電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

あらためて、西行を思う

2025-02-03 18:11:29 | 日記
 本当は、1月中に今年の抱負を述べる予定だったが、それができなかった。読んでいる本が、あまりに散漫で、まとまらないのだ。

 たぶん、今年の私の中心になるのは、西行だと思われる。小林秀雄の『モーツァルト・無常という事』にある「西行」から初めて、吉本隆明著『西行論』、いちばん新しい西行論としては、寺澤行忠著『西行──歌と旅と人生』、そして、白州正子著『西行』を今読んでいるところだ。小林と吉本の論は、何度か読みなおしているが、これからの影響は大きいようだ。皆、それとくらべてしまう。それぞれの人が、自分に会わせて西行について語っている。ただ、吉本が、西行の歌を分析する前に、「僧形論」「武門論」を書いているのはすごいと思った。

 大河ドラマで『光る君へ』が放映され、源氏物語というより、平安貴族の生き方のようなものがそれなりに面白く描かれていて、事実とは違っていても面白かった。紫式部も清少納言もまるで現代の女性のように描かれているが、それがかえって興味深かった。『光る君へ』の最後のシーンは、これから勃興する武家の時代を象徴していたように思う。そして、貴族の時代から武家の時代に変わるところで、西行が生まれる。歌人としての先輩には藤原俊成がおり、後輩には藤原定家がいる。しかし、西行は、私たちが知っているのは彼がつくった和歌を通してだけであるが、かれは俊成や定家のような歌壇には属さなかった。しかし、彼の存在は当時の歌人なら誰もよくしっていたようだ。

 西行は、平清盛と同じ年に武家の子として生まれているが、23歳の時に出家して、それ以来死ぬまで僧として生きながら、歌を読み続けた。
 西行の歌として次の2首は有名だ。

 願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃
 仏には桜のはなをたてまつれ 我が後の世を人とぶらはば


 この歌は、『山家集』の春の部に収められているもので、彼が死ぬ十年以上も前によまれたものであるが、彼は、ほぼその歌の願いの通り、文治六年(1190)2月16日(太陽暦で3月30日)になくなっている。

 この歌を読むと、私は大学の後輩が同じ会社に入り、若くしてマンションの屋上から飛び降り自殺をしたことを思い出す。確か30前だったと思う。友人によれば、彼は、西行のこの歌のように生きたいと常に語っていたという。自殺の理由は、わからないとのことだった。そんなことを思い出しながら、今、西行に向き合っている。西行は、自殺ではなく、病で73歳でなくなった。私はといえば、もうすぐ77歳になる。これから残りの人生をどう生きるか、問われているのかもしれない。西行については、また、改めて書いてみようと思う。

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