとんど聞こえなかったけれど、「脱ーげ、脱ーげ」とコールする男たちの欲望の籠もった声は、矢のようにレザースーツに刺さった。
「ほれ、早く脱がんかい。マリと同じ素っ裸になるんだよ」と怒鳴るミヤジマジョー。
「最高っす。ふたりの女を絡ませましょうよ」
「いいねえ、このクソ生意気な姉ちゃんをメロメロしてやってよ、マリさんよお」
 前のめりになって目をぎらぎらさせる男たち。銃を構えた青二才だけが薄笑いを貼り付けた顔で、じっと桐江未沙さんの膨らみのある胸に狙いを定めていた。
 この状況でどう動くのかベストか、ざっと思案した桐江未沙さんはついに決意して、腕を首の後ろに回し、黒のレザースーツのホックを外しにかかった。

 いよいよ脱ぐか、と思われたその時、ヘリコプターが急降下した。操縦室から八十五歳のパイロットが出てきたのだった。
「おまえたちばっかり、ずるいぞ。わたしにも見せなさい、姉ちゃんのおっぱい」
 シートベルトを着用していなかった客室の乗員は、ひとたまりもなく崩れるように高速移動し、操縦室と客室を隔てる壁に激突した。ただひとり、桐江未沙さんを除いては。
 彼女は素早い身のこなしでバランスを取り戻すと、コックピットに向かった。
「まったくもう、そんなに女の裸が見たいんだったら、せめて自動運転に切り替えてからにしてよねえ・・・・・・」
 ヘリコプターの飛行を安定させ、自動運転モードに切り替えた桐江未沙さんは、大きく息をついてから、客室に戻った。
 乱雑を極めた客室に男たちが倒れていた。木原マリさんの姿はなかった。
「彼女はどこ?」
「海に落ちたよ。あそこのドアから」呻き声を上げながら答えた男はうつ伏せのまま、今は完全に閉まった非常用のドアを指した。
「だからドアを閉めなさいって言ったのよ。彼女、無事かしら」
「全然問題ねえや。なんせ海におっこちる寸前だったから高さもねえし。彼女、スッポンポンだろ。機内に残ってるより、海のほうが安全かもな」
 体の節々の痛みに時折顔をゆがめながらも男は話を続けた。それによると、男が水平に戻った機内の窓から覗いたとき、木原マリさんは防波堤の常夜灯に照らされた海の中から、飛び去っていくヘリコプターに悠然と手を振っていたという。
「あんな晴れやかなマリさんの顔を見るのは、初めてだよ。これで彼女、やっとミヤジマの兄キから解放されたんだな。もう奴隷じゃねえ」
 男はすぐ横でうつ伏せに倒れているミヤジマジョーを見ながら言った。すぐそばには補助椅子が転がっていた。急降下の際、留め具を外れた補助椅子がミヤジマジョーの後頭部に激突したようだった。

 コックピットを離れた八十五歳のパイロットは、衝撃に備えて素早く体を丸めたおかげでまったくの無傷だった。
「いやあ、びっくりだ。たしかに自動操縦に切り替えたと思ったんだけどなあ」と、空っとぼけている。「それにしてもあんた、大した腕前じゃの。そのボディーも」
 ちゃっかり桐江未沙さんの胸を触ろうとして、手の甲をはたかれた。

 ヘリコプターの操縦桿を握り、警察署に向かう。ヘリポートでは地元の警官たちが空気でぱんぱんに膨らんだ救助用マットを広げて待機していたので、桐江未沙さんは着陸の労を省いてそのまま上空から黒い宝石の一味を落とすことができた。なお八十五歳のパイロットのみパラシュートで降下した。

 すかさず第二陣の待つ夏祭り会場の倉庫へ。何も知らずに縄橋子を伝ってヘリコプターに乗り込んだ彼らは、パイロットが若い女性にすり替わっていることに仰天した。彼らの知る黒い宝石のパイロットは全員七十五歳以上の男性だったからだ。「どこかで見た顔だな。ええと」眉毛を赤く染めた男、紅眉毛は彼女の正体を思い出し、ビール瓶を取り出して背後から迫った。
 たちまち気づかれて、腕を捻じ上げられる。
「放せよ。放したらいいこと教えてやっからよ」紅眉毛は苦し紛れに交渉をもちかけた。桐江未沙さんが緩めてやると、ニッと笑い、倉庫に仕掛けた爆弾がまもなく爆発すると打ち明けた。
「へへ、姉ちゃんが気張ったところで無理よ。みんなあの世行き・・・・・・」最後まで言い切らないうちにチョップの一撃を食らい、ガクッと膝を折って、よろめいた。踏み出した足の下にはビール瓶があった。ビール瓶に足を運ばれた紅眉毛は転んで、狭い通路の左右の壁に一回ずつ頭をぶつけ、気絶した。

