オーストラリアに実在した犯罪者一家を描く『アニマル・キングダム』は監督デヴィッド・ミショッドはじめ、ベン・メンデルソーンやジョエル・エドガートンの名を一躍、世界に知らしめた衝撃作だった。その後の彼らの活躍はご存知の通り。ミショッドは今や名プロデューサーであるブラッド・ピットの製作会社プランBに招聘され、メンデルソーンは世界中の名匠から重用される名バイプレーヤーとなり、エドガートンに至っては映画監督としても才能を発揮している。
そんな彼らが気鋭の若手演技派ティモシー・シャラメを迎えてシェイクスピア劇『ヘンリー五世』を撮る…と聞けば身構えたくもなるが、気にしなくていい。国王メンデルソーンからシマ(イングランド)を継承した心優しき王子ハルが権謀術数をくぐり抜け、フランスとの仁義なき百年戦争に突入する“史劇版『アニマル・キングダム』”となっているのだ。
Netflix配給映画だが、美しいプロダクションデザインや陰影の濃い映像を自宅で楽しむにはそれ相応のスペックを持ったTVが必要なだけに、ぜひ限られた公開規模の劇場を探して欲しい。クライマックスとなるアジャンクールの合戦は『ゲーム・オブ・スローンズ』以後の史劇演出であり、こんな壮絶なバトルシーンをまたしてもTVで見る事になってしまうのかと歯噛みする事だろう。前作『ウォー・マシーン』が不発に終わったミショッドは見事に大作をモノにしている。製作のブラピは今年、やはりインディーズ映画の雄ジェームズ・グレイに大作『アド・アストラ』を撮らせており、長年バックアップしてきた作家主義の監督達をネクストステージへと導くさすがの慧眼ぶりだ。
史劇は演技巧者の芝居合戦が華であり、本作も曲者俳優達のアンサンブルが大きな見所になっている。メンデルソーンはもはや名優枠ともいえる前王役。主人公ハルを支えるフォールスタッフ役でエドガートンが苦み走った声を聞かせれば(時折、格好良かった頃のラッセル・クロウを思わせる)、ショーン・ハリスもいつものしゃがれ声でこれに応える。そして今や怪優ぶりも板についたロバート・パティンソンが衝(笑)撃の怪演だ。今年は『ウィッチ』のロバート・エガース監督作も控えており、充実のキャリアである。
ティモシー・シャラメは座組に臆する事なく、大スターへの階段をまた1つ上がった。その痩身(さらに絞ったように見える)は陰影の濃い映像に良く映え、史劇おなじみの大演説シーンではスケールも感じさせる。何より彼の個性はこれまでのアメリカ俳優にはないデカダントな色気だ。本作や『君の名前で僕を呼んで』といった“ヨーロッパ映画”との親和性が高く、方やグレタ・ガーウィグらアメリカン・インディーズにも出演し、これらを横断する独自のキャリアは類を見ないオルタナティブである(そしてアメリカ映画における“男らしさ”を再更新するかも知れない)。知性と優しさに冷酷さも身に着けていくハルと、名優への道を進むシャラメが重なり、彼を見続ける上で欠かすことのできない1本となった。
『キング』19・米
監督 デヴィッド・ミショッド
出演 ティモシー・シャラメ、ジョエル・エドガートン、ロバート・パティンソン、ベン・メンデルソーン、ショーン・ハリス、リリー・ローズ・デップ、トーマサイン・マッケンジー
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