長内那由多のMovie Note

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『ザ・クラウン シーズン1~2』

2019-08-01 | 海外ドラマ(く)

“これぞ大河ドラマ!”と膝を打ちたくなる。イギリス女王エリザベス2世の治世を描く本作は豪華絢爛なプロダクションデザイン、スケールある演出、俳優陣の素晴らしい演技に支えられた堂々たる風格だ。歴史の知られざる秘話を解き明かすダイナミズムは僕たちを魅了し、ツイストやクリハンガーがなくてもビンジがやめられなくなってしまう。

イギリス国民ならいざ知らず、エリザベス女王が生きてきた時代背景というのは他国の僕らにはなかなか想像がつかない。彼女が王位を継承したのは第2次大戦後間もない1953年。当時の首相は先頃、伝記映画も公開されたウィンストン・チャーチルというのだから如何にその在位が長いかわかるだろう。彼女の治世を描く事は激動の戦後史を描く事であり、彼女は歴史の生き証人とも言えるのだ。

いくら英国人が王室好きとは言え、ともすればゴシップ的興味が先行しそうな本作(日本の皇室では絶対にやれないだろう)に風格をもたらしているのがショーランナー、脚本を務めるピーター・モーガンだ。ヘレン・ミレンがエリザベス女王に扮した映画『クイーン』や舞台『The Audience』で脚本を手がけてきた当代きっての”エリザベス女王評人伝作家”である。徹底したリサーチに1つだけ大きなフィクションを忍び込ませるその手法は評伝ジャンルに新風を吹き込み、前述『クイーン』やロン・ハワード監督作『フロスト/ニクソン』ではアカデミー賞にもノミネートされた。

治世初期を描くシーズン1ではとりわけ若き女王の統治者たる目覚めに重点が置かれている。彼女が即位するまでには本来の王位継承者である叔父ウィンザー公が一般女性との結婚を優先して王位を辞退、弟の父ジョージ6世が代わって即位し、第2次大戦を乗り切ったという経緯があった(この件はアカデミー賞受賞作『英国王のスピーチ』や『ウォリスとエドワード』に詳しい)。この王位継承にまつわるすったもんだが若きエリザベスにより一層、王位に対する強い責任感と使命感を抱かせてきた事は想像に難くない。そして哀しいかなこの王位と個人という葛藤はその後も妹マーガレット妃や時を経てダイアナ妃はじめ、しばしば英国王室を揺るす火種となってしまう。長きに渡って未だ現役であり続ける女王の強さに敬服の念を抱かずにはいられなくなるハズだ。

"私(わたくし)と王位”という問題は夫フィリップ殿下との夫婦関係にも常に影を落とす。妻の添え物として扱われることは男尊女卑の風潮下では屈辱的であり、彼は裏方になる事を良しとしなかった。演じるマット・スミスは長身痩躯、くしゃっとした顔の個性的なルックスで、フィリップ殿下をちょっとフーテンっぽく演じているのが面白い。王室からクレームが出ないかと心配になってしまう描写だが、この女王にすら強いられた女性差別との戦いという現代的主題は何度も登場する。とりわけ必要な教育を与えられてこなかったばかりにコンプレックスを抱いた女王が、自力で家庭教師を見つけ、閣僚達とやりあう第7話は傑作回の1つだ。

エリザベス女王を演じるクレア・フォイは本作でエミー賞の主演女優賞を受賞。以後、デミアン・チャゼル監督作『ファースト・マン』や"ドラゴン・タトゥーの女”シリーズ最新作『蜘蛛の巣を払う女』主演に抜擢されるなど、一気にブレイクした。マーガレット妃役ヴァネッサ・カービーは今夏『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』でヴィランに扮し、トム・クルーズに劣らぬ存在感で映画ファンにしっかり印象を残している。チャーチル役に扮したジョン・リスゴーはエミー賞助演男優賞を受賞。近年ではゲイリー・オールドマンがやはりオスカーに輝いた役柄だが、誰が演じても同じ芝居になってしまう所にチャーチルの際立った個性がわかる。この稀大の宰相の歪で高いプライドとエゴに迫った第9話は先行するチャーチル映画よりも深味のある評人伝だった。

2シーズン毎にキャストを入れ替えることが発表されており、シーズン3ではエリザベス役に今年オスカーレースを賑わせたオリヴィア・コールマン、そしてマーガレット役にヘレナ・ボナム・カーターというベテランの抜擢が決まっている。まだまだ先は長いがこのクオリティを維持できればドラマ史に残る一大傑作シリーズになるだろう。新シーズンが楽しみだ。


『ザ・クラウン』16・英
製作 ピーター・モーガン
出演 クレア・フォイ、マット・スミス、ヴァネッサ・カービー、ジョン・リスゴー、ヴィクトリア・ハミルトン、マシュー・グード

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