 爆発するかもしれないのなら、なおさら倉庫に向かわなくては。
 この時、桐江未沙さんは何が何でも僕を助けるという気持ちだったそうだ。本当かどうか保証のかぎりではないけど。

 桐江未沙さんはヘリコプターの舵を大きく切った。
 すでに彼女の一撃を浴びて意識を失っていた第二陣の面々は、急旋回によって座席からどっと滑り落ちた。
 異変が起きたのは倉庫の屋上から中に入ろうとした時だった。いきなり機器類が動かなくなったのだ。ぐるぐる回り始める計器の針。さまざまな警告音が一斉に鳴り響いた。「森の中で鳥という鳥がさえずってたみたい。朝かと思った」と桐江未沙さんは述懐した。

 操縦に著しい困難を覚えながらも、とりあえずヘリコプターを倉庫の中に着地させることに成功したのは、ひとえに桐江未沙さんの腕が並外れていたからだ。そして、彼女の短時間で状況を把握する力もまた素晴らしかった。
 倉庫内に降りたって僕と目が合った途端、桐江未沙さんはヘリコプターの機器の突然の故障は強力な電磁波が原因であり、この電磁波によって倉庫内に仕掛けられた爆弾もまた停止したことを察したとのことだった。

 で、僕のことに話を戻す。
 人質女子たちに凝視されつつ、あるいは体じゅうを愛撫されつつ、腰を揺すって揺すって、メライちゃんの指で軽く支えてもらったおちんちんに刺激を与え、海綿体を膨張させ、ついに射精し、精液をあたう限り遠くへ飛ばし、なんとか爆弾を止めることができたのだけど、僕の一糸まとわぬ体の火照ってやまない羞恥の体験は、これをもって終わったわけではなかった。
 人質の身から解放されても、誰も僕に着る物を渡してくれなかった。

 男女を問わず、いろんな人が倉庫に入ってきた。ほとんどは警察関係者や救急隊員、医療従事者だった。腕章を付けた報道関係者の姿もあった。特別に警察の許可を得た者たちだ。彼らは僕に駆け寄って、黒い宝石に監禁されていたことをねぎらい、ごく簡単な質問をした。答える前に「お願い、何か着る物を」と訴えると、みな一様に、面倒くさそうな顔を一瞬だけ見せた。すぐに「お、そうですね。ちょっと待っててね」とか「そりゃそうだよね。服、どこかにないかな?」などと、慌て気味に親身の言葉をかけてくれたけど、結局そのままどこかに行って戻ってこなかった。手間をかけなくても答えてくれる人質はいっぱいいる。あるいは誰か別の者が衣類を用意すると思ったのかもしれない。
 面倒くさそうな顔、それはコピーされた同一の画像そのものだった。どんなに識別可能な特徴を一つと言わず、二つ三つと顔に刻んでいても、面倒くさいと思う気持ちをあらわした途端、その特徴は渚に書いた文字のように消える。僕は何度も寄せては返す波の音を聞いた。あとに残ったのは、いつも同じ、ただのっぺりとした、砂浜のような顔だった。
 彼らにとって、ひとりだけ素っ裸という異様な事態は、自分ではなく、僕という他人の身に起こったアクシデントだ。しかもそれはどう高く見積もっても生死を分かつほどの事態ではない。正真正銘の生死を分かつ事態は過ぎたばかりだから、よけいに僕の身に起きた個人的なアクシデントを低く評価する心理状態だったのかもしれない。

 僕の放った精液の付着があと数秒遅かったら、人質だった僕たちはもちろん、周囲の者も多数巻き込んだ大惨事になっていた。爆発の危険が去って、現場である倉庫の中は、まるで佳境に入ったパーティーのようだった。全裸の僕に気づいても、誰も驚かない。性的に搾取するためではなく、ただ単に逃亡防止のために人質の服を脱がしたのだ、と思ったようだった。はじめから裸だったと知っている者も少なくなかったかもしれない。

