息子がどうしても見たいドラマがあるというので一緒に見たのが、「女王の教室」だった。一応、聞いたところでは、毎週見ているらしい。そのために、土曜日だけ10時までテレビを見ることになる。どうも、子供達の間ではやっているらしい。先週につづいて、私は、今回が2度目だ。昨日は、プロ野球の「巨人×中日」戦が延びたために、ドラマは9時半からになった。悪魔のような女王教師「阿久津真矢」(天海祐希)に翻弄される6年3組の子供達の世界だ。
毎回物語が始まる前に、「この物語は、悪魔のような鬼教師に小学6年生のこどもたちが戦いを挑んだ1年間の記録」というナレーションが流れる。そして、HPには「目覚めなさい、迷える子羊たち。」という挑戦的なセリフが書かれている。私は、天海祐希というのは「てんかいゆき」と読むのだと思っていたが、「あまみゆうき」と読むのだと初めて知った。過去のストーリーを見ると、映像と言葉をうまくアレンジしして、独特な雰囲気をうまく伝えている。ただ、過去のストーリーとしては、多少わかりにくい。
私は、この物語の展開をわくわくどきどきしながら見ているようだ。そして、どこかでとても不安な気持ちも抱いている。この不安はどこから来るかと考えてみると、どうも話の展開が、あまりに現実的な気がして不安になるらしい。つまり、どこでもありそうなことが、そこには集中して描かれているのだ。どうも、人間関係の核のようなものがこの物語の幾つかの場面で痛烈に批判されているようで、それがどうも私を不安にさせるらしい。
普段私たちは、心の中で思っていても、そのことを口には出さない思いというものを持っている。それを言ったらおしまいだということなのかも知れない。そうしたことが、これでもかと真矢先生や子どもたちの口から出てくる。そのことが、私を不安にさせるらしい。その意味では、それを見て、もうドラマを止めて欲しいという人たちの気持ちがわからないではない。先生と先生の関係、子どもと子どもの関係、家庭での親子の関係がとても不安定な状況になっている。今という現実を象徴させようとしているからかも知れない。今にも崩壊しそうなところで話が進んでいき、現実の危うさのようなものをそのまま表現していて、そのことが観るものを不安にさせているのだと思う。
昨日は我が息子といとこが泊まりに来ていて、隣で、普通のドラマのように見ている。「ハリー・ポッター」を見ている子どもたちにとって、子どもをまるでいじめているような教師や、人種差別をしているような友だちを知っている。そして、おそらくは、学校でもそれに類したことを多少はやっているはずだ。また、教師は、多分この真矢先生のような不気味な存在であるに違いない。少なくとも私の子どもの頃は、教師はそんな神秘さと恐ろしさを持っていたように思う。子どもたちもそのような気持ちで見ているらしい。
このドラマが今後どのような展開をするのか私にはわからない。今のところは、もう一人の主人公と思われる、神田和美が多少盛り返してきたので、これからが楽しみと言うところかもしれない。HPの掲示板の意見では、神田和美が最後にクラスの団結を取り戻し、それが真矢先生のねらいだったというようなうがった結末を予想している人たちがかなりいるが、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。ここに登場する、6年3組の24人の子どもたちのその時々の心理的な変容は、それなりに興味深いものがある。我が家の子どもたちの見解によれば、それらはあり得ることのようだ。
これほど、賛否両論が激しいドラマも珍しいが、それだけ面白のかも知れない。HPの掲示板が日本テレビの方で多少校閲されているので、それぞれの意見のぶつかり合いがとぎれていて、わかりにくいのが残念だ。1年間のドラマだということだが、現在7月で、丁度夏休みになったところなので、ほぼ3分の1ほどが過ぎたことになる。演技はとても誇張されたところがあるが、よくよく見ていると、彼らはとても演技が上手いと思った。時々は、子どもと話しながら、今後の展開を見守りたいと思う。
毎回物語が始まる前に、「この物語は、悪魔のような鬼教師に小学6年生のこどもたちが戦いを挑んだ1年間の記録」というナレーションが流れる。そして、HPには「目覚めなさい、迷える子羊たち。」という挑戦的なセリフが書かれている。私は、天海祐希というのは「てんかいゆき」と読むのだと思っていたが、「あまみゆうき」と読むのだと初めて知った。過去のストーリーを見ると、映像と言葉をうまくアレンジしして、独特な雰囲気をうまく伝えている。ただ、過去のストーリーとしては、多少わかりにくい。
私は、この物語の展開をわくわくどきどきしながら見ているようだ。そして、どこかでとても不安な気持ちも抱いている。この不安はどこから来るかと考えてみると、どうも話の展開が、あまりに現実的な気がして不安になるらしい。つまり、どこでもありそうなことが、そこには集中して描かれているのだ。どうも、人間関係の核のようなものがこの物語の幾つかの場面で痛烈に批判されているようで、それがどうも私を不安にさせるらしい。
普段私たちは、心の中で思っていても、そのことを口には出さない思いというものを持っている。それを言ったらおしまいだということなのかも知れない。そうしたことが、これでもかと真矢先生や子どもたちの口から出てくる。そのことが、私を不安にさせるらしい。その意味では、それを見て、もうドラマを止めて欲しいという人たちの気持ちがわからないではない。先生と先生の関係、子どもと子どもの関係、家庭での親子の関係がとても不安定な状況になっている。今という現実を象徴させようとしているからかも知れない。今にも崩壊しそうなところで話が進んでいき、現実の危うさのようなものをそのまま表現していて、そのことが観るものを不安にさせているのだと思う。
昨日は我が息子といとこが泊まりに来ていて、隣で、普通のドラマのように見ている。「ハリー・ポッター」を見ている子どもたちにとって、子どもをまるでいじめているような教師や、人種差別をしているような友だちを知っている。そして、おそらくは、学校でもそれに類したことを多少はやっているはずだ。また、教師は、多分この真矢先生のような不気味な存在であるに違いない。少なくとも私の子どもの頃は、教師はそんな神秘さと恐ろしさを持っていたように思う。子どもたちもそのような気持ちで見ているらしい。
このドラマが今後どのような展開をするのか私にはわからない。今のところは、もう一人の主人公と思われる、神田和美が多少盛り返してきたので、これからが楽しみと言うところかもしれない。HPの掲示板の意見では、神田和美が最後にクラスの団結を取り戻し、それが真矢先生のねらいだったというようなうがった結末を予想している人たちがかなりいるが、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。ここに登場する、6年3組の24人の子どもたちのその時々の心理的な変容は、それなりに興味深いものがある。我が家の子どもたちの見解によれば、それらはあり得ることのようだ。
これほど、賛否両論が激しいドラマも珍しいが、それだけ面白のかも知れない。HPの掲示板が日本テレビの方で多少校閲されているので、それぞれの意見のぶつかり合いがとぎれていて、わかりにくいのが残念だ。1年間のドラマだということだが、現在7月で、丁度夏休みになったところなので、ほぼ3分の1ほどが過ぎたことになる。演技はとても誇張されたところがあるが、よくよく見ていると、彼らはとても演技が上手いと思った。時々は、子どもと話しながら、今後の展開を見守りたいと思う。