長内那由多のMovie Note

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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

2021-06-20 | 映画レビュー(え)
 当時、僕が住んでいた田舎はTV東京が映らなかったため、『新世紀エヴァンゲリオン』はリアルタイムで見ていない。その後、98年頃に都市部に親戚が住む友人からビデオテープを又借りして全26話を完走、旧劇場版も公開から遅れてTVで見たと記憶している。だから僕にとってのエヴァブームとは限られたマニアだけのもので、それほど熱狂したワケではない。
 そんな出自ゆえか、14年間4部作に渡るこの新劇場版をたったの4日間で完走するという不義理を働いた。不満なんて1つもない。非常に有意義な時間を過ごし、晴れ晴れとした気分だ。

 この新劇場版に手を出し損ねた理由の1つに第1作『序』の公開前年の2006年、富野由悠季監督による『機動戦士Zガンダム A New Translation』3部作の完結がある。1980年に放映されたTVシリーズは主人公の精神崩壊という結末を迎え、後に長い鬱状態に陥る日本社会を予見した。富野は一部旧カットを残したままこれをリメイク。新規カットによる躍動感あふれるアクションと類まれな編集技術によって、ついには主人公が精神崩壊を免れる歴史改変が起こる。それは9・11という暴力に始まった2000年代に対する富野流のアンサーであり、戦争ロボットアニメの巨匠としての戦争に対するプロテストだった。僕が少年時代に熱狂したロボットアニメはこれで完結し、巣立ちを迎えたような感慨があった。

 『序』のインプレッションはこの”劇場版Zガンダム3部作”に近い。洗練された新規描き下ろし画と格段にポジティブなストーリーテリングは20年ぶりのエヴァ再訪者に程よいオリエンテーションだった。
 語るべきは続く2009年、『破』のクライマックスである。使徒に囚われた綾波を救うべく、「来い!」と力強く手を伸ばすシンジの姿にはかつて「逃げちゃダメだ」と閉じこもった弱さはなく、『翼をください』をバックに明らかに宮崎駿原作版巨神兵を思わせる光輪を戴いたエヴァの意匠には庵野の振り切れたかのような気迫を感じた。

 だがそれは所謂”躁”状態であった事がわかる。2012年の『Q』で庵野は再び物語を閉塞させる。シンジとレイの共鳴は後にnearサードインパクトと呼ばれる破壊をもたらし、多くの人類を死に追いやった事が明かされる。ネルフは分裂し、葛城ミサトは対ネルフ組織ヴィレのリーダーとして戦艦ヴンダーの指揮を執っている。「どういう事か説明して下さいよ!」シンジが叫ぶのもムリはない。誰も知らない新たな『エヴァンゲリオン』の物語に多くの観客が熱狂し、困惑した。庵野は『ふしぎの海のナディア』で戦艦ニュー・ノーチラス号が登場した場面の楽曲を流用して、ヴンダー発進シーンを演出。後の『シン・エヴァンゲリオン』でも顕著だが、この新劇場版シリーズは『ふしぎの海のナディア』のやり直しとも言える”シン・ナディア”でもあった事がわかる。エヴァの背骨を船体にしたかのようなヴンダーのデザインと、無人の巡洋艦をビットにするメカニカル設定の斬新さに目を見張った。

 そして『Q』の公開からさらに9年の時を経て、『シン・エヴァンゲリオン』が公開される。制作遅延による度重なる公開延期に加え、庵野が重度の鬱病にあったことはNHK『プロフェッショナルの流儀』でも明かされている。映画には庵野の深刻なメンタルヘルスが反映された。シンジはアスカ、綾波と共にnearサードインパクトから生き残った人類の住む集落へと辿り着く。科学文明を失ったそこは昭和初期の地方集落のようであり、庵野が過ごした幼少期の記憶にも見える。村を覆う結界の外にはすぐ破滅が迫っており、ここで綾波は土と人に触れて人間の感情を覚えていくが、シンジはnearサードインパクトとカヲルの死の責任から飲食もままならない精神状態に陥っている。彼が鬱から脱するまでを描く映画序盤の約30分は痛ましい。しかし庵野が回復するためにも、そしてメンタルヘルスという不安を抱えた現代人にエヴァンゲリオンを手渡すためにも、これは必要なプロセスだったのだろう。”新劇場版4部作”における庵野の視点は父の愛を求め、世界を呪う中学生シンジではなく、肥大化したコンプレックスを抱え、世界が滅んでもなお妄執にこだわる碇ゲンドウにある。庵野が創作的オリジナリティに窮す終盤、あれほど口数の少なかったゲンドウは延々と自分語りを続け、その無様さは自らの作品と折り合いが付かず、疲弊しきった庵野の告解にも見て取れた。

 大人たちは少年達へ世界を明け渡していく。ミサトはまるでネモ船長の如く我が子に贖罪する。ゲンドウは物語から”下車”し、シンジは不老というエヴァの呪いから解放される。その向こうに広がるのは僕らの住む世界と何ら変わりない街並みだ。シンジの隣に立つのはレイでもアスカでもなく、この新約のために創造されたヒロイン、マリだ(だからアクション面でも最も見せ場が多い)。新劇場版のアスカは名字も異なり、僕らが知るかつてのアスカではない。「あたしだけ年取っちゃったから」と28年の歳月を背負った彼女は旧版とは異なり、成熟している。

 僕は14年の時を経てもなお『エヴァンゲリオン』が多くの若者たちに支持されている事に驚いた。謎めいたストーリーテリングが後に多くのエピゴーネンを生んだこのシリーズは、国民的ブロックバスターでありながらあまりに不器用な庵野秀明という作家の映画でもある。多くの観客は庵野とシンジの抱えた底なしの苦しみに今を生きる葛藤と、そして優しさを見出したのではないか。充実の終劇であった。


『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』07・日
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』09・日
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』12・日
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』21・日
監督 庵野秀明
出演 緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山口由里子、石田彰、清川元夢

 
 
 

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