“監督”ベン・アフレックが復活だ。2007年の監督デビュー作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』以後、2009年の『ザ・タウン』、そしてアカデミー作品賞に輝いた2012年作『アルゴ』と人気スターから一転、俳優監督として第2のキャリアを歩み始めた彼だったが、2016年の監督第4作『夜を生きる』で興行、批評共に初めて黒星がついて以後、DC映画のバットマン役など気のない俳優業が続いた。その間、アルコール依存症を告白。長年連れ添ったジェニファー・ガーナーと離婚し、再びキャリアを破壊しかねないドン底の状態を経験。いつまで経っても監督新作を撮らないことに「また同じ轍を踏むのか」と失望にも近い気持ちを抱き続けたファンは僕だけではなかったハズだ。6年ぶりの監督新作『AIR/エア』はそんな不安を払拭し、彼の才能に微塵の疑いもないことを証明する傑作である。
1984年、ナイキのバスケットボール部門は業績不振にあえいでいた。ソニー・ヴァッカロ(マット・デイモン)はバスケットボールリーグを主催したこともある業界きっての目利きであり、無二のギャンブル好き。彼は自らの直感を信じて当時、プロリーグでの実績がなかったマイケル・ジョーダンのために後の“Airジョーダン”を立ち上げようとする。イノベーションに必要なのは研鑽された知見と、大胆な決断力、そして相手の心を強く揺さぶる熱意と言葉。『AIR/エア』はビジネスパーソンにとって教則本のような映画だ。ナイキがジョーダンの選考候補にも入っていない事を知るとソニーは単身、実家の両親のもとへ飛び込みの営業をかける。
アフレックの演出は主演スターであるからこそ知る演技巧者達を重用したキャスティングと、優れた脚本家ならではのオーセンティックなストーリーテリング。活力に満ち満ちたディレクションにカメラはグングン駆動し、登場人物全員に素晴らしいダイアログが用意され、俳優陣は献身的なアンサンブルだ。初めて鬱陶しくないと思えたクリス・タッカーに、アフレックと同じく素晴らしい監督でもあるジェイソン・ベイトマン。マイケル・ジョーダンの母親に扮した偉大なヴィオラ・デイヴィスの登場に姿勢を正した観客は僕だけではないだろう。アフレック自身も近年『最後の決闘裁判』『僕を育ててくれたテンダー・バー』など助演で光る俳優へ成長、好サポートである。
本作が第1回長編映画となる若手アレックス・コンヴェリーの脚本を得て、アフレックはなぜ80年代のビジネス成功秘話を2023年の現在(いま)に描いたのか?フランチャイズ映画とスーパーヒーローが市場を独占し、ヒット予測するアルゴリズムによって座組とギャラが組まれ、映画製作に野心と冒険心を失くしたハリウッドに対するアンチテーゼだ。パンデミックとストリーミングサービスによって興行収益からの成功報酬というシステムも破壊された今、マイケル・ジョーダンが自身の名を冠することで売上の一部を得るという、80年代当時前例のない契約に、映画におけるクリエイターズエコノミーとは何かと考えずにいられないのである。多くの監督がハリウッドの衰退を前に、自身の幼少期を題材としたエッセイから映画について考察しているのに対し、この思いもよらぬ角度からスリーポイントシュートを決める『AIR/エア』は、映画産業における商品の価値と作者への配分という、今後のハリウッドの行く末を決める脚本家組合のストをも先駆けた。何より監督ベン・アフレックによる“伝統的なアメリカ映画”を作り続けていこうという宣言でもある。さぁ、アフレックよ、迷うことなく次へ進め!
『AIR/エア』23・米
監督 ベン・アフレック
出演 マット・デイモン、ジェイソン・ベイトマン、ヴィオラ・デイヴィス、クリス・タッカー、クリス・メッシーナ、ベン・アフレック
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