アカデミー賞最多11ノミネート、7部門受賞。全米中の批評家賞を独占…正気か!?監督はトンデモ怪作おバカ映画『スイス・アーミー・マン』を手掛けた“ダニエルズ”。カンフーアクションにマルチバース、ナンセンスギャグから下ネタまで満載した本作は2022年春に全米公開されるや1億ドルを超える大ヒットを記録し、その勢いは衰えることなく、ついにはこの年のアメリカ映画の“頂点”に輝いた。念のため言っておくと、アカデミー賞は必ずしも“最高”の映画が作品賞に選ばれるわけではない。1〜10まで順位を付ける投票方式であることはさておき、ハリウッドが目指す方向性を示す、ある種の決意表明である。『ノマドランド』ではアメリカ映画の原風景である荒野とフロンティアスピリットを中国系アメリカ人女性監督が撮らえるという、アメリカ映画の担い手の変化に対する認識表明があり、『コーダあいのうた』ではダイバーシティはもとより、台頭するストリーミングサービスとの是々非々の連携が意識され、韓国映画『パラサイト』の勝利にハリウッドが貪欲に国外の才能を取り入れ、さらなるマーケットのグローバル化を図ろうとする意図が伺い知れた。“エブエブ”の大躍進はパンデミックによってハリウッドがジリ貧にある現在、奇想天外なオリジナルSFアクションを笑って泣ける家族愛の物語に仕上げ、大量動員に成功した事はもちろん、近年活躍目覚ましいアジア系への評価でもあったのだろう。配給A24はブレンダン・フレイザーが主演男優賞を受賞した『ザ・ホエール』と合わせ、オスカー史上初の主要6部門を独占する大勝となった。
もう1つの受賞理由は“楽屋裏エピソード”ではないだろうか。二世俳優としてキャリアをスタートさせながら、ジャンル映画俳優ゆえに軽んじられてきたジェイミー・リー・カーティスの存在や、かつて『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』『グーニーズ』という、誰もが1度は見たことのある映画で子役としてブレイクしながら、その後キャリアを築くことができなかったキー・ホイ・クァンのカムバックは多くの人々の心を動かした。人生には無数の選択とありえたかも知れない無数の未来があったかも知れないと描く本作は、偉大なミシェル・ヨーのキャリアを総括する一方、築かれる事のなかったクァンのキャリアも夢想する。俳優を諦め、一時はスタントコーディネーターとしてキャリアを積んできた彼のアクションや、年齢を重ねたからこその佇まいに人生が凝縮されているのだ。クァンに俳優復帰を決意させた『クレイジー・リッチ!』など、近年はちょっと怖い貴婦人役にタイプキャストされがちだったミシェル・ヨーが、庶民的な役柄でいつになくチャーミングな魅力を発揮し、クァンと実に幸福なアンサンブルを奏でているのは味わい深い。『マーベラス・ミセス・メイゼル』で印象的なサポートアクトを見せてきた娘役ステファニー・シューも八面六臂の活躍だ。
“エブエブ”はいつしか私たち観客のあらゆるマルチバースをも内包していく。他の人生もあったのではないか、このままでいいのか、この先にどんな可能性があるというのか。2022年最高の1本として手放しで評価する気はないが、自分の姿をどこかに置かずにはいられない、チャーミングな映画なのである。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』22・米
監督 ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
出演 ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ジェイミー・リー・カーティス、ステファニー・シュー
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