電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

愛国心について

2006-07-09 21:30:17 | 政治・経済・社会

 文藝春秋の7月号は「愛国心大論争」だった。特に、今国会に提出され、継続審議になった自民党と公明党の提出した与党案としての教育基本法案と民主党の対案を巡ったさまざまな論議が掲載されている。櫻井よしこ、平沼赳夫、鳩山由紀夫、保阪正康、池内恵、寺脇研の「論争」は、どこが論争かよく分からない、なんだがお互いの意見の褒め合いのようでつまらなかった。圧巻は、石原慎太郎の『若者がこの国を愛するために』という論文だ。これは、ほとんど、藤原正彦と同じ主張だと思った。石原慎太郎の文章としては、久々に、面白い文章だと思った。

 石原慎太郎は、「まず国を知り歴史を学べ。そこから全ては始まる」と言う。それは、正しい。今回の教育基本法改正案の国会審議を評して、「神経症的な、愚劣な議論」と言っているが、これもある程度当たっているように思われる。「愛国心」というのは、ある種の心の状態を徳目的に表現した言葉であり、教育基本法改定案の言葉で言えば、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する」という言葉に対応した表現だ。そして、石原慎太郎が指摘しているように、こうした「愛国心」は、学習指導要領の中に色々なかたちで、すでに盛り込まれている。

 だとしたら、なぜ今、「愛国心」であり、しかも、自民党と民主党が、「私たちの方がより、強い愛国心を持っている」みたいな発言を繰り広げているのだろうか。私には、彼ら政治家たちにとって、今回の「教育基本法の改正」などあまり大きな問題だと思われていないような気がして仕方がない。特に、小泉さんの中に、この改正に積極的に取り組もうという意識が見られない。ある意味では、どうでもいいことのように考えられているのではないか。石原慎太郎も、現行の教育基本法は「1947年にGHQの主導で作られた法律」であり、「過度に個人主義を尊重する内容のもの」となっていると批判していて、改正する動きが自体を否定していないが、積極的に何かを言っているわけではない。

 今問われているのは、「愛国心とは何か」と言うことではなく、「この国をどうしようとしているのか」と言うことであり、「この国の何を大切なものとして守ろうとしているのか」ということだと思う。私たちが住んでいるこの日本という国について、私たちはどれだけのことを考え、どれだけのことをしようとしているのだろうか。「愛国心」というものは身につけさせるものではなく、自然と身につくものだ。そして、それは、おそらく教育の課題などではないと思われる。なぜなら、もし、国が私たちを守り育ててくれたのなら、私たちは自然とそれに感謝し、報いようとするに違いない。また、そうでなければ、私たちは永遠に国を恨んで生きていくことになるに違いない。ある意味では、「本当の愛国心」などというものは、私たちではなく、後世の人たちが決めることだと思われる。

 歴史教育は決して、良い悪いといった短絡的な価値判断でなされるべきものではない。ヤスパースのいったように、今われわれが生きている瞬間瞬間が一秒後には過去となり、それが連綿と重層的に重なり合っていくのだから、その堆積である歴史への価値判断にはさまざまなベクトルが作用するのが当たり前だろう。
 私は一番下の息子から遅まきに網野義彦氏の史学を教えられたが、実に興味深いものがあった。網野史学を左翼的だと言うのはいかにも短絡的で、氏の視点は決して皇室を冒涜するようなものではなく、皇室中心、武家社会中心のヒエラルキーの社会の裾野で実は他の多くのどんな人々がどんなエネルギーをもって日本社会を支えていたかのかを描いていて、歴史がいかに重層的なものかを改めて知らされる。(「文藝春秋」2006年7月号p115)

 教育でできることは、せいぜい、石原慎太郎の言葉を借りて言えば、「この国の歴史」を、伝統と文化も含めてしっかりと教えることだ。それ以上でも以下でもあり得ない。それ以上のことがあるとすれば、おそらく、私たち全ての国民が、日本を愛すべき国として創りあげていくことであり、それ以外に「愛国心を教える」ことなどあり得ないと思う。その意味では、石原慎太郎の文章は、正論だと思う。私と石原慎太郎の違いがあるとすれば、歴史や伝統と文化の理解の仕方や、解釈の違いであり、国や地方自治体の諸々の政策に対する評価の違いである。それはそれで、大きな問題だと思うが、取りあえずは、教育基本法改正案の論議に対する感想としては、石原慎太郎の言うことがもっともだと思った。

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