電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

『動的平衡』

2009-05-06 20:08:11 | 自然・風物・科学

 福岡伸一の分子生物学の著作は、私にはとても刺激的で、いろいろなことを考えさせてくれる。そして、科学というものの面白さと、生命の不思議に対する感動を与えてくれる。福岡伸一の新しい著作、『動的平衡』(木楽舎・2009/2/25)もまた、科学というものの面白さと生命の不思議に対する感動を与えてくれた。私たちは、生物や生命の仕組みに対して、様々な誤解をしながら生きてきた。その誤解や錯誤を、私たちは少しずつ地道は実験を通して正してきた。そんな、科学の歩みを、福岡伸一は、様々な視点から描き出している。

 科学者たちの探求の結果、私たちが持っている常識が覆されて、驚くべき真実が発見されたときに私たちは素直に驚き、興奮する。私たちは、科学者たちが、野望を持ったり、夢を持ったりしながら、それでも科学的方法にこだわり、あるいは縛られながら、特殊な現象のからくりを解き明かそうと挑戦していく姿に目を見張る。おそらく、福岡自身がそうした現場に身を置いていたからこそ、科学者たちの現実を見事にとらえることができたに違いない。そこには、おそらく美しさとおぞましさが同居している。そして、福岡はその両方を目を背けることなく描写する。そこが、私たちを引きつける。

 ところで、『動的平衡』では、ルドルフ・シェーンハイマーによって発見された「生命とは可変的でありながらサスティナブルなシステムである」という事実が、もう一つの生命の有名な「生命とは自己複製可能なシステムである」という定義に対抗して強調されている。ワトソンやクリックたちのDNAの発見の10年ほど前にシェーンハイマーよって発見されたこの現象こそ、生命のとらえ方としては根本的なのだと福岡は主張する。

 生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織の細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。
 だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数ヶ月前の自分とはまったく別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。(『動的平衡』p231より)

 私たちの身体が外部から取り込むのは、主としてアミノ酸の原料となるものと、ブドウ糖としてエネルギーになるものである。これらは食物として摂取される。福岡は、ここで、二つほど面白い事実を指摘している。一つは、「食べ物として摂取したタンパク質が、身体のどこかに届けられ、そこで不足するタンパク質を補う」という素朴な考え方は誤りであるということだ。

 これと同じ構造の「健康幻想」は、実は至るところにある。タンパク質に限らず、食べ物が保持していた情報は、消化管内でいったん完膚なきまでに解体されてしまう。
 間接が痛いからといって、軟骨の構成材であるコンドロイチン硫酸やヒアウロン酸を撮っても、口から入ったものがそのままダイレクトに身体の一部に取って代わることはありえない。構成単位にまで分解されるか、ヘタをすれば消化されることもなく排泄されてしまうのである。(同上・p78)

 一般的に、タンパク質はいったんアミノ酸にまで分解され、アミノ酸になってから体内に吸収され、そのアミノ酸が血液によって全身の細胞に運ばれ、そこで細胞の中に取り込まれて新たなタンパク質に再合成されるのだ。だから、身体のなかの何かのタンパク質が欠乏したからといって、同じタンパク質を食べて摂取するということはできないことになる。問題は、食物から吸収されたアミノ酸を必要なタンパク質の合成するシステムを保つことこそが大事だということになる。

 もう一つは、私たちはなぜダイエットをしなければならないかということだ。成人の基礎代謝量は約2000キロカロリーだが、これ以上のカロリーを摂取すると太る。問題は、なぜ余分なカロリーは、消化せずに排泄されないかということにある。炭水化物とタンパク質は1グラムにつき4キロカロリー、脂質は1グラムにつき9キロカロリーのエネルギーを内包しているという。単純な計算では、炭水化物やタンパク質なら、500グラム、脂質なら100グラムほどで、1日の必要なカロリーはまかなえてしまうということだ。

 これは、ある意味でヒトの哀しい性であるかもしれない。進化はヒトをして、余剰のエネルギーに出会った時、これを万一に備えてすばやく蓄積する仕組みを発達させ身体と遺伝子はこのメカニズムをしっかり保持してきた。それが飽食の時代になっても変わっていないのだから、余分に食べると、お腹のまわりの脂肪となって貯められてしまうのは当然のことなのである。(同上・p99)

 いわゆる栄養素は、エネルギー源となる場合は、ブドウ糖になり、これもまた血液に運ばれ細胞に取り込まれ、酸素と結びついてエネルギーを放出する。このブドウ糖が必要以上に血中に存在すると、脂肪細胞に取り込まれていく。そして、万一の備え、余分なブドウ糖は体脂肪となって貯蔵されるのだ。太らないためには、摂取したブドウ糖を常の燃やしてしまうだけの運動をするか、必要以上のブドウ糖を作らせないこと、つまり食べ過ぎないことだ。そういってしまえば身も蓋もないが、それが人間の進化の結果であればそれはそれで、厳粛に受け止めざるを得ない。

 それはとにかくとして、シェーンハイマーの「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という定義は、とても興味深い。私たちの身体を作っている一つ一つの細胞それ自体は、私たちの一部であり、私たちが私たちである限り、変わらない。しかし、その細胞を形作っている分子のレベルでは、常に変化し、分子は新しい分子に入れ替わっているというというのは、とても不思議である。

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