 いずれにせよ、それは彼らにとって、ありふれたことだった。おちんちんを隠していたから、初めて僕の裸を見た者には無毛を知られなかったと思うけど、未発達な、華奢な体つきは隠しようがなかった。こんな子供は性的な対象にならない、と即座に見なされたことだろう。言うまでもなく、それは誤りだ。
 ほかの人質は全員女子で、わずかな例外を除いて僕よりもずっと発育した体つきだったにもかかわらず、ただひとりメライちゃんを除いては、だれもが尋常の格好で着衣の乱れもなかった。
 また、黒い宝石に「エッチなことされた」「体を好き勝手に触られまくった」「キスしてって迫られました」「付き合ってほしいと真顔で言われた。キモい」などと訴え出た者はひとりもいなかった。
 この一事を警察や報道関係者は過大に評価した。僕たち人質が黒い宝石から実際に受けた性的な被害は、まんまと見過ごされた。

 人質として監禁されていた時の状況、爆弾を止めた方法についてなど、今はまったく話す気分ではなかった。警察関係の人たちには、アキヨさんをはじめとした、チアダンスチームの女子が詳しく説明した。
 どうやって時限爆弾を止めたかなんて、とても僕の口からは恥ずかしくて言えない。長時間の監禁で疲れていたとは思うけど、彼女たちはきちんと最後まで説明し、答えられる質問にはすべて答えて、離れた場所で素っ裸の身を隠している僕をそのままにしておいてくれた。ありがたいことに。
 彼女たちが警察関係者にあの羞恥の極みの一部始終を伝えているところなど、まったくもって当事者の僕はひと言も耳に入れたくなかった。アキヨさんは僕のそういう気持ちを察して、チームの女子たちにも僕をそっとするように伝えてくれたのだった。

 十二時十八分。普段だったら眠っている時間帯だ。機動隊に誘導されて、ようやく人質全員、眩しい照明に目を細めながら倉庫の外に出た。
 パトカー、救急車、消防車がそれぞれ赤色灯をつけて、倉庫沿いの狭い道路にぎっしりと止まっていた。爆発物処理車や機動隊を乗せてきたバスのような形をした車両も見えた。周囲には関係者以外の立ち入りを禁止するテープが張られてあり、その外側に人質の保護者が人垣を作って、救出された子供の名前を叫んでいた。
 いくつものテレビ局が脚立に乗り、規制エリアの外に向かって歩く僕たちをカメラで追った。
 うう、恥ずかしい。なんで僕だけ全裸なんだろうと思う。おちんちんを両手で隠しながら、女子たちに挟まれて歩く。足の裏の感触がアスファルトから土に変わった。

 人垣の中におば様の姿を見つけた。おば様らしくない、地味な、目立たない服装だった。ほかの保護者がわが子の無事な姿を見つけて感極まっているのに、おば様だけは疲れ切った、つまらなそうな顔で、僕と目が合っても、小さくうなずいただけだった。
 警察はとりたてて僕には、僕個人の健康状態のほかは、訊ねてこなかった。とりあえず状況についての大まかな概要、事件の大筋は把握したから、詳細な調査、聞き取りなどはまた別の機会に譲ることにしたのだろう。それは大変に助かる判断だった。疲れ切って頭のろくすっぽ回らない僕から話を聞いたところで、正確な情報は引き出せない。
 アキヨさんたちチアダンスチームの女子がきっちり説明してくれたおかげで警察からの質問は回避できたわけだけど、マスコミ相手となると、そうはいかなかった。規制テープの外に出た途端、待ち構えていた報道陣に囲まれた。

 ほかの人質たちが出迎えの保護者と再会の喜びに浸るなか、僕だけはマイクを持った男の人に連れられて、即席の壇上に登らされた。
 いやだ、とかぶりを振って抵抗し、男の手を払うと、壇上を急いで降り、おば様のところに駆け寄る。すぐに後ろから別の大男に抱き抱えられてしまった。
「テレビ局の方たち、あなたから話を聞くために二時間も待っていらしたのよ。協力して差し上げなさい」
 おば様が取り澄ました口調で言った。

