ほとんど遺作のような趣きだった『グラン・トリノ』以来、10年ぶりの監督、主演作である。それも88歳。年齢から考えてこれで見納めになるのでは…とファンならずとも身構えてしまう作品だが、当の御大からすればそんなの「知った事じゃねぇよ」なのである。より名人芸を極めた筆致の軽さに驚かされた。
イーストウッド扮する主人公アールが金に困ってメキシコ麻薬カルテルの運び屋を始める。奴らの恐ろしさはTVシリーズ『ブレイキング・バッド』やテイラー・シェリダン脚本『ボーダーライン』シリーズで知っての通りだ。これをイーストウッドが飄々とかわしていくのが可笑しい。従軍経験のある彼からすれば銃を持ってイキがった若造なんて怖くもない。鼻歌まじりで運びをこなせば連中からも”タタ=おじいちゃん”の愛称で重宝がられる有様だ。
この驚くべき実話をイーストウッドは自身の物語へと引き寄せている。仕事に熱中するあまり家庭をないがしろにしたアールには5人の女性との間に8人の子供をもうけたイーストウッド自身の姿が重ねられている。ソンドラ・ロックとの娘アリソンが娘役で登場、彼女との”和解”が家族ドラマとしての本作のハイライトだ。
もう1つの見所はイーストウッド流”仕事の流儀”だろう。運びの回数を重ねる毎に任せられるドラッグの量は増えるが、アールは決して自分のやり方を変えたりしない。モットーは”決めない”こと。好きな時に止まり、好きな時に走る。美味い物を食べて、イイ女を抱く。「でも家族は大切にしろ、オレみたいにならないように」。
そんな説教に耳を傾けるのがアールを追う捜査官役ブラッドリー・クーパーだ。イーストウッド最大のヒット作『アメリカン・スナイパー』に主演し、企画を引き継いだ『アリー/スター誕生』で監督デビュー、アカデミー賞にまでノミネートされた。まさにイーストウッドの後継者と呼ぶに相応しい男であり、イーストウッドも胸を貸すような共演ぶりである。これまで舞台裏でのみ語られてきた2人の師弟関係がスクリーン上で描かれている事も非常に重要と言っていいだろう。
終幕、イーストウッドの顔に射す影の深さは『許されざる者』や『ミリオンダラー・ベイビー』を彷彿とさせる。ここでイーストウッドはアールの物語を贖罪という自身の主題にも近づけている。10年代のイーストウッドは実際の事件に自身の物語を見出しながら、同時に職人としてシンプルな筆致を極めていったのである。まだ1~2本は余裕で撮れそうだ。
『運び屋』18・米
監督・出演 クリント・イーストウッド
出演 ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・イースト、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ、クリストフ・コリンズJr.
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