長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『WAVES/ウェイブス』

2020-07-25 | 映画レビュー(う)

 ポール・トーマス・アンダーソン監督は1999年の『マグノリア』でシンガーソングライター、エイミー・マンの楽曲を多数フィーチャーし、ほとんどミュージカルのように映画を紡いでいった。歌詞が台詞に代わって心情を語り、中盤には登場人物全員が合唱して映画は感情的ピークに達する。これほど特定のミュージシャンと映画が分かち難い映画もなかったように思う。

トレイ・エドワード・シュルツ監督の『WAVES/ウェイブス』もフランク・オーシャンにインスパイアされた“プレイリストムービー”だ。楽曲を通じて浮かび上がるのは有害な男らしさ=トキシックマスキュリニティの解体であり、弱さを見せる事に対する“赦し”である。2019年のアメリカ映画は『アイリッシュマン』『アド・アストラ』といった同一テーマの作品が並び、本作は決定打となった。

 高校のレスリング選手であるタイラーは故障により将来を絶たれてしまう。厳格で抑圧的な父(今や名優の貫禄スターリング・K・ブラウン)は成功者としての自負から息子に対しても常に完璧である事を求め、トレーニングにも口出しをする。マッチョな父親はタイラーにとって畏怖すべき存在であり、父の有害な男らしさはタイラーをも毒していく。やがて家族を悲劇が襲い…。

 映画は前後編に分かれており、主役も映画のトーンもガラリと変わる。音楽が満ち溢れ、カメラが躍動し、徹底的にカラーコーディネートされた前編には同じくA24製作のTVドラマ『ユーフォリア』を彷彿した。こちらもラッパーのドレイクがプロデュースしており、撮影は同じくドリュー・ダニエルズ、タイラーの恋人役アレクサ・デミも重要な役柄で出演している。個性的な作家映画を多数抱えながらまるで優れたキュレーターがいるかのような統一感に映画会社A24のユニークさがある。トレイ・エドワード・シュルツの前作『イット・カムズ・アット・ナイト』も同社の製作であり、社の“主力商品”がテーマのための表現手法として“恐怖”が選ばれたモダンホラー映画である事も興味深い。

 聞けばシュルツ監督はテレンス・マリックの下で助手を務めた弟子筋であり、美しい撮影はもとより、強権的な父と鬱屈する息子というテーマが共通する。
だがこの映画では男であるために弱さを拒んできた彼らが瓦解し、それを末妹エイミー(清廉なテイラー・ラッセル)が目撃する事になる。弱さを見せ、涙を流しながら詫びる男達にエイミーは「謝らなくていいよ」と赦しを与え、この構図は終幕さらに別の父子へと受け継がれていく。エイミーの恋人に扮したルーカス・ヘッジズはその朴訥さが映画の救いであり、同年代ティモシー・シャラメ同様、アメリカ映画における新しい男性像を創出している。

 本作もシュルツ監督のパーソナルな体験が基になっている“もっともパーソナルな事がもっともクリエイティブ”な映画であり、それは見る者の心を開く。自分の弱さを知り、相手の弱さをどうやって受け止めるのか。僕も疎遠な父の事を想わずにはいられなかった。


『WAVES/ウェイブス』19・米
監督 トレイ・エドワード・シュルツ
出演 ケルヴィン・ハリソン・Jr.、テイラー・ラッセル、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミ、スターリング・K・ブラウン
 

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