 とりあえず服を要望したのだけど、拒絶された。
 そのままのほうがいかにも解放された直後という感じが出てリアルだからという理由で、服はおろか、体にタオルを巻くことすら許されなかった。
 テレビカメラの前で真っ裸のままインタビューに答える。正面でおびただしい数のカメラのフラッシュが焚かれた。マイクを握ったアナウンサーは三十代前半くらいの男性だった。大げさに驚く素振りを頻発して、疲労困憊した僕に矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「なるほどね。ところで一番気になるのは、きみがどうやって爆弾を止めたかなんだ。教えてくれるかな」
「え、それは・・・・・・」
 答えたくなかった。テレビカメラの前で一糸まとわぬ身を晒しているのに、このうえまだ僕を辱めようというのだろうか。もう知ってるくせに。
 口ごもる僕にアナウンサーは機転を利かし、「はい」か「いいえ」の二択で答えられるよう、質問をアレンジした。
 はい。はい。はい。いいえ。はい。いいえ。いいえ。いいえ。はい。
 うなだれて羞恥に震えながら答える。最後の「はい」では、どっと笑いが起きた。

 インタビューのあいだ、僕はずっと両手でおちんちんを隠していた。すでにくるりと体を回されて、お尻も晒し、アナウンサーには「さんざん叩かれて真っ赤に腫れ上がったって話だけど、全然そんな痕跡ないねえ。ピチピチだねえ」とからかわれていた。だからせめて、おちんちんだけは絶対にこれ以上見せたくなかった。
 それなのに、僕は最後の最後に壇上で万歳をさせられた。
「まあ、これもナオスくんががんばってくれたおかげで、おそろしいテロ事件を未然に防ぐことができましたってことだよね。これを祝って、みんなで万歳しましょう。ナオスくん、ばんざーい」
 男性アナウンサーが掛け声とともに僕の右手首を握って、万歳する。僕の左側には女性アナウンサーがいて、唱和しながら僕の左手を握ったまま高々と夜空へ上げた。おかげで僕の脇の下、皮を被ったままのおちんちんがすっかり露わになってしまった。
 手をおちんちんから離される直前、皮を剥くこともできたのだけど、僕はあえてそうしなかった。どうせ笑われるのなら、ありのままの僕を笑えばいいと思った。もうこれ以上僕の心を傷つけるのは不可能なのだから。

 夕方、僕はおば様の寝室で目を覚ました。おば様への性的な奉仕を抜きにしておば様のベッドで眠ったのはこれが初めてだった。
「出てるわよ、これ」と言っておば様がベッドの中の僕に夕刊を渡してくれた。そこには、「素っ裸の少年、テロを未然に防ぐ」の見出しが写真入りで躍っていた。しっかりおちんちんまで映り込んでいる写真だった。
 テレビをつけると、どのチャンネルも繰り返し事件を報じていた。画面には何度も、しつこいくらい、人質が機動隊に保護されて倉庫から出てくるところが流れた。その中には女子たちに混じって素っ裸で歩く僕の姿もあった。また、ある局は、インタビューを受ける僕を、最後の万歳までカットせずに放送した。
「あなた、すっかり有名人ね」と、おば様が笑う。

 Y美のいない、おば様とふたりっきりの家の中はがらんとしていた。
 僕はあいかわらず素っ裸のままだった。ずっと一糸まとわぬ格好で過ごさせられている。家の中で唯一着用を認められていたはずの白ブリーフすら、おば様は渡してくれなかった。「もう全部使い果たして、残ってないのよ」とおば様は言った。確かにしょっちゅう脱がされて、破られたり捨てられたりすることが多かった。
 驚いたのは、白ブリーフだけでなく、僕の衣類や履物が、学校の制服一式なども含めて、一切合切なくなっていたことだ。むりやり脱がされて紛失したり、Y美に勝手に処分されたりして、とうとう僕が身に着けられる物は、この家には何も残っていないのだった。
 全裸でいるよりほかない僕に、おば様はブリーフ一枚買おうとしなかった。「どうせ無駄になるじゃないの」とおば様は言った。
 無駄になる。あながちそれは間違いではなかった。
 そう、一週間後、僕はいよいよおば様の家を出る。

 商工会の会長、門松徳三郎氏に引き取られることになったのだ。暗殺計画を阻止することができたら、母の借金を肩代わりするという約束だったけど、門松氏はその約束を守るだけでなく、なんと僕の衣食住を無償で提供すると申し出てくれたのだった。
 クリエイテッドを量産する画期的なテクノロジー、ヒトマロを開発した技術者である母は、独身寮での奴隷のような勤務から解放され、これからいよいよ思う存分研究に専念できるとのことで、門松氏の申し出を僕があっけにとられるほど喜んだ。
「わたし、研究で忙しいからね。門松さんがあなたの面倒をみてくれるって、こんなにいいことないじゃないの」
 久しぶりに一緒に暮らせると思った僕は複雑な気持ちを抱えたまま、若い娘のようにはしゃぐ母の声を受話器越しに聞いた。
 電話を切ろうとする間際、母の声がひときわ高く響いた。
「あなた、未沙と一緒に戦ったんでしょ。桐江未沙」
「え、お母さん、知ってるの?」
「知ってるわよ。ニュースでは報じられなくても、わたしのところにはちゃんと情報が入ってくるんだから」
 母は妙にうきうきしていた。
「いや、そうじゃなくて、桐江未沙さんのこと・・・・・・」
「当たり前じゃん。彼女、わたしが作ったんだから」
「ええ? どういうこと?」
「桐江未沙、彼女、クリエイテッドなのよ」と母が言った。「あなたと同じくね。あの子、あなたの姉さんなんだよ」
 姉は途中から僕が弟であることに気づいたそうだ。

 ケンカに負けて、こてんぱんに痛めつけられ、病院で治療を受けていたY美が退院し、家に帰ってきた。
 玄関まで出迎えると、Y美は物憂げな顔をして、土間に立っていた。
「おかえりなさい」僕はおちんちんを隠しながら言った。
「ただいま」上目遣いで僕を見て、フウと息をついた。僕が素っ裸なので、安心したようだった。入院する前と少しも変わらない日常がそこにあった。
 一緒に病院から戻ってきたおば様は、そそくさと台所に行き、お茶の準備を始めた。それなのにY美はなかなか家に上がろうとしなかった。
「早く着替えて、のんびりするといいですよ」と僕は言った。「おば様がケーキを買ってきてくれてます。Y美さんの好きなお店の、ええと、名前なんでしたっけ」
「Things I don't want to rememberでしょ」
「そうそう。そこのショートケーキです」
 Y美はあまり嬉しそうな顔をしなかった。まだ靴を脱ごうとしない。
「おまえさ、家からいなくなるって?」
「え? まあ、はい・・・・・・。お世話になりました」ぺこりと頭を下げる。
 今日がこの家で世話になる最後だった。明日の朝八時、門松徳三郎氏の手配するタクシーに乗って僕は新しい生活の拠点に移る。
「信じらんない」Y美がぼそりと呟いた。
 僕は慌てて補足した。「あ、でも、学校は変わらないですよ。また学校で会えます。いっぱいお話もできるし、遊びに行くことも」
「そうじゃなくて」チッと舌打ちして、遮る。「なんで奴隷のおまえがわたしより先にケーキ食ってんだよ」自分の唇の端を指で示しながら、カッと目を見開いた。
 しまった。急いで口元をぬぐうと、指にケーキの純白のクリームが付いていた。
 バーカ、と舌を出して、にっこり笑う。一瞬、かわいいと思った。
「あ、テレビでさんざん見たチンコだ」
 股間に当てていた手が横にずれていた。Y美に言われて、急いで隠したものの、彼女はもう僕の横を通過して、階段をのぼっていた。軽い、弾むような足取りだった。
「紅茶、入ったわよ」とおば様が居間から声をかけてきた。【完】

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14 コメント

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Unknown (Gio)
2024-12-28 00:26:08
更新お疲れ様です。
ついに思い出したくないことなどの完結本当におめでとうございます。
10年以上の連載本当にお疲れさまでした。
色々心の整理が追いついていないのでじっくり読ませていただきます。
返信する
Unknown (Natally)
2024-12-28 16:55:33
ナオスくんが精通を迎えていたからみんな助かったんだね。よかったねナオスくん射精して爆弾止めたヒーローとして有名人になれたね。
返信する
Unknown (hal)
2024-12-28 19:33:24
多感な少年の頃に
性的なトラウマを抱えてしまった私には、
あなたの お話のおかげで
そんな自分に対する自己肯定感が
確かに養われた気がするんです。
いくらいじめられても、
「秘めやかなマゾの喜びをひっそり味わっては、
より崇高な自尊心が増す」
という 作中のナオスくんの言葉が 大好きです。
「プライドはその都度破壊されても、
心の新たな場所にトラウマを乗り越えた事による別の自尊心が育ち
今までのそれよりも
些か見劣りすることもない」
なんて力強い 言葉でしょうか
色々言い尽くせませんが、 とにかく 感謝致します。
お疲れ様でした。
返信する
Unknown (Gio)
2024-12-29 00:21:31
最終話堪能させて頂きました。
「思い出したくないことなど」は私の性的嗜好にベストマッチした小説で、このお話に出会えたことは私の人生で大いに救いとなりました。
官能小説としてナオス君の羞恥と屈辱に味わいながら、物語としても尊厳を失い、普通の中学生としての生活を壊されていくナオス君にいたく感情移入していました。
素晴らしい作品を本当にありがとうございました。もう完結だと覚悟してましたが、まだ夏祭りの午前中に別エピソードがあるとのことで、今一度ナオス君のお話が読めることをとても嬉しく思い、楽しみにしています。
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Unknown (M.B.O)
2024-12-29 00:49:37
 17年間の連載、お疲れ様でした。
どんな最終回を迎えるのか(中々更新されない時は未完で終わってしまうのではと気になっていました)待ち続けた甲斐がありました。
贅沢を言えば、後日談的な物語やあとがきとかも見てみたいです。
ナオス君とY美の関係っていじめられっ子といじめっ子の関係から少し脱線していて友達っぽいところもあって不思議な感じなんですよね。
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Unknown (Gio)
2024-12-29 21:37:07
>M.B.O さんへ
> 17年間の連載、お疲れ様でした。... への返信

横から失礼いたします。私も後日談が気になります。
一見穏やかなラストですが、ナオス君の受難が本当に終わるのか疑問なんですよね。

・帝国バイオの社長と会談するおば様がナオス君の将来は決まっていると発言している
・リニア反対は地球外生命体の圧力と示唆されたことから、恐らく会長も宇宙人の影響下にある
・借金は肩代わりで消えておらず、会長もナオス君を全裸生活させようとした
・残していたはずの学校制服も「無駄だから」と処分している

結構陰謀論染みてますが、会長の家でも全裸生活が続きそうなかんじがします。
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Unknown (Gio)
2024-12-31 00:32:55
> Gio さんへ
> 横から失礼いたします。私も後日談が気になります。... への返信

ご返信ありがとうございます。
元々抱えられていた心のトラウマを緩和する為に始められた執筆活動だと当初書かれていたので「実体験」がどこまで含まれていてどこから架空の話なのか計り知ることはできませんが、私の中ではこういう展開になるのかなっていう想像は色々していました。
当然ながら思っていた展開とは違いましたが…
 でも、更新がなかった期間はそうした〇〇だろうみたいな展開を色々膨らませていましたし、私自身が小説を書いてみたいと思うきっかけにもなりました。
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Unknown (naosu)
2024-12-31 14:37:52
>Natally さんへ
>ナオスくんが精通を迎えていたからみんな助かったんだね。よかったねナオスくん射精し... への返信

ありがとうございます。
確かにこれは精通のたまものですね。
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Unknown (naosu)
2024-12-31 14:58:32
>hal さんへ
>多感な少年の頃に... への返信

Hal様
こちらこそありがとうございました。
自分を立て直すために書きつけた言葉ですが、お力になれたとしたら、僕としても、すごく嬉しいです。
これからも連帯していきましょう。
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Unknown (naosu)
2024-12-31 15:06:28
>Gio さんへ
>最終話堪能させて頂きました。... への返信
Gio様
いやあ、最後まで伴走いただき、感激しております。
ありがとうございました。
まあお察しのとおりいろいろと謎を残した部分もありますが、別に出版予定のお話で回収していく予定です。
なお「思い出したくないことなど」の話は一区切りつけましたけど、このブログ自体は続けます。

別の物語を発表したいと思ってます。
これからもよろしくお付き合いくださいませ。
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